邂逅~アベストロヒとエガルマハのサピエンス、大いに語る
ナブネイドが消えてしまった事を嘆き、悲しむ私の首筋に冷たいものが宛がわれました。
横目で当てられたものに視線をやりますと、それはとても鋭い刃先でした。非常に目の細かい、だんだら模様が特徴の刃。グラディアテュール軍が用いるものです。
見渡すと、今まで死んだように眠っていた広間の人々が起きあがっていて、皆が、じっと私を遠巻きにして見つめていました。長期観察対象の番の姿はありませんが、番の護衛のミアキスヒューマン達と、全くデータにないサピエンスが四体、そして、砂漠の王が退位して以降、ずっと山の砦を守っていたウルススのヒグマもいます。
私の背後から低い唸り声が聞こえました。何と言っているのか、やはり聞き取れませんが、私は死ぬのでしょうか。ああ、せめて、今ナブネイドから伝えられた真実をなんとかして仲間たちに託すことが出来たら。
その時でした。
『あなたは何者ですか』
突如、理解できる言葉を話す者が現れたことに、私は思わず振り返りました。
そこには、あの年若い女兵士を守るように傍らに立っていた、ひどいケロイドを負った、ミアキスヒューマンがいました。
その容姿に私は驚きを隠せませんでした。あり得ないことに、片目の眼球が、義眼なのです。水晶体、硝子体があるべき眼窩にSiO2結晶 つまり石英が嵌っているのです。今の地上にそんな技術はないはずですし、今までもそんな技術はありません。俄かには信じがたい事態です。
私たち以外にこのエデンに立ち寄ったものがいる?
それとも、私たちの仲間の誰かが、このミアキスヒューマンに秘密裏に接触していた?
答えはどちらも否です。
仮に知的生命体がこのHD83423に接近した場合、エデンよりも先に外縁部にいる疑似星系ヘリオスの天磐舟、イムドゥグドが天体の公転法則を無視して存在する異常天体として観測対象になるはずです。
それに、80年前の接触失敗以降、我々と交流を持つミアキスヒューマンはいません。
彼は一体何者なのでしょう?どこから来たのでしょう。
装束の様式から推察して、おそらく高官…いえ、これは砂漠の王の血統。しかも直系の装いです。
第一王子は内政を担当していますから、剣は使うことはありません。持っても祭礼用の儀剣です。実剣ではありません。だとすると、この彼はまさか、砂漠の第二王子?その姿は一体?何があったのです?
その隣には、全く知らない四体のサピエンスの内の一人、100年前以前のデザイン様式の紫の貫頭衣を纏ったサピエンスが付き従っています。
先ほど理解出来る言語で語り掛けてきたこのサピエンスは、何故、私たちと言葉がかわせるのでしょうか。事情はどうあれ今は有難い存在です。
再び砂漠の第二王子がぐるぐると唸りました。
紫の貫頭衣のサピエンスがうんうんと頷いて、私の方に向きなおりました。
『なぜ、マナを持たないのですか』
我々は、マナを持たない。それは、全く欠落していた知見でした。
ミアキスヒューマン、サピエンス、即ち惑星エデンの知的生命体から見る我々は、マナを持たない極めて異質な存在なのです。
私たちがこのエデンの生き物を興味深く観察するように、彼等もまた、私たちに興味を示している。そう感じました。答えになるかどうかわかりませんが、私は今現在の時点で判明している全てを包み隠さず洗いざらい話そうと、そう決意しました。いささか乱暴な表現になりますが、腹を括ったのです。
【私たちは遙か彼方から訪れた者です、ヴィマーナでやってきました】
『ヴィマーナ?』
【あなたがたが蓮星、ガリカと呼ぶものです】
『ヴィマーナとはなんですか』
【私たちの言葉ではヴィマーナは”空を飛ぶもの”を意味します】
『翼竜も、昆虫も、飛ぶもの、ヴィマーナですか』
【いいえ、ヴィマーナは住む場所です】
『住む場所が空を飛ぶ??』
こうして、私は、この惑星エデンは、竜が生態系の頂点に君臨すること。ハフリンガー大陸以外の土地、氷雪で覆われた極地、雨の降らない岩石砂漠、スコールで潤う熱帯雨林の環境を、そこに生きる種々様々な竜の生態。そして、このハフリンガー大陸は竜が生息域を広げる前にエクウス大陸から分離したこと。竜に脅かされる危険のないハフリンガー大陸でサピエンス、ミアキスヒューマンが進化したこと。そのハフリンガー大陸がエクウス大陸に衝突し、再度陸続きとなったこと。
彼ら四体のサピエンスは、海底が隆起し山脈になったこと、ミアキスヒューマンがヴィマーナにもいることに大変興味を示しました。
『海が干上がるんじゃなくて、山になるなんて』
『彼等もシチフサのように見たことのない姿をしているのか?』
『どうやってそんなことが起こるの?』
こんな初歩的な事象の質問攻めにあうのは初めてです。
【改めて、あなた方はどこから来たのですか。私たちのデータにあなた方は存在しない】
『僕たちはエガルマハから来た』
【地下の宮殿?ではあの湖の底の遺構。あれはなんなのですか。あの湖は遥か太古から存在していた。いつどのようにして建造したのですか】
『100年前、星降る災害から逃れるために作った』
【そこで水晶を義眼にする技術が作られた?】
『殿下の目ならその通りだ』
【他にはどんな技術があるのですか】
砂漠の第二王子が、紫の貫頭衣のサピエンスを軽くつついたところで、話はお開きとなりましたが、更なる驚きが待ち受けていました。
更なる委細を語った後、砂漠の第二王子が、我々に神殿での調査の許可を出したのです。
『マナについて存分に学んでいい。殿下はそう言ってる』
私はこの恩義に報いなければなりません。紫の貫頭衣のサピエンスを通じて、私は砂漠の第二王子に願い出ました。
【あなたの皮膚片を私にいただけますか】