第101話 「覚醒の力」
「ほう、1年のこの時期で覚醒するとは、さすが【アルカディア】の血筋……と、ほめた方がいいのかな」
リーダー格の筋肉だるまが、俺を興味深そうに見つめていた。
しかし、俺はそんなことに気を集中させることも出来ない。
能力者にとって新境地、限られた人々だけに与えられた力。
【覚醒】すると、今まで気にもとめていなかったものがすべて、情報として強制的に脳へ詰め込まれてくるのだ。
呼吸の音すら感じ取れてしまいそうだ。
いや、実際には聞き取れているのだろうが、俺は一気に激流の如くあふれ出しつつもあった情報から、必要なものと必要でないものを判断できない。
小さすぎる器からはすぐに水があふれるように、最初に入ってきた情報以外は、すべてこぼれていた。
「その、姿」
後ろのほうで声がする。
情報をいったんすべて脳から追い出し、俺は後ろで声を発したのが魅烙であることを確認する。
そして、前方にいる人々に警戒しながら、振り向くような仕草を見せた。
「綺麗……」
彼女の口からこぼれるのは、その一単語だけだった。
が、ここで俺はやっと自分の身体が変容していることに気づく。
変容というよりは、何かが鎧のように俺を包んでいる。
高純度の属性能力だ。
覚醒したことで、能力のエネルギーが気体のようなものから個体へ変わったんだろうか。
自分のおかれている状態がいまいち理解できず、俺は戸惑いながらもそういえば、ととある映像を思い出す。
覚醒すると、単に自分の身体が強化されるだけではないというのは、考えれば結構教えられていたことだった。
人によっては、属性を人工生命体にして使役出来る人もいる。
今の俺のように鎧へと化す人だって居るし、外見敵には変容のない人だっている。
俺は、鎧を手に入れたというわけか。
「覚醒しても、使いこなせなければ宝の持ち腐れ、その意味くらい分かっているはずだ!」
言葉を発しながら、同時に足音が聞こえた。
口を動かしつつ行動も出来る相手らしい、俺はそれを一瞬で理解して、後ろに一歩ステップをする。
すると、どうだろうか。
俺の身体が、5メートルほど後ろにスライドしたのを、感じた。
いつもと変わらない、後ろに1歩下がっただけだと思ったのだが、同じ時間でそれだけの機動力が出てしまったのだ。
「はぁ?」
怪訝な顔をして、彼は俺を見つめる。
俺の行動が無駄と判断したのだろう。あのくらいの攻撃、わざわざこのような大仰な動きをせずともいいと判断したのか。
過剰、その言葉が一番当てはまるような気もした。
が、これは俺の意志に反して動いた距離だ。何の問題もない。
「問題があるとすれば……」
問題があるとすれば、この動きが俺の普段の感覚と、必要以上にシンクロしていることだろうか。
これを、この状態での通常と考えるか、それともどうするか。
今は、勝てばいいのだ。
早く、澪雫たちを介抱してやらばければ。
「笑えない強さだな。……否、速さというべきだろうか?」
戦場は、俺が支配していた。
相手に行動を制限させているわけではない、覚醒した今でも、悔しいことに腕力だけで考えれば相手の方が上。
それもそのはず、そちらでは全くと言っても良いほど強化されていない。
強化されているのは、何をも越える機動力と、それに相乗されて上がった攻撃力である。
「魅烙、休んでて」
「うん。……了解」
魅烙をその場で休ませたのは、俺の力を測る為でもある。
俺と魅烙しか残っていない今の状態、俺が覚醒してしまったら最初に攻撃をするのは魅烙だろう。
だからといって、俺の相手もしなければ後ろから背中を刺される可能性もある。
だから、半々に分かれて攻撃をしてくる。
俺は、機動力を生かして双方を一人でこなしてみたいのだ。
「力もあって、速度もあるっていうのはさすがに無理かな」
勿論、今の俺はそれが可能だった。
何せ、軽くステップすれば5メートルである。
片方の相手をして、その猶予にもう片方もというのは造作もなかった。
反応速度も、入ってくる情報を素早く「必要」と「不必要」に分別していけば上がっている。
一瞬の判断力だけでなく、それに反応していける身体があるのなら「身体が頭に追いつかない」なんていう現象は起こらない。
しかし、その代償に。
この状態でいる間は、冷静にならなければならなかった。
恐らく、怒りなどという感情に支配されていたのなら、俺の動きというのは隙だらけだっただろう。
いくら動きに速度があろうとも、感情の斑で弱点というのは簡単に突けるだろうから。
「トドメ、だ」
凶悪な武器と化した、強靱な脚でリーダーを軽く蹴り飛ばす。
全力で蹴り飛ばしていたのなら、今頃彼は死んでいただろうから。
軽く蹴り飛ばしたのに、敵の身体が壁に突き刺さっているのを見やりながら、俺はそう考えてしまった。




