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2(既存の魔法)/現在


『魔界』と呼ばれる開発会社があった。それは通称であり、正式にはシステム開発株式会社『MAGITEC』とちゃんと名前がある。まじてっく、想像の通り、既存の魔法と従来の技術を駆使して新たなる開発をめざすという社長のコンセプトをそのまま表していたものだった。


 ここで社員もろとも聞いた者が首を75度くらい傾けて疑問に思えるのは、『既存の魔法』とは何ぞやということだった。雑誌のコラムで取り上げようと、好奇心旺盛な記者は代表取締役のタダナカ氏に直接取材を依頼し、回答を申し入れていた。薄暗い灰色ディムグレーの上下スーツに暗鮭色ダークサーモンのネクタイをしていた彼なのだが、紫紅色マゼンタの大きなトンガリ帽を被っていた。このスタイルがここでは常時そうなのかどうなのかハテさて何でまた、全くもって不明である。


『既存の魔法』とやらを聞くはずが、質問が増えていきそうで会社に訪れた記者は内心、苦笑いだった。応接室に通されたまだ若い女性記者は、牛革製のソファにと腰掛けた。連続高密度鋼製バネ(GRスプリング)を使用した、非常に心地よく弾力性に富む最高級のソファだった。

 大理石で出来たテーブルの上に、健康茶の入った信楽焼の湯のみが置かれている。健康茶とは駅前のスーパーで買った特価のハト麦茶だった、水イボによく効く。安物でもバレナケレバイイと思っていた。


「初めまして。取材をお受け頂いてありがとうございました、本件担当の木村です」

 名刺を渡しながら、向かいに座るタダナカ氏に深く礼をした。「いやいや、もっと楽にして下さい。ちょうど頂き物のお茶菓子があるんですよ。一杯いきましょう」

 お茶で? と木村は少し微笑んで和んでいた。では早速と本題に、木村は聞いていた。

「ずばり。『既存の魔法』って、何でしょうか」

 テーブルの上ではアナログボイスレコーダーのテープが回転していた。無論、録音の許可は得ている。タダナカ氏は茶をひと口飲んで、腕を組みながら語り出したのだった。


「『魔法瓶』ってあるでしょう。あれです、あれ」「というと?」

「あれはガラスを二重構造にして、その二重構造の部分を『真空』にすることによって、熱が逃げるのを防ぎ中身の湯を冷めにくくしてくれてるんですよ。完全じゃないが、冷めていくはずの湯が容器に入れておいて何時間経っても冷めていない。構造知らなきゃこれって不思議でしょう? まほうびん」


 聞いていた木村は「はぁ」と頷いていただけだった。


「常識が自分の知ってる常識で説明出来ないと、何でもかんでも『魔法』なんですよ。まほうびん」

 タダナカ氏はまた茶を飲んでいた。利きすぎた冷房が彼の水分を奪いそうさせていたのだろう。秘書に携帯電話で茶のおかわりとお茶菓子はまだかと催促していた。

「既存の魔法と従来の技術、って並べると同じ意味合いなんですがね。『既存の魔法を駆使して新たなる開発を』なんて片方だけを堂々とでっかく掲げたら、そのまんま言葉だけをとるとただの怪しい団体じゃないですか。こう見えて真面目に取り組んでいるんですよ? ちゃんと技術で我が社は」


 トンガリ帽の頭に説得力という文字は浮かばなかった。何故技術という言葉の方ではなく『魔法』にこだわる、『従来の技術を駆使して新たなる開発を』でもいいんでないか、そう思った、だが。木村は無理やりに「ふーむ、なるほど」と一応は納得していったらしい。するとそこに秘書からの、頂き物と言われた茶菓子が盆にのせて運ばれ、登場したのだった。

「ああ、これこれ。先日、鍛冶野さんという業者の方から頂きましてね。んまいですよ、ワサビが効いてて」

 白い小鉢に入ったそれを見て木村は目を丸くした、つい前に身を乗り出して、何もかもを疑った。

「これは……」

 秘書から「どうぞ。この合金特製スプーンをお使い下さい」と一緒に出されたそれは、どう見ても木村の知識からでは小玉のスイカにしか見えなかった。表面は真緑に黒の縞、売っている小さいサイズの西瓜。スイカである。

「あ。柔らかい。ぷにぷにしてる」

 呆然としている木村の向かいで、小鉢に入ったタダナカ氏の分であるそれを特製スプーンでつついていた。ぷにぷに、ぷに。形状記憶でも仕込んであるのか、強く押しても傷がついても、表面の皮は始めの状態にすぐ戻る。果たしてお菓子だろうか。おかしい。それより食べて大丈夫なのだろうか。どうやって食べる。「あのう……」木村は不安になり、タダナカ氏と秘書へ救いを求めるように顔を向けていた。

「熟してる証拠ですよ。では思い切って頂きましょう。えいや」

「えいや?」

 タダナカ氏が落ち着いた掛け声を出して、思い切ってざくりと勢いよくスプーンを玉の上から直下で突き刺すと、パカリとくす玉のように綺麗に割れてそれの中から、わらび餅のような半透明で団子のような物が数個に寄り集まっていてこぼれて出現した。「ひいいいい」木村は両手を広げて飛び上がるしかなかった。生物だと勘違いしたらしい、非常に気の毒である。


 気にもとめず、タダナカ氏は折れもしないスプーンでそれの1個をすくい上げて、ひょいと口に入れていた。「んまい!」舌の上で数十秒と吟味した後で秘書に絶賛だ、そう告げてくれと指示を出していた。承った秘書は、すぐさま業者の所へと報告しに行くのだろう。何でもなく普通に部屋を出て行っていた。


「お、面白い食べ物ですね……衝撃でした」


 セカンドバッグからハンドタオルを取り出して、冷静を取り戻した木村は額の冷えた汗を丁寧に拭き出していた。

「『お茶菓子』っていうんですよ。実は我が社で開発して、鍛冶野さんとこで栽培してもらってんですねー。ですが新しく出来たはいいものの、前例もないので一番に困るのは名前を考えることネーミングなんです。魔法の瓜、マホーリー、まほうりいいい、……散々内輪うちわで揉めて試行錯誤して2度絶交して嫁を迎えて結局、『わかりやすい単純な名前を』ということで、『お茶菓子』に決定しました。どうでしたこのおやつ、美味しかったでしょう? コラーゲンを多く含んでいるので美容にもいいですよ。コラーゲンてのは細胞のつなぎですからね、しっかり夏場は摂取して下さ……」


 この話はまだ続くのかと木村はレコーダーのテープ残量を気にし始めていた。アナログでよかったアアァと安心していた。「すみません、テープの時間が残りありませんので、“最後にひと言”を!」都合よく言い訳をしながら、タダナカ氏の続いていく長話を止めていた。


 ・・・


 仕事用の大型バッグへセカンドバッグと共に押し込まれた土産の『お茶菓子2010』は、関西だし醤油味である。ワサビの他に塩と海苔とキムチとコンソメ味などがあった、持ち歩くに重いので断ろうかと木村は思ったが、それじゃ後で全種類を発送しますと秘書に言われて「いえ。怖いので」と持ち帰り1個だけにとどまっていた。さらに。



『魔女のハートでお届けします』



 タダナカ氏の最後のひと言に、取材を切り上げて帰って行った木村は、振り向かなかった。




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