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4(ゲーム)/現在


 システム開発株式会社『MAGITEC』、通称『魔界』と呼ばれたその会社内では、あるプロジェクトが進行していた。携帯端末仮想化ソフト『失敗修正マイライン[FCML―X](仮)』。仮なので呼びにくいが、開発途中のオンラインゲームソフトの名称である。ブロードバンドといった広帯域に渡るネットワークサービスや、定められた試用期間と機能制限のある有料のシェアウエアにすることなどを視野に入れていた。実現し普及して一般に浸透するまでには長く時間がまだまだかかりそうである。

 だがそれよりもソフトの開発が優先されて、『失敗修正マイライン[FCML―X](仮)』はプログラムのバグを取り除くデバッガが必要だとされ、その試験テスト用ソフトはある社員によって屋外に持ち出されていたのだった。



「アナタ。お葬式の帰り?」


 いつの間に近づいていたのか。駅のホーム、座ったまま居眠りをしていた泉に話し掛けてきた者がいた。すぐ傍で声がしたため、泉は飛び起きるように立ち上がってしまったという。

 珍しく人前で慌てた泉がまぶたをこすりながら注目すると、頭のなかが益々混乱していった。それもそうで、真夏に黒服を着ていた泉も異質ではあったかもしれないが、話し掛けてきた者もなかなかに変質な感が否めなかった、何故なら、『彼女』は。


 セイタカアワダチソウゴールデンロッド色のトンガリ帽に同色のマントを着け、黒のレギンスの上に提灯のように裾のゴムを絞ったハーフサイズのブルマーを履いている。クシュと丸めた2つ分けの髪が触るとぽよぽよと軽く鳴りそうで、雰囲気が魔女にそっくりだったのである。

「お友達か誰かだったのかしら……」


 返事のない泉にも構うことなく「お可哀想に、辛いでしょう。そうだ、私が何とかしてあげるわ!」と強引勝手に話を引っ張っていった。涙ぐんでいる。情に脆いらしかった。

(何なの、この人……)


 さっきまで昔のことを夢に見ていただけに泉は、これはひょっとして続きではない夢なのかと思ってしまった。泉には、どうしたらいいのかがわからないでいた。そう変質者にはなかなか出くわすものでもない。子どものようで大人かもしれない正体不明の『魔女っ子』は、何やらゴソゴソと手提げのカゴバッグから黒い、手の平ぐらいの大きさの箱を取り出していた、何も表には書かれてはいない。


「ゲーム機で、ファミコンPCエンジンゲームボーイワンダースワンセガサターンプレステ64ドリキャスキューブXboxDSWiiのどれかをお持ちじゃないですかぁ?」

 魔女っ子は張り切って泉に尋ねていた。「ゲ……」勢いにのれずに困っていた。


「なさそうだったら携帯電話でもいいですよぉ。あ、でも○コモのNシリはメモリ足りないと思いますんで化けちゃうかも。できたらP番のを推奨しまーす(ハート)」

 魔女っ子は張り切って泉に勧めていた。「はぁ……?」空気が違いすぎた。熱すぎて息苦しい。


「これは若き天才このカナン・ベルが開発した魔界シミュレーテッドリアリティゲーム、『失敗修正マイライン[FCML―X](仮)』なり! お試しあれい!」

 魔女っ子は張り切って泉に箱を渡していた。「えええ~」箱は暑さと吸収率のよい黒のせいでホカホカと温かかった。熱いとまではない。


 泉が思うことはひとつだった。

(この人、変質者だ。逃げなくちゃ、どうしよう)

 姿格好といい、おかしな言動といい、全く信用できなかった。すこぶる元気に「税込840円でーす」と叫んで売っていた。かなりに胡散臭かった。

「通常価格、というか見込み予定価格1万3000円なんだけど、特別にそれで売っちゃう。サポート付きだから、どう!? どう~!?」

 テンションの高い魔女っ子は、これでもかという風に泉にしつこくつきまとっていた。その執着さに、泉は傍目からではわからないが、とても怯えていた。それで。


(逃げるより、大人しく買って帰っちゃえばいいんじゃないかしら……)

 必死になって場を取り繕い切り抜ける法を探して、ひとつの策を思いついていた。

 財布の中身を思い出す。840円は中学生の泉には高く痛いが、交通の往復費用代と多めにお金を親から出してもらっていたので何とかなりそうだと考え、決心した。

「わかりました……」

 あまりわかってはいないが、そのゲームとやらを購入することにする。のんきな魔女っ子は、「まいどぉ」と陽気になって両手でひとさし指と小指を立てていた。


「説明書はまだ作ってないから、今、簡単に説明しておくね♪」

 上機嫌で泉に愛想を振りまき、手を叩いたり組んだり関節で遊んでみたりと動作が多い。無駄な動きだともとれていた。

「はぁ……」

 相手任せに泉は頷き、どうでもいいようなため息をついていた。


「まだ正式な名前が決まってないの、この『ゲーム』は。最初、失敗修正だなんて単純なのつけてなかったんだけど、発案してた『リターン・トゥ・マイライフ』じゃ地味でわかりにくいからって却下されちゃって。この『ゲーム』は、ずばり。自分の過去での『失敗』を修正する『ゲーム』なのね」


 風が吹いてきていた。……涼しければ良かったのだが、生憎と生ぬるいのが残念で、泉と魔女っ子の2人に浴びせてかかっている。木々は揺れ、途切れることのない蝉のやかましい音は景色へ溶け込んでいて、これは遠く彼方からの来訪者を迎えているのだと自然は言っていた。

 遠く線路を急いで、泉が待ち望んでいた電車は、ホームへとやって来た。


(過去?)


 もう一度、魔女っ子である彼女の言葉が聞きたかった。「今何て……」

 呆けている泉に、魔女っ子は「ん? 何なに。質問どうぞぅ☆」と大きく見開いた目を見せていた。

「どういったゲームなんですか?」

 聞き返していた。

「あー、この『ゲーム』のことね。長くなるから簡単に。『自分のこれまでにしでかした失敗を、直していく修正ゲーム』だよ」

 汗ばんだ手にのせられていた箱に視線を落としながら泉は、心のなかで「そんな馬鹿な」と何度呟いたことだろうか、懐疑と期待が交錯し、泉を複雑な気持ちにさせていた。「失敗って、例えばどんな……」全然リアルにも感じられない上に信じ切ることに踏み出せなかった。


 こうしている間にも泉たちの横で電車は時刻通りに到着して停まり、エアコンで冷えた空気が開けられたドアから流れ込んできて徐々に薄くなっていった。

 乗らなければすぐに行ってしまう。泉は先に、電車にと近寄って行った。しかし乗り込む前に後ろが気になって歩みを止めている、振り向けば魔女っ子が、絶やさず笑顔をこちらへと向けていた。どうすれば。迷う泉に、魔女っ子の手が差し出される。


「わかった。試しに、そこで起動してみましょうか」


 何かを思いついた魔女っ子に、泉は「え……?」と反応するしかない。

「お試しね。まだ『試験テスト』段階だからさ……」

 傍の蝉の声にかき消されそうな小さな声で魔女っ子は言った、泉には何のことだかさっぱりと理解はしていなかった。

 乗車口で立ち止まっていた泉より先に早く、魔女っ子は電車に乗ってしまった。「さ、どうぞ。着くまでにちょっとくらい出来るよ」乗り込む時に泉の手から例の『ゲーム』の入った箱を取っていた。


『自分の過去の失敗を修正するゲーム』


 そんな物があったとしたらそれは、きっと……


「ん? 私の顔に何かついてた?」


 疑い睨む泉の痛い視線に気がついていても、トンガリ帽を被ったこの魔女っ子には通用しそうではない。魔女っ子、魔女の、魔界のゲーム――


 魔法は、すぐそこに。



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