島 藤吾の場合
舞台は住宅街にひっそりとある喫茶店。そこはこじんまりと小さい喫茶店。店員は、店長と社員が1人とアルバイトが3人いるのみの喫茶店。
そんな喫茶店でアルバイトする男性のお話。
「おはようございます!!」
「あ、島さん。おはようございます!」
「はっはっは!高村は相変わらず元気だな~」
現在、誰もいない客席のテーブル拭きをしていた今日子が作業を中断して厨房に戻ってきた。そして元気にあいさつを返すと、島は豪快に笑い、豪快に頭をなでた。わっしわっしと髪の毛が鳥の巣状態にされる。必死に抵抗する今日子だが、それすらも気づいているのかいないのか、笑って流している。
「こら、島。高村で遊んでないで、さっさと着替えて準備しろ」
「お、柳本さん!おはようございます!!了解っす。じゃあ高村、また後でな」
「ちょっ・・・!あたしで遊んでたって何ですか!?」
「はあ?気づいてなかったのか」
島は柳本に突っかかる今日子に「無駄な抵抗はやめておけと」言い残し、わっはっはっはと豪快に笑いながら二階へ上がっていてしまった。ぶすっとむくれた今日子が布巾片手に客席のテーブル拭きに戻っていった。
しばらくして島が着替えを終え、厨房へ降りてきた。今日子も厨房へ戻ってきている。いまだに不機嫌な顔をしている今日子を確認すると、また豪快に笑った。
「なんだ、まだ機嫌が直らないのか?」
「放っといてください!!そういう島さんはずいぶんと機嫌がいいみたいですけど」
「お、わかるか!?」
島は途端に顔を輝かせた。それを見た柳本はすかさずその場を離れた。2人はそれに気づかず、島は身振り手振りを交えて語りだす。
「いや、それがな・・・」
今日子がさっきの不機嫌はどこへやら、こくこくとうなずきながら島の話を聞いている。島もそれにあわせて話を進めていく。
柳本はそれをながめながらため息をついた。
「何であいつはあの果てしないのろけ話を飽きもせず聞いていられるんだ・・・」
そう、島はひたすらに自分の彼女とのエピソードを語っていたのである。それに嫌な顔ひとつせず、今日子は話に相槌をうっている。時折、「おー」という感嘆の声や「やりましたね!」という声が聞こえてくる。
そしてそれは客が会計を済ませようとするか、新たに客がくるまで続けられる。そして仕事が一段落すると、島に掴まり続きが再開される。そして、エンドレス。現在、店の中で島の長い長いのろけ話に嫌がらず付き合っていられるのは今日子だけである。
一度、柳本が今日子に飽きないのかと聞いたことがある。そのときに今日子はめずらしく眉を八の字にして張りのない声で語ったのだ。
「去年亡くなったうちの曾おじいちゃん、死ぬ前にはかなりボケてて何回も何回も同じ話を繰り返していたんです。わたし、それがうっとうしくてたまらなかったんですけど・・・亡くなってから、もっと優しくしてあげればよかった、て思ったんです。同じ話にも、何回でもうなずいてあげるくらい、すればよかったって・・・」
お前は介護士か。そして島はアルツハイマーの老人じゃねぇ。思わずツッコミをいれた。すると、今日子は悟りを開いたかのように顔を輝かせて「そうか!ありがとうございます、柳本さん。わたし、介護士になります!!」と宣言した。将来の夢が決まってよかったよ。
柳本がそんなことを思い出している間にも、島と今日子の話は盛り上がっていくばかり。新しい客が来る様子もない。島ののろけ話はさらにさらに続いていくのだろう。柳本はキャッシャーの中身を数えようと周りを片付けた。
「そしたらな、斉藤がな。笑顔で『ありがとう』って・・・。その顔がまた可愛くて・・・」
「よかったですねー。それはさておき、島さん」
「何だ?」
「いつになったら斉藤さんのこと下の名前で呼ぶんですか?」
「ばっ・・・・・・!」
「痛っ!そんな強く背中叩かないでくださいよ」
「おま・・・そんな軽く呼べるかよ!」
「じゃあ、練習しましょう。それにわたし、斉藤さんの下の名前知らないし。ついでに教えてください」
「・・・・わかった。よし」
「はい!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・やっぱ無理だ!!」
「・・・・・・いったああああああ!!!」
「介護士になるのはいいが、相変わらず学習ねぇヤツだな」
そんな喫茶店の日常です。
4人目です。なんか今日子ちゃんの方がメインになってしまったかも・・・。今日子ちゃんは主人公じゃないけど、主人公っぽいです。あと、柳本さんとの間に恋愛的なものはないつもりです。ないつもりなんです。でも作者気まぐれなので・・・。