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サブリミナル  作者: 藤夜 要
本編
11/16

10. ダウト――大人と子供の騙し合い

 ガクと合流するまでの十分弱の時間は、簡単ながらも現段階でガクと打ち合わせてあった潜入計画を伝えることに費やした。

「あれ? 今、何時?」

「まだ三時少し前。薄暗かったから夕方と勘違いをしちゃうわね」

 気付けば一本道が終わりを告げようとしていた。二人してそれに気付いたのは、夕刻を思わせる薄暗い森を歩いているうちにいつの間にか明るさが増していたせいだ。

 光が射す方向を見れば、綺麗に舗装された幹線道路が碁盤の目のように奥と左右に長く伸び、整然と立ち並んだコンクリート構造の研究施設群が視界の中央を占める。森の出口より手前に佇むクスノキに寄り掛かって二人を待っている人物と視線が合うと、キリヒトはカナンの手を取り急いで彼の元へ駆け寄った。

「待たせてゴメン。土地勘があるのはガクなんだから、って、指示に従うよう説得していたら、歩くのがゆっくりになっちゃった」

 キリヒトがアドリブで無難な弁解を言えば、カナンがそれを受けて

「ガクがなんにも教えなかったのがそもそもの原因だったんだから、謝ることなんかないわよ。ガク、キリちゃんに直接今日の行動予定を教えてもらったわ」

 と繋ぐ。不服げなカナンの視線を受け留めたガクは、苦笑いを浮かべながら

「取り敢えずモラトリアム世代同士の内緒話は済んだみたいだな」

 とこちらの何かしらを見透かしたような、妙に気になる物言いをした。クスノキから大儀そうに身を剥がすガクに疑われまいと、キリヒトが弱々し言い訳を試みる。

「別に、内緒話ってわけじゃあないけど」

 と言い掛けたところをカナンがいきなり割り込んできた。

「結論から言うわ。ガクの計画では大雑把過ぎる。作戦の練り直しよ」

「は? キリちゃん、説得できたって意味と違うたん?」

「得物はガクに預けろ、とは、言った」

「その代わり、基本スタンスを変えてもらうわよ。二人ともこっちへ来て」

 カナンはガクに反駁の余地を与えない勢いで彼の腕を取ると、一本道の脇に広がる森の茂みへ足を踏み入れた。


 あまり剪定の手が入っていないせいで、高木の下に茂る灌木の枝葉もかなり伸び放題になっている。そのおかげでガクほどの長身でも、腰を落とせば容易に舗道から目立つその姿を隠してくれた。

「奇襲攻撃が基本なんて、トラブルを次々と生み出すようなものよ。潜入調査は事を荒立てずに進めるのがデフォでしょう」

 というカナンのお説教から始まった緊急作戦会議は、カナンがリードする形で進行した。

「さすがに施設棟は有人警備でしょうね。明確な尋ね先を持っている私が囮になって警備員の気を引くわ。不自然さがないようにGエリア全体を把握してから迷うルートを考えたいから、Gエリアの全体像と、姉様がいそうな研究棟について詳細を教えてちょうだい。白金トウコもどうせ同じ研究棟にいるはずよね?」

 カナンが奥まで進む気満々でガクに命じたが、ガクは渋い顔で異論を唱えた。

「迷子、ねえ……ソイツは厳しいな。キリ、地図出して」

 促されるままにキリヒトが小さく折りたたんでポケットに入れていたA4サイズの地図を広げて真ん中に置く。

「この森は技術研究施設をぐるりと囲む形になっている。で、今いるのが森のこの辺り、森が開ける少し手前の、死角になっている茂みのところ。ここから入口のゲートからは一キロほど。この一本線が縮尺の基準な」

 と説明しながら、ガクが自前の四色ボールペンで森の一本道に線を引いた。

「で、トウコたちがいるバイオ技術研究区は、ここから正反対の、ココ」

 ガクはすでに赤で印を付けられているところをペン先で軽くつついた。

「距離にして奥へ二キロくらい。その更に奥にある森のほうが、ここまでよりも深い。山を背にした格好や。ほかのどの研究区よりも、厳重に部外者の侵入を防いでいる」

 そしてガクは地図の建物に赤丸を一つ追加した。

「で、ココがカナンちゃんの言っていた先生が所属している天体地質研究室。森を出てすぐ目の前や。カナンちゃんの読みどおり、施設棟内は人間がパトロールしとる。これだけ解りやすい配置やし、まず間違いなく迷子の振りは見抜かれてまうで。天体地質研究室はさっきのセキュリティ・ゲートに一番近い施設棟やし、万が一のときにはすぐ避難できる。必ず連絡はするさかい、大人しく先生のところで待っておき」

 だがカナンも引き下がらない。

「それだと何かあったときにすぐ対応できないじゃない。それに、先生と話していたら、あなたたちからコールを受けたときにいきなり途中で切り上げるなんて、不自然過ぎる。そっちのほうが何かしらの疑いを持たれる可能性が高くなるわ」

 キリヒトも自分なりに考えてみる。

(ガクの前ではモバイルで連絡を取り合うわけだよな。傍受の可能性も、あるか)

 それであれば、確かにカナンの言うとおりだ。あまり彼女と距離を取らないほうがこちらも対応できる。

「ガク、ユイさんとのコンタクトのとき、ジャミングが入っていたんだろう? カナンとは連絡手段がモバイルしかないから、ジャミングや盗聴で妨害されて対応が遅れる危険性があるんじゃないかな。カナンはガクの傍にいたほうが何かと対応しやすいと思う」

「というわけで、私の護衛を条件にするなら、これをガクに預けるわ。くれぐれも壊したり失くしたりしないでね」

 カナンがそうまとめながらバッグから護身用の小型拳銃を取り出してガクに手渡した。ガクは呆れた表情で二人の顔をしばらく交互に見つめたが、やがて観念したかのように溜息をついてカナンの拳銃を受け取った。

「カナンちゃん、そのカッコで森の獣道なんて歩けるん?」

「問題ないわ。ローファーの靴底には鉄板が入っているし、替えのタイツも三足持ち歩いているから、あとに証拠は残さないわ」

「ほんならバイオ研究棟のある辺りまでは、人目に付かないよう三人とも森の中から奥へ進む、ということで」

「同行はOK、ということでいいのね。じゃあ次は潜入方法。ガクが警備員さんの気を引いている隙にキリちゃんが跳躍者(リーパー)で蹴りを食らわせて失神させる、これは物凄い悪手になるわ。卒倒させたところで、持って数分から十数分でしょう。意識が戻った途端にあなたたちを追うわよ。逃げながら姉様を探すなんて非効率だわ。それに、警備員さんだって、それが仕事なのだから、何も怪我をさせる必要なんてない。キリちゃんに境界干渉(サブリミナル)を差し込んでもらう方法を採りましょう」

「あ。その手があるのか」

 カナンがシナリオを即興で考えると言う。カナンはキリヒトが確認用に持って来ていた資料の裏を使って、それぞれのキャスティングや台詞を粗方書き出し、対応する警備員が誰であっても違和感を持たせないシンプルなシナリオをあっという間に書き上げた。

「ん、OK。俺がキリの後見人でトウコの顔見知りという設定で話せばええんやな」

「ええ。キリちゃんと私は友人で、二人で同時にサイキックの目撃をした、という設定。連名でのリークということにしましょう。私の制服を見れば身元が怪しまれることはまずないと思うわ。くれぐれもタイミングをミスしないようにね」

「ええと、カナンが警備員を森のほうへ誘導したら、だよな」

「そう。ガクが取り押さえたら、顔を覚えられる前に境界干渉(サブリミナル)を発動させて。事前に準備しておいてね」

「了解」

 何度か復唱と確認を繰り返し、三人がそれぞれシナリオを頭に叩き込んだ。

「ほんなら、そろそろ行きますか。半分辺りまではこのまま獣道を進むで」

 森に並び立つ樹木の向こうに見える施設棟へ視線を投げたガクから、ゆるい表情が消えた。

 ガクが先頭に立って、獣道に伸びた草や徒歩の邪魔になる枝を踏み砕いて進む。そのあとをカナンが、後ろの護衛を兼ねて最後尾にキリヒトがついてゆく。

『キリちゃん、聞こえる?』

 ガクと合流する前に仕込んだインカムからカナンの囁きが聞こえた。

『聞こえる』

 小さな声で答えると、

『感度はよさそうね。マイクが少し不安だったけれど』

 と、ほっとした声が返って来た。こちらの声も届けられるようだ。それがキリヒトに少しばかりの安心感を与えてくれた。

『別行動になったら、何かあったときはすぐに伝えろよ』

『うん。くれぐれもガクにこれを気付かれないようにね』

『了解』

 目指すバイオ技術研究区の施設群が見えて来るまで、三人ともそれ以降は無言のまま歩を進めた。草を踏みしだく音、自分の心臓音、何もかもがキリヒトにはやけに大きな音に聞こえた。


 バイオ技術研究区の区画内に入ると、三人は二手に分かれてメインラボの建物に向かった。キリヒトとガクは舗装された広い通路を歩くカナンの歩調に合わせ、道路やその周辺から人の気配がないかを注意深く観察しながら先へ進んだ。

 一方のカナンは、かじかんだ手をときおり顔の前で合わせ、「はぁ」と吐息で温めながらおどおどとした瞳で整備された広い通路を進んでいく。そのうち彼女はキョロキョロと辺りを見回し、迷った振りをしながらメインラボの裏口に辿り着いた。

「え、うそ! ここで行き止まりなの? おかしいわね」

 カナンの大きな声に気付いた強面の中年警備員が早足でカナンに近付いて来た。

「君、その制服はTOKYOシティの桐之院女子高だね」

「あ……はい、そうです」

 わざとらしく不安げな声を発したカナンに、警備員が言葉を重ねる。

「君のような子供は立ち入れない区画だが、セキュリティ・ゲートを通過して来れたということは、この区画の局員からパスをもらっているようだね」

 自分の人相を自覚しているのだろう。警備員は下がりそうもないまなじりを無理やり落とし、笑みらしき表情をかたどった。柔らかな口調で尋ねられたそれに、カナンもぎこちない笑みを浮かべた。

「はい。こちらで助手をしている門脇先生が、私の学校で天体クラブの顧問をしてくださっているんです。門脇先生に部員のことで少し込み入ったご相談があって特別通行証をいただきました。ただ、来る途中で地図を風に取られてしまって。みんな同じような建物で道も全部同じだし、迷っているうちに自分がどこにいるのか分からなくなってしまって。宇宙科学開発セクションはこのエリアで間違っていませんか?」

 カナンが迫真の演技で不安そうに尋ねると、警備員は苦笑いを浮かべて

「今どき手書きの地図を渡されたのか。専門外には大雑把な宇宙開発セクションの人らしいな。せっかくここまで来てくれたのに、申し訳ないが宇宙科学開発セクションは、まるっきり元来た道を戻らなくちゃならないよ」

 と、返答に同情めいた言葉を添えた。

 カナンは警備員の言葉にはっとした表情を浮かべ、本当に頬を赤らめた。

「そ、そうなんですか。いやだ、また方向音痴が……恥ずかしい……」

 そこでカナンがふるりと肩を震わせた。

(合図やな)

 茂みに潜んでキリヒトの真横で一緒に様子を窺っていたガクが小声でスタンバイを促す。

(おまえさんは目立つさかい、俺の影に隠れる形で接近し)

(了解)

 短いやり取りの間にも、カナンがキリヒトたちに背を向けて、腕に掛けていたコートを手に取って広げる。大きく広げたそれが警備員の身体に軽く触れた。

「あ、すみません。当たっちゃった」

「大丈夫。寒さにも気付いていなかったようだね。ほっぺたも随分と赤い。冷えただろう」

 そんなやり取りをしながら、カナンがじりじりとキリヒトたちのいる茂みのほうへ後ろ歩きで近付いて来た。

「森の中は風が凌げていたので、歩いていたら暑くなって来て脱いだんですけど、やっぱり寒いですね。警備員さんに声を掛けられるまでは、怖くて寒さどころじゃありませんでした」

 弱々しげなカナンの声に警備員は相好を崩し、

「ああ、うちも娘がどうにも建物から道を覚えるということができなくてね。泣き声でコールしてくることがあるから分からないでもないよ。事務所で温かいココアを淹れてあげよう。私はその間に管轄の所長先生から許可をもらうから、宇宙科学開発セクションまで案内しよう」

 警備員がそう言って局員専用通用口へ視線を移した瞬間、ガクが一足先に飛び出した。

「おい、で……むっ!?」

 カナンに視線を戻した警備員が、すかさずカナンへ手を伸ばす。庇うつもりだったのだろう彼の腕は、すかさず身を横へスライドさせたカナンの腕を取ることができなかった。ガクはバランスを崩した警備員の後ろへ素早く回り込み、彼の両腕を背中へ思い切りひねり上げた。

「むぉ!?」

 警備員のそんな狼狽は一瞬だけで、すかさずガクの大腿目掛けて真横一文字の蹴りを繰り出した。キリヒトはガクの太腿にその蹴りが入る一歩手前で警備員の正面へ回り込んだ。

「!?」

 キリヒトの右手が彼の額を鷲掴みにする。真正面に捉えた警備員の瞳を、漆黒の瞳で睨み返す。同時にガクが警備員の膝裏に蹴りを入れて膝を折らせた。

 キリヒトの瞳に薄墨色の靄が掛かる。脳裏に巡るのは、カナンから叩き込まれたシナリオの断片たち。静止画の集まりであるそれらを強くイメージしながら警備員の瞳を凝視する。

「う……ぉ……ッ」

 境界干渉(サブリミナル)を送りながら警備員の瞳孔を射抜けば、警備員の瞳が驚愕の色から次第にぼんやりとした表情に移り変わってゆく。それと呼応するかのように、キリヒトの視界が完全なモノクロの景色に変わった。

「サイキックの目撃情報を持って来ました。――“トウコ先生と会わせてください”」

 キリヒトがキーワードを差し込むと、警備員はガクの腕から手を放した。小さく呻いて体を九の字に折ったものの、地面に倒れ込みはしない。その精神力はたいしたものだ、とキリヒトに思わせる屈強さだ。キリヒトは視界がモノクロからセピア色にまで色彩が戻って来るころには、警備員がふらついた足取りで立ち上がってキリヒトの腕を掴む程度には回復を見せていた。だが、睨み返して来たその瞳をキリヒトがじっと見つめると、彼は再び捕獲の動きをピタリと止めた。

「“トウコ先生と会わせてください”」

 キーワードを口にし、心の中で「クランク・イン」の号令を掛ける。警備員は緊張の面持ちを崩し、瞳孔が開いた状態のままガクに向き直った。

「うーん、彼女のほうは桐之院の子だと一目で判りますから、身元もはっきりとしているので問題ありません。が、この少年の身元を保証するものがないとなると、私が責任を問われます」

 ガクは警備員自身の使命感から来る予想外の反応に驚くこともなく、口調を変えてさらりと警備員の弁を否定した。

「私が保証しますよ。彼は私の遠縁に当たる者です。寝食を共にしているので家族のようなものですから、何かあれば身元保証人として私が白金先生に責任を負うと伝えます」

「おや、ご親族の方ですか。上条さんがそう仰るなら、白金先生もお叱りにはならないかな」

(上条?)

 上条なんて偽名は、差し込んだシナリオに一切登場させていない。

(やっぱりガクの第一印象が正しい見立てだったのか)

 ざわりとキリヒトの全身が総毛立った。

“ユイがキリヒトをおびき寄せるための餌”

 その可能性は、ガクが彼自身かキリヒトの餌としてユイが拉致されたことを示唆したときに浮かんだ可能性ではあった。当初はガクを信用していたわけでもなかったが、彼があまりにも情報をオープンにするので、いつの間にかトウコとの共謀の線がキリヒトの中から薄れていた。

(ねえ、まさか)

 カナンがキリヒトの腕をそっと引いた。さりげなくカナンへ視線を向ければ、不安を湛えたウルフ・アイズがキリヒトを見上げている。

(キリちゃんがアドリブを入れただけよね?)

 その瞳がキリヒトにそう訴えていた。それに首を縦に振れない。キリヒトは彼女の不安をなだめるような笑みを返すにとどめた。

(上条ってのは、ここでの通名なんだろうな)

(じゃあ、ガクは姉様が拉致される前から)

(多分)

 キリヒトのそんな推測を確定付けるように、ガクと警備員の会話が続いた。

「本来すべき手続きを踏まずに申し訳ありません。対象に勘付かれている気配があるらしく、急を要したもので」

「いやいや、白金先生は、いつも上条さんには確かな情報を提供していただいて感謝していると仰っていました。お忙しい先生とは言え、多少の無理なら利かせてくれるでしょう」

 カナンと二人、会話を続ける大人たちから少し離れたころで対応を早急に話し合う。

(カナン……トウコ先生にバレている、ということかもしれない。警備員のあの状態、境界干渉(サブリミナル)の実演中だというのは確かなんだ。ただ、それ以前の警備員個人がどういう人物なのかが俺たちには分かっていない。もしセカンドから境界干渉(サブリミナル)を差し込まれている状態のところへ俺がシナリオの上書きをしたのであれば、シナリオの混線、ということで納得がいく反応だ。ガクは俺がアドリブを入れたと思っているか、トウコ先生とグルか、それはまだ判断が難しいところだけど)

(とにかく、今は一旦退いて、二人で出直しましょう。このまま潜入するなんて危険過ぎる)

(もう遅い。こっちが気付いたと判れば、これまでみたいにユイさんが無傷でいられる保障がなくなる)

(そんな……。じゃあでも、どうすれば)

 カナンが焦りを滲ませてそう呟いたとき、

「二人とも、そんな寒いところでいつまでも何をしているんだ?」

 と、ガクの綺麗なTOKYOの言葉が二人の会話を中断させた。気付けば彼は警備員の誘導に従ってメインラボの局員専用通用口まで遠のいていた。

「警備員の方がフリーパスで通してくれるそうだよ。早くおいで」

 ガクが二人をそう促しながら警備員からこちらのほうへ身体ごと向きを変えた。

(……え?)

 ぞくりとキリヒトの背筋に寒いモノが走った。切れ長の澄んだ蒼い瞳に捕えられた錯覚に陥る。三年前に感じた、直接対峙すべき相手の向こう側に、冷たい微笑を浮かべた白金トウコが見えた気がした。

 久し振りに、思う。ガクは見た目も身長も性格もまるで違うのに、なぜ彼の碧緑が宿す表情はセカンドを思い出させるのだろう。

 ガクの何かを諦めたような醒めた色の瞳が、三年前の戦闘で見たセカンドのそれと重なった。今にも涙がこぼれるのではないかと思わせる悲哀を湛えているのに、唇だけで笑みをかたどる。そんなガクに警戒心はあっても憤りや敵意は持てなかった。

「キリちゃん」

 カナンの呼ぶ声で我に返った。隣を見れば不安そうな灰褐色の瞳がキリヒトの顔を覗き込んでいる。

「とにかく行こう。ガクが半年近く俺を野放しにしていた理由は分からないけれど、話してみないことには分からないから」

「話すと思う?」

「多分。アイツにも迷いがあるんじゃないか、という気がする」

 ガクがほんの刹那だけ見せた微笑があまりにも哀しげで、不思議と悪意を感じなかった。それだけに、ガクの目的がどこにあるのか想像もつかないが。

「今更後には引けないから、様子を見ながら対応する。カナンは俺と別れたあとのこっちの会話を聞き洩らさないようにしていて」

「……分かった。私は自分で自分の身を守れるから。武器が必要になれば調達するわ。だからキリちゃんは情報収集に専念して」

 張り詰めた硬い言葉がカナンの口から発せられ、だが、それとは真逆のぬくもりが不意にキリヒトの手を包んだ。

「キリちゃん、忘れないでね。約束のこと。一人で突っ走っちゃ、ダメよ?」

「……うん」

 細くて華奢なカナンの指がキリヒトのそれに絡み付き、その細さからは信じられないほど強く握られた。彼女はまるでキリヒトを奮い立たせるかのようにそんな手の繋ぎ方をしたまま、キリヒトを導く形で大人たちの待つ通用口へと足早に近付いた。

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