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シャイヤー湾のアベストロヒ・観察者から見たエガルマハの崩壊現場

caution:水害描写があります

 私は突貫工事で製作した超小型のオープンリール記録装置を携えてシャイヤー湾上空をアシルに向かって飛行していました。サーモグラフは勿論、仲間の助言を受けてシュリーレン動画も撮影できるようにしました。


 そろそろシャイヤー湾最奥のアシルの湖にさしかかろうという時でした。管制室から通信がはいりました。インカム越しのその声はいささか慌てているようです。

「エマージェンシー!エマージェンシー!聞こえるか、アベストロヒ!アシル大湖沼の水位が急激に下がっている!そちらで何か確認できるか?!」

 湾最奥には、バルバリ山脈の雪が泉となって湧きだす大水源地の渓谷が広がっています。渓谷の下流には、山脈から溶け出した石灰質が水の流れを堰き止めて出来た大小さまざまの湖群が点在し、中でも大きなものが、アシル神殿と城下町が存在するアシル湖です。アシル湖には下流はありません。水を注ぎ続けるお皿の縁から収まりきらない水が零れ、あふれた水が幾筋も岩肌を伝い流れ落ちるといった風情の、素晴らしく優美な景観の海岸瀑があります。

 その瀑布に異常事態が発生していました。湖底が崩落したのか、滝の中程から大量の土砂混じりの水が、噴き出しています。

 私は撮影機材を滝口に向け、撮影を開始しました。

「こちらアベストロヒ、アシル湖底が崩落した模様」

 おそらく、湖底になんらかの理由で亀裂が生じ、負荷がかかったのでしょう。その様子はまるでダムの放水のようです。もともと滝口になっていた湖の縁は、辛うじてバランスを保った状態で、宙づりになったまま。まるで弧を描く石のつり橋のようです。早晩自重で崩落を迎えることでしょうから、今しか見られない貴重な光景です。

「原因は不明ですが、湖底に穴から放水が始まった模様。目視で特に異常は」

 そこに、目を疑うような物が視界の隅を掠めました。濁流に混じって人のような影が一緒に流されているのです。

「異常は認め…こちらアベストロヒ、撤回します、異常事態!異常事態!土砂に混じって大量の人が」

『人だって?!』

 管制室から、困惑した声が返ってきました。

『一体何が!?』

「分かりません」

 最初に脳裏を過ったのは、アシル城下町が水没したのではという危惧でした。ですが、そう断定するには大きな違和感がありました。

 流されているのは殆どがサピエンスの外見です。

 100年前と違い、ハフリンガー大陸のサピエンスとミアキスヒューマンの割合は1:100、ミアキスヒューマン100人に対してサピエンスは1人いるかいないかです。ほぼサピエンスの見た目でミアキス要素がほとんど発現していないファーミアキスも同じくらいの比率です。

 仮にアシルの城下町の住人は4,5000人相当ですから、いても50人足らず。一方滝つぼには既に四桁近い数。このサピエンスの数はあり得ないのです。多すぎるのです。

 衣服もそうです。アシルの住人は地球のギリシャ、ローマ時代に近い衣装です。ですが彼らの着ているものは袖の長い着物の上に袖無し丈長の貫頭衣に腰に帯を巻く、100年前に近い様式。


 一体彼らはどこから現れたのです?


 アシル湖上にさしかかると更に驚愕の光景が待ち受けていました。すっかり水の抜けた広大な湖底一面に、街としか思えない地形が広がっていたのです。自然にできたものではありません。計画され動線を考慮して区画配置したとしか思えない整然とした街並みです。いえ、これは完全に街です。どういう理由か突如高重力下に晒され押しつぶされた形で崩壊していますが、人工物です。

 自然に出来たはずの湖底に、焼き煉瓦の建築物が、石畳の広場が、圃場跡が存在するはずありません。


「こちらアベストロヒ、ヴィマーナ、聞こえますか」

『どうかしたか』

「アシル湖の底に、【未知の構造物】を発見」

 インカムからは管制室の興奮した様子が伝わってきます。

『未知の構造物だって?!』

『形状は?』

「形状は…ハフリンガー大陸における典型的な都市構造に酷似」


 我々は100年前、彗星ニアミスと太陽フレア直撃の影響で観測出来なかった公転半周の間を除いて、この惑星エデンに生命が発生する以前から、ずっと観察を続けてきました。

 ですから断言できます。湖は自然に出来たものですし、湖底のセンシングでもこんな地形は検出されていません。街に酷似した地形が、街なら我々の記録にない都市が、忽然と出現した、そう表現するしかありません。


 我々の記録にない都市構造。公転半周の空白の調査期間。その間に湖の底に空間を作り、街を建てる。物理的には不可能ですが、マナを最大限活用すれば突貫工事で出来ないことはない?


「おそらく100年前消えたサピエンスの建てた都市の可能性があります」

 想像だにしなかった答えに直面した私自身、声が震えているのを実感しました。あの観測不能だった時期に起きた事態を解明する、ミッシングリンクを見つけたかもしれない興奮だったかもしれません。

『すぐにチーム・ナブーを向かわせる!』

 一瞬、間をおいてこういう感じをなんと表現すればよいのか、虚を突かれたといいますか、我に返ったといいますか、なんとも申し訳なく、すまない気持ちが込み上げてきました。

 私は、エデンの環境調査と歴史資料を観察する特別チーム・ナブーの現地調査隊長なのに、完全に純然な私事で部署を空けている。

 ナブネイドの事は後回しにして、調査に向かうべきでは。

 反面、ようやく見つけた手がかりが無くなってしまうかもしれない。

 そんな焦りもこみ上げてきます。

 その時、先日のフィールドワークに同行した新人の声が聞こえてきました。

『アベストロヒさんは、引き続きナブネイドの捜索にあたってください、構造物は僕たちが』

「ありがとう、調査はお任せします」

『幸運を』



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