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3(庭球の)/過去


 太陽が下界を照りつけていた。

 気温が36度を超えたあたりで、泉は次に到着予定の電車をホームの長椅子で退屈に待ちながら目を伏せて、のぼってくる暑さに堪えていた。汗は全身に吹きあがる、額に滲む、涙の代わりか流れてくる。屋根があるおかげで日向にいるよりはマシではあり暑さにはどうにか慣れてきたが、途端に眠気が走っていた。

(最近ちゃんと寝てないっけ……)

 うつらうつらと頭を揺り動かす泉に、注目するような者はいない、乗車を待つ者は泉ひとりだけだった。


 ・・・



 あれは泉が13歳、中学2年生の生活が始まった春のことだった。新設して7年目の校舎、校則もルールも回を重ねて手直しはしてはいったがまだ少なく浅く、歴史が無い以上、早く実績が欲しかったと言えよう、全国模試テストや部活などでは教師や生徒が積極的に取り組み盛り上げていることが多かった。

 特に部活の大会では、初めての出場校の他、例えば決勝に順調に勝ち進みでもしたら即行的に応援団ができ過剰にも盛り上がっていっている。祭のように。


 駐車場に面したコート、間に高く遮るフェンスがあり、囲まれてテニス用のコートは全部で6面あった。ただし3面ずつは男女と分けられて、男子には男子の、女子には女子のスペースと決められていた。


「乱打を始めますので、よろしくお願いしまーす」「しまーす」「しまーす」

 女子主将キャプテンである先輩を前に後輩たちはそれぞれ自分のラケットと2、3個の球を持って、声を掛け合いながらコートの持ち場へと予め決まっていたペアで各自散らばって行っていた。


 泉も今年にガットを張りかえたばかりのラケットと球2球を持って、打ち合うためコートに並んでいた。練習が始まると、生徒は皆真剣になって球を追いかけていっていた。今度、春の地区大会が近い。それに向けての練習で、コート場を大きく男女に分断する背の低いフェンスの下に、転がって球は1つ2つ5つ9つと次第に溜まっていった。それを見学にきた体操着の新1年生が懸命に追いかけて拾っていっている。球を拾う姿は初々しくてとても可愛いらしかった。


 去年、泉たち2年生もそうだった。数ある部活動のなか、体を動かしたかった泉は運動部に入ろうと考え、小学生の頃はバトミントン部に所属していたため、それに近い球技のソフトテニス部を選んだのだった。先輩たちが着ているウェアやスコートを履いてみたかったということもあった。見学を終えた後、仮入部をし、期間が過ぎたら正式に手続きをして本入部となる。何人かはそれまでに辞めてしまった者もいたが、厳しすぎた指導といった問題等があるわけでもなく、泉もそうだが無理なく自由に部活生活を残った生徒はエンジョイしていっていた。


 乱打、肩慣らしに打ち合っている程度のなか、手元の球がなくなった泉は、球を拾いにフェンスへと目を向けた。すると球拾いをしているはずの小柄で半袖白Tシャツを着ていた新1年生が、女子コートの方ではなく男子コートへ体を向けて眺めている姿が目に入っていた。「何してるの」泉は声を掛けていた。

「あ、す、すみません」

 泉に驚いて体を強張らせ、すぐに離れて行ってしまった。よほど驚いたのか、態度が極端で泉は何なの、と不機嫌そうに見守っていた。怒ったつもりではなかったのだが。

 球を拾うと、泉は男子側の方を見た。特に親しい者がいるわけでもない。同じクラスでも、用がなければ話す機会はあまりなかった。


 なので、いきなり話しかけられると泉が少々動揺するのも仕方がない。

「それ、こっちのボールだ」

 振り向くと、フェンスにもたれてある男子が泉に話しかけていたのだった。

「?」

「その持ってるの。男子用」

 聞いてきたのは長髪を後ろで縛った、紺ランニングシャツに短パン姿の男子だった。日には焼けている方で、その格好と、短パンに『穂摘』と名入れしてあることから泉と同級か先輩であることが推測される。だが泉は知っていた、穂摘真之介、3年生。泉より年上で先輩である。もっと言うと、女子の間では上位でモテていた。浮いた噂も多かった。

 自分には関係のない世界だと決めつけて泉は、無視していることが多かった。近づいて、持っている球を渡そうと手を差し出す。泉より背の高い男の穂摘は見下ろして、暫く何かを考えていた。


「何か?」


 笑いかけるでもなく、事務的に用を済まそうとしている泉に「顔怖えぇ」と言った。泉にはそれでもリアクションらしいリアクションが湧き起こらなかったという。

(はぁ?)

 差し出した手を引っ込めようかと迷っていると、球をサッと受け掴み穂摘といったその男子は数歩後ろに引き下がった。「もっと愛想よくすればいいのにー」そんなことを言っていた。

(余計なお世話……)

 カチンと頭にきていたが、表には出せていない、あくまでも無表情を貫いていた。


 いつからなのだろう、泉の表情が固まってしまうようになったのは。それは、何かをきっかけにして始まってしまったものだっただろうか、それとも、それが本来そういうものだったのだろうか。理由のわからない泉に手立てなどなかった。そもそも、表情のないことが悪いこととは、泉はこの時に思ってはいない。悪いことなのか? わからない。

 自覚がなければ手立てどころか、何も始まりはしなかった。

「知ってるか? 野崎泉さん、君は男子の間で何と呼ばれているか」

 からかうようにして目の前の軽そうな男子は泉に挑戦的だった。持っていたラケットで、ぽんぽんぽんとガットで弾き球遊びをしていた。器用に、球は遊ばれている。「何て」気になるようなことを言われて、ピクリと片方の眉が上がった、「お、反応あり」と面白いものでも見つけたように彼は笑っていた。



庭球テニスの女王様』



 泉の背筋が音もなく凍りついたのは、言うまでもなかった。




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