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ぼくはおとうさん

作者: おらこーべ

小学四年生のユウキは

けいさつかんのお父さんと、お母さん、妹のアキとの四人暮らし。

大きな地震が起きた朝、お父さんは仕事へと出かけていった。


「お父さんがいない間のことは任せたぞ」という言葉をユウキに残して。

ドン!

 大きないん石がぼくの家にぶつかったような

感覚だった。

こわいと思うひまもなく、ぼくの体の上には、

なまあたたかい物体がおおいかぶさっていた。


「大丈夫か?」

そろりと目を開けると、

お父さんがぼくの目の前にいた。

妹のアキは気持ちよさそうに寝息をたてて

眠っている。

アキの上にはお母さんがかぶさっている。

「地震やんな? えらい大きかったな」

 お父さんは割れた食器をよけて

玄関のほうへ行った。

外の様子を見に出たようだったが、

すぐに戻ってきた。

「まだ薄暗くてよく見えんかったけど、

商店街のほうで火事が起こってるようや。

被害状況によっては、

しばらく帰って来られへんかもしれへんわ」

 玄関にあったスリッパをお母さんに手渡して、

けいさつかんのお父さんは

てきぱきと泊まりの荷物の準備を始めた。


 リビングの時計がゆかに落ちていた。

お母さんはそれを拾い上げてテーブルの上に置いた。針は五時四十六分で止まっている。

 お父さんは、お母さんとしばらく話をしてからぼくのところへ来た。

「お父さんがいない間のことは任せたぞ、ユウキ」

「任せておいて! ぼく、もう十才やもん」

 ぼくの頭をくしゃくしゃとなでて、

お父さんは出かけて行った。


 お母さんはスリッパをはいて、

ゆかに落ちたものをかたづけ始めた。

「ユウキ、アキがこっちに来ないように気をつけて見ていてね」

周りのさわがしい声で目を覚ましたらしい。

アキは起きると、いつものように、

ぼくのそばに近寄って来た。

「にいにあそぼー」

 まだ朝の七時にもなっていない。

こんな時間から

アキのめんどうを見ないといけないのか、

お父さんのたのむぞって言葉が頭の中を

何度もかけめぐった。

「アキ、ごめん、にいにはお母さんの手伝いが

あるから今は遊べへんわ」

「いやっ、にいにとあそぶー」

――ぼくは家のことや、お母さんの手伝いやら、

お父さんみたいに活やくしないとあかんのに……。

 アキのことがうっとうしく思えて、

気づくとアキの小さな手を振り払っていた。


 かたづけをしていたお母さんは、

そんなぼくの様子を見ていた。

「ユウキ、ありがとうね、

その気持ちだけでじゅうぶんお母さんは心強いよ、

でも、今はアキがこっちに来ないように

見てくれているほうが助かるなあ、

まだガラスがいっぱい落ちていてあぶないからね」

 ぼくはこんなことしている場合じゃないのに

と思いながら言った、

「うん、わかった、アキこっちこっち」

 アキの好きなぬりえでもしようとコタツに入った。

こたつはスイッチを入れても

あたたかくならなかった。

アキはそんなことを気にせずに

うれしそうにクレヨンをにぎっている。

 テレビの上にあった家族の写真がゆかに

転がっている。

テレビのリモコンもためしにおしてみた。

やっぱりつかない。

ぼくの好きなサッカー番組も観られない。

 ――ちっ……、地震って、つまんないの。


「おしっこ」

 アキが言った。

お母さんは台所でこわれたびんをかたづけていた。

そのそばを通っておんぶで

アキをトイレに連れていった。

「水は出ないと思うからそのままでいいよ」

「えっ! きたなっ。

アキのおしっこそのままおいとくの?」

 今度は思わず声が出てしまった。

「しかたないでしょ、

そのうち出るようになるから、

それまでの間は工夫して過ごさないとあかんね」

「えーっ、いったいいつになったら

出るようになるん? 

うんちしたくなったらどうするん? 

お風呂も入られへんってこと? 

のどがかわいても飲むものもないん?」

ぼくがいきおいあまって並べた言葉に、

お母さんは言った。

「ユウキ、心配なんやね、

でもお母さんにもわからないんよ、

いつから水が使えるようになるんかなんて。

それよりもお母さんは

商店街のほうの火事や地震での被害のほうが

心配やわ。みんなだいじょうぶかなあ」

 お母さんが不安な顔をぼくに見せた。

 お父さんがいつも言っている

"男はどんなときでもどーんとかまえておるんやぞ"

って言葉をぼくは思い出した。

 ――そうやった、

お母さんにぼくの不安な気持ちがうつっている。

ぼくが、どーんとしていないとあかんのに……。


「お母さん、何かぼくに出来ることある?」

「そやねえ、

近所がどうなっているのかすらわからへんからね、

電気と水が早くもどったらええんやけど」

「わかった、

じゃあ、ぼくが近所の見回りに行ってくるわ、

で、報告するから」

「ユウキ、それはあかんわ、

子ども一人で何があるかわからんときやし、

余震もこわいしね、やめといて」

「え、近所を見てくるだけやのにあかんの?」

 ぼくは口をとんがらせてふてくされていた。


トントン

 ちょうどそのとき玄関の戸をたたく音がした。

となりのおばちゃんと大学生のお兄ちゃんだ。

いつもピカピカのはでな服を着て、

くりくりのパーマのおばちゃんが、

今日は黒っぽい地味なジャンパーとズボンに

毛糸の帽子をかぶっていて、

一瞬誰なのかわからなかった。


「えらい地震やったなあ。大丈夫やったか? 

男手が必要なときはなんでも言うてね」

 お父さんはきっと忙しく出かけているだろうと

気にかけてたずねてくれた。

「まわりの様子がわからないんだけど、

このあたりの方みんな大丈夫でした?」

「この辺は大丈夫そうやけどね、

今からこの子が自転車で見てまわってくるって

言うてるんよ」

 小がらなおばちゃんは、

すらっと背の高いお兄ちゃんの肩に

ポンと手をおいた。

 その言葉を聞いて、ぼくはすぐに言った。

「ぼくも一緒に行ってもいい? 

行かせて! お願いします」

 ぼくの真剣な形相に

おばちゃんとお兄ちゃんは困った顔をしていた。

「お願いします」

 今度は深々と頭を下げて言った。

すると、お母さんが言った。

「この子ねえ、

さっきから一人でも様子を見に行きたいって

言うもんやから、

やめときなさいって言ってたとこなんよ」

 ぼくがしゅんとして下を向いていたら、

お兄ちゃんが言った、

「じゃあ、兄ちゃんと一緒に行こうか」

――え? ほんまに? 

ぼくの気持ちがお兄ちゃんには伝わったみたいだ。

お母さんはそんなこと言われても

無理なもんは無理って顔をしている。

――あかん、お兄ちゃん、もっとがんばれ!

「すぐに戻ってきますから」

「お願い! お願い!」

 ぼくは両手を合わせて何度もお母さんの顔を見た。

お母さんは、

一緒に頭を下げてくれているお兄ちゃんの姿を見て

言った。

「しゃあないなあ、

じゃ、これをかぶって行きなさい。気をつけるんよ」

お母さんは玄関横のたなから

スケート用のブルーのヘルメットを取り出して、

ぐいぐいとぼくの頭に押し込んだ。

「よっしゃー! お兄ちゃんありがとう!」

 ぼくは背の高いお兄ちゃんに飛びついて

ハイタッチをした。


 外はからっと晴れていて静かな朝だ。

吐く息はいつものように白いのに

ふしぎと寒さを感じない。

 ぼくが自転車を出している間に、

お母さんとアキとおばちゃんが外に出てきて、

ぼくたちを見送った。

「にいに、いってらっしゃーい」

アキはお母さんに抱っこされながら、

ぼくに手を振った。

いつもの朝のように。


 太陽はのぼって明るくなったが、

何かがちがっている。

あたりがやけにしんとしている。


人が歩いていない。

スーツのおじさんや、

制服姿のお兄ちゃんやお姉ちゃん、

犬の散歩をしているおじいちゃんもいない。

いつもの景色がその日はなかった。


「だれもいないね」

「ほんまやなあ」

 ぼくはお兄ちゃんの後ろを

ゆっくりと自転車をこいで進んだ。

 高台になった住宅街にぼくの家はある。

商店が立ち並ぶにぎやかな大通りへと続く坂の手前にはながめのいい公園がある。

公園には人が数人集まっていた。

パジャマの上にジャンパーを羽織って

不安そうに立ち話をしている。

 ぼくは公園の向こう側に広がる町のほうに

目をやった。

「何、あれ?」

 町のあちらこちらから白いラインが

空に向かってのびているのが見えた。

「うわ、あれは煙やわ。

火事が起こっているんやろうな、

戦争のときに、

空から爆弾を落とされたみたいになってるやん」

――お父さんが言ってたとおりや、

ほんまに火事が起こってるんや。


「行くぞ」

お兄ちゃんの声が勇ましく聞こえて、

ぼくはちょっとだけわくわくしていた。

ぼくたちは公園の中を横切って

ゆっくりと坂を下った。

「ユウキ、気をつけや、道にひびが入ってるわ」

コンクリートの地面がところどころひび割れて

道がぼこぼこになっていた。

お兄ちゃんはひょいひょいとひびの部分をさけて

進んでいった。

ぼくは遅れないようにとあとに続いた。

まるで冒険家のようだとぼくの心は躍っていた。

 学校へ行くときに渡る小さな横断歩道のところまで来た。

いつもは黄色い旗を持ったおばちゃんが立っているのだが、その日はいなかった。


「あ、学校!」

 すっかり学校のことを忘れていた。

「放送委員で早く行かなあかん日や!」

 ぼくが急ブレーキをかけて自転車をとめると

お兄ちゃんが振り向いて言った。

「今日は学校ないわ。ほら見てみ、

信号も休んでるわ」

 お兄ちゃんは、前方でなかなか前に進めず

立ち往生している車の列を指差した。

列の先頭は大通りまで続いている。

ぼくはお兄ちゃんの言葉を信じることにした。

車の列の横をぼくたちはすいすいと進んで

大通りに出た。


 交差点のかどでお兄ちゃんは自転車をとめた。

ぼくの学校があるほうを向くと、

電線が道にまで垂れ下がっている。

道路のひびは今お兄ちゃんと通ってきた坂道よりも

ずっと大きくて、

深く穴の開いているところもあった。  

ガスのにおいが不気味だった。


「大変なことになってるわ」

 お兄ちゃんの声がした。

遠くから聞こえたような気がしたけれど

すぐとなりにいた。

お兄ちゃんはぼくとは反対の方向を見て言った。

「救急車も消防車も来られへんのやわ、

静かなはずや」

 歩道の大きないちょうの木が根っこから

もりあがって、車道に向かって深くひびわれていた。

車が前に進めずに連なっている。

黒いアスファルトは盛り上がってパズルのように

細かく分断されている。

段差のついた道を車が通れるようにと

割れたアスファルトを移動させて

「道」を作っている人もいた。

人も車もそこにある。

なのに、音がない。 

  

通りの両側には店が並んでいる。

その先には商店街も見える。

煙は見えているのだが、

におうのはガスのにおいだけだった。

クリーニング屋さんの看板が落っこちていて

車道のほうにはみだしていた。

さんぱつ屋さんの電飾灯は

歩道にでんと横たわっている。

文房具屋さんのシャッターはひしゃげて

店の中がのぞき見れた。

あたりにはガラスやコンクリートのかたまりが

散乱している。

それらを避けながら人が歩いていた。


 おでこから血を流している人が

ぼくの前を通っていった。

さっきまであんなにもわくわくしていた気持ちは、

ぼくの心の中から消えていた。

 大通りから入った小さな道に目をやった。

ちょっとの風でも吹いたら

倒れそうな傾いた家が見えた。

道路側の壁が崩れ落ちている。

家の中が丸見えになっていて

小さなテーブルの上には急須が転がっている。

今までそこに人がいた様子が感じとれた。

そのとなりの家は一階が車庫になっていたが、

住居部分が崩れ落ちて車はぺしゃんこになっていた。

――この家の人は無事やったんやろうか? 

夢でも見てるんちゃうやろうか……。

不思議な気持ちでぼくはその場で立ちすくんでいた。


 そのとき、地面がぐらぐらと揺れた。

「きゃー」

 道にいた若い女の人の声がした。

余震に驚いて、その場でしゃがみこんでいる。

とっさにお兄ちゃんに抱きついたぼくは

恥ずかしくなって言った。

「あー、びっくりした」

「またおっきいのんが来るかと思ったな、

そろそろ帰ろっか」

お兄ちゃんの言葉にうなずいて、

ぼくはお兄ちゃんから離れた。

周りの人もざわついている。

ひびが入ってでこぼこだった部分を、

割れたアスファルトで段差を埋めていた人たちが

それぞれの車に戻っていった。

「道」が完成して、車道で列になっていた車がゆっくりと動き出した。


お兄ちゃんとぼくは坂道をゆっくりと

自転車を押して歩いた。

パタパタパタパタ

帰り道、

空にヘリコプターがあわただしく

何機も行き交っているのに気づいて、

ぼくは言った。

「ニュースで映るんかな?」

「そうやろなあ、けど、

電気が戻らんことにはテレビも観れへんもんな」

公園にはもうだれもいなかった。

商店街のあたりからの白い煙は変わらず空に向かって立ちのぼっていた。

ぼくたちは家にもどった。

「お兄ちゃん、ありがとう」

「おっ」

 お兄ちゃんはぼくが自転車をとめて

家の中に入るまで、ぼくのことを

見守ってくれていた。


「ただいま!」

 少ししずんだ気持ちを打ち消すように

ぼくは大きな声で言った。

ぼくはお父さんの代わりに見てきた様子を

お母さんに伝えた。

「大通りのあたりは

えらい大変ことになってるんやねえ」

ぼくの話にお母さんは聞き入っていた。

――よし、ちょっとは活やく出来たかな? 

無理言ってお兄ちゃんに連れて行ってもらって

よかった。


「あ、そうそう」

 お母さんはゆっくりと腰を上げると、

納戸に何かを取りにいった。

「ユウキ、ちょっと手伝って」

「うん、何?」

 お母さんは奥のほうでごそごそしている。

「夜にそなえて、はい、これ」

お母さんがキャンプ用のランタンをぼくに手渡した。お母さんは卓上コンロの箱を抱えて出てきた。

「キャンプみたい!」

 アキは楽しそうだった。

ピンクのはんてんをはおって飛びはねている。

ぼくも一瞬飛びはねそうになったけれど、

そんな浮かれた気分になっている場合ではないぞと

自分に言い聞かせた。 


 日が暮れるとお母さんがランタンに灯をつけた。

暗い中でもランタンの明かりがあるだけで

心細くならずにすんだ。

夜ご飯はインスタントラーメンだった。

あたたかくておいしかった。

――電気もガスも通ってないと

何もすることないんやなあ。

 お母さんとアキはやかんに残っていた水で

口をゆすぐと、布団を出してきて寝転がっていた。

――まだ寝るには早いしなあ、

ゲーム取ってこよっと。

 ぼくの部屋は二階にある。

ベッドもあるのに、

みんなと一緒に一階の和室で寝ることが多かった。

地震の日もそうだった。

その晩、

自分の部屋に懐中電灯を持って上がってみた。

――真っ暗……。

窓の外を見て驚いた。

いつもきらきらと明るく見える色とりどりの明かりがまったくない。

その日の夜景は

今まで見たことのないぐらいに暗かった。


 翌朝、早くから大きな音で目が覚めた。

 バラバラバラバラ

 ――地震の次は何が起こってるんや?

 ぼくは布団から飛び出して窓から顔を出して

空を見上げた。

 真っ黒の大きな物体が低いところを飛んでいる。

「ユウキ、おはよう! 早起きやね」

 虫のおばけみたいなのんが

こんなに家の近くを飛んでいるというのに、

お母さんはまったく他人ごとのようだ。

「お母さん! 

家のすぐ上を黒いかたまりが飛んでいったで!」

「あー、それは自衛隊機やわ。

被害がある場所を見てまわってるんかもね」

――家の真上を通るんはやめてほしいわ、

そのたびに家が揺れてドキッとするねん……。

「自衛隊機かあ」

 ぼくは何食わぬ顔で答えた。


 その日の夕方、待ちに待っていた電気が通った。

――やったー、テレビが観れる!

ぼくは一番にテレビをつけた。

テレビではもえる町の様子が映っていた。

「えっ……、何これ、

高速道路も倒れてるやん、バスが……」

お母さんは声にならないような声で言った。

 そのあとに言葉が続かなかった。

高速道路が途中から倒れてなくなっていて

オレンジのバスが半分宙に浮いて停まっていた。

お母さんはじっと画面を見つめていた。    

ぼくが地震直後に伝えたことよりも

もっとひどいことがあちらこちらで起こっていた。

お母さんはラジオで被害の様子は聞いていたけれど、目で見ると、さすがにショックだったようだ。


 ぼくは少し小さめの声でお母さんに言った。

「お母さん、チャンネルかえてもええか?」

 そう言いながら、お母さんからリモコンを取った。

――サッカーの番組にしよかな、

それともクイズの番組がいいかな。

そんなぼくの期待は見事にうらぎられた。

どのチャンネルにかえても

地震の様子ばかりが映し出されていた。


「テレビ! やったー、アキのテレビみるー」

 アキの言葉を聞いて、

ぼくはお父さんのことを思い出した。

「アキ、やったあじゃないやろ、これ観てみろ、

同じ神戸でこんなにも大変なとこがあるんやで」

 お父さんが言いそうなことを、

ぼくが急にえらそうに言ったもんだから、

アキはきょとんとしていた。

――アキ、ごめんやで、

にいにもほんまはテレビがついて

うれしかってんけどな、

今はお父さんのかわりをしてるから

しゃーないねん。

 アキはしょんぼりして

コタツにもぐりこんでしまった。

ぼくもアキの横に足をつっこんだ。

あたたかかった。


 次の朝、

近くの公園に自衛隊の給水車がやってきた。

「いってきまーす」

「はーい、よろしくね」

その日から水をくみに行くのはぼくの仕事になった。

大きめのブルーのバケツとポリタンクを台車に乗せて何度も往復した。

「お、兄ちゃん一人で水くみに来たんか」

水の順番を並んでいると、

列の前にいたおじさんに声をかけられた。

それまでにも道で何度も顔を見かけことは

あったけれど、

話をしたことのなかった人たちが、

みんなぼくに親しげに話しかけてきた。

「ぼく、えらいなあ、水は大事に使わなあかんよ」

 小型犬を抱っこしながら近所の人と

よく立ち話をしていたおばちゃんだ。

白のふわふわした犬を今日は連れていなかった。


「ご飯食べるときには

お皿にラップをしいてから食べてるか? 

そしたら、洗わんですむからね」

ぼくの家でもお母さんが

「これ、名案!」って言いながら、

同じことをしていたことは言わなかった。


毎朝、灰色のトレーナーを着て散歩していたおじいさんが近づいてきてぼくに話しかけてきた。

「日の出スーパーがな、

午前中だけ開けてたんやけどすごい行列やったわ。

並んで牛乳がやっと買えたんよ、

一人一パック限定やったけどな、

ぼくも行ってみたらええわ」

「うん」と、ぼくは一応うなずいた。

 ――牛乳か、大っきらいやからなあ、

この情報はお母さんにはないしょにしておこう。


 ゴロゴロと台車を押して家に帰ったら、

リビングのテーブルの上には、

ぼくのきらいな牛乳が置いてあった。

でーんとえらそうに、ぼくが帰るのを待っていた。

「ユウキ、お帰り! ありがとうね! 

スーパーが午前中だけ開いていて、

いろいろ買えたわ」

 お母さんはうれしそうに

牛乳を冷蔵庫にかたづけた。

 テレビでは倒れかけの大きなビルの映像が

今日も流れている。

毎日少しずつ傾いていて、

ぼくには、

テレビの人たちはビルがいつ倒れるのかを

待っているかのように見えた。

 テレビの中で

がんばって働いているけいさつかんの様子も

何度も映っていた。

――お父さん、ぼく、がんばってるよ。

 お父さんのことを思い出すたびに、

ぼくは心の中で言っていた。


 ジリリリリン

電話が鳴った。

「お父さんや!」

ご飯の準備をしていたお母さんもコタツに入っていたアキも電話に向かってダッシュしてきたけれど、

ぼくが一番に受話器をとった。

「もしもし!」

「もしもし、ユウキか、そっちはどうや」

お父さんの声だ。

「お父さん! こっちは大丈夫やで! 

お父さんは?」

「来月の頭には一回帰れると思うわ、

みんな元気か?」

「うん、みんな元気、お父さん聞いて! 

ぼく、今日の朝も一人で水くみに行ってきたんやで。それからな……」

 ぼくが話をしている横でアキはとびはねていて、

お母さんは耳をべったりと受話器に近づけてきて、

ゆっくりとしゃべっていれるような状態では

なかった。

「もっとしゃべりたいことがいっぱいあるねんけど、お母さんもアキもとなりでうるさいから代わるわ」

 お母さんはアキをひざに乗せて

うれしそうに話をしている。

――もっとお父さんとしゃべりたいこと

いっぱいあったけど、

ぼくがしゃべってる途中で切れてしまったら、

お母さんにうらまれそうやからな。

地震後、電話はなかなかつながりにくくて、

運がよかったらたまにつながるって

お母さんが言っていた。

お母さんはお父さんといっぱい話をしていた。


三日目の朝、

いつもは起きたらすぐに元気いっぱいで、

ぼくのところに寄ってくるアキが

なかなか起きてこなかった。

――よし、

アキにつかまる前に水くみに行ってこよう!

そう思ってあわてて着替えをしていると、

お母さんの声がした。

「あらー、アキ、熱があるみたいやわ」

 お母さんはアキのおでこに手をあてている。

ぼくもアキのそばまで行って

アキの顔をのぞきこんだ。

ほっぺたがいつもより赤かった。

「困ったねえ、インフルエンザも流行ってきていたし、病院もあいてないやろうしね」

 いつも行っている渡辺小児科は

小学校の近くにある。

先生は髪の毛には白い毛が混ざっていて、

ぶっきらぼうな口調で、

小児科の先生なのに

子どもにやさしいわけでもなかった。

注射をするときには

銀色のメガネがきらっと光ってこわいイメージ。

だから、ぼくは小児科に行くのは好きではなかった。


 お母さんは診察券を出してきて電話をかけた。

「やっぱり出ないわ」

 アキはうーんうーんと

寝ぼけながらしんどそうな声を出している。

お母さんは薬箱の中を見ながら

何やらぼそぼそとしゃべっている。

「かぜ薬もちょうどきらしてるわ、

スーパーの薬局に売ってるかもしれへんし、

行ってこようかな」

お母さんが困った顔している。

アキはうなされている。

――ぼくがなんとかせなあかん。

 ぼくは考えた。

ぼくはいろんなことを考えた。

――アキはどうしてほしいかな、

お母さんはぼくがどうしたら助かるかな……。

 考えて、考えて、ぼくはお母さんに言った。

「お母さん、

アキはお母さんにいてほしいと思うねん。

だから、ぼくが薬買ってくるわ」

 お母さんは、ぼくの顔をまじまじと見つめてきた。

 ぼくはなんだかはずかしくなった。

「ほんまに? 

スーパーに売ってるかどうかもわからへんからね、

すごい並ばないとあかんかもしれへんし。

もしも売ってなければすぐに戻ってきたらいいから」

 お母さんは薬の名前を書いたメモと

小さなおさいふをぼくにわたした。

「ありがとうね、ユウキ」

 お母さんはくしゃくしゃとぼくの頭をなでてから、ブルーのヘルメットをぼくの頭にかぶせた。


 地震が起きた日、

お父さんに「任せたぞ」と言われて、

くしゃくしゃと頭をなでられた瞬間のことを、

ふと思い出した。

ぼくは自転車を押しながら玄関を出た。

――あれからまだ三日しかたってないんか……。

 道の脇には、決まった場所に収まりきらずに

道路のほうにはみ出しているゴミ袋が

いたるところで目に付いた。

――いつか元どおりの生活が

出来るようになるんやろか……。

――お父さんはほんまに家に

戻ってきてくれるんやろうか……。

 ゴミの山を見ながら公園の前を通ると、

水くみの列に並ぶ人たちがいた。

今までまったく気付かなかった感情が

ぼくの中にわいてきた。

ぼくの前に急に押し寄せてきた真っ黒の大きなかたまりに、ぼくはつぶされそうだった。

――あかん、あかん、こんなことで

不安になってたらお父さんとの約束が守られへん。

 ぼくは自転車のペダルにぐっと体重をかけて、

立ちこぎでゆるやかな坂の上にある日の出スーパーへと向かった。

 スーパーは開店前で行列が出来ていた。

ぼくは道のはしに自転車を停めた。

並んでいる人の間から

ぼくが店の中の様子をのぞきこんでいたら、

開店準備中の店員のおばさんがぼくに気付いて

声をかけてきた。

「ぼく、どないしたん? 

並ぶんやったらあっちやで」

「あの、妹が熱出して、薬買いに来たんですけど、

薬局ってどこにあったかなと思って」

 ぼくが理由を説明すると、

申し訳なさそうな顔でおばさんは言った。

「スーパーはやってるんやけどな、

薬局は開いてへんねん。妹さん、小さいんか? 

こんなときに大変やねえ」

「あ、はい」

 そう答えると、

ぼくはあわてて自転車に飛び乗った。

「ちょっと待って」

おばさんがぼくのところへと駆け寄ってきた。

日の出スーパーと刺しゅうの入ったエプロンのポケットにごそごそと手を入れた。

「ぼく、これ」

店員のおばさんはパインのあめを二つ、

ぼくに手渡すと、

店のほうへと戻っていった。


ぼくはあめをなめながら坂を下った。

公園が見えてくると、家のほうには戻らずに、

その横の坂を通り越して

大通りのほうまで下って行った。

 道路のひびも上手にさけて通った。

この間はついていなかった信号が

今日は青く光っていた。

 地震の日、

お兄ちゃんと行った大通りの曲がり角まで来た。

道路はあの日よりももっと車が多くなっていた。

交差点には原付バイクが

今まで見たこともないぐらいたくさんいて、

赤信号で停車している車と車の間から

どんどんと出てきた。

バイクは何かの群れのように増えていった。

 あの日におっていたガスのにおいはしなかったが、車の排気ガスのにおいがした。

この前はお兄ちゃんと見ただけで

行かなかった学校のほうへ、ぼくは自転車をこいだ。


 晴見小学校。

ぼくの通いなれた小学校の運動場には

テントがたてられていて、給水車もあった。

門の前には「避難所」と書かれたかんばんが

かかげられ、その下には体育館への行き方が

マジックで書いた紙がはってあった。

――担任の内村先生や友達は大丈夫やったんかな? みんなどうしてるんやろ?

 学校の前を通りすぎて、信号を一つ渡ったところでぼくは自転車をとめた。

「渡辺小児科」

 くまがメガネをかけたイラストが

ガラスのドアに描かれている。

中は電気もついておらず、人の気配もない。

――あー、やっぱり先生おらへん。

もしかしたら、

電話に出るひまもないぐらいに忙しいのかと思って

来てみたけど……。

あ、それより、こんな遠くまで勝手に来たことは

お母さんにないしょにしとかんと、おこられるわ。

 ぼくはとぼとぼと自転車を押しながら

来た道を戻った。


「ユウキ!」

小学校の前をゆっくりと歩いていると、

運動場のほうから、内村先生が手を振って

ぼくのほうに向かってすごい勢いで走ってきた。

「ユウキ、家族もみんな大丈夫やったか?」

 先生はそう尋ねると、

ぼくの頭をくしゃくしゃとなでてから、

ぎゅーっと抱きしめた。

「先生、いたい!」

「お、ごめんごめん、ユウキ、一人で何しとんや?」

「妹が熱出してて、

渡辺先生のところで薬もらわれへんかと思って

来てみたんやけど、しまっとった」

「そうやったんかあ、自転車そこに置いといて、

こっちおいで!」

 内村先生はぼくの手をひっぱって

体育館のほうへ歩いていった。

 ぼくの学校の体育館には

シートやダンボールをしいて、

たくさんの人が生活をしていた。

 クラスの友達が何人かそこにいた。

メガホンを持って食料の配給に誘導したり、

サインペンで学校の案内地図を作っていたり、

大人の手伝いをしていて、

たった数日ぶりの再会なのに、みんなが

すごく立派なお兄さんになったように見えた。

「ユウキや!」

「おー、ユウキや」

ユウキに気付いてみんなが駈け寄ってきた。

とてもなつかしくて感じて抱き合った。


「お兄ちゃん、トイレどっちやったかいな」

 おばあさんがたずねてきたので、

みんなそれぞれの持ち場に戻っていった。

 先生は避難している人の間をスルスルと通って、

体育館の奥へぼくを連れて行った。

「あ、渡辺先生や!」

 白髪まじりの渡辺先生が

銀ぶちのメガネを光らせて、

学校のイスにすわっている。

腰の曲がったおばあさんの診察をしていた。

「先生も学校のことが心配でなあ、

家も近いし、地震の日に学校の様子を見に来たんや。

そしたら、渡辺先生が運動場で

ケガした人たちの手当てをして下さっていてな、

ユウキも妹さんのことを話してみたらええわ」

 内村先生は列の最後尾を指差した。

「先生はもう行くけどな、

なんか困ったことがあったら、

学校に毎日来ているからいつでも来たらええよ」

 先生は人の間をまたスルスルと入って

見えなくなった。


 ぼくの番が来た。

渡辺先生はぼくのことをおぼえているのかどうか、

なんのリアクションもなく、ぼくにたずねた。

「どないしたん?」

「えっと、あの、妹が熱を出していて、

薬をもらえないかと思って

渡辺先生の病院に行ったけどしまってて、

学校の前を歩いてたら担任の先生に会って」

「アキちゃん熱だしとんか」

 ぼくが説明している途中に

渡辺先生は口をはさんだ。

しかも「アキ」って名前まで出てきた。

――ぼくの妹がアキってこともおぼえているんや!

 ぼくはそれ以上は話さずに小さくうなずいた。

「熱はいつから出てるんや」

「何度あった?」

「顔色は?」

 ぼくはおぼえていたアキの様子を先生に説明した。

「いつも出している液状の薬が

今ここにはないからなあ」

 そう言うとメモを添えて

粉薬をぼくにそっけなく手渡した。

 それまでこわいだけだった先生が、

かっこよく見えた。

「ありがとう」

 ぼくが帰ろうとしたら、

渡辺先生がぼくに後ろから声をかけた。

「兄ちゃんもがんばっとるな、はなまるや」

――あの渡辺先生がぼくのことをほめてくれた!

 思わずスキップで帰りそうになったが、

まわりは避難してきて困っている人なので

ぐっとこらえた。

 自転車にひょいとまたがると、

帰りの上り坂を立ちこぎで家に戻った。


「ただいま!」

「ユウキ、おかえり! 

なかなか帰って来ないから心配したわ」

「はい、これ」

 ぼくは薬とメモの入った透明のビニール袋を

差し出した。

「これ、どうしたん?」

「スーパーで売ってなかったから、

渡辺先生とこ行ってみた」

「病院やってたん?」

「しまっとった」

「じゃ、なんで、これ?」

「学校におった」

「え?」

「学校の前で内村先生に会って

体育館に連れて行かれたら、そこにおった」

「あー、そうやったんやねえ」

「あ、先生がこれでよくならんかったら

みてあげるから連れておいでって言ってた」

「ユウキ、ほんまに助かったわ、ありがとう」

お母さんは泣きそうな顔をしていた。

「けど、勝手に行くのはやめてね、

心配してたんやから」

 お母さんはありがとうを何度も言いながら、

ぼくの頭をくしゃくしゃとなでた。

 アキの熱は次の日の夕方に下がった。


 ガチャッ

 地震から十日目のお昼すぎ、

お父さんが帰ってきた。

「うわー、お父さんが帰ってきた!」

 アキは元気にお父さんの周りを飛びはね、

ぼくはお父さんに飛びついた。

お母さんは「大丈夫?」

と、お父さんの腕をつかんでいる。

「半日だけ帰れることになったから。

また夜には行かないとあかんのやけどな」

 お父さんは横に置いていたダンボールの箱を

お母さんに渡した。

「たんじょうびおめでとう」

――あ、お母さんのたんじょう日やったんや、

今日は。

「こんな大変なときに……、ありがとうね……」

 ぼくは、

こんなに涙をぽろぽろと流しているお母さんを

はじめて見た。

――お母さんのたんじょう日も

すっかり忘れとったし、

お父さんにはやっぱり、

なれへんかったなあ、ぼくは……。

 ぼくが思っていると、

お母さんはダンボールの箱を足もとに

そっと置いてから言った。

「ユウキがよくがんばってくれたから、

心強かったんよ、

何度もユウキに助けられたから、

いっぱいほめてやってね」

「そうやったんか、ユウキ、えらかったなあ」

 ぼくの頭はお父さんからもお母さんからも

なでまわされてクチャクチャになった。

「この箱開けてー」

 お母さんの足もとのダンボール箱を

アキがすき間からのぞきこんでいる。

「ほんまやね、何かな? 何かな?」

お母さんが鼻歌まじりで開けるのを、

ぼくとアキが押し合うようにのぞきこんだ。

――え、トマト……?

 ぼくが声に出す前に、

はずんだ声でお母さんが言った。

「あっ! トマト!」

 お母さんの大好物であり、

ぼくの苦手なトマトだった。

「生のお野菜なんてもう何日も食べてないし、

うれしい!」

 お母さんは大きくてまるいトマトを一つ

取り出して、

自分のほっぺたにくっつけて笑っている。

「温室で出来たトマトやで」

 お父さんの勤務している所は車だと

三十分で行けるところなのに畑や田んぼがあって、

ぼくもいもほりやイチゴ狩りで行ったことがある。

「地割れや山崩れで

地震の被害も出てるんやけどなあ、

顔見知りの農家の奥さんが、

おうちの人もこんなときに大変やろうと

心配してくれて差し入れしてくれたんや」

 ぼくがトマトでがっかりした顔をしていると、

お父さんが言った。

「トマトの下にも

プレゼントが隠れてるんやけどなあ」

「えっ、そうなん? なになに?」

 ぼくはわくわくしながら箱の中をのぞきこんだ。

お母さんが

真っ赤なトマトが十個ぐらい入ったケースを

どけると、

下にはびんに入った牛乳が数本、

きれいに並んで入っていた。

「えー! ぼくのきらいなものばっかりやん!」

「ユウキ、新鮮なトマトや牛乳が

どんなに貴重でおいしいものかわかってるか、

そんなこと言うてたら大きくなられへんぞ」

 お父さんとお母さんは

顔を見合わせてけらけらと笑っている。

「大きくならんでもええもん」

 お父さんもお母さんもまだ、

ぼくのことを見て笑っていた。

「これ食べないとお父さんみたいになられへんねんたら、ぼく、お父さんになんかならんでもええわ」

 ぼくはぷーっとほっぺたをふくらませて

すねてみせた。

「そんなすねなくてええよ、

ユウキはよく頑張ってくれたもんね」

お母さんがぼくのふくれたほっぺたを指でつついた。

「ねえねえ、今からみんなでお風呂にいこう! 

そこの渡良瀬温泉のお風呂が今日から開いてるんよ」

 お母さんの言葉に

アキもお父さんも大喜びしている。

「わー! おふろ! みんなでおふろ!」

 アキはお父さんのうでにつかまって飛びはねた。

 

地震から十日目のお風呂屋さんには

長い行列が出来ていた。

「ご主人、戻られてるんやねー」

 寒空の中、家族四人で列に並んでいると

声をかけられた。

 となりの家のおばちゃんだ。

くりくりパーマで今日はしっかりと化粧もして

ピカピカがいっぱいついたセーターで

いつもの派手なおばちゃんに戻っていた。


 ぼくはお父さんと男湯に入った。

湯気の向こうには

洗い場のシャワーに並ぶ順番待ちの列が見えた。

みんなにこにこしながら待っている。

あちらこちらから

「あー、気持ちええなあ」

という声が聞こえてきた。

 シャワーの順番がまわってくるまでの時間に、

ぼくはお父さんがいない間の出来事を

お父さんにしゃべった。

「そうか、そうか」と、お父さんは聞いてくれた。

お父さんと背中の洗いっこをした。

お父さんの背中は

大きくてすみずみまで洗うのが大変だった。

「ユウキ、大きくなったなあ」

 お父さんはぼくの体を洗いながら

しみじみと言った。

「トマトも牛乳もきらいやけど、

ちゃんと大きくなってるやろ」

 ぼくは笑いながら、お父さんに言った。

お父さんも笑っていた。


お風呂から上がると、

お母さんたちが待っていて、

四人並んで家まで歩いた。

冷たい空気がほてった体に心地よかった。


 お父さんは、またすぐに、

けいさつのしごとへと戻っていってしまった。

――お父さんが帰ってきておふろにも行けて。

夢のような一日だったなあ……。

 ぼくは自分の部屋から

窓の外をぼんやりとながめた。


外は暗くなっていた。

町も暗いまんま。

 前方に見える海のそばにある背たかのっぽのホテルの明かりがぱっとともった。

そこにはカタカナで

「ファイト」の文字が浮かび上がっていた。

 リビングに下りていくと、

お母さんが夕飯の準備をしていた。

お父さんが持って帰ってきた真っ赤なトマトが、

煮物のとなりに並んでいる。


「いただきまーす」

三人で食べるいつもの晩ご飯だ。

ぼくは心の中で自分に声をかけた。

――ファイト!

ぼくは真っ赤なトマトを

口に運んでゴクリと飲み込んだ。


阪神淡路大震災

あれから30年

大変な日々の中にもくすっと笑える日があったこと

それも命があってこそ

たくさんの方の命が失われたあの日のことを

書き留めていました

フィクションですが景色やにおい、感情など

当時の様子が伝わるといいな



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― 新着の感想 ―
災害時は、大人であっても動揺したり不安になったりすることと思います。小さな男の子が受け止めるには重すぎる状況の中で彼はすっごく頑張っていますね。なんだか泣きそうになりました。 今年に入ってから既に小規…
2025/02/07 18:31 退会済み
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