19(魔女の夢)/最終話
小雨は暫く降り続き、灰色の空と街と、そして幸せだった2人に潤いをと称して湿った空間をつくり出す。抱き合ったままで離れられない2人だったが、別れの時は近づいてくると感じていた。目を開けて見上げると、無の表情だった穂摘が泉に説明をしてくれていた。
「この世界の『俺』は泉のおかげで助かった。お前がしてくれた余計なことのおかげで、車に当たらずに済んだな。感謝してるぜ」
「体が勝手に飛び出しちゃった……よく覚えてないけど、過去の『泉』は何処へ行っちゃったの。よく、分からなくなっちゃって……」
残念ながら、泉は動くことができなかった。事故に遭ったせいで体が麻痺しているのかもしれなかった。体を動かせないために確認が出来ないが、『泉』の行方は穂摘がきっと教えてくれると、期待して返事を待っている。
しかし穂摘は若干、弱った顔をして、一度だけ目を伏せていた。
「過去は、変えられないんだよ、泉……」
目の奥は、真剣だった。
「え……?」
「いや。過去の『泉』とはさっき話し合って別れてきたから。車は行っちゃったな。お前が事前にしてくれた『余計なこと』のおかげで時間とタイミングがズレた。俺は車に当たらずに済んだし、お前はこんな重体になってるけど、それ以外はハッピーで済んでる。……たぶんな」
聞いた泉は安堵して、一緒になってため息が漏れていた。「良かった……」微笑みながら。
泉は気がついてはいなかった。穂摘が言っていた、『余計なこと』に。それは、泉が『泉』を現場へと急ぎ連れて行こうとした時に『接触』したことによる。このせいで時間に差は生まれ後に響き、差は伸びたのか縮んだのかは不明だが、穂摘の事故に遭うタイミングは『ズレ』て、例え過去の『泉』に呼ばれて振り返ったとしても、不幸は避けられた結果になった。
穂摘の言うことがもし本当なら過去の穂摘と『泉』は事故に遭わずに会えたはずで、ハッピーで2人は続きの人生を歩いていくのだろう。しかし忘れてはいけないのが穂摘が諭した通り、その世界は……
虚構である。
「分かってる」
きゅ、と口をつぐみ、雨粒の降り注ぐ空と穂摘を同時に見ていた。「頭では分かってるの。穂摘はもう何処にもいないし、ここがゲームのなかだということも。それで、私は前に向かって行こうとした。これで間違いないって思ってた。でも」
目に雨が当たっている。何度も瞬きを繰り返しながら、言いたいことを吐き出していた。
「私、周りを全然見てなかったし、自分の気持ちにも気がつかなかった。気がつかないまま前に行こうとしていたんだね。何でなんだろう、何に引っ張られていたのかしら……」
首を傾げていると、「さあ。時の急流にでも飲まれたんじゃないか」と穂摘は一笑していた。
別れの時は、一刻一刻と迫ってきている。
「ひとりで行っちゃうと、自滅しちゃうのかな……」
薄れゆく意識は、これから何を迎えるのかが分からなかった。死なのか、それとも。
「ひとりで行かなきゃいいんじゃねえの」
また穂摘が笑っていた。安心なのは、変わらない。
「そうだね」
泉は眠るように、目を閉じていた。
「素敵なエンディングをありがとう……案内人さん」
知りすぎていた穂摘に、別れの挨拶をしていた。
泉は、意識が途切れていった。
県境に近づきながら、泉を乗せていた電車は終着駅に着く前の途中の駅にと静かに停車をしていた。『みなみ瓜駅ー、みなみ瓜駅ー』車内のアナウンスは、目を覚ました泉に自分の所在を教えてくれている。
「ん……」
体がずり落ちそうになり、体勢を直して座ってみてから、ここが何処だったかと記憶を探っていた。「えっと……あれ?」どうやら寝ぼけているようで、古い記憶が思うように蘇って来ず、混乱が生じている。「穂摘……あれ? あれ……?」
すると涙が。つう、と突然に何筋も流れていったのだった。「どうして、あれ……?」拭っても拭っても、涙は止まらなかった。
仕方がないと泉が諦めかけた時に、横から声を掛けられていた。「泉ちゃん……」声の主はクラスメイトで、泉と同じく黒いワンピースを着ており、暑そうに片手にはハンカチを持って泉のいる座席にと近寄って行った。
「実花」
「泉ちゃんも、先に帰ってきてたんだ。隣の車両で見かけてさ……」
泉の隣へと行き、「ん? 何だこれ?」と、実花と呼ばれた泉の友達は、空いた向かいの席を見て驚いていた。
お金が置いてあった。1000円札が1枚、その上に小銭が……500円玉が1枚、100円玉が3枚、10円玉が4枚。座席の上にぽつりと置いてあったという。「何なんだろ、気味が悪い……」結局、お金は駅員にと渡されて始末されていった。
夏休みが順調に終わり、休み中に猛暑のなか、焦げそうになったり軽く熱中症で騒ぎながらも、部活での練習は泉に大きな力をつけていた。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、野崎!」
相手の足元に狙って打ったスマッシュが鋭く決まると、審判が泉の勝利を宣言していた。ワアア……、テニスコートの周りでは、後輩たちや同級生などの観客が応援に駆けつけて、歓声と拍手で泉を称えている。コートを分断しているネットへ相手もやって来て、泉と握手をしてお互いに微笑で挨拶をしていた。「強いね、やっぱり」「ありがとう。強かった」流れていく汗を拭く間もつくらず、泉は姿勢よく相手の実力を認めていた。女王としての貫禄が充分に出てはいるが、以前のように誰も威圧で近づき難いものとは……少々、違っていたようである。
(勝った……!)
ラケットを握りしめたまま空へと高く背伸びをしていた。勝利は自信となり泉の成長の糧となるのだろう。負けた時には下へと向かず、青空へと溶けていってしまえばよい。
時の向くままに。
・・・
……『失敗修正マイライン[FCML―X](仮)』は大幅に変更をされ、『りたーん・まっち』というタイトルが付けられたものになっていた。プレイヤーの分身となるアバターを作成し、既につくられた街のなかを散策する『安全』で快適な『普通』のオンラインゲームになってしまっていた。
幻と消えたゲームとその構想は闇へと葬り去られたのかといえばそうでなく、またいずれ時代が追いついたらと隠れられるべき場所へと眠りについて、その時を待つとしている。ゲームは生きている、息を潜めて脈を打つ。開発者の熱き魂は閉じ込められて、でもやがて時代を越えて次世代に伝わっていくのだろうと思う。それは冷めない熱エネルギー、例えるものがないかと探せば、それはそう、例えるなら――
まほうびん。
《END》
ご読了頂き、ありがとうございました。
最終話で本編は完結ですが、おまけ番外編(コメディというかギャグ2本)があります。最後に飛ばして散ろうと思います。
この本編の執筆の間、瓜の話を書いた後『かわず瓜』という一般的でない瓜が大量にやって来たり、同級生が亡くなったりと「何だかなあ」なことが偶然か重なりましたが、未来透視しちゃったということで。
遊び心を忘れないというのがゲーム等アミューズメント系に言えることだと思いますが、開発者の根底にあるものだと思います。昔のゲームは、そういうのって隠れてあったものなんですけどね。「え? これってバグ? 仕様?」さあね~みたく。
それでは、何書いていいやら分からんかったままに、終演です。
ありがとうございました。また何処かでお会い致しましょう☆
H22.9.29. 隣の工事がうるさい部屋にて あゆみかん