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12(拒絶)/過去現在


 がらんとした校舎。閉め切った室内には人がいるのだろうが、開け放されている教室、階段、廊下、渡り廊下は無人だった。夕日が赤みを増してきそうな頃合いに、外にいた部活などを終えた生徒は帰るからと去って行っている。校舎が赤く染められていっても、人のいない空間は温度というものが感じられなかった。


 塞ぎ込んで黙っていた泉に、近づいてくる男子中学生がいた。勝てたのに、と叫んだ泉は急に出現した外界からの『敵』に敏感に反応し、涙も隠せず振り向き驚いていて。

 ――女王でも泣くんだな、続けて言ったその言葉が泉をさらに窮地に追い込んでいった。


「穂摘……」

 慌てて、付け足していた。

「先、輩」

 気持ちの整理がつかず、取り繕うにもどうしていいのかが分かっていなかった。呆けて途端に泉の顔が赤くなり熱を帯びていった。


「捜したんだけど……お前ってよく勝手に消えるのな」

 ヤッケを着た体操服姿の穂摘は部活が終わってもすぐには帰らず、わざわざ泉を捜していたとでも言うのか。何故そんなことを、と泉は聞きたかった。しかし躊躇する、屈んでいた体を起こしても目線は穂摘にと届かなかった。涙は先ほどから止まっている、拭いて、泉は穂摘を冷静に捉えていた。「……」

 他にかける言葉が見つからない上に出てきそうもない。泉は、諦めにも似た表情を見せていた。「何で私に……」頬の乾いた涙の跡を手でさすった。白い粉が指につき、払っていた。


 2人を包む空間は赤い、じりじりと光線照りつける夕日、踏み込めば居た堪れなくなりそうな緊張感の漂うなか、それを打破したのは穂摘の方だった。


「試合に負けてだいぶ落ち込んでたって向こうの主将キャプテンが心配してたし、あ、ウチの女子主将な。お前は顔に出さないから、いつもそうやって周りに心配かけてるんだぜ、解ってる? カバンもラケットも置いてどーこ行っちまったんだって、友達も捜してるぞ、今頃。落ち着いたら戻ってやれよ? それから」

「?」

 意味深に、泉を見てまたも『女王』と呼んでいた。

「いいだろう、女王に教えといてやるよ」

 穂摘は一歩だけ前に出ている。泉は肩を引いて目の前の『敵』に耳を傾けていた。何が飛び出すのかを考えると非常に怖くなっていた。

「これまでずっとお前を観察してたんだけど。どうもあんた、気が強すぎる。周りが置いてきぼりだ。女王みたいな奴はよお、誰かが声でも掛けてやらないと、放っておいたら真っ直ぐ自滅するんだぜ?」


 泉のなかで混乱が生じていた。気が強い、強すぎて、周りを置いていく? そして、真っ直ぐ『自滅』する……勝負に負けた時のようなことを指して言っているのかと、泉は全身の血液が煮えたぎってくるような衝動にかられていた。ついに出た言葉が、

「大きなお世話よ!」

 叫びだった。

 顔を真っ赤にさせながら、勝てそうもない『敵』に吠えていた。自分でも意外だと認めざるを得ない叫びの大きさに、泉は恥ずかしくて堪らなかった。なので穂摘を無視して走り横を通り抜けて行って、

 振り向かない。

「泉!」

 穂摘が最後に声を掛けたが、立ち止まることなく泉は逃げ去ってしまっていた。急に出たものが野崎ではなく泉、名前だった。「あ、やべ。言い過ぎ……」思わず開いた口を塞いでいる。


 泉は穂摘が嫌いで、苦手意識があった。出来れば関わりたくはないと敬遠していた。なのに泣いた、泣いている所を見られた、しかも弱みを突かれたようで気分が悪い。

(涙なんか流すんじゃなかった、でも、勝手に流れてきた。どうしたらいいの……)

 走りながら泉は「時間を巻き戻せたらいいのに!」と、空に叫んでいた。




「……で、巻き戻しますか?」


 平たく、ヒューマは言っていた。「ええと……」隣に居た『泉』は、こほん、と咳払いをしていた。

 数メートルは離れていた廊下の隅で、4つ目のステージだった一部始終を見終えた2人は、それぞれに感想を漏らしていた。「あれが過去の私……」自分を外側から見るということが、泉には奇妙にしか思えていない。他人ではなく自分、あれが自分なのだと自覚が遅いながらも多くを受け入れていった。

「一体何処が『失敗』なのですか」

 納得できないでいるらしいヒューマは、腕を組んで泉を見て言った。

「『失敗』だよ……大っ嫌いな先輩に泣いてる所見られちゃったんだから。一生の不覚、一生の恥」

 可哀想で無様だ。

 泉は言いながら、いまだ立ち竦んでその場から離れないでいる穂摘に視線を向けていた。あまり容姿をじろじろと見る機会も関心もなかった泉は、初めて穂摘という一年だけ先輩の『彼』を直視する機会を得ていた。

 なるほど女子のなかで話題に上がりやすいほど、体格も細くて引き締まっているし、何より人当たりもよくスマートにも見える、魅力というやつだと泉は思った。今頃何で気がついているのだろう、穂摘という人間は、もう既に。



 この世にいないのであるから。



「穂摘……」


 泉は、聞き届くはずがないと知りつつも、夢中で名前を呼び掛けていた。


 その時である。

 サッと空をきり、穂摘――彼は、振り向いたのである。

 反応するはずがない呼びかけに、穂摘は返事の代わりに振り向いた。そして、『現在から来た過去にいる』泉と目が合う、ぶつかり合っていた。


 だがそれも一瞬だった。


 ブチッ。


 ……。


 電気回路を切断されたかのような、『拒絶』の不快音がした。



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