高村 今日子の場合
舞台は住宅街にひっそりとある喫茶店。そこはこじんまりと小さい喫茶店。店員は、店長と社員が1人とアルバイトが3人いるのみの喫茶店。
そんな喫茶店でのお話です。
ひっそりとBGMが流れる喫茶店。中にいる店員も3人のみです。そんな静かな店内に、おもむろにカランカランと乾いた鈴の音が響きました。本日初めてのお客さんです。
カウンターから若い女性がパタパタとお客さんのもとへ向かいます。そしてとびっきりの笑顔で「いらっしゃいませ!」とお辞儀しました。本日初のお客さんである初老の男性はそれに微笑み返し、慣れたように隅の席に着きました。
「こんにちは、今日子ちゃん」
「こんにちは、川村さん!最近はお会いしてませんでしたけど、体調でも崩されていたんですか?」
「いや、少し息子夫婦の家にお邪魔していたんだ。心配かけてごめんね」
「いいえ、そんな!そうだったんですか、それはよかったですね。お孫さんはお元気でしたか?」
「いやぁ、子供ってのはすぐ大きくなるものだね。ほんの数ヶ月あってないだけで、驚くほど成長している」
「ああ、わかります。わたしの弟も、あっというまに成長しちゃって・・・。ついこの間まで『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って後をついてきてたのに、いまじゃあ私の身長追い越しちゃいましたよ。生意気なことこの上ないです」
「はっはっは、それは見守りがいがあるね」
「まあ、それはそうなんでしょうけど。やっぱり寂しいもんですよ」
今日子が不満そうに口を尖らせるのを見て、初老の男性は苦笑した。途端に今日子がぱっと表情を変える。
「あ!申し訳ありません。まだご注文をうかがってませんでした!何になさいますか?」
「そうだね。久しぶりだから、いつものをお願いするよ」
「かしこまりました!少々お待ちください」
また慌ただしく去っていく背中を微笑ましく見つめ、そして鞄から読みかけの文庫本を取り出した。ゆったりとしたジャズを聴きながら、読書にふけていく。
「高村・・・」
「はい!?」
注文を厨房にいる店長に伝え、食器の準備をしていると突然背後から声をかけられた。その聞きなれた声に思わす体がすくむ。おそるおそる振り返ると、眉間にしわを寄せた男性が立っていた。かなり整った顔立ちをしている男だが、それだけに迫力が倍増している。今日子は蛇ににらまれたカエルのようにびくりと縮こまった。
「てめぇ、話に夢中になってんじゃねぇよ。それでも店員か」
「・・・・・・ごめんなさい」
「聞こえねぇ」
「す、すみませ・・・痛っ!ちょっ・・・痛いです痛いです!!やっ、やめ・・・・・」
きゃあああぁぁぁ・・・・・・・
厨房内に響いた悲鳴は客席にまで届いていた。その悲鳴も聞こえないかのように、店長が自然な手つきで初老の男性の前にコーヒーカップを置く。
「お待たせしました」
「ああ、どうも」
いまだに厨房から2人の男女のほぼ一方的な攻防が聞こえてくるが、それもまるで無視して初老の男性が読書の手を止めコーヒーを啜る。
「やっぱり、ここのはおいしいですね」
「ありがとうございます」
店長は一礼をして、うれしそうに微笑む。すると再び大きな悲鳴が客席に届いてきた。
「やっぱり、相変わらずにぎやかですね」
「ありがとうございます」
店長が再び一礼をしたが、今度の笑顔には若干の苦笑が混じっていた。それを見た初老の男性がおかしそうに笑う。
「ところで、今日子ちゃんとお話することは、わたしも楽しみにしているのでね。他にお客さんがいないときぐらい、大目に見てはくれないか」
「かしこまりました」
店長は微笑んで返事をすると、踵を返して厨房に戻っていった。厨房からは弱弱しい悲鳴がかすかに聞こえてくる。店長が厨房に入ると、それも途切れた。少しの間が空いて、満面の笑みを浮かべた女性が初老の男性のもとへ向かった。
「お待たせしました!イチゴのショートケーキです!」
それに微笑み返すと、今日子は「ごゆっくりどうぞ」とお辞儀をして去っていった。その背中を見送りながら初老の男性がぼそりとつぶやいた。
「やっぱり、ここにいると退屈しないで済みますよ。」
なんだこれ。とりあえず今日子ちゃんは明るく元気なムードメーカー。ほかの店員さんに関しては後々出していきますよ。別に主人公ではないです。