02. 同類の少女は敵か味方か――千里眼の能力者
夜の帳がすっかり下りたころ、ようやくキリヒトはスタンドコーヒーショップを後にした。
道行く人々が目を細めて夜空を見上げているのを見たキリヒトは、なんとなく自分もそれに倣って夜空を仰ぎ見た。キリヒトが見上げた先、不夜城の街がともす照明のはるか向こうの空に、赤い月が雲間から薄ぼんやりと丸い姿を見せていた。
(そう言えば、朝のニュースで皆既月食と言っていたっけ)
言葉に置き換えて思い巡らせるのは、そんな他愛のないどうでもいいことだった。だがキリヒトは、周囲の人々のように天体ショーを楽しむ気にはなれなかった。空を仰いだ視線は足許に落ち、赤い月から身を隠すとばかりに、人混みの波を足早にすり抜けてゆく。
(考えるな。また眠れなくなる)
キリヒトの足取りが早足から小走りになる。その急ぎ振りは、赤い月で連想してしまった自分の過去から逃げるかのようだった。
(思い出すな。もう三年も前のことだ。ガキじゃないんだから、いい加減に割り切れよ)
四散する思考の元凶は、三年前に味わった凄惨な事件。それはキリヒトの持つ能力と、幼かったがゆえの無知が原因で起きた。そのときキリヒトは、唯一の家族を失った。あの日も赤い月がキリヒトを煌々と照らしていた。
「セカンド」
キリヒトは三年ぶりに家族の名を口にした。
(仲間を探せだなんて、死に際に無茶な宿題を出していくなよ)
セカンドが息絶える前に遺したその言葉のせいで、キリヒトは彼の後を追う選択肢を奪われた。セカンドの遺言に従って仲間探しを続けているが、そもそもサイキックの噂がそう簡単に人の口の端に上るはずがない。
サイキックにとって能力保持者だと明言するのは、世界中の人間を敵に回すのと同義だ。
キリヒトが三年前に破壊したTAMA研究所のあとを、今は別の研究所が引き継いでいるらしい。それを知った日から、キリヒトも見えない敵に怯えながら隠れ暮らす日々を送っている。サイキックは皆似たり寄ったりの暮らしをしているに違いない。それがキリヒトの仲間探しを困難にさせていた。
「そんな状況で、どうやって探すんだよ」
キリヒトの泣き言が意図せず雑踏の中にこぼれたが、その問いに答える者は誰もいない。そして小さなその呟きは誰の耳に届くこともなく雑踏の中へ吸い込まれていった。
繁華街の奥深くまで歩き進んだころになると、キリヒトのざわついた気分は随分と治まっていた。
「週末だからなあ……。空きがあればいいけど」
キリヒトが数あるネットカフェの中で今夜のねぐらに選んだのは、スタッフ全員に境界干渉を仕込んでいる比較的大きな店舗。フードコートにシャワー室完備、そして個体識別コードが記録されている個人カードの提出が義務付けられていない、という、個人情報の露呈を最低限に抑えられることが最大のメリットと言える店舗だ。
勝手知ったる入口の自動扉をくぐり、迷うことなく階段を上がって受付のある二階へ向かう。
「いらっしゃ……あ、クロちゃん」
店員がいつものように愛称でキリヒトを呼んだ。もし初見扱いされた場合は、仕込んでおいた境界干渉が発動した、ということになる。
(俺の本名バレはなし、か……敵は今日もこっちの存在に気付いてない、ってことだな)
今日の店選びも正解だと判ってほっとしたものの、どうも店員の様子がおかしい。
「どうしたの? 顔色が悪いよ。また何かトラブってる?」
カウンターの上に差し出された伝票に偽名でサインをしながら小声で尋ねると、店員は
「すみません、まだいつもの部屋が掃除できていなくて。店番が今夜は俺一人だけなんですよ」
と無難な答えを返す一方で、キリヒトの書いている伝票の上についとメモを差し出した。
『例のバカ息子とその連れが、また個室ブースに女の子を連れ込んでいます。
今度こそこれで最後にするから、助けてください。お願いします!』
メモから視線を上げて店員を見れば、ふっくらとした両頬を震わせて、今にも泣きそうな顔でキリヒトをじっと見つめている。カウンターの上に置かれた彼の両手が合わされ小さく上下に揺れていた。拉致されたらしい被害少女に対する彼なりの精いっぱいの善意だとは思うが。
(この人も懲りないなあ)
バレれば手が後ろに回るような雇用主の経営するネットカフェなんて辞めてしまえばいいのに、といつも思う。ここの店主は後ろ暗い別の本業があるらしく、滅多に店へ立ち寄らない。それをよいことに、店主のドラ息子が店をしばしば私物化する。悪友とつるんで気弱そうな男を連れ込み、暴行しては金品を奪ったり、今回のように少女を拉致して暴行したり。それらの動画を撮影して、それをネタに恐喝もしているようだ。中途半端な正義感を翳すくらいなら見て見ぬ振りという選択肢もあるのに、この店員はキリヒトが一度気まぐれで被害者を助けて以来、こういう事案が発生するたびにこんな頼みごとをして来る。
(まあ、人それぞれ事情があるんだし、咄嗟に助けちゃった初回のあれが原因なら、俺の判断ミスだよな)
キリヒトは大袈裟な溜息を一つつくと、店員の書いたメモを手に取ってポケットへ捻り込んだ。
「いつもの部屋、空いてはいるんだ。掃除は別にあとでもいいよ」
何事もなかったかのように尋ねると、店員の表情がほっとした明るい笑みに変わり、元気よく「はい」と答えたかと思うとVIPエリア全ブースのマスターキーをキリヒトに握らせた。
「ありがとうございます。プランもいつもどおりでいいんですよね。Cエリア五番は一番奥のエリアになります。できるだけ早く掃除しに行きますね!」
店員はわざと最奥のブースまで通るほどの大きな声でそう答えると、キリヒトに何度もぺこぺこと頭を下げた。
「よろしくー」
Cエリア、つまり一番奥にある鍵付のVIPエリアに監禁されているということだな、とおおよその推論を下し、キリヒトは慎重に周囲の気配を窺いながら最奥のエリアへ向かった。
週末にも関わらず、カウンターブースのエリアは閑散としている。数人しかいない客の全員が店内に背を向ける格好で、壁際に設置されたモニターに見入っていた。ヘッドホンをつけて各々が動画視聴やゲームに興じているところを見ると、それに夢中で背後の状況に気付いていないと言ったところか。
(三人程度なら、まあ大丈夫だろ)
キリヒトはギャラリーになりそうな人数をそう判断すると、背を向けている客たちの後ろを通り過ぎて一般個室ブースのエリアへ進んだ。
個室ブースの方にも何人か利用客がいるようだったが、顔を出して来る気配はない。利用客たちの間では、店主のバカ息子がこの店でやらかしている愚行を暗黙の了解と認識しているからだろう。君子、危うきに近寄らず、というわけだ。
そこの通路も中ほどまで過ぎた辺りになると、VIPエリアの方から何やら騒がしい気配が漏れ聞こえて来た。警戒をさらに強めてVIPエリア入口の扉を開錠する。
(さて、どの部屋に籠城しているのかな、と)
そっと扉を開けて、気持ちの上では既に臨戦態勢に入っていたキリヒトだが、扉の向こうに見えた光景を目にするなり呆然と立ち尽くした。
「いい加減にしなさいよ! しつこいったら!」
キリヒトと同じ年ごろと思しき女子高生の甲高い声が轟くなり、ゴ、と鈍い音がする。
「あだっ、このガキ、調子こきやがって!」
頬へ見事な裏拳を決められたバカ息子の悪友が、頬をさすりながら女子高生にがなり返した。
意外にも、被害少女はまだ個室に監禁されてはいなかった。通路で揉めているのは三人。内、二人はキリヒトがよく見知った顔ぶれだ。少女の監禁に手こずっている彼らは、キリヒトが何度も伸しては境界干渉で自分の存在を忘れさせるシナリオを演じさせて来た店主のバカ息子とその悪友だった。
(お……?)
そして被害者と思われる女子高生は、一瞬キリヒトの思考と視覚を奪った。
黄色地に黒糸で彩られたタータンチェックのミニスカートの裾が、大胆にひらひらと大きな丸を描く。無地の半袖ブラウスの白さを際立たせるのは、大きなこげ茶色のリボンタイ。女子高でトップと言われている桐之院女子高校の生徒であることを示すトレードマークであるそれが、極真空手の技を繰り出す少女の機敏な動きによる勢いで解け掛けている。
清廉でしとやかな才女を輩出することで有名な桐之院女子高校の制服を纏った少女が、「しとやか」とは掛け離れた見事な足さばきで華麗に舞い踊っていた。
「触るんじゃないわよ!」
自然なウェイブを形作る長い髪が、亜麻色の川を描いた次の瞬間、タータンチェックのミニスカートから覗く美脚が、容赦なくバカ息子の太腿にクリティカル・ヒットした。
「ぃって! このガキ、下手に出てれば調子こきやがって! 何回蹴りやがる!」
(マジか)
その容赦のなさを目の当たりにしたら、キリヒトの太腿にまで一瞬痛みが走った。もちろんそれは錯覚だが。
しかし、どうやらそれはキリヒトの過大評価だったようで、せっかくいい筋をしていたのに、パワーが全然足りていないらしい。バカ息子は膝を折る程度でどうにか踏み堪え、忌々しげに少女を見上げて再び立ち上がろうと態勢を整えた。
「ちょ……っ、立つなら立つで、さっさと立ちなさいよ! 見えちゃうでしょう!」
女子高生が顔を真っ赤にしてそう叫んだかと思うと、慌ててスカートの裾を押さえた。
(うわ、気が強そうな子だなあ。てか、余裕じゃん。この状況でも下着を見られないことのほうが優先なんだ)
厄介事には関わらないのが一番。自力でどうにかできそうじゃないか。下着を見られることさえ気にしなければ。
キリヒトがそう判断して踵を返したとき。
「え、うそ! なんで行っちゃうの!? 助けてくれるんじゃなかったの!?」
その声に弾かれ、つい振り返ってしまった。
「助けて、って、それのどこが?」
思わずそう答えてしまったのは、女子高生の真っ白な膝小僧が放蕩息子の股間へ容赦なくめり込む瞬間を見たせいだ。
「――ッッッ!?」
声にならない絶叫が聞こえた気がした。バカ息子が無様な格好でうずくまる。
女子高生の宙に浮いた膝小僧から先が、すらりと伸びる。その美脚が間髪入れずに、今度は悪友男子の脳天目掛け縦にまっすぐ振り下ろされた。コンマゼロ数秒後、彼女の履いているローファーが悪友男子の頭にめり込んだ。
「ごぅぇッ!」
聞くに耐えない悲痛な声。悪友男子の膝がガクリと折れ、頭を抱えてうずくまる。もちろん、同情の余地はゼロなのだが。
「あ、とうとうパンツを気にしなくなった」
キリヒトがそう茶化しながら拍手を送ると、女子高生がくるりと体ごと振り返り、恨めしげに目を光らせた。
――キミは目黒キリヒトくんでしょう? やっと見つけた。
「!」
少女の叫んだキリヒトの名が店内いっぱいに轟いた途端、辺りがある意味での静寂に包まれた。
「え……?」
少女が茫然として辺りを見渡す。彼女を襲った男二人が、うずくまったまま呻き声すら止める。微動だにもしないでいるのは、恐らく彼らだけではない。やたら店内のBGMだけが大きく響き、どのブースからも物音一つしなくなった。
(チッ)
キリヒトは心の中で舌打ちすると彼女の傍まで大股歩きで近付いた。
「あんた、何者だよ」
キリヒトは謎の女子高生に問い質したが、彼女の返した言葉と見上げて来た瞳を見て絶句した。
「私はカナン。大久保カナンよ。セカンドくんから私のことを聞いていないの?」
失くした家族の名を口にされ、心臓が大きくドクンと脈打った。カナンと名乗った少女が今にも泣きそうな微笑を浮かべたことにも驚いたが、それ以上に驚いたのは。
「あんた……その、瞳」
カナンの琥珀色をした瞳が、人のそれではない。トパーズを思わせる輝きを放った虹彩の中心で、瞳孔が縦長に細く伸びている。キリヒトを見上げたせいでシーリングライトの光を受けた瞳は、闇夜に光る猫の瞳を連想させた。
(キャッツ・アイ……? 能力を発動している……能力者、ということか?)
カナンはキリヒトの動揺を見て初めて自分の瞳の状態に気付いたようだ。さっと顔色を変えたかと思うと、慌てて顔を伏せた。
「どうして……? いつもすぐ元に戻るのに」
さっきまでの威勢がなくなっている。キリヒトは不意にセカンドと交わした最期の会話を思い出した。
『キリ、仲間を探すんだよ。忘れないで。少なくても都会に二人は確実にいる』
異形の瞳はサイキックの証とも言える。少なくてもキリヒトの瞳は能力の発動時に人間ではあり得ない形状に変わる。この女子高生も同じかもしれない。
「ブースの客も顔見知りか。残り一分弱、ってところだな。とにかくここから逃げるぞ」
今の優先事項は、現状の厄介事からの緊急退避だ。サイキックに関する話を人前でするのは自滅行為でしかない。
「え、でも」
「シナリオがクランク・アップした段階で俺がVIPエリアにいるとマズイんだよ」
「シナリオ……急にみんなが動かなくなったのは、キリちゃんのシナリオを演じているから、ということなのね? もっと長いシナリオにしておけばよかったのに」
察しがいい。そして、彼女はどういう経緯からかこちらの能力を熟知しているようだ。
(最悪、この子にも境界干渉を仕掛ければ何とかなるか)
敵か味方か分からない少女の処遇をそう決め、ひとまずはこの場から離れるのを優先させた。
「シナリオ作りは苦手なんだよ。あと三十秒、裏から出て人目の付かないルートで逃げるぞ」
キリヒトは自分のデザイングラスをカナンに私、彼女の白い手を取ってスタッフ・オンリーの扉からビルの裏側へ脱出した。
まだ夜が更けていないせいで、表の道は人通りが多い。人ごみは逃避の障害物であると同時に、下手に跳ぶところを見られたら通報される危険性が高くなる。
「こっち」
ビルの裏沿いを液方面に向かって戻り、ビルの裏側が見えないところまで辿り着くと、キリヒトは一度足を止めてカナンの方を振り返った。
「キリちゃん、私の瞳、もう戻っている?」
デザイングラスを外して尋ねて来た彼女の瞳を見れば、あんなにも綺麗だった琥珀の瞳が灰褐色に変わっている。“変わった”というより“戻った”と言う方が正しいのだろう。人種のるつぼと化しているS区ではよく見掛ける、普通のウルフ・アイズになっていた。
「早いな。もう戻っているよ」
「よかった。セカンドくんから“続けて何度も使うと戻るのに時間が掛かるから”って注意されていたのに、キリちゃんを探すのに夢中になって使い過ぎちゃった」
苦笑しながらそう言ってキリヒトにデザイングラスを返して来る彼女は、“何を”とは敢えて言わない。そして再び口にされたセカンドの名が、キリヒトの信用を得ようとして繰り返しているのだと暗に訴えていた。
「ここだとまだ人目が多いから、ちょっと跳ぶよ。しっかり掴まってて」
キリヒトがそんな注意を促すと、彼女は解っているとばかりにキリヒトの首へしがみついた。
「ジェット・コースター、一度乗ってみたかったんだ」
と楽しげに返して来る彼女に内心で呆れながらも彼女を抱き上げて膝を折る。一気に蹴り脚へ力を集中させれば、次の瞬間キリヒトはカナンを抱いたままビルの屋上目指して跳んでいた。
「きゃ」
という小さな悲鳴が、真っ暗な路地裏にこぼれ落ちる。壁を足場にし、助走ゼロで再び跳躍。二階、三階――七階の非常階段を足掛かりに、あとは彼女を横抱きにしたまま、屋上まで一気にジャンプ。数秒後には、眼下に広がる繁華街の舗道を行き交う人々がマッチ棒ほどの大きさで見下ろせた。
「すごい……跳躍者って、視るのと体感するのとでは、全然印象が違うのね。すごい速度」
「視る?」
「私の能力は、時間軸を選んで他者の時間を覗き見ることができる能力なの。もちろん、ちゃんとセカンドくんが視てもいい、という時間軸しか視てないわ。彼とキミの特訓風景を視て自分のトレーニングの参考にしていたのよ」
信じられない突飛な話だが、能力者ゆえの非現実的な内容なのはある意味お互い様だ。やはり彼女がセカンドの言っていた“一般社会の中で隠れ暮らしているサイキック”の一人、なのだろうか。
「キリちゃん、信じてくれてありがとう。セカンドくんから頼まれていたのに、見つけるのが遅くなってごめんなさい」
本気で申し訳なさそうな声音が耳元で囁かれる。
「カナン、だっけ? まだあんたを信用したとは言ってない。セカンドはTAMA研究区から出たことがないはずだ。どうやって接触したの?」
ビルの屋上を跳び渡りながら、当然の問いを口にする。彼女はキリヒトにしがみついたまま、耳元へ囁くように弱々しい声でいきさつを語った。
「セカンドくんの存在を知ったのは五年前。私が姉様に言われて千里眼をコントロールする訓練をしているとき、セカンドくんの星がキラキラと瞬いて呼んでいるように視えたの。私には干渉する能力がないから、姉様の遠隔通信――フィクションによくあるテレパスのような能力なのだけれど、それを使って私の受信したセカンドくんのオーラを認識してもらってから、姉様がセカンドくんに語り掛けてやっとお互いを見つけたの」
それを機に、カナンやその姉は定期的にお互いの能力を使ってセカンドとコンタクトを取り続けていたと言う。
「キリちゃんのことももちろん視ようとしたし、姉様もコールし続けたのだけど、なぜかキリちゃんには能力を発揮できないの。それはセカンドくんも知っていたから、てっきりキリちゃんには口頭で私たちのことを知らせているとばかり思っていたのだけど」
そこでカナンは一度言葉を詰まらせた。
「けど?」
そう問うころには、随分と繁華街から離れていた。高層のオフィスビルが連なるビジネス街を今少し移動し続ける。
「私が余計なことをセカンドくんに伝えてしまったせいで……結局、それからあとはずっと姉様の遠隔通信にも答えてくれなくなって、最期のときしか、話せなかった」
そう告げたかと思うと、抱き上げている彼女がより強くキリヒトの首にしがみついた。何かを堪えるようなその仕草が跳躍者でビルの屋上を飛び移る速度を、ほんの一瞬だけ失速させる。
「セカンドに、何を言ったの?」
彼女の態度から滲み出る後悔の念がそう問うのを躊躇させたが、敵か味方かの判断がつかないので結局は尋ねてしまった。
「好き、って、伝えちゃったの。そうしたら、ごめんって返事を最後に、コンタクトを拒否されるようになっちゃった」
笑いさえ交えてそう言うくせに、かすかに触れ合った彼女の頬がキリヒトの頬を濡らす。
「私とはもう関わりたくなかっただろうに、きっとああいう結末になることが分かっていたから、セカンドくんは姉様からのコンタクトを最後の最後には受け取ってくれたのだと思う。セカンドくんにとって一番はキリちゃんだから、キミを独りぼっちにはしたくなくて私たちに託してくれたのだと思う。なのに、なかなかキミを見つけ出せなくて、ごめんなさい」
震えながら告げる言葉に嘘はないように感じられた。なぜかキリヒトの胸までキリリと痛み出し、それ以上を尋ねることができなくなった。
「……しゃべっていると舌噛むよ」
まだカナンを全面的に信用したわけではないけれど。
キリヒトは彼女の瞳から滲んだ表情と流す涙が演技とは思えなくて戸惑った。早く仔細を訊ねたい欲求が跳躍者の加速に表れた。