第11話「歓迎会4」
ドームの中央部に設置された壇上に、姉さんが立った。
一気に静まりかえる会場。一年は殆どが「だれだあの幼女」と小馬鹿にした顔で姉さんを見つめている。
「みなさん、こんばんは」
どこか、というより幼さを全面に押し出している声。少々呂律の回っていない口調。
特殊な性癖をもった男が襲いかかりそうなそんな姉さんに、俺は少々冷や冷やしながら見つめていた。
「天王子序列コード001【氷帝姫】の理創源氷羅ともうします」
その、一言。
たった一言で、一年の認識が180度変わったと言ってもいいだろう。
なかには頭の上に疑問符でもつきそうな顔で姉さんを見つめている人もいるが、そんなひとは数人だ。
一言聞いただけで、その小さな身体から秘めた凄みに圧倒される。
幼さから来る先入観すら吹き飛んでしまう、そんな声。
と、姉さんはすぐに自分の声色を戻した。
「新入生の方々、入学おめでとうございます。そして在校生の方--」
彼女のスピーチは続いていく。
聞く人を退屈にさせないような声で紡ぎ出される言葉に、人々は無意識のうちにのめり込んでいっている。
さすが。
とまあ、姉さんのスピーチのあとは生徒指導兼1年主任の烏導輪化先生からの注意事項だ。
烏導先生、どうやら生徒からは「八咫烏に導かれた日輪の化身」なんていう物騒な呼ばれ方をしているらしい。
三本足のカラスの姿をした妖精を使役しているとか、はたまた天王子学園に侵入してきたテロリスト100人を一人で殲滅したとか、とんでもない噂ばかり。
怖い。
「でも、いい声してるにゃんにゃ」
「だなー」
聞いてて安らぐ、聖なる森の主をイメージさせるような声の持ち主である。
ちなみに、魅烙の父親である王牙さんよりも2歳年下。
うん、どう考えても王牙さんのほうが若々しい声をしているんだが、比べる対象がおかしいんだろう。
声の方向性が違うからね、仕方ないね。
「堅苦しい話はこれで終わり。存分に楽しめ!」
話は終わったようだ。
魅烙と先生の声の話で盛り上がって聞いてて無かった。
「さて、魅烙どうする?」
「どうする? って?」
「このまま何処かで回るか、それとも帰るか」
スピーチのあとは二次会のようなものらしく、在校生が部活やサークルなどの勧誘に走るものらしい。
さらに、この学園にはその二つと似ていてしかし異なる【同盟】という制度も存在する。
姉さんは、その【同盟制度】を使って校舎裏をテリトリーとして使っているのだろうか?
うん、時間を見つめてさりげなく聞きに行くのが一番良いんだろうけど。
「……ってあれ?」
隣にいた魅烙の気配がなくなった、と思って振り向いたら数人の男女に囲まれていた。
そりゃあ、そんな格好してるからね、当たり前だな。
しかし……男女で同じグループみたいだな。
魅烙が首を振っているが、なんだかしつこそうな感じだ。
俺はそんなのこないって? こないと思うぞ。
「にゃにゃー! しつこいにゃ!」
「猫語とか可愛いじゃんー」
「ね、ね! 見学だけでも!」
「行かないにゃ!」
魅烙、断固拒否の姿勢を崩さず。
と、助けを求めるような顔で俺を見つめて爆弾を落とした。
「……にゃら、あの人に勝てたら見学にいくにゃぁ……」
「この人?」
無遠慮に俺を指さす一人の先輩。
魅烙はうなずくと、掴まれていた手を強引にふりほどいて俺の後ろに隠れた。
変に巻き込まれたが、魅烙の頼みなら断る理由が見つからない。
「じゃあ、場所を移そうか?」
「どうぞ御勝手に」
俺は手を振って、彼らについて行くことにした。
まあ、この学園の程度がわかるから丁度いいだろう。
「本当に良いんだな? 100対1でも」
「寧ろ、それだけで大丈夫なんですかねー?」
今、俺はドームから少し離れた、夜道で100人の先輩と対峙している。
そこまでして魅烙を手に入れたいか、先輩たちよ。
確かに、ビジュアル的に申し分ないどころか、かなり上なランクだってことくらいわかっているが。
相手は100人。ここは広範囲的な能力でなんとかなる。
一人一人潰していくという方法は効率的じゃない。
「なんだと!?」
「激昇するなんて、先輩方。カルシウムが足りないのでは?」
俺の挑発に乗ってくれる先輩方って、かなり貴重だとおもう。
なぜなら、怒れば怒るほど冷静な判断をするのが難しくなるから。
「ネクサス君、ちょっとやりすぎにゃ」
「そうか?」
俺は首をひねると、怒号を上げながらかかってくる男たちにむかって右手を押し出すように横に薙ぐ。
薙いだ軌跡から、時空がゆがんで冷気を移送してきたかのように吹雪が発生した。
その風は、自然の脅威というのを相手に見せつけるかのごとく牙を剥いて襲いかかる。
最初の一陣は、その突風のみに弾き飛ばされ空を舞った。
「ええ……?」
何か防御する策があるのかと思ったが、ただ何も考えずつっかかってきただけらしい。
俺は勢いよく、薙ぎ終わった手を元に戻すと次は氷の塊が、無数の刃物のごとく相手に突き刺さっていく。
なんてことを、と思うかもしれないが大切な場所には突き刺さらないだろう。
狙うとして手足……そして顔くらいか。
「卑怯な!」
「卑怯?」
俺は、どこからともなく響いてきた言葉に対してせせら笑った。
「100人呼んできた先輩がいう話ではないですよねぇ!」
俺は足に力を込めて飛び上がると、そこから左手を天に向かって突き出す。
そして下に振り下ろすと、次は雪崩がそのまま猛威を振るう。
雪崩はまるで生きているかのように、100人の先輩をひとまとめにして見せ。
俺は、そこにむかって冷気を畳み込み、一つの雪の作品にした。
「おそろしいにゃん……」
男全滅。
魅烙を勧誘していた女子生徒たちは、「ひっ!」と喉を詰まらせたような声を発して一目散に俺の場所から逃げていった。
自分たちも氷付けにされると思ったんだろうか。まあ、いいか。
どうでもいい。
「敵に回したくない人ナンバーワンにゃ……」
「そうか? まあ、俺も魅烙を敵に回すつもりなんてこれっぽっちもないんだがな」
魅烙、何だかんだで好きだし。
まだ恋慕まで入っていないとは思うが、十分に好意を寄せている部分はあるからな。
昔からのよしみだし。
魅烙はほっと息をつくと、俺のほうを見上げて少しだけ微笑を浮かべる。
その顔は、まるで木から降りれなくなった猫がおろしてもらった人に対する懐き。
……正直、喜んでいいのか悪いのかわからない。
「さて、これからどうする?」
「にゃ?」
「零璃と霧氷を拾ってかえるか、それとももう少しいるか」
俺が魅烙に提案すると、魅烙は少しだけ考えた後、後者を選ぶ。
そんな話、正直言ってあの二人がどこに時間を食うか食わないかがわかるからな。
「早く探しにいかにゃきゃ」
あー、でもネクサスくんと一緒ならそれだけでもいいかも? と魅烙。
俺もそれで良いんだが、どうしよう?
「あ、いました」
「や、やっほー……」
俺たちが悩んでいる途中で、後ろから声がかかった。
そう、零璃と霧氷だ。
零璃は、半ば霧氷によりかかるような体勢でいるんだが、どうしたんだろう。
とりあえず、霧氷から彼女……じゃなくて彼を受け取り、そばにあったベンチに座らせる。
「どうした?」
「……それは私から説明させていただきます」
あくまでも事務! といったような顔、無表情で霧氷は俺たちに経緯を説明した。
どうやら、フライングで2人を勧誘しようとした在校生100人を、2人で蹴散らしてしまったらしい。
霧氷はそもそも剣術で応戦できるが、零璃は消費の多い能力を使ったから体力切れなんだと。
何やったんだこの人。
「ふぅ、ふぅ。……体力つけなきゃ」
「体力もだけど、能力値もだな」
「……ずいぶんと、簡単に言うんですね」
俺は零璃に言ったはずなんだが、なんか霧氷が突っかかるように割り込んできた。
ああ、確か母親が言っていたけど、霧氷って能力が不得手過ぎるんだったか。
それこそ母親の入学時くらいに、ほぼ使えないんだろう。
「単なる努力不足だろ、能力が不得手って」
「才能に溢れているだろう貴方とは違うんですよ!」
何熱くなってるんだ、この人。
俺はため息をつくと、零璃を魅烙に預けて彼女に一歩近づいた。
俺が才能に溢れている? ご冗談を。
「父親はこの世界を救った【英雄】・【伝説】。再建前の天王子学園最後の序列1位、【神羅の伝説】! 母親は16歳にして全世界1位に君臨し、現在の『涼野流剣派』師範である【細氷の剣姫】! そんな優秀すぎる遺伝子から生まれた才能の塊に、私の気持ちが分かる訳……っ!」
こう他人から面と言われたら、俺の両親って本当に凄かったんだなって実感できるんだが。
ていうか、いくら優秀な遺伝子から生まれたからって、俺がその通りに受け継いでいるなんて本当にないことないんだけど。
俺がその話に言葉を返そうとしたとき、後ろから声がした。
「そこの1年、何やってるんだ?」
う、烏導輪化だー!
2メートル近いんじゃないかと思われる身長、筋肉の塊みたいな身体。
いかにも、生活指導の先生だな。
烏導先生、十数分経っても溶けていない氷の彫像をみて、ため息をついた。
「……序列1位と同じ臭いがする」
高純度の氷属性能力。確かに能力面は父親の遺伝だ。
残念なことに、とても残念なことに劣化版だけど。
姉さんは完全に遺伝しているから、正直言って俺じゃないんだよね。
才能の塊は姉さんであって、俺はそうじゃないんだよなぁ。
「まあ、真実は知っているがな」
「ほぉ」
「この歓迎会。これで3回目の乱闘か。そしてその勝利者がここに揃っていると……。いや、1人足りないかな?」
俺が起こしたもの、零璃と霧氷が起こしたもの。
もう一つ?
「ああ、それ起こしたの俺っす!」
「来たか……新入生問題児5号」
後ろで、魅烙が「私も入ってるにゃー」とか嘆いたけど、気にしないでおこう。
俺は、声のした向かい側の店、その屋上に立つ男を見上げた。
そこに立っていたのは……。




