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01.コア・リザレクション

本日6話投稿です。(1/6)

ネオンの光が、濁った雨水に反射して路地を紫と緑に染めていた。


大都市〈シンカイ〉の下層区――スラム街はいつものように湿り気と臭気に包まれ、昼夜の区別がつかない。上層ビル群に取り付けられた魔導光の広告が絶え間なく瞬き、地表に降り注ぐのは月明かりではなく、偽りの光ばかりだった。


路地裏には違法コードを売る屋台が並び、義体の部品や魔力薬を求める人間たちが群がる。

電脳幻灯に映し出された妖艶な女が客引きを行い、その足元で子供がジャンクを拾い集めては「魔術師ごっこ」に興じている。誰もが薄汚れていた。

誰もが誰かを利用し、踏みにじらなければ生きていけない街だった。


そんな都市の片隅で、今日もまた一つの仕事が動き出していた。


旧文明の戦争兵器の残骸解体。スラムの労働者たちにとって、最も危険で、最も実入りの良い仕事の一つ。

だが同時に、命を落とす確率も桁外れに高い。旧文明の遺物は、完全に死んでいる保証などどこにもない。

ひとたび暴走すれば、作業員など虫けら同然に吹き飛ばされる。それでも、人々は明日の飯代のために手を伸ばす。


「よう、ユキヤ。お前、まだ生きてたのかよ」


崩れかけた工場跡地に集められた日雇い労働者の列。その一人が、肩を竦めて皮肉げに笑った。


ユキヤ――黒髪に油の染み付いた少年は、特に反応を示さなかった。

薄い灰色の作業服に身を包み、視線を伏せたまま工具袋を握り締めている。


「こいつ、前の現場でも危うく巻き込まれるとこだったんだぜ」


「はは、次はねぇな」


周囲から嘲笑が上がる。若い作業員から年配の整備士まで、皆が同じように彼を薄幸な少年として見下していた。


監督役である、油にまみれたコートを羽織り、魔導式の義眼を光らせた中年が歩み寄る。


「おいガキ、聞こえてんだろ。お前はどうせすぐ死ぬ。だがまぁ、死ぬまで働け。手が足りねぇんだ」


無造作に投げられたヘルメットをユキヤは黙って受け取る。

その仕草に怒りも屈辱も見せない。ただ、胸の奥底で静かに熱を孕んでいた。


ユキヤは舐められるのは嫌いだったが、言い返すことこそ無駄だと知っていた。


彼は他人の言葉に興味を示さない。必要なのは報酬だけ。

金さえあれば、宿屋の安い飯ではなく温かい肉を食える。薄汚れた毛布ではなく、まともなベッドで眠れる。

金は自由に直結している。だから彼は働く。どれほど危険でも。


作業現場は、都市の外れに横たわる巨大な廃墟だった。

かつて戦場を駆け抜けた旧文明の人型兵器はすでに骨組みだけとなり、錆と埃に覆われている。

だが近づくだけで皮膚を刺すような緊張感が漂っていた。残存魔力の気配。まるで兵器自身がまだ生きているかのような錯覚。


「おい、新入り! 胸部の解体をやれ!」


監督の怒鳴り声が響く。指示されたユキヤは無言で歩き出した。


人型兵器の胸部。高さは五階建ての建物に相当し、内部にはまだ稼働する魔導回路が残されている可能性があった。

誰もが避けたがる場所。だからこそ、日雇いの下っ端に押し付けられる。


ユキヤは崩れた装甲板の隙間に身体を滑り込ませた。

内部は暗く、冷気と金属の匂いが充満している。懐中ランプの光が錆びついた回路を照らし、魔力の痕跡が淡く輝いた。


ぞわりと首筋を汗が伝う。説明できない不安が身体を締め付けた。

それでも手を止めない。工具を握り、ボルトを外し、パネルを外す。

ガラクタに見える部品も、闇市に持ち込めば金になる。


「……っ」


パネルの奥から、鈍く赤い光が漏れ出した。

そこには球状の構造体であるコアの一部と思しきものが埋め込まれていた。

亀裂が走り、火花が散る。生きているのか、死んでいるのか判別不能。


「おい、ユキヤ! 何やってんだ、早く出ろ!」


外から仲間の叫びが聞こえた。


次の瞬間、轟音とともに胸部全体が揺れた。瓦礫が崩落し、逃げ道を塞ぐ。


ユキヤは咄嗟に身を伏せた。鋭い鉄片が肩を掠め、血が飛ぶ。

立ち上がろうとしたが、右足に重い装甲片がのしかかっていた。

痛みに顔を歪めながら、必死に押しのける。だが動かない。


(潰されるっ!)


金属が悲鳴を上げた。

胸郭のように組まれた装甲梁が、ひしゃげた音を立てて折れ曲がり、蓄積していた荷重が一気に解放される。

狭い胸部内部に砂塵と金属粉、そして熱風がなだれ込み、ユキヤの肺を焼き付かせた。

耳鳴りは爆ぜた魔導回路の残響か、それとも鼓膜が壊れた合図か。判断する余裕はない。

右足を押し潰している装甲片はびくともしなかった。骨が軋む振動が、皮膚の内側から伝わってくる。


逃げ道は完全に塞がれていた。背後では配線ハーネスが火を噴き、魔力素子が青白い火花を散らす。

目の前には、さっき覗き込んだ球状の構造体である、旧文明のコアが埋まっている。

亀裂の中で赤い脈動が速まっていた。生き物の鼓動のように、危険を告げる光だ。


「くっ……」


声が掠れる。喉が焼けるようだ。酸素が薄い。

反射的に右足を引き抜こうとするが、激痛が視界を白く飛ばす。無茶だと理解しながらも、腕を伸ばす。

どのみち、このままでは圧壊に巻き込まれて終わる。力が入らない。指先が震える。

冷たい汗がこめかみを伝う。


そのときだ。胸部構造全体がもう一度大きく揺れた。

遠くで支持脚が崩れる鈍い地鳴りが響き、続いて外壁を走る溶接の縫い目が、一斉に「パチパチ」と不規則な破断音を立てた。

振動に合わせて、ユキヤの体を押さえつけていた装甲片がわずかにずれた。それは生還と圧死の境界線だった。


(今だ)


残っている左足で床を蹴り、上半身をねじる。背骨に嫌な音が走る。

右足の靴底が装甲片から引きはがされる瞬間、踵の皮が裂けた感触があったが、痛みはもう遠い。

なんとか身を半分だけ自由にすると、肘と肩で自分を持ち上げる。

肺が空気を求めて必死に喘ぎ、視界の端に黒い斑点がちらついた。


安堵は一瞬だった。

頭上で梁がたわみ、千切れ、重い塊となって落下してくる。

ユキヤは反射的に両腕で頭を庇い、姿勢を丸める。


直後、衝撃が走った。

金属と金属がぶつかる甲高い音。直撃はなかった。

落ちてきた梁は、奇跡的にコアの外縁に引っかかり、ユキヤの体の上を弧を描いて滑り落ちる。その代わりに、コアの亀裂はさらに広がった。

赤い光は、もはや警戒色ではない。目の奥を刺す、飽和した危険信号だ。


(離れないと)


そう思っても、体は動かない。右足がまだ半ば挟まっているし、周囲は炎と瓦礫で爛れていた。

ここで無理に這い出しても、別の崩落に巻き込まれるだけだ。選択肢がない。動けない。

だが、諦める理由もない。

また舐められるのは嫌だ。誰かの言葉に縛られて死ぬのは、なおさら御免だった。

痛む喉の奥で、ユキヤの呼吸が低く鳴る。


コアの亀裂が閃光を吐いた。

瞬間、焼けた鉄の匂いとは異質の、乾いたオゾンの匂いが濃くなる。

耳鳴りが、震える鋼の擦過音から、明らかに人工的なビープ音へと形を変えた。

視界が赤に塗りつぶされ、そして、見たこともない記号が、宙に浮かぶ。


〈SAFETY PROTOCOL OVERRIDE〉

〈HAZARD: CORE INSTABILITY〉

〈ENGAGING… PILOT REGISTRATION MODE〉

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