十一回目の婚約破棄
「ロザリア・メッサリオよ、君には何の不満もないが、私は真実の愛に生きることにした。悪いが、この婚約はなかったことにしてくれ」
「承知致しました、殿下。ひと時のこととはいえ、私のような者が、殿下の婚約者であれたことを光栄に存じます。それでは……」
何の抵抗もなく、むしろ晴れやかな表情で、メッサリオ伯爵家の令嬢・ロザリア様は、男からの婚約破棄を受け入れた。
これでいったい何人目だろうか?
この第二王子・フロリアン様が、婚約破棄をなされるのは?
「そしてパウリナ・リュサールよ、突然ではあるが、私は前々から君のことを一番に思っていた。どうか私の将来の妻となってはくれぬか?」
「えっ、私めにございますか!?」
伯爵令嬢との婚約破棄宣言。
その舌の根も乾かぬうちに、子爵家の令嬢でしかない私に、そのまま求婚。ほんとうに、この王子は、いったい何を考えておられるのか?
私は、恐る恐る婚約破棄されたばかりのロザリア様を見遣った。
すると、彼女もこちらを見つめ返し、なぜかニコリと頷いてみせた。
◇
「……おいおい、パウリナよ。まさかお前にまで本当に、この婚約ごっこが回ってこようとは……いったい何を考えておられるのだ、殿下は」
容姿端麗。学業も優秀。
物腰は柔らかく、誰からも好まれる優雅な佇まいを持つ、このアルセリア王国の第二王子フロリアン。
そんな完璧とも思われる彼にも、ひとつの重大な病があった。
婚約破棄病である。
歴代の婚約者たちとは、長くても半年。
早いと二週間ほどで、婚約破棄に至っている。
最初は、公爵家の御令嬢に始まり、侯爵家、伯爵家へ……。
彼と年頃の近い、相手の決まっていない上位貴族のご令嬢たちと、片っ端から婚約しては、破棄の繰り返し。そして、遂には子爵家の娘でしかない、この私にまで、その順番が回って来た。
「婚約破棄すること十一回。それでもなぜか、どの方々とも円満に破棄なされているみたいですし、ひょっとすると、うちもそれなりの慰謝料などを頂けるかもしれません。破断となるのが前提ですし、そう気を揉む必要もありませんわ、父上」
「そうは言ってもだな、お前。あのお方は、仮にもこの国の……」
◇
「―― 式のドレスは、どのようなものを望む、パウリナ?」
心底しあわせそうな表情で、私に訊ねる王子。
ほんとうにこの御方は、いったい何を考えていらっしゃるのか。
何か悪いものに憑りつかれているにせよ、このような笑顔を見せられると、思わず、絆されそうにもなるのだけれど……。
「ええとですね、殿下」
「フロリアン。フロリアンと呼べ、パウリナ」
「フ、フロリアン……殿下。どうせ、あれでしょうし、あまり華美でない質素なもので、私はけっこうでございます……よ?」
「『どうせ』とは、いったい何だ、パウリナ。一生に一度きりの式であるのだぞ。予算を気にしているのであれば、それは私に対する過小評価だ。私はこの日のために、これまで、それなりに切り詰めてだな ―― 」
学院も無事卒業し、後は式を残すのみ。
私は、おそらく式の当日に婚約を破棄される花嫁となるわけだけど……。
◇
「―― パウリナ・リュサール。貴女はこの国の第二王子フロリアンとの永遠の愛を誓いますか?」
「ち、誓いま……す?」
「フロリアン・アルセリア。貴方は子爵家の娘、パウリナ・リュサールとの永遠の愛を誓いますか?」
「ち……」
式に参列する、全ての者が息を飲んだ。
「誓います!」
「「「おおおーーっ?!」」」
「えっ、えっ、えっ?」
パウリナは、混乱した。
てっきり自分は、婚約を破棄される最後の令嬢役で、このあと真打ちでも登場するのであろうと、信じていた。しかし、なぜか王子は幸せそうに自分を見つめ、誓いのキスまでしてきたのである。
「こ、これはいったい……どういうことにございますか、殿下?」
パウリナは、ささやくようにフロリアンに耳打ちした。
「どういうこととは、どういうことだ。それに私のことはフロリアンと呼べと、何度も言っておるであろう。我らは晴れて夫婦となったのだ。これからは公の場以外では、敬称なしで呼んでくれよ、愛しのパウリナ」
◇
フロリアンの婚約破棄病の理由。
それは家格の合わないパウリナとの結婚を、何としても成立させるための詐病であった。
パウリナは、フロリアンにとっての「初恋のひと」であった。しかし、パウリナは子爵家の令嬢であり、王族であるフロリアンとは、家格が釣り合わなかった。
フロリアンは、最初の婚約者となった公爵家の令嬢マグダレーナに、こっそりとそのことを打ち明けた。マグダレーナとの婚約が発表された、その日のうちに。
マグダレーナは、最初、苦々しい顔を見せたが、最終的には、この王子の初恋を応援することに決めた。
マグダレーナの根回しもあり、「王子の初恋」を、その後の婚約者たちも応援した。政略結婚が当たり前の貴族家の令嬢たちにとって、王子の純愛は、非常に貴重な、尊ばれるべきものに受け取られたためであった。
公爵家、侯爵家、伯爵家。
彼は婚約破棄するたびに、貴族親たちから「とち狂った王子」と思われ、パウリナの前に現れた時点で、すでに第二王子派と呼ばれる集団は消滅していた。王位継承権自体は、まだ持っていたが、彼が子爵家と結んだことにより、第一王子派たちも安堵した。
「―― というわけでは、私は最初から君と結婚するために、このような馬鹿げた婚約破棄を繰り返してきたというわけさ」
フロリアンの告白は、パウリナを大いに困惑させた。
フロリアンが、パウリナに恋をした理由。
それが幼少期にあったという、園遊会での出逢いであると告げられたためであった。
◆
退屈から姿をくらまし、王宮の裏庭へと逃げてきたフロリアンは、そこでひとりの少女と出逢った。パウリナである。
少女は、木の枝から落ちた鳥の雛を手に、木を登っていた。
そこにフロリアンが、偶然出くわした。
「何をしているのだ、お前」
「え、あ、ヒナが落ちていたから、巣に戻してあげているの」
「木登りなど、令嬢のすることではないぞ」
「今さらそんなこと言われても知らないわよ。よいしょっと。これでよし!」
雛を巣に戻し、するすると木を降り始めるパウリナ。
フロリアンは、その姿を真下で眺めていた。
だが、パウリナは地上に降り切る間際で、足をすべらせ、そのまま落下した。
そしてフロリアンは、その下敷きとなった。
「いててて……ごめん」
「ああ、ほんとうだ。私がいなければ、そのまま地面に落ちていたぞ、ご令嬢」
「ああそうね、それはありがとう。けど、あなたがいなかった方が、ちゃんと着地もできたはずよ。私、運動神経がいいから」
「なっ!」
フロリアンは、呆気にとられた。
これまでに、このような令嬢には出会ったことがないぞ、と。
否、このような令嬢には、今後も出会うことはあるまい、と。
しかし、それと同時に、なぜか強く惹かれるものがあった。
落下から受け止めた時のパウリナの身体はしなやかで、そのお尻は初めて触れた柔らかさであった。
◇
「それでだな、パウリナ ―― 」
王子の話に、パウリナはさらに困惑した。
王子がうれしそうに話す、その昔話は、まったくパウリナの記憶にない話であった。
「……その少女は確かに私だったのですか、フロリアン?」
「ああ、あの時、君は自分のことをパウリナと名乗り、顔もそのまま、君自身であったではないか。何を言っておるのだ。あははっ」
パウリナが、当時の自分のお転婆ぶりを恥ずかしがっているのだと思い込み、笑う王子。しかし、パウリナは別の意味で、その話に驚いていた。
(ひょっとして、その少女ってヴァレリアのことなんじゃない?)
パウリナには、ひとつの悪い心当たりがあった。
それは彼女の従姉であるヴァレリアの存在だ。
ヴァレリアは、パウリナの母の姉の娘で、隣国であるロザリア王国の伯爵令嬢であった。フロリアンが語っている園遊会は、おそらくヴァレリアの母イザベラが、避暑でアウレリア王国に戻ってきていた頃の話。イザベラは、現王レオンハルトとも、学友の仲であった。
またヴァレリアは、子供の頃からパウリナと瓜ふたつと言われていた。ヴァレリアは、活発で、あっけらかんとした性格の少女。面倒事からは、すぐに逃げ出す少女でもあった。それにパウリナは、そもそも木登りなどしたことのない少女であった。
(あの子、とっさに私の名前を……)
ヴァレリアは、すでに結婚し、子供までいると聞く。
今さら、本当のことをフロリアンに打ち明けたとしても、どうにもならない話である。
パウリナは、心の中で、大きな溜息をついた。
もうこうなってしまっては、フロリアンの話をよく聞き、彼の「記憶のパウリナ」に自分をすり寄せるしかないと、腹をくくり始めていた。
(とりあえずは、木登りの練習からでも、やってみるしかないかな……)
「そういえば、あの時、君は―― 」
「まだ何かあるのですか、フロリアン?」
「草むらから出てきた蛇を掴んでだな」
「へ、へびーっ!!」
―― Fin.




