二人の夢想世界
気が付くと、亜留はどことも知れない草原に寝転がっていた。
目の前には雲一つない青い空。ゆっくりと起き上がって周りを見渡すが、草原の海以外何も見えない。
強い風が吹いているせいか、一つ一つの草がゆらゆらと揺れる。しかし、風の感触は一向にない。
「夢……か」
明るすぎる大地、しかし、空には太陽が存在しない、不思議な空間。
ある意味殺風景な世界。仰向けでもう一度寝ころべば、何か見えるだろうか。そうして、亜留が倒れこもうとしようとしたときだった。
「アル、こっちだ」
聞いたことがある声が、亜留の後ろ側から聞こえた。
振り返ると、そこにはリラの姿があった。
いつもの霊体の時よりも、はっきりと姿が見える。
「リラか。ずっと帰ってこないと思ったら、夢の中に入り込んでるなんてな。今まで沙織のことを調べてたのか?」
「調べる、というほどでもないがな。ルーシャとともに一度鱈瀬神社に偵察に行ったのだ。しかし、周囲を見渡しただけなのだが、予想通りというか、霊体の影一つすら見えなかった」
「そうなのか。ということは、神社に近寄った霊体は、残らず成仏させられたってことか」
亜留とリラの数メートルの距離。夢の中ゆえにどのような距離でも声が聞こえないことはないのだが、なんとなくその距離感が気になって、亜留はリラの元に歩いてその距離を詰めた。
「あそこは他の神社と同様、霊的エネルギーのたまり場になっておる。と言っても、他の神社や墓地などとは性質が異なっているがな」
「性質?」
「普通、墓地で大量に発生する霊体エネルギーは、死者の霊体を形成するエネルギーの余ったエネルギーや、霊体が活動し続けて消費されたエネルギーが溜まったものなのだ。神社や他の、心霊スポットと呼ばれる、霊体エネルギーの高い場所も、長年霊体が活動し続けて消費されたエネルギーや、近くの植物の霊的エネルギーが蓄積したものであるのだ」
吹き続けていた感触のない風が、ふと止まってリラの茶色い長髪を下に降ろす。
「ところが、鱈瀬神社の霊体エネルギーは、霊体が成仏したことにより、エネルギーの塊である霊体が分解して生成されたエネルギーがほとんどなのだ。どうにも近寄るのが不気味で、中まで入ることはできなかったが、近寄る霊体もほとんどおるまい。まあ、蓼食う虫も好き好きと言うから、物好きな霊体は吸い寄せられるかもしれんがな」
「つまりは、霊体にとっては、住み心地の悪い環境、ってことか?」
「あながち間違いではないかな。だが、これでますますあそこにサオリがいる可能性は少なくなったぞ」
「たとえいないとしても、何かの手がかりはあるかもしれない」
「手がかり、ねぇ」
リラはぼそりとつぶやくと、亜留に背を向けて遠くを眺めた。
「なあ、アルよ。お前にとって、サオリとは、どういう存在なのだ?」
リラが半身だけ振り返り、亜留に聞いた。
わずかに吹く風が、草むらを揺らす。肩まであるリラの茶色い髪は、その風の流れにそってゆらゆらと揺れた。
「沙織とは、小さいころの幼馴染で、高校の時は同じクラスで、それから恋人になって、それで」
少し息を切らせた亜留は、一つ深呼吸して続けた。
「今は大切な存在だ」
一瞬にして、草の揺らぎが止まる。
「ふぅん、そうか。まあ、そうでなければ、そこまで必死にはならないわな」
そしてまた、リラは向こうの空を眺めてた。
「私も、そういう存在になりたかったな。死んでもなお、必要としてくれる存在に。あるいは、死んでもなお、誰かのことを想える存在に」
「なんだ、リラでもそういうことを考えるのか?」
「死んだ者なら、誰でも考えることだ。霊体の誰に聞いても、死んだあとはいろいろと後悔しているからな」
「そうか。そうだよな。死ぬときなんて、いつもいきなりなんだから」
亜留の話を聞き、リラは亜留のほうへ体を向けた。
「そういえば、サオリはどうして死んだのだ?」
リラが尋ねると、亜留は一瞬はっとした顔をしたが、すぐにその表情を戻した。
「あれは、忘れもしない、七夕の前日、七月六日の夕方だった。僕は沙織から、前日に海岸公園に呼び出されて、待っていたんだ。そして、沙織に彼女になりたいと告白された。でも、その時沙織はすでに事故で……」
「なんだ、告白前に事故とは、サオリも運がないのう」
リラはそういって茶化すが、顔はいたってまじめだった。
「しかし、思いが伝えられただけでも、サオリは幸せだな。私は、そういうことができずに死んだからな」
「誰かに告白することか?」
「ま、まあ、そんなところだ」
何故かリラは言葉を濁す。亜留はその様子を見て、ふむ、と考えた。
「もしかして、その相手って、明のことか?」
明の名前が挙がった瞬間、リラは驚いて後ずさりした。
「な、何でそこでアキラが出てくるのだ! 私とアキラは、兄妹のようなものだ。アキラも、そう思ってるだろう」
明かな動揺に、赤面したリラの顔。やはり何かあるなと亜留は追い打ちをかける。
「そうか? そうには見えんがな」
「ま、まあ、そうは見えずともそういう関係なのだ。兄と妹でそんなに深い仲になることはなかろう」
「あのだな、近親相姦というのもあってだな」
「……お前はそういうのが趣味なのか?」
亜留の近親相姦という言葉に冷めたのか、リラは急に冷静を取り戻し、草原に座り込んだ。
光源不明な明るい世界に、二人ぼっちの草原。
どのくらい経過したのかわからない時間感覚が、二人を不安にさせる。
「そうだ、一つ気になったことがあるんだが」
「ん、何だ?」
亜留に呼びかけられ、キョトンとしたリラの顔を見ると、やはり中学生のあどけなさが残る。
「何で僕が鱈瀬神社に行ったってことを知ってたんだ?」
「そりゃ、自分で言っておったではないか」
「沙織が何回か行ったことがあるとは言ったけど、僕が行ったことがあるとは言った覚えがないぞ」
「いや、行ったことがある人間でなければ、あれだけ詳しく説明はできないだろう」
徐々にリラの顔に焦りの色が見えてくる。
「確かにそうだけど、百歩譲ってそれがリラの推理だとしても、何故沙織と一緒に行ったってことがわかるんだ?」
「それは……」
何も言えなくなってしまったのかリラはすっかり俯いてしまった。
「リラ、お前、本当は知ってたんだな。沙織が一番いそうな場所が、鱈瀬神社だってことを」
「……」
「何故黙っていた?」
亜留がリラの近くまで詰め寄ると、リラは急に立ち上がって向こう側に歩いていった。
「……さっきも話したが、あそこは霊体にとっては環境が非常に悪いのだ。それこそ、恐ろしく汚染された大気の中のように、そこにいるだけで息苦しくなる。それに、あそこの神主は霊体をみるとすぐにお祓いにかかる。つまり、成仏させられる可能性が高いのだ。そんな命がけ、いや、魂がけとでもいうか、そんなところに行こうと思うわけないだろう」
「だったら、僕だけでも」
思わず亜留は語気を荒げる。
「私が行かなければ、サオリの詳しい居場所までわかるまい。仮に見つけたとしても、元通りになるとは限らんのだぞ」
数メートル歩いた先で、リラは振り返って亜留を見つめた。
「第一、どうやって見つけるというのだ。闇雲に探しても、迷子になった霊体は探せんぞ。人間の迷子とは違うのだ」
「どうやってって、しらみつぶしに探すしか」
「まったく、お前は霊体というものをわかってないな」
はぁ、とリラはため息をつき、やれやれといった表情で首を横に振った。
「確かに、お前は今サオリや私に憑依されたことによって、霊感は上がっている。それにより、普通の人間には見えないはずの霊体が見えている。しかし、霊体が見えるためには、霊体自身に可視不可視の意識がないか、強い可視の意思があるかが必要になるのだ。つまり、何も考えていない霊体か、誰かに見てほしいと思ってる霊体にしかお前には見えないのだ」
リラはそういうと、すっ、と右手の人差し指を立てた。
「例えば、サオリが何かの理由でアルに見られることを拒んでいたり、あるいは今まで気づいてほしいと思っていた思いが無くなっていたら、たとえその場所にいてもサオリは見えないことになる」
「そんなこと、あるはずが」
「わからないではないか。それとも、サオリがいなくなった理由がはっきりしているから、そんなことが言えるのか?」
「それは……」
先ほどまでの亜留の自信は、リラの一言で打ち消された。
「まったく、一人で解決しようとすることは、時として他人に恐ろしく迷惑になることだってあるのだぞ」
そういうと、リラは草原に寝転がり、大の字になって太陽のない空を見つめた。
ぴたりと止んだ風が、時を止めたかのように錯覚する。
無表情に見せる顔と、無表情な世界。少し疲れた表情のみえる少女は、遠くの空に何を見ているのだろう。
「アル、私にとっては、サオリの捜索は命がけ、いや魂がけのことなのだ。それはわかるな」
「ああ」
亜留も、リラの隣に大の字になる。
「必ず、次でサオリを見つけ出すぞ。手がかりとかではなく、本人を、な」
亜留がちらりとリラの横顔を見ると、いつもは見せない真剣な無表情をしていた。
「もちろん、そのつもりだ」
リラには確信があるのだろう。性格から言って、そうでなければこんなことは言わない。
亜留はそう思いながら、リラと同じく空を眺めた。
「もうこんな時間か。夢の中だと時間感覚狂うな」
ゆっくりと体を起こすと、リラはそうつぶやいた。
「え、お前時間がわかるのか?」
思わず亜留も起き上がる。
「まあ、体感的に、だがな。ひとまず、お別れだ」
そう言って、リラは立ち上がった。
「そうだな。じゃあ、また現実の世界で」
亜留がそういうと、ふと体の力が抜けて草原に倒れこんでしまった。
徐々に青い空が真っ白に、そして意識が黒く塗りつぶされていく。
目をつぶった時の視界に近い色が、亜留の目の前に広がっていく。
「まったく、二人の思い出の場所など、行きたくもないわ。寒気がして反吐が出る」
一人残ったリラは、誰もいない草原でつぶやくと、強く吹く風が吹いた瞬間に消え去った。
セリフから作って地の文埋め込むっていうスタイルにしたんですが、どうも書きづらいという印象。シーンのせいでしょうか。




