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二人の公園

 生ぬるい、とでも表現するのが適切なのだろうか、暑くも冷たくもない風が、自転車をこぐ亜留の体に吹き付ける。

 星海センタータウンを離れ、住宅街へ向かう道の登り坂。通行人を避けながら、立ちこぎで自転車を進めていく。

「そういえばリラ、お前と明って、兄妹きょうだいみたいなもんか?」

 亜留は後ろを気にしながら、リラに向かってつぶやいた。

『ま、まあそんなもんかな。私とアキラは、小さいころから一緒に遊んでおったから、よく知っているぞ』

「そうか、じゃあ話は早いな」

『どうかな。誰もが私の姿を認識できるとは限らんからな。まあ、そうであっても手立てはあるが』

「手立て?」

『一応、な。別にアキラが私を認識できれば問題ないだろう』

「ん、そうなのか? とりあえず明と合流しないとな」

 そう話しながらも、亜留は公園に向かう大きな道を進む。歩道に植えられた大きな木の葉が影となり、向かい風が通り抜ける。その風に乗って葉が揺れると、木漏れ日がちらちらと眩しい。


 センタータウンからほどなくして、大きな公園が見えてきた。

 太陽光が青々と茂る芝生に反射して眩しい。目を覆いながらあたりを見回す。

 休みの日は近所の子供たちの遊び場となっており、その中には親子でゆっくりと休日を過ごす人もいる。

 この日も早い時間だというのに、すでに何人かの人がランニングしていたり、フリスビーで遊んでいたりとそれぞれの時間を送っていた。

「まだ明は来てないのかな」

 近くに寄り、一人ひとりチェックしていくが、どうやら佐渡明がいる様子はない。

 ひとまず亜留は駐輪場に自転車を停め、いくつか備えられているベンチに座った。

 ゆるやかな斜面となっている公園は、ベンチから見ると道路まで全体がよく見渡せる。

 そこから明がやってこないかと、亜留は公園全体を見ていた。

『ん、ここで待ち合わせなのか?』

「いや、特に中央公園って言っただけで、場所は指定していない」

『そりゃわからんだろう。公園と言っても広いのだからな』

「まあ、待っていればそのうち来るだろう」

『まったく、適当な奴だのう……』

 はぁ、というリラの声が亜留の頭に響く。

 亜留はだらしなくベンチに体を任せ、手をぶらりとさせて空を見上げた。

 眩しい太陽を避けて視線を上下させると、気持ちがよいほどのスカイブルーに浮かぶ白い雲が、気持ちよさそうに天空の海を泳いでいる。

 ともすれば、そのまま寝てしまいそうだ、と思いながら亜留は静かに目を閉じようとした。


「よっ、こんなところでお昼寝か?」

 ふと肩を叩かれた感触で、亜留は閉じかけた目を開いた。

 目の前には、亜留の顔をじっと見ている明の姿。すぐに体を起こす。

「よう明、やっと来たか」

 亜留はベンチから立ち上がり、特に汚れていない服をパンパンと手で払った。

「で、今日は一体何の用……!?」

 明が亜留に話しかけようとした瞬間、明の顔色がどんどん悪くなっていく。

 そして、後ずさりながらゆっくりと亜留から離れ、その場に倒れこんでしまった。

「り、リラ……?」

「よう、アキラ、久しぶりだな。元気だったか?」

 ふと亜留は、力が抜けた感覚に襲われたと思ったら、後ろからリラの声がした。

 藍色のジーパンが汚れるのも構わず、明は両手をついてしばらく震えた後、右手でリラの方を指さした。

 亜留は後ろを振り向かず、明の驚いている様子を見てふと思った。

 なるほど、明にはリラが見えている。ということは……

「明、どうした? 俺の後ろに誰かいるのか?」

 亜留は何事もなかったように、驚く明に話しかけた。

「え、あ、亜留、お前、見えないのか?」

「おいアル、何を言っておるのだ。アキラに話をするんじゃなかったのか?」

「あ、亜留、お前の名前を呼んでるぞ!」

 怯える明に混乱するリラ。そのやり取りを聞きながら、亜留は心の中でくすくすと笑いだす。

「ん、なんだ、僕の後ろに何か悪い霊でもいるのか?」

「な、アル、私を悪霊とでも言うのか!?」

 リラが亜留の方を向いてどなるが、亜留は華麗にスルーする。

「よし、じゃあ俺がその悪霊を追い払ってやろう」

 そういうと、亜留はゆっくりと目を閉じた。

「あ、アル、一体何をする気……う、うわぁぁぁ、や、やめろぉぉ! それをするなぁぁぁ!」

 突然、リラは頭を抱えて暴れ出した。それを見て、明はぽかんとする。

「あ、亜留、一体何をやってるのだ?」

「え、いや、なんか悪霊がいるっていうから、ちょっとおはらいを」

 なんとか立ち上がる明に対し、亜留は現状を放置して平然と言い放った。

「あ、あ、アル、お前、なんてことを……」

「おや、まだ悪霊は去っていないようだな。もう一度おはらいをするか」

「え、おい、や、やめんか!」

 リラの言葉をスルーし、再び亜留は目を閉じる。

「ちょ、おい、何をしている……う、うわぁぁ、やめろ! そのイメージを送り付けるのをやめろ!」

 再び頭を抱えて苦しみだすリラ。それを見て、明はぽかんとしていた。

「え、ちょっと、亜留? 一体何をやってるんだ?」

「いや、おはらいを……」

「いやいや、おはらいって……」

「だって、後ろに何かいるんだろ?」

「え、亜留、見えないのか? さっきお前の名前呼んでたが……」

「ん、そうか?」

 亜留と明がやりとりしている傍らで、リラははぁはぁと息を切らして亜留の方をにらみつけていた。

 あまりにもにらんでくるので、亜留はちらりとリラの方を見ると、ひとつため息をついてやれやれといった表情を見せた。

「とまあ、冗談はここまでにして、明も見えてるんだろ? こいつのこと」

 そういうと、亜留は半身をリラの方に向け、右手でリラを指さした。

「な、アル、お前、わざとやっていたのか! このゲテモノゴリラが!」

 リラは両手を下ろしてものすごい勢いで歯ぎしりしているようだが、亜留はスルーして明に聞いた。

「え、じゃ、じゃあ目の前にいるのは……」

「ああ、星谷リラ、お前の従妹だろ?」

 そういわれ、明は立ち上がってリラをよく見る。

 それに気が付いたのか、リラははっとなって急におとなしくなった。

「えっと、一応だな、私は一度死んでしまってだな、今は幽霊になってしまっているのだ。だからその、えっと、あんまりじろじろ見られてもだな……」

「……そうか、一応は、死んでいるんだな」

 よく見ると透けているリラを見ながら、明は先ほどの驚き顔から少し暗い表情へと変化した。

「そ、そんな暗い顔をするでない! ほら、前みたいに話しかけてくれればいいんだぞ!」

 リラが明に向かって叫ぶが、明はあまり聞いていないようだ。

「お前がそんな顔してたら話が進まないだろ。明、今日はリラがわがまま幽霊になったのを言いに来たわけじゃないんだぞ」

「誰がわがまま幽霊だこのハイテンポエロリストが!」

「誰がハイテンポだよ」

「おっと、いいのか? アキラにベッドの下にお宝を隠しているのをばらしても」

「そんなの、今どきの男なら誰でもやってるって」

 明がおろおろしているのを後目に、亜留とリラの言い合いが続く。

 それを聞いているうちに、明も徐々に落ち着いてきたようだ。

「とりあえず、その、リラは死んでいるが幽霊として話しかけることができる……ってことでいいのか?」

「幽霊って言っても、生きてるときと変わらない。触ることはできないけどな。だから、生きてるときと同じように話せばいいよ」

 落ち着きを取り戻しながらもまだ混乱している明に対し、亜留は肩に手を載せて言った。


 徐々に高くなっていく太陽は、燃料を追加されたように少しずつ日差しの強さを増していく。

 中央公園で遊ぶ親子はその組数を増やしていくが、まだ体力が有り余っているのか、休憩をしている人はほとんどいない。

 そんな中、亜留と明、そしてリラはそんな彼らをベンチで見ていた。

「それにしても、幽霊が見えるっていうのも不思議だよな。この世にないものが見えるって、一体どういう仕組みなんだ?」

 明は、亜留の隣に座っているリラを見ながらつぶやいた。

「ん、ああ、私たちが見える理由か?」

 すっとリラがベンチから立ち上がると、亜留と明の前に立った。

「物が見えるというのは、太陽光などの光が反射して、その反射光を目でとらえることだというのは知っているだろう? そこでとらえた光の色が、どのような色かによって、物の色を識別しているわけだ。物が透明に見えるというのは、光が透過して反射しないからだ。つまり、何らかのエネルギーによってその光を反射させてやれば、物が見えるということになるのだ。私たち幽霊は基本的にエネルギーの塊だから、その塊が光を反射することによって、姿が見えるというわけだな」

 長々と説明するリラに亜留と明は顔を合わせて若干混乱した表情を見せる。

「ん、待てよ。それだったら全員に幽霊が見えることにならないか?」

 ふと思った疑問を、明が口にした。

「ふむ、確かにこのままではそうだ。だが、動物には可視領域というものがある。人間は赤外線や紫外線というものは見えない、ということは知っているだろ? 同じように、幽霊が見えるか見えないかというのも、その可視領域がかかわっているのだ」

「人によってその、可視領域ってやつが違うってことか?」

「そういうことだアキラ。幽霊が見える可視領域というのは、その人とどれだけ波長が合っているか、あるいはその人がどれだけ霊感があるかということで決まってくる。つまり、幽霊が見える人は霊感が強いか、その人とのつながりが強いかのどちらかということだ」

 リラの説明を聞いて、ふと明は一つの疑問を抱いた。

「ん、待てよ? 俺がリラのことを認識できる理由はなんとなくわかったが、何故亜留はリラのことを見ることができるんだ?」

「ああ、亜留は私が憑依する前に、サオリという女に憑依されていたようだからな、それで霊感が上がったのだろう」

「え、天川!?」

 ふとリラの口からこぼれた天川沙織の名前に、明は思わず声を荒げた。

「そうだ、今日はその沙織のことで明に手伝ってもらいたいと思って、呼び出したんだ」

「手伝い? てか、天川が亜留に憑依してたって?」

「うーん、とりあえず最初から話す必要がありそうだな」

 そういうと、亜留は一度ベンチから離れ、飲み物を買いに行った。


 柔らかい日差しに冷たい風。相対する温度差を心地よく感じながら、男子高生二人はベンチで缶コーヒーを開ける。

 亜留はコーヒーを飲みながら、明に今までのことをはじめから話した。

 沙織が事故に遭い、その時に霊体となった沙織から告白されたこと、それから毎日憑依した沙織と過ごしたこと、その沙織がいなくなったこと、そしてリラが憑依した経緯。

 この場にリラがいなければ信じられないだろう話に、明は真剣に耳を傾ける。

「……つまり、今まで亜留の体にいた天川を探してほしいと?」

「そういうことだ。その、星海稲荷神社っていうところは、一人じゃ危ないらしいからな」

「そりゃそうだろ」

 明はそういうと、飲みかけた缶コーヒーから口を離す。

「あんなところ、一人で行ったら途中で崖から落ちてしまうぞ。ある程度ルートを知っていなきゃいけないし、崖を登らないといけないしな」

「何でそんなところに神社を作ったんだろな?」

「昔は簡単に行けるルートがあったらしいんだけど、台風やら土砂崩れやらでその道はふさがれたらしいよ」

 なんだかめんどくさいことになったな、と思いながら亜留は持っていた缶コーヒーを飲みほした。

「じゃあ、準備して早速行こうか」

「待てよ亜留、準備っていっても結構時間かかるぞ。そうだな、一旦準備して、昼の一時くらいにもう一度ここに集合でいいか?」

 そういうと、明も残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「わかった。えっと、僕は何をすればいいかな」

「いや、特には無いかな。俺が一回家に帰って、必要そうな道具を持ってくるから」

 そういうと明は立ち上がり、自動販売機へ空き缶を捨てに行った。

 それにつられ、亜留も立ち上がって明の後を追う。


「それにしてもリラ、その格好はどうかと思うぞ? 幽霊はいつもその格好なのか?」

 自転車置き場に向かう途中、明はリラの服装を見てつぶやいた。

 たしかにまだ半袖でも大丈夫な気候だが、それにしても薄緑色のシャツに短パンは肌寒いだろう。幽霊だから関係ないのか。

「ああ、今見えている格好はデフォルトのイメージだ。普段の格好の方がイメージつきやすくて、エネルギー消費が少ないからな。パソコンのデスクトップにある、デフォルトの壁紙みたいなものだ」

「ってことは、服装も変えられるってことか?」

 途中で亜留が口をはさむ。

「服だけでなく、姿も変えることができるぞ。エネルギーをコントロールすればいいだけの話だからな。そうだな、服装を変えるなら……」

 そういうと、リラは目を閉じて意識を集中し始めた。

 すると、徐々にリラの服装が変わっていく。薄緑色の箇所が徐々に肌色になり、やがて下着一枚の姿になった。

「極端にするとこうなるな。裸になることもできるぞ」

「ほう、なるほどねぇ」

 上下下着一枚ずつとなったリラを、亜留は顎に手をあててじっと見つめる。

 が、あまりにじろじろ見るので、徐々にリラの顔は赤くなってきた。

「な、何をじろじろ見ている! そんなになめまわすように女子中学生の肌を見おって、お前は真正ロリコンかこの変態が!」

「男子高生の目の前で下着一枚になる奴がよく言うよな。それに、それなら明にも言えよな」

「ふん、別にアキラはたとえ裸を見られたところでどうってことないわ。小さいころから一緒に風呂にも入っている仲だしな。それに、アキラも私の裸なんぞに興味はないだろ」

「ほう、だったらそこに倒れている男子高生はどういうことだ?」

 そう言って亜留が指さした先には、鼻から血を出して倒れている明の姿がいた。

 それを見て、リラは慌てて明のもとに駆け寄る。

「あ、アキラ、どうしたのだ! 一体誰にやられた?」

 お前だよ、と内心突っ込みながら、亜留は一つ思い出したことがあった。


 そうだった。こいつ二次元は大丈夫なくせに、三次元の女の裸に耐性がなかったんだ。

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