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10(安心度)/過去現在


 未来が分からないから面白いんだよね。

 未来が分からないから怖いんだよね。


 どっちなんだろうか。どっちでもあるよ。誰にでもある。私にだってある。

 でも、立ち止まってもいられない。すぐ選ばなくちゃ。だって時は止まることを知らない、動いているのだもの。

 だから私は前を進むのよ――怖くない。



 ……泉の意志は固かった。時の流れに身を任せているようでいても、流れている身はいしのよう。それは堅実な芸術家アーティストに似ているのだろう、波を起こしているのは石ではなく、時の方だということを……


 ・・・



 競技場から離れて観客席からも遠ざかっていくと、自販機のある休憩所や開けた場所がある。そこへは近づかず、泉は膝を庇いながら出来るだけ目立たないように壁に手をついてゆっくりと進んでいた。膝は擦り切れて血が滲み出ていて、付いていた砂は払っていたものの、痛みが感じられた。早く洗って消毒しなきゃと気はいている。

 しかし膝の痛みは泉にはたいしたことはなかったのだった、別の痛みがある。

(残念……)


 競走レースを終え、1着になれなかった泉に襲いかかってきたのは悔恨の念や未練といった、厄介な代物だった。転んでしまって取り返しのつかない結果に小さな泉は小さく呟くしかない。

(悔しい……)

 一歩一歩と足を進める度に感じる膝の痛みと、頭のなかで晴れないモヤとの戦いながらの前進だった。早く水のある所に行って休みたいと……砂漠の旅行者のように願っている。


「泉ちゃん。待って」


 泉が歩いてきた方向から、人の声がしていた。「……?」名前を呼ばれて泉が振り向くと、ばたばたと地面を走る音が近づいてきた。泉と背格好の似た女子が数名、体操着だが小学生、泉の友達だった。

「ミユキ、サユル、実花……」追いかけてきた友達を呼び、泉は驚いて「何」と聞いていた。

「ひとりで勝手に行っちゃうんだもん。待っててって先生に言われなかった?」

「ケガしてるじゃん、見えなかったよ。一緒に洗いにいこ、あっちでよかったよね」

「泉ちゃん見つかったって先生に言ってくるー」

「砂がまだついてるよ、背中に」……


 ひとりでここまで歩いてきた泉に友達は、囲むようにして騒ぎ始めていた。

(そっか……)


 心配かけちゃたか。そう泉は反省し、友達に微かに笑いかけていた。「ごめん……」

 鬱陶しかったモヤだけが消えていった、今の泉に遮るものはない、痛みは最初からなかったのだとさえ思えていた。



 その光景を一切、手を貸すことはなく静かに傍観者として見守り、安堵のため息をついていた者が2人いた。過去の泉を見ている『泉』とヒューマ、彼らは見終わったと安心のような安らぎを得て、その場を立ち去ろうと体を傾けていた。

「さ、次に行きましょうか……次が、ラスト・ステージです」

 案内人のヒューマは与えられた仕事をこなし、肩を叩いて次へと促していた。「うん……」自然と足の動かない泉だったが、容赦なく不細工な効果音は上空で鳴っていた。ぱんぱかぱーぱっぱー。さらにもう一度。ぱんぱかぱーぱっぱー。「……」泉は歩き出している。「……行こう」


 上を向くことはなかったが、『安心度』は47%を記録していた。パラメータの上昇も下降も判定結果の反映もないのか、数値は47%、以前のままで変動がなかった、これはどうしたことか。見ていない泉には勿論と分かるはずもなく、案内人であるヒューマも不思議とは思っていなかった。


 それより、『安心度』には合致していない。安心を得たはずの泉と数値とは、『ズレ』が生じていた。

 この『ズレ』は、バグであれば直せば済むことだった、だが今は、ゲーム中である。

 何も知らない泉はヒューマに尋ねていた。「ゲームを途中で止めることはできないんですか?」『失敗』であるのに回避しようとはしなかった、即ち傍観、放置。自分のしていることに無意味さを感じたのだろうか、泉は深刻そうに聞いていた。

「原則としてですが、途中セーブ・リタイアはできませんと言いました」

 泉に負けず普段から感情のないに徹した顔をしたヒューマは、泉にそう告げていた。

「そっか……やっぱり」

 がっかり、に近い姿勢を見せている。ヒューマは何故そんなことをと、泉に聞き返していた。

「『失敗』なのに修正しませんでしたね。……次は、大きいですよ」


 100%まであと53%である、ヒューマは次がラストと言っていた。恐らくはプログラム上でステージ数が決まっており、100%でユーザーないしプレイヤーはクリア出来るようにプログラミングされているはずで、それを満たすためには泉の過去から数値を上げる要素をゲームは要求せねばならなかった。

 泉の奥深く、記憶の沼のなかからの探索は、泉に気がつかれることがなく順調に……


 次の『失敗』を用意していた。



 ・・・


 飲食店、呉服店、繁華街を過ぎて歩道橋を渡り、目下の国道を尻目に去ると簡素なビル街にと続いていた。ビルとビルの隙間を地下鉄道やタクシーといった交通手段を使わず足で通り抜け、大通りに出ると信号待ちをしている一角に出ていた。

 闇雲に走っているわけではない、仲間からの情報を頼りに、形跡を辿っていた。

『バスには乗ってるようだな。11時37分発だったらしい、そこから右へ曲がるとドンキがあるだろ、その辺りにある港しづか駅行きのバス停』

 このように。

「わかった」

 赤福は頷いて携帯電話を切って歩道を横断する、人の波に合わせて歩調は始め遅く滞りがちだったが、痺れを切らして前の歩行者を追い抜いていた。

(っとに、……あのボケなす)

 息を切らすことはなく右方向に曲がっていくと、仲間が言っていた通りに店があり、付近には数人と人が列で並んでいたバスの停留所があった。そこへと行き当たっていた。

(説教じゃ、アホンダラ)

 最後尾で、両腰に手をついて悶々と俯いていた。

(一発おみまいしてやろうか。目を覚ますかもしれない、あのミョーチンボクもやし野郎)

 バスを待っている間が手持ち無沙汰なのか、赤福は悪口を開発していた。


 待つと長く感じるが待ち続けている赤福に、また携帯で連絡が入っていた。うぴぴぴぴ。赤福の携帯の着信音だった。携帯電話を買った当初は予めに入っていた地味な黒電話の音にしていたのだが、周囲で仕事関係者は同じ黒電話の着信音にしていることが多かったため、赤福は自分のが鳴っているのかどうかが「わからん」と吐き捨て設定を変えたのだ、目覚ましのアラームかネコ娘の悲鳴かは分からない電子音が鳴るようになった。


 携帯電話の相手は出ると、違った仲間からの連絡だった。

『ハアイ、元気。シマちゃんよ』

 携帯の液晶画面には登録名、『仲間志麻伊』と表示されていた。『キョーダイから話は聞いたぞ赤福』シマといった相手は耳元でうるさく声が大きかった。「仲間さんから何を」ややこしいので説明をすると、電話に出ているのは『仲間志麻伊』で先ほど電話で話していたのはキョーダイ、『仲間京大』である。ちなみに同じ『仲間』であっても2人の関係は家族ではない他人だった。さらにどちらも京大出身ではなかった。


『「追跡システム」を使っているらしいが、もっと簡単に追跡できるぞ。教えちゃろか』

 親切心を出して相手のシマは言っていた。聞いた赤福の眉がピクリと反応して、「是非」とだけ漏らしていた。

『鈴木の帽子、トンガリの繊維の先から特殊電波出てるから、拾って衛星でそっち(携帯)に送るわー』

 

 それだけを言って、電話は切れていた。



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