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サブリミナル  作者: 藤夜 要
本編
5/16

05. 碧緑の瞳を持つサイキック――能力模倣の異端者(1)

 キリヒトの最も嫌う夏がようやく通り過ぎ、血色の悪い青白い腕を長袖で隠すことに不快を感じなくて済む季節になったころ、その事件は起きた。

《キリちゃん、ご無沙汰してしまってごめんなさい。お願いがあるのだけど、今から会える?》

 カナンからそんなメッセージが届いたのはおよそ十日ぶりだった。それまで三日と間を開けずに何かとメッセージやコールをしてくる彼女が音信不通だったのを気に病んでいたキリヒトは、別案件の行使中だったが速攻で返信した。

《久し振り、大丈夫。今どこ?》

《いつも待ち合わせに使っているスタンドコーヒーショップ》

《了解。三十分ほど待たせるけど、いい?》

《急に呼び出してごめんなさい。お母様にはクラブ活動と言ってあるから、七時までなら大丈夫》

《OK、出来るだけ早く行く》

 キリヒトは返信を終えると早々にモバイルをポケットにおさめ、別案件の完遂を急いだ。

 別案件は、依頼人に代わってチラシ配りのバイト。配布用のチラシがあと一束分だけ残っているが。

「お願いシマース」

 一枚ずつ配るところをごそっと束で配ってやった。ぎょっとする通行人から素早く目を逸らして次のターゲットへごそっと渡す。その不届きで不真面目なバイトは、それからものの数分ほどで完了した。


「ユイさんが、行方不明……って、どういうこと?」

 待ち合わせたスタンドコーヒーショップでカナンの“お願い”の冒頭を聞いた段階で、つい口を挟んでしまった。

「今日でもう十日なの。お母様の話だと、昨夜姉様からゼミの友達の家に泊まらせてもらっていると連絡が入ったらしいのだけど、事後報告とか一度も家に帰らないとか、そんなことをする人じゃないの。今ごろになって連絡があった、ということが、却って事件に巻き込まれているんじゃないか、っていう気がして不安になってしまって」

 十日前と言えばカナンからの連絡があった最後の日だ。彼女からの連絡が途絶えた理由がそれにあると察せられた。

「すぐに連絡くれればよかったのに。詳しく教えて」

「うん」

 ユイは十日前もいつもどおりに家を出た。そのときに友人の家に泊まる旨は言っていなかったらしい。それきり三日ほど連絡が途絶え、母親が警察に捜索願を出したが、ユイが成人していることもあり、警察は彼女の捜索に本腰を入れてくれないと言う。

「大学生ならよくある話だとか、家出ではないかとか、まるで家庭内のいざこざだろう、みたいな言い方で本気になってくれないらしいの。お母様はショックで寝込んでしまうし、お父様もそう何日も仕事を休めないからと出勤するようになったけれど、お母様がどんどんヒステリックになって来て、私もなかなか通学以外の外出も禁じられていてキリちゃんと連絡の取りようがなかったの」

「今日は大丈夫なのか?」

「姉様のコールで少し安心したみたい。今日はお友達と一緒なら、七時までに帰ればいい、って」

「友達……って、まさか俺のこと話しちゃったとか?」

「あ、ううん。お友達に口裏を合わせてもらえるようお願いしてきたわ」

「そか」

「それでね、姉様、お母様と話したきり、私に通話を替わらないまま切ってしまったの。そんなことはあり得ないのよ。姉様は私の千里眼(アレ)の副作用を心配して、毎日のように体の心配をしてくれる人だから」

「うーん……確かに、そういうキャラだよな。ユイさんがキャンパスに行っている様子は?」

「それもなんだか腑に落ちないの。実習先の幼稚園が変更された形になっていて、ちゃんと実習に行っていることになっているのよ。そこまではお母様が学校へ確認できたのだけど、守秘義務ということで保護者でも実習先の幼稚園は教えられない、って言われて」

 そこでカナンは手詰まりになったらしい。彼女はほかに探す手立てとして、ユイから聞いた限りの交友関係を洗い直す中で、ふと一つの小さな変化に気付いたそうだ。

「実はね、両親には内緒にしているのだけど、姉様には一応恋人らしき人がいて」

「マジ?」

 思わず頓狂な声を上げた。周囲の視線がこちらに向いてしまい、キリヒトは慌てて顔を伏せた。

「声、大きい」

「ご、ごめん。ユイさんのキャラでその単語が出るとは思わなくて。てっきりそういう方面には関心がないとばかり思っていた」

「そこなのよ。どういうきっかけだったのか解らないけど、ソイツからもまったく連絡がなくなったの」

「ん? どういうこと?」

「ああ、順を追って説明するわね。思い出すだけでムカついちゃって、まともに頭の中で話すことを整理できていなかったわ」

 カナンが苛立ちと焦りをあらわにしつつも語ったのを要約すれば、以下のとおり。

 恋人氏はユイと同じ大学の院生で、ユイとはキャンパス内で出逢ったと言う。交際は一年そこそこ、カナンもユイの紹介で面識があるそうだ。どう見ても男のほうからユイにモーションを掛けて付き合い出した雰囲気だったので、そのときカナンが念のために連絡先を交換したそうなのだが、それ以来カナンにまでまめに連絡をしてくるような軽い男、というのがカナンから見た恋人氏のようだ。

「それが、アイツもこの十日ほど連絡をしてこないの。姉様が行方不明になったのと同時に、って、なんだかおかしいと思わない?」

「……飛躍し過ぎだろ。カナンから連絡を取ってユイさんの所在を聞いてみるとかは?」

「とっくにやったわよ。普段は一切の連絡をスルーしていたけど、事が事だし。でも、全然応答しないしメッセの既読もつかないの。……アイツが拉致ったんじゃないかしら」

「カナン、言葉遣いが」

「ほっといて。好きでお嬢様学校に通っているわけじゃないわ。これが素なの」

「あ、はい」

「それとね、もう一点……ちょっと、メッセで送るわ」

「?」

 怪訝に思いながらもキリヒトがカナンに倣ってモバイルを取り出すと、ほどなくカナンのアカウントからメッセージが届けられた。


 ――ソイツ、日比谷ガクもサイキックだと言うの。でも、自称。

 能力は能力模倣(イミテイション)、サイキックの能力をコピーする能力だと本人は言っていたわ。

 でも、実証のしようがないし、発動条件やラーニング方法も巧く話をはぐらかして教えてくれないの。

 でも、もし彼がサイキックだと言うのが本当だとしたら、姉様に近付いた理由にも納得がいくわ。

 能力のコピーが目的か、それともリークして姉様を政府に売るつもりかまでは解らないけれど、素性も一切明かさない人だったし、紹介されたときから胡散臭い人だとは思っていたのよね――。


 キリヒトがそのメッセージを読み終えて顔を上げると、同じようにモバイルの画面から視線を外したカナンと目が合った。

「それでお願いというのは、一緒にガクのことを調べて欲しいの。何からどうすればいいのか、そのノウハウが私にはないから、キリちゃんに協力して欲しい」

 とんだおてんば娘だと呆れ返った。危険かもしれないと解っていてそこへ飛び込もうなんて、ユイと負けず劣らずの世間知らずの甘ちゃんだ。

「まさか、素人なのに自力でどうにかするつもりじゃないよな? 一緒に、というのは却下。でも、依頼なら引き受ける。五百JPドルが頭金、依頼の完遂後に残りの報酬をもらう、報酬料の交渉は可能、それでどう?」

 大きな案件(ヤマ)が入ったと浮かれる気分にはなれなかった。カナンの焦燥が伝播したかのように、キリヒトの中にまで暗雲が立ち込めた。

 キリヒトの不安要素を知ってか知らずか、カナンはキッとキリヒトをねめつけると

「イヤ。私の姉様なのよ。どうして人に任せて自分だけのんびりと報告を待っていられると思うのよ」

 と噛み付いて来た。

「気持ちだけで事態を収拾できるなら警察なんか要らないだろ。素人に引っ掻き回されても、仮にそのガクとやらがクロだとしたら先手を打たれてオシマイだ。お母さんが臥せっている、って言っていたじゃないか。あんたにはあんたのすべきことがある。ソイツがシロかクロかをまずハッキリさせるから。グレーならそのあとを調べる。クロならユイさんの居場所を突き止める。依頼さえしてくれればこまめに報告はちゃんとするから、とにかくカナンが自分で動くのはやめて」

「じゃ、じゃあ、助手。助手にして。ほら、キリちゃん、ガクの顔を知らないじゃない。アイツ、写真を撮られるのが嫌いだから提供できる資料もないし、私が直接」

「カナン」

 彼女を制止する声が苛立った。

「気持ちだけでは救えない、ってこと、セカンドの件で学ばなかったのか?」

 どれだけ気持ちが先走っても、どれだけ助けたいと思っても、零れていく命を掻き集められないまま融けていくセカンドの姿がキリヒトの脳内で鮮明に再現された。

「キリちゃん……でも、私は」

「手伝ってくれるなら、可能な限りの情報を提供して。何かあっても、もう俺、これ以上は背負い切れない」

 懇願に近い制止の言葉が勝手に震えた。

 サイキック絡みの案件ならば、リスクが高い。そこにカナンを巻き込むことはできない。カナンと過ごして来たこの数ヶ月で、キリヒトはなぜセカンドが「都会に少なくても二人は仲間がいる、探せ」と言ったのかを理解した。おそらくセカンドも本当はカナンを――。

「信用して欲しいなら、俺のことも信用してよ。警察がユイさんを探してくれないなら、俺が必ず見つけ出してカナンに連絡するから……お願いだから、動かないで。もう、これ以上は、たくさんだ……仲間を、失くすのは」

 少しだけ嘘をついた。だが、ほとんどがキリヒトの本心だ。

 それが伝わったのか、カナンはしばらく黙し続けたあと、力なく「……解ったわ」と言って五百JPドル硬貨をテーブルの上に置いた。


 それからおよそ一ヶ月後。

 大久保家のほうでは事態が沈静化に向かっていた。

 現在は母親にのみオンライン回線を通じてユイから定時連絡があるとのこと。ボイスのみで映像はなし。回線にはジャミングが入り、中継箇所の特定は不可能。本人もしくは関係者の何者かが居場所の特定を避けるために工作したと思われる。

 その一方で、キリヒトの調査結果が事態の深刻さを物語っていた。

 日比谷ガク。自称サイキックというユイの恋人。同じキャンパスの院生ということだったので、まずは陽光院大学の学生課を当たったところ、当該人物の登録なしという回答が返って来た。

 その後の調査で、当該キャンパス周辺の食堂でその男と思われる特徴的な人物の目撃情報を手に入れた。

 日比谷ガクの特徴。個体識別コード上では北欧系日本人。だが、浅黒い肌とセミロングの金髪、両サイドのみ黒味掛かった緑色との証言から、偽造コードで法の目を掻い潜っていると見受けられる。染めているのか地毛かは不明。食堂の出入り口を屈んでくぐるほどの長身。癖の強い関西弁で、幼少期をOSAKAシティで過ごしていたという本人の発言アリ。証言者は食堂の親父。

(日比谷ガク……クロに限りなく近いグレー、ってトコかな)

 ルーズで撮影されたピンボケの写真画像を見ながら、キリヒトは剣呑に目を細めて呟いた。

 プロファイル更新。日比谷ガク、二十八歳、住所職業不明。

 カナンの目視で、身長は百九十から二百センチ以内。

(やたら長身、ツラを目にすれば嫌でも髪の不自然なツートンカラーに目が行くし。そんな目立つヤツをキャンパスで誰も見ていないってのは、確かにおかしな話だ)

 そして日比谷ガクは、写真の被写体になるのを殊更に嫌がるのに、この写真は隠し撮りではあろうが、判っていて撮らせているようにも見える写真画像だった。この画像の提供者もやはり食堂の親父。今日で来るのは終いだと言うので記念に一枚撮ったと言っていた。その親父はどうやらガクを可愛がっていたようだ。

(キャバクラ遊び仲間とか、どんだけ……)

 カナンはユイに紹介された初見のときから、日比谷ガクを胡散臭い男だと直感した。人を小バカにしたゆるい笑みを絶やさず、女癖は甚だ悪し。無駄に面構えがいい上に自覚もあるので、ユイの前でもだれかれ構わず声を掛けることもあったのだとか。

 一度は千里眼(セカンド・サイト)でガクの過去を視ようとしてみたが、あまりの光景に耐えられなくて途中で断念したという。その詳細はキリヒトに語らなかったが、「性別さえ越えたケダモノの所業なんて、一瞬視だだけでも目が穢れるわ!」と顔を真っ赤にしてまくし立てたところを見ると、まあ、そういう類のヤツなのだろう。

(そんなヤツに、どうしてユイさんほどの人が引っ掛かるか、と言えば)

 続く資料のページへとデータをフリックさせつつ、ぼやく。

 未確認事項。

能力模倣(イミテイション)――このおっさんのコレ、ホントかな)

 仲間だと思えばユイの警戒もゆるむだろう。ユイほどの母性溢れる女性なら、同病相哀れむという心情から、自分の感情だけでどうにかなる程度の手癖の悪さならば目を瞑りかねない。

 カナンが懸念しているのは、日比谷ガクの目的だ。彼が能力模倣(イミテイション)を利用して、ユイの遠隔通信(コーリング)を取り込むつもりではないか、と。そのためにユイを色仕掛けで落としたに違いない、と、後半はカナンの偏見まみれの憶測でしかないが。

(ほかの能力者の存在を知らなかったら無意味な能力だけど、それを持っている自覚があるということは、ほかの同類がどこにいるかを知っている、ということだよな)

 ユイを拉致した犯人かどうかはさておき、日比谷ガクを調べてみる価値はありそうだ。

(ユイさんのコールは個体識別コードが本物と認証しているみたいだから、今のところ命に別状はないだろうし。まずはこっちから潰すか)

 これまで隠し事なく過ごして来た姉妹なのに、カナンが心配すると判っているはずなのに、ユイがカナンに遠隔通信(コーリング)を送って来ない、という状況は気になるが、サイキック関連が確定だとすれば、そういう意味でもガクの線から潰すのが妥当だろう。

(カナンの千里眼(セカンド・サイト)まで盗ませないために、自分が人柱として消えた可能性もあるよな)

 いずれにしても足掛かりは日比谷ガクしかない。

(まったく、灯台下暗しっていうか)

 キリヒトはモバイルをポケットに収め、目的地に向かって歩き始めた。

 人種のるつぼと化したS区。後ろめたい傷を持つ者が集い、隠れ棲んでいるアングラな地区。

 日比谷ガクは、キリヒトがねじろにしているその地区と同じ区域、駅を挟んだ目と鼻の先に堂々と店を構えて定住していた。

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