惑星エデン・観察者の干渉とテラフォーミング
惑星エデンが属するその星系は、主星のすぐ脇を回るガス惑星ホットジュピターや巨大な岩石惑星スーパーアースやミニネプチューンといったごくありふれた構成ではなかった。三つ四つの微細な岩石惑星が主星のやや近くを回り、外側を五つ六つのガス惑星が取り囲む特殊な構造だった。以前よく似た配列の星系を観測した記録と照らし合わせ、今いる単一恒星系がどこで誕生したのか調べたところ、かつて観測した地球が所属する単一恒星系と同じ星域で誕生したことが判明した。つまり、この星系は星団として誕生しながら、なんらかの理由で連星になり損ねた片割れだったのだ。
それが判明したとき、彼らは非常に歓喜した。
ならば、惑星の組成も酷似している可能性があり、条件を整えてやれば地球と同じような酸素好気性生物進化の過程を観測できるかも知れない、と彼らは考えたのだ。
まず、海洋惑星を地軸を軌道面に対して約20度傾いた状態で安定させることにした。観測船ヴィナーナをヘリオス周回軌道から切り離し、ロシュの限界に近づきすぎてばらばらに引き裂かれないよう細心の注意を払いながら海洋惑星の衛星として周回させる。
ヘリオスより遥かに巨大な恒星から吹き付ける恒星風の荷電粒子から観測船を守るため、ジャイロ効果による高磁力線磁場発声機能を備えた十六枚のパネルを設置。通称ロータスの花弁を十六枚展開させた。そしてプローヴを四基周囲に展開させて二十四時間観測できる体制を整えた。地表で採取したサンプルを回収、天磐舟に輸送するための運搬用プローヴを四基周囲に展開し、地表を常時観測できる体制も整えた。
ヴィナーナは地上からは太陽を追って回転する金色の光の花と四つの蕾に見えるかもしれない。
人工恒星ヘリオスと生活居住区イムドゥグド、データベース収集艦天磐舟は星系外縁部に待機させることにした。
いかにヘリオスが最小規模の恒星と言ってもガス惑星程度には巨大だ。そんなものを観測対象の衛星にはできないからである。
彼らはこの惑星にエデンと名付け、超大陸をパンゲア・エデン、超海洋をパンサラッサ・エデンと名付けた。
基地が周回を始めたことで地上に潮汐力が作用し、地殻に亀裂が入り、大陸、地溝、海溝が生まれた。この地軸を安定させる作業の間、地殻を全体を覆う高潮と引き潮が何度も繰り返され、地殻に亀裂が入り、大規模な地殻変動が始まった。
分裂を開始した大陸に遮られ海流が複雑に入り組み気候を生まれた。季節風が生じ、潮汐運動が広大な干潟をつくり、海洋生物の陸上進出が始まった。
赤道直下から温暖な気候の一帯には緑が繁茂し、高気圧帯には砂漠と草原が、高山と極地には積もった氷雪で永久凍土と氷河が生まれ、多種多様な生物の揺り篭となった。
エデンが公転軌道を数万数千万周回する間に、地表には環境に適応した生き物で満ち溢れ、進化を始めた。
その際、地球とは少し違う進化があった。
一つは地球では哺乳類は恐竜の絶滅後に台頭したが、ここでは恐竜の繁栄と哺乳類の台頭が平行して起きた。
ジャイアントイパクトで再構成された月が徐々に離れて行く形で重力が安定していった地球と異なる環境で発生したせいか、恐竜は早い段階で鳥類へと分化を始めた。結果、安定陸塊パンゲア・エデンを母体とするエクウス大陸では恐竜と鳥類が共存する竜鳥生態系が出現したのだ。アフリカ獣類に該当する系統も発生したが、恐竜との生存競争に敗れ絶滅した。
プレート継ぎ目に当たる海溝に沿った極北のターパン諸島では海豹、海豚、鯨などの祖先に当たる生物が一部海に活路を見いだしたがここも海竜と競合し、海洋性哺乳類への進化は閉ざされた。
陸地の分割、移動が起きてすぐににパンゲア・エデンから分離したため恐竜の生息数が比較的少なかった島大陸ハフリンガーでは、逆の現象が起きた。恐竜が哺乳類に駆逐された。ちょうど、地球の南半球の陸塊で有袋類が繁栄したのと似た状況に当たるかもしれない。
このハフリンガー島大陸にはウサギネズミの齧歯類、ウシヒツジヤギ系家畜系偶蹄目、馬、駱駝、犀などの奇蹄目、いわゆる北方真獣類の祖先が生息していた。その中に、最終的に人類に至る種と肉食目の間の種に交雑が発生し、双方の特徴を持つ獣人が誕生した。彼らは獣人にミアキスヒューマンと名付け、興味と好奇心を持って観測を始めた。地球にはこのような生物は存在しなかったからだ。鳥に進化した小型獣脚類と始祖鳥の仲間がかろうじて生き残った島大陸ハフリンガーでは、充分な広さと温暖な気候に恵まれて、人類と獣人は目覚ましい進化を遂げていった。