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5(失敗)/現在?


 何度、試合に負けたっけな。

 もしも勝っていたなら、違う人生を歩いていけたかな。

 だけど、何で戦わなくちゃいけないのだろう。このまま平坦でいられたなら。



「そりゃお前、戦わなければ生き残れないぜ」



 そんな、仮面ライダーみたいなことを言っているのは誰?


 私は前向きだ。涙なんか流さない。

 後ろを振り向かずに行こうとしている。これでいいはずなんだ。違うの?



挿絵(By みてみん)




 ……穂摘。



 ・・・



 4両しかない電車に乗車客は、数人しかいなかった。昼時ではあったが、数日と続く猛暑のなか、特別な用事や予定などがない限りは皆、このちょうど日が高くなる時間帯を避けていたのだろう。恐らく時間が変われば1時間に1本2本しか本数のない列車は満員にも近くなっていく。


 連結付近奥には4人掛け、乗車口すぐには3人掛けほどの座席がある。中央には、向かい合わせて4人掛けの座席が並んでいた。乗り込んだ魔女っ子と泉の2人は、空き放題の座席のなかから日光のできるだけ当たらない4人掛け座席へと向かい合わせて座っていた。

 窓の遮光カーテンを隙間なく閉めて、魔女っ子の彼女は持っている黒い箱を開封し、中身を取り出して準備を始めていた。


 様子を窺っていた泉だったが、聞きたいことが山のようにあり、しかし聞いてはいけない邪魔になるかもという考えが浮かんで、遠慮がちに聞いていっていた。「どうするんですか、それ……」見ると、中から出てきていたのは折りたたんだ黒い携帯電話のように思えた。表面がノングレア(つや消し)の堅牢なボディ、開くと片方に液晶画面、一方には数字などの書かれたキーボードがついていた。

「とっても高性能なのよ、コレ……」


 得意満面で魔女っ子は言った。自分で作ったようなことを言ってはいなかったか。とすると自画自賛だった。

「音声認識とか偏ったもんだけじゃないわ。『五感認識』システムを入れてるの。五感――見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。この真ん中のとこ、窪みがあるね? ここで指紋照合も出来るし、裏のカメラレンズみたいな穴のとこで画像認識、要するに外部情報とかも入手できるんだぁ。ふふふ」


 何故笑うのか理解できない泉だが、「はぁ……」と適当に相槌をうっていた。

「さておき、そんな高性能を恐らく世界初実現成功したんだろうけど、えーっと、まずは登録ね。写真撮るよー。はいパシャリ」


 言うとすぐに魔女っ子は、それを泉の方へ向けて写真を撮ってしまった。僅か数秒、慣れた手つきであっという間の出来ごとだった。「え」泉のリアクションは至極遅かった。

「はい完了。199X年X月X日X曜日誕生、野崎泉、性別女、目はいいみたいね。左半身に姿勢が偏りがちみたいだから、気をつけてね。じゃ、とっとと始めましょうか。座ったままリラックスして目を閉じて」

 言われるがままに泉は目を閉じた。あれ、誕生日に名前と、何で知っているのだと本当は聞きたかったが聞くに聞く暇がなかった、不安が大きすぎてもはや何が何だかわからない。


 まだ発車時間までには数分あった。視界を閉ざした泉に入ってくる情報は、狭く限られたものになってくる。魔女っ子の声がよく聞こえていた。「リラックスして……痛くはないの。アプリタッチみたいに、信号を送るだけだから……」

 それは催眠術に酷似していた。

 始めはダウンロード、一方的ではあるが、泉に必要な世界情報が与えられインストールされていく。それからは情報が一括ではなく最低限容量の情報だけがリアルタイムで要求に応じストリーミングされる。ライブとオンデマンドの中間的性質を持つ言わばリクエスト方式で、全てはこのソフト1本でまかなえられるため、なるほど高性能、名がソフト、ゲームといった名前を呼ぶにしては呼称の域を優に超えていて、全く違った新しい名前が必要とされるだろうという。食玩の玩が社会的猛威ブームを振るったように、付加価値の方が高くつき名の意味を薄く失わせていく……。


『失敗修正マイライン[FCML―X](仮)』は、あくまでもゲームだった。


 泉にとっては、そう、『夢』を見ている感覚だった。

 泉の前に、小さな機械が置いてあるだけである。



 ・・・



 暗いトンネルのなかにいるような闇を抜けるとそこは、『光』だった。

 あまりの眩しさに潰されてしまいそうになるほど、泉は熱くもない光に包まれている……かに思えた。

「う……」

 

 目を開けることが躊躇われた。光を感じる、しかし強そうだ、こちらが負けそうだ、さっきまで暗い所にいたのだから目が慣れていない、だから慣れるまで時間を下さい……。

 泉は心中で願っていたが、そんなことをしている間に、次の『情報』が耳に入ってきたのだった。そう、――『音』だ。


「それ僕んのー」

「きゃはははは、待ってー、待てー」

「なめくじがいるよ、なめくじー、先生にもってくー」


 キーコ、キーコ、キーコ。

 ぱたん、どたどたどた、シャリリリン。ばた。

 たけやー、さおだけー……


 子どもが遊ぶ音、叫ぶ音、虫たちの騒ぐ音、風の音、事務的なアナウンス。日常的な生活音だったが、今の泉には異質な状況に思えていた。「ここは……?」興味を引かれて怖がっていた目はとっくに開いてしまっていた。

 泉が四つんばいになって砂の地面にいたことが確認されると、後ろを振り返って今度は大口を開けてしまっていた。見たことのある、覚えのある建物があったからだった、懐かしさが泉を支配していた。


 幼稚園だった。

「ここって……」

 ジャングルジムに滑り台、キーコキーコと鉄錆がこすれたような金属の音は、ブランコの鎖だった。誰か、子どもが乗って遊んでいたのだった、幼稚園児が着る服を着ていて。走り回っていたのだった。

 時計のかかった赤い屋根の突き出た部屋が特徴的で、泉はよく覚えていた。

(私が通ってた幼稚園だ……)

 だが。泉は事実を口に出して認めている。

「確か去年、閉鎖したはずよ」

 地に足がつくように、しっかりと思い出していた。



「いずみちゃーん」



 泉はまた建物とは違う方へ、だが、反射的に振り向いてしまっていた。この時まだ自分が呼ばれたとは思ってはいない、そしてその通りである、呼ばれたのは『いずみ』であって泉ではなかった。


「どおしたのぉ? 顔が真っ青だよぉ~」


 目線の先には、小さな園児たちと、そのなかに交じっていた幼い、園児――立ち竦んでいる子どもがいた。泉は衝撃を受けていた。

 片方にピンどめをしている髪型は面白くも変わりがなく、泉をそのまま縮めたらいいのだろう、その子どもを昔の自分だと悟ったからだった。衝撃で泉の足元がふらついていた。

「お、おしっこ……」

 情けない声で絞り出すように言いながら『いずみ』は、足をガタガタと震わせて、固く両手を握りしめていた。よほど我慢していたのだろう。

「早く行っておいでー」

「がまんはよくないよーはやくー」

 園児たちは『いずみ』にトイレへと行くように応援している。何だ、なら早く行けばと泉と『いずみ』は同調しているようで、おかしな感覚だった。自分のことだからなのか泉は『いずみ』を放っておけるはずがない。駆け出す『いずみ』を追って駆け出す泉、「これは私だ」と自覚する泉。悟ったのは、昔の自分だけではなかった。ここが自分の『過去』なのだということを。


 ――と、いうことは。

 ――来たるべき不運は、容易に予想がついている。


(待てよ、……この後って……)

 小走りになりかけた泉に悪寒が走った、それと同時に悲鳴が上がっていた。「わああ!」見ると、行く手を阻み大将並みの貫禄を持った男の子が子分を連れて現れていた。泉の記憶によれば男の子は隣の年中組の荒川サトシ。

 どうやら繁みに始め隠れていたらしいが、飛び出してトカゲの尻尾をつまんで逆さまにブラブラと、『いずみ』の前に突き出していた。

「この前のお返しだぜ、いずみ!」

 ベストなタイミングとは、こういう時のことを指すのだろう。何をされたのか不明だが復讐は見事に叶えられていた。

 突然の出現に驚いた『いずみ』は尻餅をつくような格好で座り転んで、園児服を着た股の間から……水が、地面の上を流れていった。

「あー!」

「ああー!」

「ああああああ~!」

 騒ぎ出した周囲に、泉も便乗していた。絶叫している。

(私の過去おおおおおお)



 トカゲは尻尾を切ってまっしぐらに逃げていた。




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