第四章 緑の断罪
小章① 崩壊の序曲
三日後。東京。 テラ・ジェネシスのグリーンボンド発行記念パーティーが、再び盛大に開催されようとしていた。 場所は六本木の「ニブスホテル東京」。 久遠寺翔は、メインステージの中央で、満面の笑みを浮かべていた。 一千億円の調達は完了した。これでまた、当面の間は自転車操業を続けられる。PCB処理の裏金も入る。全ては順調だった。
「ご来場の皆様。本日は、地球の未来に投資していただき、ありがとうございます」
久遠寺がスピーチを始める。 その時、会場の空気が凍りついた。 招待客たちのスマートフォンが一斉に鳴り響いたのだ。 ニュース速報のアラート音。
『速報:テラ・ジェネシス、インドネシアでの有害廃棄物不法投棄疑惑』 『環境NGOとダビデ・ストーン・キャピタル、衝撃の現地映像を公開』
会場の巨大スクリーンが、突如として切り替わった。 映し出されたのは、美しい森ではない。 黒い煙を吐き出す焼却炉。ドクロマークのドラム缶。そして、久遠寺本人が「これは必要な犠牲だ」と語る、あの夜の映像だった。
「な、なんだこれは! 誰だ! 映像を止めろ!」
久遠寺が叫ぶ。 しかし、映像は止まらない。 画面には、傷だらけになりながらもカメラを見据える、滝川真紀の姿が映し出された。
『これは、投資ではありません。犯罪への加担です。あなたたちが買ったのは、未来へのチケットではなく、毒物を積んだ片道切符なのです』
真紀の告発が、会場に響き渡る。 投資家たちがざわめき、怒号へと変わる。 「詐欺だ!」「金を返せ!」
その混乱の中、会場の扉が開き、東都地検特捜部の係官たちが雪崩れ込んできた。 同時に、生活環境省の強制調査官も姿を現す。
「久遠寺翔。金融商品取引法違反、および廃棄物処理法違反の疑いで同行を願う」
久遠寺は膝から崩れ落ちた。 「私は……私は地球を救おうとしたんだ! 愚かな民衆にはわからんのか!」 彼の叫びは、フラッシュの嵐にかき消されていった。
小章② 勝利の代償
一ヶ月後。 真紀は、ガイア・ソリューションズのオフィスで、窓の外を眺めていた。 テラ・ジェネシスは破産手続きに入り、久遠寺は逮捕された。 バックにいた大河内代議士も、PCB輸出の許認可を巡る贈収賄で失脚した。 市場は混乱したが、ダビデ・ストーン・キャピタルだけは、この騒動を見越した空売りで莫大な利益を上げていた。
「……結局、一番儲けたのはケインね」
真紀は苦笑した。 彼女の口座にも、成功報酬として信じられない額の金が振り込まれていた。 だが、心は晴れなかった。 インドネシアの汚染された土地は、元には戻らない。アグスは救出されたが、拷問による怪我で入院生活を余儀なくされている。
ドアがノックされ、田所記者が入ってきた。
「真紀さん、これからどうするんです? 有名人になっちゃいましたね。『環境ビジネスの闇を暴いたジャンヌ・ダルク』なんて書かれてますよ」
「……辞めるわ、ここ」
真紀は辞表をデスクに置いた。
「えっ?」
「コンサルタントとして、数字の上だけで環境を語るのには疲れたの。……私、インドネシアに行くわ」
「インドネシアへ?」
「ええ。アグスたちと一緒に、あの黒い土地を再生させる。本物の木を植えて、何十年かかっても、森を取り戻すの。それが、暴いた者の責任だと思うから」
真紀は晴れやかな顔で笑った。 その笑顔には、もう冷ややかな皮肉はなかった。




