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11/21

11(勝敗)/過去


 アドバンテージサーバ、野崎。あと1ポイントを取れば、ゲームに勝つ。

 デュース、取り返したのでポイントが並んだ、あと2ポイントを取らなければならない。

 アドバンテージレシーバ、相手にポイントを与えてしまった、次取られたら負けてしまう。

 デュースアゲイン、取り返した、あと2ポイント、先取すれば勝つ。

 アドバンテージサーバ、野崎。あと1ポイントである、サーブを必ず入れて、絶対に決めるのだと信じていた。「フォルト!」


 フォルト、――失敗。打ったサーブが相手コートのサービスエリアに入らなければ、そう判定される。続けて同じくベースライン後方から再度のサーブを試みて打つ、これも外せばダブルフォルト、相手に1ポイントを与えてしまうのだった。失敗は1度までで2度目に成功しなければゲームは始まらないのである、庭球テニスの基本ルールだった。

「ゲームカウント5―6、野崎、サービスプレイ」

 コート横の高台に座る主審が泉にサーブを打てとコールし、示していた。試合は1セットマッチ6ゲーム、5―5とゲームがタイで並んだため、泉か相手が先に2ゲームを取り5―7、もしくは7―5になれば試合は終了する。

 大事な局面を迎えていた。このゲームを落とせば、泉は試合に負けてしまうのである。僅か1ポイントも許されない状況に陥っていた。面積およそ23.78×10.97mのコートには1人対1人、試合はシングルスで、相手からの攻撃サーブを待って構えているのだった。団体球技ではない庭球テニスはコートをリング戦場とし誰も手を貸さない、孤独な格闘技とも言われていた。


(次は取る)


 さァこーい(さあ来い)と、サーブを打つ泉とコート外野に散らばったり固まっている応援人たちは掛け声を発して士気を高めていて、泉の華麗なサーブは反りの小さい直線的なカーブで対向側のエリアにとバウンドしていた。ぱこん、レシーバに打たれた軟球は、泉の真正面へと飛んできていた。

 打ち返し、打ち返す。

 相手の死角を突く、背面へと仕掛ける、だが追いつき球に食らいついてミスらない、ラリーは続いていた。

 長くプレーをしていると疲労も浮き出て、何故足がもっと早くに動かないのと泉は何度でも自分の体力無さを呪っていた。ぱこん、ぱこん、ぽと。とん、ととん、と……。ネット際に放られた球に泉は間に合わなかった。

(く……)

 ポイントは取られてしまった、相手の「よっしゃラッキー」という大掛け声が頭の上から被さっていった。応援も盛り上がっている、応援用に作られていた歌は部員に使われていた。「ナイスプレー! ……島田! ……ファイオー! ……1本!」間に手拍子を含みながら相手校は纏まり、騒いでいた。


(次は取る)


 泉はベースライン右から左へと移動し、カウント0―15、主審のコールが響くと、高く球を投げていた。

 サーブが決まる、と思えばサービスエースにはならず、レシーバは打ち返し、またもやラリーは続いていた。泉の打った球がコートの外でバウンドすると、「――アウト!」と結果は審判によって下されたのだった。


(次は)


 カウント0―30、泉の持つラケットのグリップに力は込められていた。手に汗もかいている、些細なことだが、それが大きなミスを誘うこともあった。次のポイントも取られてしまい、打点やタイミングがずれて調子がまるで出ていないことに気がつき始めていた。

 普段の練習では確実に自分の得意なコースへと決められている狙い球が、思うように決まらないのだ、「0―40」と構わず審判は下される。「よっしゃラッキー」と相手はガッツポーズでそしてラケットを高く掲げていた。応援も高揚し凄まじくなっていった。「ファイオー!」

 泉側の応援団も負けずにフェンス越しで叫んでいた。「……野崎! ……ドンマイ! ……次ファイオー!」

 カウントは0―40、次にポイントを取られたら1セット終了で、試合も終了となる。要するに泉の負けなのだった。

 泉にとっては最大のピンチが訪れたと言えよう。

(負けない……)


 左手に球、右手にはラケット、両方を重ね合わせて、深呼吸をしていた。吐く息とともに肩の力を抜き、できるだけいつもの自分を思い出すように努めていた。マイペース、いつもの自分とはどうだったかと自問を繰り返しながら、落ち着いていった。

(……)

 試合中ながら一度目を閉じて、何も考えない『無心』の感覚を取り戻していた。不思議と周囲の騒音は遠ざかり、泉の視界には手元の球とラケットしか存在しなくなったのだ、これが集中というものなのだろう。

 


 孤独な世界だった。


「さアァァこォォオオーい!」


 泉の声が辺りに響いている。



 獅子の雄叫びにも似たそれは、放り投げられた球に向けられたものだった。意識を集中させていた。




 校舎の昇降口に、生徒たちは集まり騒いでいた。10段ずつ合わせて作られた階段を下るとグラウンド、下らず校舎に沿って道なりに行けば自転車置き場がある。部活の終了時間が重なり待ち合わせた者や帰宅前にだらだらと話に花を咲かせている者など、生徒は自由な時間を過ごしていた。日はまだ沈んではいない。

「あれ、泉ちゃんは?」

 自転車と自転車に挟まれて座り込んでいた女子のグループがあった、そのなかのひとりが隣に声を掛けていた。

「さあ、知らない。教室じゃないの? チャリあるし。帰ってないと思うけど」

「試合惜しかったなあ。泉ちゃんが負けるなんて珍しい。相手あの西中だよ? 何かあったかな」

「落ち込んでるのかな……帰り、どっか行ってウサ晴らししないー?」

「えー、疲れてるのに。でもまあいっか……」


 ラケットやカバンは投げ出したままで、泉の友達は数人まだ帰る気はなく足も投げ出し、日が沈む頃になるまで動こうとはしなかった。



 校舎に入ると人の気配はなくなり、暗さが目についてくる。廊下を抜けると階段、上れば教室、渡り廊下を歩くと見えてくるのは理科室、音楽室などの多目的室になる。


 窓が開いていた。そこからはグラウンドが見渡せていた。

 風が出入りしていた、照り光っている廊下を埃が走り、そこにいれば少しでも洗われるのではないかとそんな気分だった。爽やかで気持ちがいい。

 泉は縛っていた髪を解き、汗を乾かすつもりで外から吹いてくる風に当たっていた。日陰ではないが別にいいと許していた。風が当たっている。

 無人の廊下が今の泉には心地よかった。汗がひいて肌を冷やす、それも自然と受け入れている。


 グラウンドに部活中の生徒が残っていて小人のように動いていた。高く遠くから見つめていると、泉の目から涙が一滴、始めは頬に痒みが、としか思わなかったが、流れていたことに自身が小さく驚いていた。「ふ……」

 息が漏れていた。「う……」一回漏れると、溢れ出していく。「……ひく……」手で押さえようとしても止まらなかった、泉は諦めてしゃがみ込み、見づらくなって見えなくなっていく視界に任せていった。

(悔しい……負けて悔しい……)

 何度でも。

(粘れたのに。……なのに!)

 勝てる試合だったと思う心が油断を呼んだのだろうか。今から反省しても負けた事実は消えることがない、諦めるしかなかった。でも消えない、泉の記憶に根付いてしまって囚われることになるだろう。


「勝てたのにっ……!」


 泉が叫んだすぐだった。



「女王が泣いてる」


 無人のそこに誰かが立ち踏み入っていた。




 軟式の場合はカウントのポイントコールが0―40とかでなく0―3とかと言っていた気がしますが、ゲームカウントの数え方と混同しないために分けていますので、あしからず。


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