第108話 「支配する力」
「遅れるぞ」
天王子学園の端にある空港にて、一組の男女が急ぎ足で飛行機から降りてきた。
男女はどちらも太陽の光を浴びて煌めく銀髪で、その両方とも10人が10人「美人」と答えるだろう容姿をしている。
片方は鷹の炯眼を持つ男性だ。
だれにも負けない鋭さの中、確かなやさしさを持つ。
彼の周りには並の人だと後ずさりしてしまうようなオーラを放ち続けており、彼に、そして隣にいる女性に近づこうとはしないだろう。
もう片方の女性は、いまだ幼さの残る容姿をしていた。
男ならだれでも振り向くだろうその美貌は、最盛期から20年以上たった今でも全く衰えておらず、むしろなかった「妖艶さ」を幾重にも重ねている様。
彼女から表面立って特定の威圧感は感じられないが、その秘めたる銀炎は男をも凌駕しつつある。
「せっかくもうちょっと余裕があるかも、って思ったのにね」
「気にするな、試合には間に合う。……レオ」
男が後ろを振り向くと、そこには二人の女性が立っている。
レオ、と呼ばれたほうの女性はきょとん、とした顔をして次の言葉を待っていた。
「鎧は重いだろう? 今のうちにはずしてもいいぞ」
「しかし」
「俺を暗殺しようと思う人なんて、いないだろうしさ」
軽く流し、男は空を見上げすぐに目の前に広がる要塞のような学園を見つめた。
「暗殺なんてしたくても、俺に勝つことなんて無理だね」
「非公式の試合だというのに、そこまで見に来るものなのかね」
試合会場で、心配そうな顔をしている澪雫の頭を撫でつける。
思ったよりも人が多い、少なくとも数百人は観戦に来ているだろう。
男が二人、女一人を取り合うのがそれだけ見ていて楽しいのかね。
「今回、順位は変動しないんだよな?」
「変動しませんが、やはり株はさがりますよねって言う話ですよ」
株とかよくわからないけれど、確かに120位くらいの1年生に学園次席が負けたら信用がなくなるって言うことだろうか。
いや、でも俺はこの学園の頂上、「ゼニス」の弟だ。
逆に負けるわけにもいかないし、魅烙が欲しいからな今は。
戦力的にも、そして俺の彼女としても、今は強く望んでいる。
「まあ、また澪雫が気に病みそうだよな」
「大丈夫です。……師範によれば、どれだけ好色であったネクスト様も、師範を見捨てることはありませんでした。最後には、絶対に戻っていきました。……蛙の子は蛙といいます。なので、私は」
あなたを信じます、とどこまでも母親の信者だな本当に。
俺は少し微妙な気持になりつつ、しかし彼女の髪の毛をなで続けていた。
なでるたびに、シャンプーのいい匂いが周りに発散する。
少しだけだが、ちょっとだけ彼女を抱きしめたくなった。
リラックス効果にも使えそうだ、彼女はやはり有能である。
むしろ、そばにいてくれるだけでも気持ちが落ち着く。
今では、彼女がそばにいないと俺の気持ちが逆に不安定になってしまいそうにもなる。
「やっぱり、澪雫がいないとだめだな」
「……もう、照れますから」
そういっている割には、対応は落ち着いている。
やはり、彼女は内側に溜め込みたがるんだろうか?
「心配させないように、強くならなければ」
「ん?」
「まだまだ、俺は弱いからな。……思った以上に、弱い」
心も体も、おそらく澪雫以下だ。
親の世代の時、不安定な母親の精神を父親は支えていた。
今も、きっとそうだろう。
「頼ってもらっても構いません」
「それとこれとは別だって」
精神的なところでっていうか、戦闘的なところでも女性に頼るのは男としてどうかなと思う。
仕方ないことなのかな? そんなことはないはずなんだが。
「さぁ、俺も早く。【力を支配する】力もほしいなぁ」
「自分で自分に食われないように、っていうことですよね?」
「そういうことだ」
その力を、この試合で何とか手に入れないと。
勝ち目はなさそうだ、な。




