面白いことをなさる
いつ、どこで、誰が、何をといった部分と気になる部分を修正(2026/1/16:昼食後)
ノイルくんが女装を始めたきっかけはなんとなくわかるんだ。なんとなくは。
あれはたしか、俺がこの世界に来たばかりの頃だ。
当時五歳のルシア様に、文字の勉強の意欲につながると思い、漫画をオススメしたことが始まりだったと思う。
最初は、俺好みである冒険やアクションを主体にした漫画をオススメしたんだったかなー。
海賊王だったり、この世界に合わせたファンタジーな使い魔ものだとかを最初の数冊だけを、ルシア様のスキルで用意してもらったんだよ。
当たり前ではあるが、あまり活動的ではないルシア様にはそれらの漫画は今ひとつ刺さらなかったようだ。
そこで、俺が思いつく限りの「おもしれー女」などと発言するような恋愛漫画を紹介してみたら、これが思いのほか刺さったようで、興味津々になって読み始めたのだ。
元からある程度文字が読めていたし、スキルで購入した漫画の文字もこの世界の言語に翻訳されている。
多少意味がわからない単語はあれども、それはその都度俺が説明することで、ルシア様は楽しく読み進めていく。
その結果、俺がオススメした漫画たちは放置されてしまう。
たぶん、おそらく、メイビー。それがまずかったんだと今になって、反省する思いで胸がいっぱいだ。
放置された漫画の中には女装した主人公が悪漢たちを鮮やかに捕まえるものや、女性が美しく敵を投げ飛ばすという、かなーり俺の趣味が多分に含まれた漫画があったのだ。
しばらくして、ルシア様が放置していた漫画が消えた。事件である。
実際ノイルくんの成長を歪めてしまったので、かなりの大事件である。
ルシア様本人はあの漫画には興味がなく、もうどうでもよかったのだろう。
本来ならメイドさんの誰かが片づけて、屋敷で働く人たちに回し読みをされていても問題はなかったのだ……
だが、当時三歳のノイルくんはその漫画を文字の勉強と共に熟読し、そして女性が活躍する漫画にとても感動してしまい、母親であるグレイス様にこのような相談をしたのだ。
――「ボク、女の子になりたい」と。
なにが、どうして、そうなったのかはわからない相談を受けたグレイス様。
だけど、その言葉と彼のあどけない表情でグレイス様の中で何かが発芽した。発芽、してしまったのだ……
この頃のルシア様はグレイス様が想定していた「可愛い娘に色々と着飾りたい」という欲求をあまり満たしてくれなかった。
そのため、彼女は「着せ替え人形になってくれる娘」を欲していたのだ。
でも、葛藤もあったのだとは思える。
跡取りになるかもしれない男児を、女の子として育てていいのかと。
だが、これを本人の言葉で解決してしまった。
――「あと、カッコよくなりたい」と。
よし、女装でも戦える子にしよう。そう、グレイス様は決心してしまったのだ。
それからの彼女は早かった。全力を注いだと言ってもいい。
まず、使えるすべての伝手を使い、息子専用の特殊な戦闘ドレスを特注する。
忍び込ませる暗器を美しく、機能的に使えるドレスをデザイナーと相談して、使用感もノイルくんに確認させるほどの徹底ぶりだ。
デザイナーの悪ノリも加算され、武器も特注となった。
その道の人でも扱いこなすには時間がかかりそうな暗器に武具たち。
だが、ノイルくんにはそれらを扱いこなす才能があった。
それもこの世界基準でもかなりヤバめの戦神の加護と、美と健康を司る女神の加護のふたつを所有していたのだ。
さらには戦闘訓練もわざわざ東方から呼び寄せた先生が「面白いことをなさる」と言って、屋敷に来た当初は嫌々そうだったのに、楽しそうにノイルくんを鍛え上げてしまう。
彼は加護のおかげもあり、体術は早々に極めてしまい、どんな武器、暗器も多少の得手不得手はあるが、そのすべてを使いこなした。
そして、どんなに身体を鍛えても、美しく柔軟性のある筋肉となり、女性の見た目として違和感のない美しい姿を維持し続ける。
正直、どこの主人公だと思ったよね……
今だって、一見ただの可愛い女の子としか思えない姿なのに、あの和装に近いドレスの下には危険な暗器がいくつも隠されてるんだよ?
今回の集まりのように、よその領地でお土産を買いに街に出かけていたときに、女の子が裏路地に誘拐されかけていたんだって。
それを見た当時四歳のノイルくんが、悪行を働く暴漢どもを一瞬で退治した。
そのとき護衛についていた騎士の人が、その武勇伝を今でも酒の席で話すほどの活躍だったらしい。
――そう、その女の子が朝食の話題に出たルーデル領、オリバー伯爵のひとり娘バーバラ嬢だ。
当たり前だが、恐ろしい大人の男性に攫われかけたところに颯爽と現れ、救ってくれた人物に一目惚れしない女の子はいないと思う。
たとえそれが、女装した男の子だったとしても……
……本当にそうかな? ちょっと無理があるんじゃない?
うーん、恋する乙女から見たビジョンは俺にはわかんないや。だって、俺犬だし……
助けられた直後のバーバラ嬢は女装したノイルくんをカッコいいと評し、そののちに男の子だとわかっても彼を一切変な目では見なかった。すでにバーバラ嬢は完全に恋する乙女だったのだ。
おそらくではあるが、ノイルくんは直感でこの人しかいないと思ったのだろう。
それからの彼はすごかったらしい。
ルシア様から見ても、もう見ていられないほどバーバラ嬢に猛アタックをしたのだ。
もちろん、両思いであるからあっという間に二人の仲は進展した。
元々、親同士のつながりもあって、娘の恩人でもあるノイルくんをオリバー様は気に入っていたのだ。
ふたりが結ばれるのはもはや運命と言ってもいいレベルだった。
そのため、婚約もすんなりと決まってしまう。
そうなるとルシア様が婿を取って、領地を導ける夫を迎えなければならなくなってしまい、彼女からしてみれば頭の痛い話ではあった。
予定されていた一週間後、屋敷に到着したオリバー伯爵御一行とフィンデル子爵御一行は、旅の疲れを癒したのち、領主・夫人・子供たちと、それぞれに分かれて情報交換を行うことになった。
俺はもちろんルシア様についていき、子供たちだけのほのぼのとしたお茶会に参加する。
バーバラ嬢とノイルくんの間には多少甘い空気を感じるも、そこはさすが貴族の子供と言えた。
場を弁えるくらいの常識は持ち合わせているようで安心だ。
まあ、目線でイチャつくくらいは目を瞑ろう。チッ、リア充どもめ!
さて、気を取り直してっと……日本人のおもてなしを見せてやろうではないか!
いでよ、料理長! 最高のお菓子で素敵な時間を提供だ!
なーんて言っても、実際にはメイドさんたちが静かにお茶とお菓子の準備をするだけなんだけどね。
さあ、甘いお菓子で子供たちの気持ちをわしづかみだよ!
あ、ちなみに、材料やレシピ本はお嬢様にお願いしました☆
ルシア「お母様……」




