100年前のカタストロフと観察者たち
100年前、惑星エデンが属する星系に彗星が超接近した。小惑星サイズの核を持つ彗星が確認されて最初に軌道を計算したとき、それは恒星の至近距離を掠め蒸発する、壮大な天体ショーで終わるはずだった。
それが核はギリギリのところで蒸発を免れ、長い尾を引いて再出現したとき宇宙人たちは驚愕した。再度軌道を計算した宇宙人たちは次に愕然とした。
30日後、彗星の核は無数の破片となっていてエデンと交差する。いくらガスや塵が蒸発して小さくなり続けているとはいえ、尋常ではないサイズの核がエデン上空に無数のダストをまき散らす。
その時彗星に向いているエデン地表は、ハフリンガー大陸全域。
観測船ヴィマーナの管制塔は地上で活動する宇宙人たちに緊急撤収をかけ、全員招集したところで星外域のデータベース収集艦天磐舟、生活居住コロニー・イムドゥグドと回線を開いて緊急会議が始まった。
ヴィマーナがエデンを一周するまでに問題を解決させねばならない。
彗星がエデン上空を通過する間、観測船ヴィマーナの恒星風パネルを傘にして地表を庇う案、ロータスの花弁を観測船から切り離し物理的にエデンを保護する。観測船はその場しのぎだが、星間航行中ヘリオスからの恒星風避けとして張っている疑似ヴァン・アレン帯、ヘリオスシールドを発生させればよい。それがこの場は積極的に干渉するべきだと訴える大多数の意見だった。
エデンと観測船ヴィマーナの比率は4:1。ハフリンガー大陸を庇うには十分な大きさだ。
だが、成り行きを見守ることが観察という主旨で介入を由としない少数派もいた。
惑星学の一環として天変地異の推移を見守る事を訴える者。ヴィマーナがエデンの衛星として周回を始めて数億年、一度も起動していないヘリオスシ-ルドが使えるのか危ぶむ声もあった。
地上の人間、獣人が絶滅したら、観測船と天磐舟で飼育している観察用獣人を放ってどうなるか実験を試みるという楽観的な意見も上がった。
宇宙人は観測、観察に特化した性質だ。未然に防ぐ、回避する思考は得意ではなかった。
そうしてなかなかまとまらない会議が続く中、彗星の惑星エデン最接近3日前に観測船内に警報が鳴り響いた。
【恒星より巨大フレアが発生、観測船ヴィマーナに直撃の危険】
電磁波は8分、高エネルギー波は最速30分で到達。恒星風は数日かけて到達。直撃を受けたらひとたまりもない。最悪ただの鉄くずと化した推進力を失ったヴィマーナはエデンの引力でゆっくり降下墜落。ヴィマーナとエデン、どちらを守るべきか。選択の余地は無くなった。
惑星エデン最接近のその日、長大に伸びた緑色のイオンテイルとダストテイルを靡かせた彗星はフレアに押され、計算よりもヴィナーナの軌道の内側に入り込んで通過した。
不幸な偶然が重なりハフリンガー亜大陸に隕石群が落下した。殆どは大気圏内で燃え尽きたものの、比較的大きなものは、地表近くで爆発、衝撃波が地表の植生を薙ぎ払い。墜落した隕石は、一つの直径が200メートル程のクレーター群となって大陸を穿った。雲の高さまで巻き上がる大量の土砂、蒸散する海水、大気圏突入時の高熱により気化した有毒物質。天変地異により肥沃だった土地は荒廃し、サピエンス、ミアキスヒューマンに、そして宇宙人になすすべはなかった。
サピエンスとルプス系ミアキスはほんのわずかな個体数を残して激減し、ハフリンガー大陸を竜から守ってきたバルバリ山脈は隕石の衝突を受けて一部が崩れ落ち、ミアキスヒューマンたちは砂漠のグラディアテュールはシンバ系、密林のキンツェムはチグリス系、キンツェムとグラディアテュールから逃れてきた貴種の興した渓谷のアシルはパンテラ系が残った民衆をまとめ、文明発祥の地アシル神殿は。
そして100年後、アシル、キンツェム、グラディアテュールの三つの国に新たな動きがみられることになった。
100年前、砂漠と密林は冷戦状態にあった。一触即発状態の両国だったが超大型彗星の至近距離ニアミスのせいでハフリンガー大陸、特にエクウス大陸に接したバルバリ褶曲山脈とシャイヤー湾沿岸は壊滅的打撃を受けた。
長きにわたり観測してきた大陸の変わり果てた姿と、観察対象だった獣人と人間の絶滅も想定されるような惨事に観測船ヴィマーナの多くの宇宙人がショックを受け、調査員の八割がセレブロ内部のアモンズホーンで眠る事態まで起きた。
宇宙人たちの知識を凝縮した有機ネットワークセレブロも大陸が元の状態に戻るまで最低1000年から5000年はかかるだろうと予想していたのだが、実際の大陸はわずか100年に満たない驚異的なスピードで復活を遂げた。奇跡としか表現のしようがない。
この急速な回復も、自然のマナが関与していたとしたら辻褄が合うのだが、宇宙人にはマナは見えないし、感知できない。
そこで期待されたのが、かつて累代飼育実験の結果、宇宙での生活に順応したミアキスヒューマンの末裔、ネオ・ミアキスたちだった。
現地のミアキスヒューマンと違い、白毛種、ツートンや三色の斑模様、黒茶の瞳に青や黄色のオッドアイ、大きく反り返ったものや中ほどで折れ曲がった耳、げっ歯類のリスやネズミのように変化した形状の尾、硬く短いものや長く柔らかい美しい被毛を持ち、宇宙人たちと言語で交流することが出来た。
彼らに、マナの活動を報告させる計画が持ち上がったのだ。
光学カメラで姿をとらえることは出来る。だがそれではダメなのだ。宇宙人たちはマナの発生と消滅のメカニズムを、いかにしてマナが生物にかかわっているのか、その肉体修復あるいは復元の工程の一部始終の詳細な観測データを欲しているのだ。
結果は芳しいものではなかった。「それらしい物質は観察することが出来ない」彼らはマナを視る術を失っていたのだ。
ならば現地の野生種を再度勧誘、ネオ・ミアキスと交配させて能力を取り戻させようというプロジェクトが発足、新たなミアキスヒューマンの捕獲が実行に移された。
しかし、この時率先して任務遂行に当たったのは宇宙人たちの中でも若い世代だった。観測データを録る最終目標に向けて気持ちが逸るあまり、根気強い説得と協力を怠り、誘拐、連れ去りの実力行使に出る愚策を犯した。
宇宙人たちは「観察者」と呼ばれ、ミアキスヒューマン達から警戒される憂き目を見ることとなった。
それが今から80年ほど前の話だ。
不思議なことに、宇宙人たちの軽率な行動をミアキスヒューマン達は口伝として残し、80年経過した今日でも彼らミアキスヒューマン達は竜以上に最大限警戒すべき存在として宇宙人たちを認識しているが、そのわずか20年前に起きた禁忌のマナの発動は誰も口にしない。話題に上ることも無い。サピエンスも全く伝承一つ残していない。空白期間となっている。