消滅~シチフサ=ナブネイドの最後
特別調査班ナブー班長を期限付きで退いた私は、一路惑星エデン、ハフリンガー大陸へと向かっていました。
幸運なことにマナの入った水晶を入手した我々は、マナを解析する幸運に恵まれました。その結果、ミアキスヒューマンの行うマナを水晶に封じる業。マナを電気信号に変換することで疑似的に同じことが出来るようになるのではないか。そういった発想からマナを回収できるように設計されたコンデンサの試作品を携えていました。
これでナブネイドが回収できれば、ヴィマーナに戻ってまっさら新品のドローンにナブネイドのマナを移植すれば。あの子はまたヴィマーナに戻れるはずです。
そんなことを考えながらアシル上空に差し掛かり、湖の大崩落を目撃したのです。
異常事態が起きている中、元はアシルの長の離宮で、今はパンテラ系ミアキスヒューマンが主として住んでいるアシル大湖沼の畔の居城から、発せられる異常な冷気を探知しました。
ナブネイド、そこにいるのですか、ナブネイド。
ヴィークルから中の様子を覗き込みますと、広間の中央近くで、先日森の中で撮影したものと同様の黒い低温の渦を見つけました。震える手でオープンリール画像に切り替えますと、果たしてそこにはナブネイドの姿が視えたのです。疑似視野ですが、ナブネイドを見つけることが出来たことに変わりはありません。再会できたというにはいささか奇妙な状況ですが、胸が一杯で張り裂けそうでした。
心急く思いでアシル城のテラスに降り立ちました。アシル城の広間には、大勢のミアキスヒューマンとサピエンスが、倒れていました。死んでいるわけではないようですが、異様な光景にいくばくかの不気味さを禁じえません。
彼は渓谷のパンテラ族の姫によく似た女兵士の傍らで、大粒の涙を零して泣いていました。解析画像の時と違い、頭蓋も窪んでいない、四肢も折れ曲がっていません。記憶のまま在りし日のままの姿です。
矢も楯もたまらず、私はナブネイドの許に向かって走り出しました。
「ナブネイド!?」
ナブネイド、どうして泣いているのですか。何か悲しいことがあったのですか。
私の姿に気づいたナブネイドがにっこり微笑んで駆け寄ってきました。
「アベストロヒさん!!」
私は両手を広げてナブネイドを抱きしめました。
「ああ、ナブネイド、ナブネイド!」
「アベストロヒさん会いたかったよ」
触れている実感は無いのですが、ナブネイドは、其処にいる。確かにそう感じたのです。
「あの子が、地表に落ちた僕を、神殿まで運んでくれたんだ」
と、ナブネイドは、今まで座っていた場所、そこにいた年若い女兵士を指さしました。
「そうだったのですね」
私は、彼女に向かって頭を下げました。我々に伝わる感謝を表すジェスチャーです。
彼女の傍には、いつの間にやってきたのか、全身ケロイド状の砂漠の高級士官装束のミアキスヒューマンがいました。彼は……初めて見る外見です。何者でしょうか。
「僕ね、エンキおじさんから100年前のお話をいっぱい聞いたよ、あのね…」
「エンキおじさんと言うのは」
アシルの長だった方の名前が、ナブネイドの口から飛び出した事は大いに驚きましたが、その後ナブネイドが語った話は更なる驚きが待っていました。
「100年前の長だったおじさんでね、大事なお友達だった神官と一緒にこの琥珀に入ってマナになったって言ってた。神官の人も一緒にマナになったから、混ざっちゃったみたいなの」
私は戦慄を禁じえませんでした。俄かには信じがたい事ではありますが、ナブネイドは、100年前のアシルの長がエンキという名前だとは知らないはずです。つまり、あのキメラはエンキその人だという事になります。
なぜ、彼はナブネイドと共にいたのでしょう。
「その、エンキおじさんと言う方は何故、琥珀の中に」
「ハフリンガーをなんとかしなきゃって一心でマナになったって」
そうして、ナブネイドはエンキ、という方から聞いた出来事を、身振り手振りと拙い説明で一生懸命語って聞かせてくれました。
ミアキスヒューマンたちはオパール化した巻貝の化石アンモライトを虹の渦と呼び、恐怖の対象としていたこと。
「鉱石と違って、死んだ骨で出来た宝石だから、マナをいっぱい吸い込んじゃって取り出せなくなるんだって」
「まるで、ブラックホールのようですね」
「うん、とってもきれいな比率のバランスの、なんていうんだっけ」
「黄金比、のことです?」
「そう、その黄金比。渦が黄金比でできてるからどこまでも詰め込めちゃうんだと思う。でね、そこにエンキおじさんの息子さんと甥御さんが」
生き物からマナを取り出し詰め込むことで禁忌のマナと呼ばれるものを作り出した事。
同時期に青白い雲のような星があらわれたこと。
「それは彗星っていう天体現象だよって教えたら、エンキおじさんすごく喜んでた」
「では、そのエンキと言う方は、流星雨を地上から見たのですか」
「見えたって。でも変なこと言ってた」
「なんです?」
「禁忌のマナが砕けたせいでいままで閉じ込められてたマナが噴き出して、それが落ちてくる塵を掴んで投げ落としてたって」
ハフリンガーのシャイヤー湾に集中的に落ちた、のではなくマナが介在して、故意に誘導した。
彗星ニアミス接近当時、観測船ヴィマーナは恒星フレアのプラズモイド直撃による影響を回避するため、観測機能の全てメイン電源は全てシャットアウト状態を余儀なくされていました。ですから、地表の様子は当時現地でその様子を見たものしか知りえない情報です。まさか、偶発的にですが、地表で、人為的に生成されたマナが、隕石の衝突に関与しただなんて、だれが想像できるでしょうか。
「それで、マナになったエンキおじさんは空から白いマナが降ってきて地表を浄化するのを見たんだって」
「マナが、降ってきた」
なんと言うことでしょう。100年前、惑星エデン、ハフリンガー大陸に直撃した恒星フレアのプラズモイドの中にマナの成分が含まれていて、それが虹の渦から出た死者のマナを浄化した。
全てが繋がった。真相が明らかになった。私は叫びだしたい感情を押さえるのに精一杯でした。
あのシャイヤー湾で撮られた、低温の何かを水晶に入ったマナを使って相殺する映像。
低温の何かは、100年前に浄化し損ねた死者のマナの欠片ではなかったか。
そう考えれば辻褄があうのです。
「ヴィマーナが夜空に出てる間はマナは出てこない、っても言ってた、なにか関係があるのかな」
思いだしたように独り言ちるナブネイドが何かに気づいたように、私の頭上に手を伸ばして、興味津々な表情でなにやらまさぐり始めました。ヴィナーマでよく見せてくれた、何か面白いものを見つけた時のしぐさです。
「アベストロヒさん、その頭の装置は?」
「これはですね、シャイヤー湾の観測で色々発見がありまして、そこでオープンリールとサーモグラフでマナを疑似的に可視化するカメラを開発したのですよ」
それを聞いたナブネイドの表情が、ぱあっと明るくなりました。
「すごい、アベストロヒさん!僕の姿はどう見えているの?」
私ははほんのちょっと逡巡しました。あの日のまま、成長していない外見。それをどう伝えたらいいのか私には分かりません。
「突貫工事ですから、ですが、ナブネイドの温度がどんどん上昇してますよ」
ナブネイドの内側から白く温かい光の靄があふれ出しています。
いったいこれはどういうことなのでしょう。これは、マナ?白いマナが、内側から?
「うん、僕、あたたかいんだ。ずっと寒くて冷たくて寂しくてこわかったのに。助けてくれたあの子にお礼を言えて、アベストロヒさんにも会えた」
「ナブネイド…?あなた…」
我に返った私は、急いでコンデンサを取り出すとナブネイドに宛がいました。操作は間違っていないはずです。これでナブネイドをコンデンサに取り込むことが出来れば。
ですが、ナブネイドの姿はどんどん白く淡く薄くなって、霞のように散っていくのです。
「僕うれしいよあたたかくて幸せな気持ち…」
ナブネイドが満ち足りた笑顔を浮かべました。
神という概念の存在する地球なら、ナブネイドはこの真実を伝えるために悲劇に見舞われた、そして私の前に遣わされた、そう感じたことでしょう。
ですが、こんな結末、私は望んでいません。
からっぽのコンデンサを握りしめて私は号泣しました。私はナブネイドを連れ帰るために来たのに。
シチフサ=ナブネイドこれにて成仏