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7(実行)/過去現在


 案内人のヒューマは肩を回して筋肉をほぐし、両の手の平をブラブラとさせながら、繁みの方へと近寄って行った。繁みには――子どもが数人、隠れ潜んでいる。何故かは知っていた、お返しふくしゅう、と言っていずみを驚かすためにである。


 待機していた子どもたちは物音がしたと勘づき繁みの向こうを見るが、誰もいなく、予想していたこととは違い別の者――大人でも現れたのかと思って急ぎ立ち上がって、背を向けようとしていた。

 だが首ねっこを捕まえられて、逃げようとしていたのだが逃げられなくなってしまっていた。掴んだのはヒューマ、顔は崩さず、口からは特に何も発さない。「ひ」身動きを封じられた子どもたちの短い悲鳴は、すぐに消えていた。


 ポカスカゴン。


 ポカ、スカ、ゴンと、順番に子どもたちは突如現れた敵に頭を殴られて倒れていった。出た擬音も非常に人工的、漫画的だったが当然だろう、実際には起こり得なかった現実だった。

 それより悪だくみを考えていた子どもたちはヒューマの正義の鉄拳によって一掃されていた。ヒューマは事がひとつ済んだと空を見上げて、カラスが「カー」と鳴いているのを目視確認した。あまり鮮やかな色彩の空ではなかった。「ガー」カラスは濁った声になった。

「こっちの姿は見えてませんからね……」


 見えない敵に片付けられて、繁みを隔てた横を、暫くすると駆けてきた過去の『いずみ』が通過していった。まるでそこには何も起きずに無かったかのようで、知らん顔をしていた。走り去る姿を見送ってヒューマは手を振ってみせて、「――いいですか?」と振り返り、今度は泉の顔色を窺っていた。「アンタは――『鬼』ですか!」ヒューマのとった行動に泉は素直に納得ができないでいるらしかった。ヒューマはしれっとした顔でこう答えていた。


「ゲームですから」


 然り、ここで起きたことは実際ではない。何をしても自由である。とりあえず邪魔が入ることはなく、いずみは目的地のトイレへと辿り着くことができただろう、おめでたかった。

「ん?」

 泉は異変、上空で光る『何か』の気配に気がついた。空を見上げてみた。

 真上を見上げてみても正体が分からず、やや前方に体を傾けての見上げた格好と泉は、なっていた。


 ぱんぱかぱーぱっぱー。


 明るいラッパの陽気な音楽が鳴っていた。かたかたかた。竹を叩いたような音が鳴る。そして再びに、


 ぱんぱかぱーぱっぱー。


 もう一度同じラッパの音が鳴ったのだった。「何なのこれ」泉が驚いたのは音より、『それ』だった。

 帯状に、一定の幅があって細長く続く形の『それ』の横には日本語で『安心度』と書かれていた。泉の上方で浮かんでいる。「安心……ど?」よく目を凝らしてみると『それ』の左隅には「0」、反対側の右隅には「100%」と書いてもあった。そしてその全体の4分の1くらいが左側から赤く染まり、「26%」になっていた。もっとよく見ると、さらに上空、『それ』の上には「ステージ1・クリアー」と書かれている。


「ああ、そうでしたね。ステージクリアーごとに『安心度』が上がります。100%になったらゲーム終了でエンディングです。途中セーブ・リタイアはできませんので、あしからず」


 ヒューマが説明し終えると、泉は「あくまでも『ゲーム』なのね……」とぼやいていた。肩の力が少々抜けている、何かに期待しすぎてがっかり、そんな所だろう。

(エンディングまでいったら、ここから抜け出せるのね……)

 泉はそう解釈をした。


「では、次へ行きましょう。ポチっとな」「は」


 ヒューマの一声と手に持つリモコンのキー入力の動作が一緒だった、2人のいる世界が変わる。キュルルルル、効果音だろう、耳障りで、視界が歪み、空気が変わる音。アナログ対応だとヒューマは言ったが、あまり心地よいものとは言えなかった、どちらかというと聞いてしまって気持ちが悪い。


 場面が変わる。

 泉とヒューマは、暗がりの部屋のなかにいた。「ん……?」シン、と静まり返っている。電気の点いてない部屋の、中央付近に2人はいたようだった。

「ここは……あーっと」

「ご存知ですか? 台所みたいですが」

 ヒューマが尋ねていた。言う通り、感覚が慣れてくると傍にある物の輪郭がはっきりとしていった。流し台、コンロ、冷蔵庫、食卓テーブル、電子レンジ、戸棚、勝手口。コンロの上に置いたヤカンや鍋、フックに引っ掛けられたフライパン、流し台には洗い桶や束子、奥様洗剤。角には、スーパー除菌やゴキジェット。空き缶が2つ3つ散らかっていた。

「私の家の台所です」

 泉は言った。「何だ、そうでしたか」納得したヒューマは、冷蔵庫に近づいた。「……で、9月23日。土曜で、秋分の日ですね。この日に何かあったのですか?」冷蔵庫の扉にはマグネットで紙のカレンダーが留めてあり、色々とメモ書きされていた。日付ごとにボールペンで丸印がされていて、22日までずっとついていた。「いつの23日……?」泉は懸命に思い出す、9月、秋、行楽……?

「あ。そうか、遠足だ。違う?」

 泉は閃いていた。というのも、食卓には小さな水筒、まだおかずの詰められていない空のお弁当箱、それから椅子の上には子ども用のリュックサックが置いてあったからだった。これはこれから遠足に行くぞと用意されたものだと簡単に推測ができる。おかげで思い出すことができた。

「行きたくても行けなかった。何故なら」

 泉は言いながらヒューマを押しのけて、冷蔵庫の扉を開けていた。


 開けるとなかで電気が点き、飲料や食べかけのおかず、残り物などがラップに被されて皿にある。『たくましチーズ』と円形のパッケージに書かれたお子様向けのチーズは、数年後に賞味期限切れ問題で騒ぎになることが分かっている。

 泉は、ドアポケットにある牛乳を手にとった。

「これよ……」

 開封はしてある紙パックの1リットル牛乳。白地の表には『牛乳です。』と商品名が書かれている。そんなことは言われなくても分かっていた。


 パックを持つ手が小刻みに震え出していた。そして叫んでいたという。

「私、これのせいでお腹壊して遠足に行けなかったのよお!」

 そうらしい。


 泉は勢いよく、折りたたまれていた飲み口を開けて流し場にと突進して行き、排水口に中身を流し始めた。白く若干ニオイのする液体が注ぎ込まれていっていた。

「確か5歳の時の幼稚園遠足だったわ、朝早くに目が覚めて起きてたものの、飲んだ牛乳が、ほらあ!」

 空になったパックの先頭屋根部分に書かれていた賞味期限だったが、見ると2日前だった。危険である。

「お母さんの馬鹿ああ!」

 泉はとても遠足を楽しみにしていたらしい。前日に用意を済まし早起きしたぐらいだ、よっぽど行けなくて悔しい思いをしたのだろう。当日に休んで横になっていた泉は、母と父の会話を聞いたのだ。「あの牛乳が当たったみたい」とため息混じりで話す母、「仕方ないなあ。今度イカちゃん人形を買ってきてやろう」と励ます父。イカちゃん人形が後日、奈良で買ったシカちゃん人形に変わって現在泉の部屋のクローゼットにしまわれているらしい。そこまで懐かしく泉は思い出してしまっていた。「別のがよかった……」


 ぱんぱかぱーぱっぱー。


 あまり気分とは合わないラッパの音が頭上で鳴っていた。『安心度』は47%に上昇していた。疲れを示すかのように肩を落としていた泉に、ヒューマの淡々とした声が降りかかっていた。

「じゃ、行きますよ」

『失敗』は『修正』されている。例え、他人には下らない他愛ないことでも本人にとっては下らなくはないつまづきであることなんて、山のようにある。ひと山を越えてしまえば笑う話で済むのだが、越えるまでが大変なのだということは言わずとも分かるだろう。

『失敗』は『修正』されている。本人が『失敗』だとすれば、それは『失敗』なのだった。


 ぱんぱかぱーぱっぱー。


 2度目のラッパが鳴った。何故か、2度鳴るらしかった。




 9月23日はテニスの日。

 日本テニス協会と日本プロテニス協会が1998年に制定した。

 秋分の日は、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日でもある(Wikipediaより)。

 そういえば。へー。偶然。



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