08. 誰が為に――カナンの目的
つくばユニバースがあるCエリアは、つくば学術都市研究区の中で最も雑多に人が行き交うエリアらしい。
「学術研究区というだけあって、学びたい連中や研究に貢献したいヤツらが、上はSから下はBランクまで入り乱れている場所やさかいな」
そんな話から始まり、検問のゲートをくぐってCエリアのパーキングへ向かう道中に、ガクがつくばについて粗方の説明をしてくれた。
「個体識別コードって、出生届を出した段階で決定されているものじゃなかったのか?」
「基本的には、その通り。せやけど、これについても抜け道と言えばええんかなあ、特例がある。前科持ちがいる家系を示すCランクや、出世の望めないBランクだと認識した途端、向上意欲なんてなくなるやろ? 人口の大半を占めるのそのランクの国民が向上意欲を失くしたら、国としての発展も望めなくなる。そこで政府は、第三者機関というお題目の元、ここを民間委託の特別区として疑似的な執政を許可した、というわけや。なんぼ功績がない家系の出身でS未満のランクしか持っていない人間でも、ここの理事や教授からの推薦状があれば、階級審査の申請が可能、という餌を国民に与えたわけ。もちろん、推薦状を書いてもらえるだけの何か秀でたモノを本人が持っていることが必須やけどな」
「ガクがここの入場許可証を取れたのも、そっちルートの伝手があったから?」
「まあ、そんなところ。うちのバックヤードに収まっている映像データの中には、歴史的芸術的価値、それから、軍事的価値のある作品も多い。没収せんのは、保管維持のノウハウを知らんから俺に管理させとけ、って算段やろう。協力業者として登録したるから階級審査の申請をせえへんか、って古典映画研究部門の教授から打診されてAランクにはしてもろうた。闇で買った不正コードやさかい、俺自身がAランクになったわけとは違うねんけど」
「よく不正がバレなかったな」
「例えば、Sランクの家から認知された非嫡子が、Sで出生届けを出されていた場合なんかやと、本家のお家騒動やらみたいな相続のゴタゴタに巻き込まれたないからこんなコード売ったるわー、とかな。そういうワケアリで自分のコードを手放す人間も世の中にはおる、ちゅうこっちゃ。ちぃとばかり値は張ったけど、今も生きている人間のコードを買うたさかいに、死亡リストに載っている人間のコードよりは足が付きにくいんやろう」
そんな薀蓄めいた雑談を交わすころには車を降りて、三人はCエリアの中央に位置するつくばユニバース前のカフェテラスへ徒歩で向かっていた。
師走の寒空に屋外のテラス席を利用する変わり者は滅多にいない。ガクはカフェテラスへ着くと、敢えて無人になっているテラス席を選んで店員を呼んだ。キリヒトとカナンも隣り合わせでガクの向かいに腰を下ろし、訝る表情のウェイトレスにドリンクをオーダーした。
ほどなくウェイトレスが三人分の紅茶をテーブルに置いて立ち去ると、ガクが本題の口火を切った。
「さて。考えてみたら、俺自身が直接カナンちゃんから“手を引く”いう言質を取っていなかったさかいに、そこは俺のミスと認めるけれど。キリちゃんに殊勝なことを言うて騙してまで首を突っ込みたがる理由はなんでしょーか」
ガクはゆるい微笑を崩さないまま、質問形式ながらも内用的にはカナンの行動に対する批判を口にした。
「キリちゃんが俺を監視しているわけやし、俺がユイに不利な事態を作るかもしれへん、っていう心配から尾行して来たとは思われへんねん。ぶっちゃけ、一般人は足手まといにしかならへんよ? 何が目的かは訊かんといたるさかい、大人しくここで待っていてくれへんか?」
負けじとカナンも言い返す。
「自分の身は自分で守れるし、根回しは済んでいるから足手まといになんてならないわ。尾行して来た理由はガクのほうこそ心当たりがあるんじゃないの?」
「根回し? 心当たりって?」
「一方的な質問はアンフェアよ。私は尾行理由の質問に“自分に心当たりがあるでしょう”と答えたわ。私にも質問させなさいよ」
「屁理屈……」
「足手まといと言い切る理由は何? どこへ向かう予定でいるの?」
二人の醸し出す雰囲気が明らかにキリヒトの介入を拒んでいるので、口を挟む隙もなければ、そもそもそんな度胸もない。キリヒトはガクが巧くカナンを説得してくれることを祈りながら、居心地の悪い思いで紅茶をすすって静観した。
「目的地はGエリアや。そこは軍事機密を含んだ研究セクションもあるエリアやさかい、特別通行証を持っている者以外は立ち入り禁止なんよ。そんな場所にカナンちゃんみたいな制服姿の若い子がうろついておったら、目立ち過ぎて潜入調査にならん。せやから大人しくここで待っておいて欲しいねん。ちゃんとあとで報告するさかいに。な?」
「それなら問題ないわ。根回しの内訳の答えになるけれど、入場許可証をくださったクラブの顧問の先生は、Gエリアにある宇宙科学開発セクションの研究員が本業なの」
「なんやて?」
「キリちゃんよりも私を連れていくほうが、ガクも怪しまれることなくGエリアのゲートを通過できるわよ」
ガクの視線がカナンからキリヒトへ移る。
(なんとか説得しろよ!)
必死の想いでキリヒトが目でそう訴えたが、カナンの
「次は私が質問する番ね」
と繋いだ言葉でガクの視線が彼女に向いてしまったので、自分の意向が彼に伝わっているのか確証が得られなかった。
「先月ガクのお店で、キリちゃんとの契約は一度白紙にしろと言ったわよね。理由は、ガクが自分自身で姉様を助け出して、姉様に自分の印象をよくしたいからだ、って。でもね、いくら私があなたを毛嫌いしていても、感情で人を判断なんかしないわ。そんなつまらない理由で私を遠ざけるほどバカじゃないと思っている。私は姉様の家族で、唯一姉様の遠隔通信を知っている人間よ。しかもキリちゃんの依頼人。調査の経費調達という意味でも、私を外さないほうがメリットが大きいはず。なのに、あなたは私の介入をうっとうしがっている。本当は別の理由があるからでしょう? それは何? あの女がいるGエリアに顔の割れているキリちゃんを連れていくなんて、ハイリスクとしか思えない。そこまでしてキリちゃんを同行させる、本当の理由は、何?」
剣のある口調で問い質すカナンの横顔を盗み見れば、彼女はあからさまな不信感と警戒をこめた表情でガクを見据えていた。
(カナン……もう、いいよ。忘れちゃえよ)
彼女を突き動かしている原動力に気付いたら、キリヒトの頭の中で憤りに近い何かがそんな言葉に置き換えられた。
カナンは、ガクが自分をトウコに売る可能性を考えているのだ。
彼女は守り続けようとしている。セカンドと交わした最期の約束を。
『キリを独りぼっちにしないであげて』
それが彼女を縛り付けている。そう思うと、やり場のないキリヒトの憤りはセカンドに向いていった。
自分に経験がないので、キリヒトは恋愛感情というものが解らない。幼いころトウコに抱いていたそれが初恋らしきものだと思っていたが、思い返せば要求の想いばかりだった。同じ想いでいて欲しいとか、認めて欲しいとか、特別扱いして欲しいとか。
カナンのセカンドに寄せる想いは、キリヒトのそんな幼稚な想いとは違う。セカンドの想いに応えようと必死だったり、報われない想いだと自覚しているのに、律儀にも彼の遺した言葉を忠実に守ろうとしてキリヒトにまで同じものを施している。今もまた、非力なくせにキリヒトを守ろうとしてガクと対峙している状態だ。
もし偵察がトウコに知れれば、彼女は間違いなく兵器としてキリヒトの前にセカンドを立たせるだろう。そのときカナンが同行していたら、彼女に二度もセカンドを失う痛みを味わわせてしまう。
(カナンをここに留めさせるには、納得させるだけの理由を出さないと)
彼女の危惧を拭えるだけの何かを見つけなくてはと試行錯誤する。焦りばかりが増してゆき、巧く考えがまとまらない。すすっていた紅茶の味が次第に分からなくなって来る。キリヒトはカナンとガクのやり取りも話半分にしか聞いていない状態で、無意識に空になった紅茶のカップに軽く歯を立てて逡巡する打開案に意識を集中させていた。
「キリから聞いた話だと、カナンちゃんはユイを通じてセカンドとも親しくしていたそうだな」
がらりと口調の変わったガクにハッとして思考が中断された。キリヒトは慌ててカップから口を放し、祈る想いでガクのほうへ視線を向けた。
(まさか)
ガクを見つめるキリヒトの瞳に懇願が混じった。だが彼は、キリヒトを冷ややかに一瞥するとカナンに向き直り、邪魔と言わんばかりにキリヒトを視界から追い出した。
「カナンちゃんが納得するだけの理由がある。キリには口止めされていたから隠していたけどな」
と、約束の反故を示唆するガクの言葉がキリヒトを立ち上がらせた。
「ガク、待」
彼が告げようとしている言葉を阻む言葉がカナンに遮られる。
「キリちゃんは黙ってて。ガク、続けて」
「セカンドが」
「ガク!」
悲鳴に近い声がキリヒトの口からこぼれるも、カナンは容赦がない。
「キリちゃん、うるさい」
「カナン、違うんだ」
言いながら、代替えの言葉が浮かんで来なくて、焦る。
「ガク、セカンドくんが、何?」
「無視かよ!」
カナンをこの場から連れ出そうと腕を取ったが速攻で振り払われた。その反動でバランスを崩し、カナンの足許で尻もちをついた。その一瞬だけ、キリヒトは尻に走った瞬間的な激痛に気を取られてガクを止めることができなかった。
「セカンドが境界干渉でユイをここに留めさせていることが判った」
「……え?」
それまでの凛とした強い口調で話していたカナンの口から出たとは思えないか細い疑問符。それがキリヒトのほぼ真上から儚く落ちて来る。
(……バカ野郎……どうすんだよ、ガク)
尻もちをついたまま、心の中でだけガクをそうそしった。立ち上がることも、カナンを見上げることもできなかった。
そんなキリヒトの動揺をよそに、ガクが淡々とカナンに報告を続ける。
「キリがカナンちゃんに渡した報告書の画像は、俺が加工しておいたものだ。ユイの所在さえ判れば、向かいの席にいる人間についての追及はないと判断したから。カナンちゃんを同行させたくない理由は、まさにそれ。キリとしては、カナンちゃんに二度もセカンドを失う想いをさせたくないそうだ。それ以外の理由はない。これで俺の疑いは晴れたか?」
そのあとに続いた沈黙は、キリヒトに何時間もの無音地獄と思わせた。辺りに流れるBGMの音や、通行人の立てる物音と会話が間遠になる。キリヒトが考えることから逃げるようにぼうっとへたり込んだままでいると、不意に腕を取られた。
「何してんねん。座りぃさ」
と、ガクが腕を取る。彼の隣に座らされるのは、カナンと真正面から向き合わなくてはならないから嫌だったのに、彼の腕を振り払う気力さえなくなっていた。真正面には、俯いたきり長い髪で顔を隠しているカナンの姿があった。資料を取った手が小刻みに震えているのに気付いたら、キリヒトも顔を上げられなくなり、写し鏡のように彼女と同じ格好で俯いた。
「三年前、キリがセカンドのAIチップを“あの場所”の近くの荒野に埋めて隠したそうだ。トウコはあの場所から巧いこと逃げ延びたんだろうな。キリが潜伏生活をしている間にちゃっかりここへ潜り込んで、セカンドのAIチップを掘り起こしたと推察している。ユイの瞳を見れば判るだろう。視点が合っていない。境界干渉のシナリオを実演中、ということだ。つまり、向かいに座っているセカンドと同じツラをした少年は、器だけ同じ別物ではなく、境界干渉を行使できる存在。そして俺はそれが可能な人間を二人しか知らない。一人はキリ、もう一人は」
「もう、いい。分かったわ」
今にも消えそうな声が、ガクの説明を遮った。カナンのその一言だけで、身を切られるような痛みが走る。
「でも、それは、キリちゃんを同行させた理由の答えに、なっていないわ」
少し気丈さを取り戻した声が、ガクにもう一度同じ質問を繰り返した。
「キリちゃんに家族と再会させてあげよう、なんて生ぬるい理由ではないでしょう? 何をさせるつもりなの?」
「コイツには自分でその後始末をさせるつもりで連れて来た。トウコのことだ、どうせセカンドがあの当時のままのセカンドであるはずがない。ユイをコントロールしているのが判った段階で、トウコがセカンドの稼働プログラムを改ざんしているのは確定だと踏んでいる。トウコがユイを拉致したのは、俺かキリをおびき寄せるための餌にするつもりなんだろうな。偵察とは言え、トウコがこっちの動きを把握していないとは限らない。そんな状況でカナンちゃんを連れて行って何かあれば、俺にもフォローの限界がある。足手まといというのはそういう意味。納得した?」
ガクは質問というよりも、完全なる拒絶の意思表示としか解釈できない物言いで話を結んだ。
「というわけで、カナンちゃんはホンマ、大人しくここで待っといてぇな。夕方までに戻らなかったら先に帰っとき。何かあったらキリちゃんのモバイルにコールしぃ。コイツには盗聴防止処理をしたモバイルを別に持たせてあるさかい、それで連絡を取り合える」
ガクが普段のゆるい口調に戻し、カナンへそう伝えながら立ち上がる。隣に座っていたキリヒトも彼に腕を取られる格好で強引に立たされた。
「……ごめん」
辛うじてそれだけを告げ、俯いた彼女の姿を一瞬だけ見届ける。もう手の震えは止まっていたが、彼女は顔を上げないまま言葉を一つも発しない。
(……ごめん)
キリヒトはそんな彼女に背を向け、レジへ向かい始めたガクの後に従おうと彼女の横を通り過ぎた。
「二人とも、待ちなさい」
それまでと変わらない滑舌のよい制止の声が二人を振り返らせた。
「私はまだ、ガクの質問にちゃんとした答えを返していないわ」
時間稼ぎとしか思えない言葉に戸惑い、キリヒトはガクの意向を聞こうと彼に目で訴えた。ガクもまた面倒くさそうに目を眇め、頭を掻きながら深い溜息をついている。
「それはもうええよ」
「いいことないわ。それと、ガクにもう一つ質問があるの」
(カナンは何を考えているんだ?)
どこか勝ち誇ったニュアンスを漂わせたカナンの口調が、キリヒトの視線を再び彼女へ戻らせる。
「火炎龍の赤羽律子さんからラーニングしたストックがあと一回分あるわよね。どこで使う予定なのかしら?」
「!」
そんな話は聞いたことがない。キリヒトの視点が、ゆるりと立ち上がるカナンの後ろ姿とガクの間を交互に揺れ動く。見えない話題がキリヒトの行動を迷わせた。どちらを信じていいのか分からない。
ガクは彼らしくもなく不快をあらわにし、眉間に深い縦皺を刻んでカナンを睨み返した。
「カナンちゃんが何を言うているのか分からへんけど。誰や、それ」
「別に、赤羽さんとの関係は言及しないわ。姉様と出逢う前の話だから」
カナンが冷ややかな言葉を返しながら、ゆっくりとこちらへ振り返る。俯いていた彼女が長い髪を掻き上げながら顔を上げようとしていた。その口許が笑んでいるのを見た瞬間、キリヒトは察した。
(そういうことか! このバカ!)
咄嗟にポケットへ手を忍ばせ、その足はカナンに向かって戻っていく。
「カナン、待っ」
「とぼけても無駄よ。あなたの過去を“視させて”もらったわ」
ポケットからデザイングラスを取り出して彼女の瞳を隠し、彼女の言葉を封じようとしたが、あと少しというところで間に合わなかった。
「私は千里眼――時間軸を覗き視ることができる能力者なの」
カナンが不遜な微笑を浮かべたままガクの前に瞳をさらす。琥珀のキャッツ・アイに変化したその瞳が、昼下がりの陽射しを受けて縦長にキラリと瞬いた。
ガクの澄んだ碧緑の瞳が大きく見開き、その口がぽかりとわずかに開いた。カナンはキリヒトの手からデザイングラスを抜き取ると、何事もなかったかのように瞳をそれで隠した。
「キリ……おまえ、知っていたな」
二人に近付いて来る足音と路面を這うような低い声に、キリヒトだけがびくりと肩をすくませた。
「文句があるなら私に言いなさい。なんの伝手もない私がキリちゃんを見つけ出したのだから、彼が疑問を抱くのは当然でしょう? 仲間だと信じて欲しくて私からこの瞳を晒したの」
カナンがガクから守るようにキリヒトの前に立ちはだかる。その背中は華奢で頼りないのに、それを凌駕するほどの強い意思を背中全部で放っていた。
「私はキリちゃんの依頼人でもあるわ。彼があなたに知らせなかったのは、請負人として当然の義務でしょう。それから、あなたもキリちゃんも勘違いしているわ」
――私の目的は、キリちゃんをあの女から守ること。
「セカンドくんと約束したの。キリちゃんを独りにしないこと。キリちゃんに普通の暮らしをしてもらうことが、セカンドくんの望みだったんだもの。きっとガクやキリちゃんよりも、ううん、ほかの誰よりも、私がセカンドくんの望みを知っているわ。私が行く目的は、セカンドくんとの約束を果たすこと」
そう宣言するカナンの長い髪が冷たい風になびく。想定外だったカナンの反応で頭の中が真っ白になったキリヒトの目に、ようやくカナンの顔が映った。
「キリちゃんも大概負けず嫌いね。またセカンドくんと張り合って、泣き虫のくせに強がっちゃって」
ガクに向けたものとはまるで違う、哀しげな笑み。それを見てしまえば、カナンへの文句や説教が喉の奥でつかえてしまう。
「私を誰だと思っているの? たとえキミの時間軸を視ることができなくても、セカンドくんの時間軸を視ることはできるのよ。今さら私にまでカッコつけなくても、いいの」
カナンはキリヒトへそう告げながらデザイングラスを外した。その瞳はすでにいつもどおりの灰褐色に戻っていて、ただでも少しだけまつ毛が湿っていた。
「キミに二度もセカンドくんを殺させたりなんかしないわ。外界の大気に耐えられるセカンドくんなんて、私の知っているセカンドくんじゃないもの。私なら、セカンドくんを殺れる」
まるでガクがその場にいないかのように、彼女はキリヒトだけに語り掛ける。気丈に振る舞い笑みまで浮かべているが、カナンの痛みが自分の痛みのようなリアルさでキリヒトにも伝わって来た。
「カナンまで俺を見下すな。自分の尻拭いくらい自分でできる。だから」
そのあとが続かない。
(カナンの泣き顔は、もう……俺が、見たくない)
そう思ってしまう自分がいる。そして、そう思うことがなぜかセカンドに対する裏切りのような気がして言えなかった。
カナンがふと思いついたように、手にしていたキリヒトのデザイングラスのテンプルを広げ、キリヒトに掛けた。
「キリちゃんを見下しているんじゃないのよ。キミが不甲斐ないからではなくて、家族なのだからできないのが当たり前なの。だって、キミにとっては、たった一人の家族じゃない。だけど私は、セカンドくんの家族じゃない。けれど誰よりも彼の望みを知っている人間よ。だから、私が行くの。セカンドくんに施してもらってばかりだった私が、やっと彼のためにしてあげられることができたの」
今にも泣きそうな顔をして笑うカナンが、さっきまでの長い沈黙の中で数時間先のガクの時間軸も視たのだと暗に伝えていた。そこまで言われてしまうと何も言い返せなかった。止める言葉も、止められるだけの理由も、キリヒトには思い付けなかった。
キリヒトの沈黙を同意と見做したのか、カナンはガクへ視線を移した。
「ガク。だから私も一緒に行くのを邪魔しないで。“この瞳”があれば、足手まといどころか都合がいいはずよ。今日は“ただの偵察”では終われないわ。多分、だけど」
ガクは渋面でしばらく二人の顔を見比べて沈黙していたが、やがて幾分か表情をゆるめて、
「単独行動をしない、基本的には俺に同行、俺の指示を絶対に聞く、この三つが連れていく絶対条件や」
という判断を下した。