とびきりのエンゲージリング
「輝青石って聞いたことあるだろ? 鉱脈が見つかったんだ。一山当ててみないか?」
いかつい初老の男はゆっくりとキセルをくゆらせ、傍らで片肘をついて座る青年に、儲け話を持ちかけた。輝青石という宝石の名を聞いた青年は、黒目を見開き眼力を強めて、悠然と構える初老の男に視線を向ける。
「それホントかよ、親父さん! 輝青石って言えば、金より遥かに価値が高い宝石だぜ! その鉱脈なんて大陸中探しても、今まで数か所しか見つからなかったはずだ。ちょっと信じらんねえな」
「信じらんねえだろうが近くにあるんだよ。ただ、厄介な所に鉱脈があってな。それで魔法剣士としてあれこれ仕事をこなしてきた、お前さんの腕を見込んで頼んでるわけだ、カイン」
初老の男はくゆらせていたキセルを片付けると、酒場女を呼び止め、ジョッキになみなみと注がれたビールを2杯注文した。
「お待ちどおさま。何か面白そうな話をしてるわね。どんな話?」
酒場の看板娘クレアは、テーブル席で向かい合って座る、カインと初老の男の前にビールジョッキを置くと、若干ガラの悪い2人の会話に興味を持ったらしく、そう話しかけてきた。この大衆酒場バッカスには、クレアの飾り気のない美貌目当てで来る男が多く、カインもその一人と言ってよい。
「いい話さ。クレアは確か、綺麗な指輪が欲しいって言ってたことがあったよな?」
「よく覚えてるわね。買ってくれるの?」
クレアはチャーミングな笑顔を浮かべながら、カインへいたずらっぽく聞き返した。口紅と軽くチークを塗っただけの薄化粧が、赤髪セミロングをなびかせるクレアの綺麗な笑顔を更に際立たせている。
クレアの目に射抜かれたカインはドギマギし、若干うろたえていたようだが、その様子を苦笑しながら傍で見ていた初老の男は、
(言ってやれ。お前に気があるんだよ、クレアは)
言葉には出さないものの、目配せでカインの背中を押してやった。
「ああ……そうだな、とびきりのやつをあげるよ。でもちょっと時間が欲しいんだ。今、美味そうにビールを飲んでるギルドの親父さんが、いい仕事を持ちかけてくれた。この仕事が片付いたら絶対に指輪をあげる」
カインはクレアに笑顔を向けてそう約束すると、ジョッキに入ったビールをゴクゴクと飲み干した。ただ、気立てが良く勘の鋭いクレアは、豪快な飲みっぷりを見せる明るいカインの様子に、なぜか一抹の不安を感じたようで、
「ありがとう、カイン。でも、危ない仕事じゃないの? 命に関わるような仕事なら無理しなくていいのよ?」
と、顔を少し曇らせながら、酒の強いカインが交わしてくれた約束をやんわりと気遣った。そんなクレアの困惑を怪訝な表情で見ていたカインであったが、すぐ気を取り直し、
「心配ないさ。楽しみに待っててくれ。きっと驚くやつをあげるから」
再び明るい笑顔を向けると、クレアの柔らかい左手を頼もしい両手で包みこんだ。
大衆酒場バッカスでギルドの親父から仕事を請け負った明後日。カインは鉱山町レーロースに来ていた。
カインはトロンと呼ばれる町を拠点としており、大衆酒場バッカスやギルドの建物も、その町内に存在するわけだが、鉱山町レーロースはトロンから見て東に半日ほど歩いた所に位置する。レーロースは輝青石の鉱脈が発見されたことで、この地域を支配する国が予算を注ぎ込み、新しく造成された町だ。
「ああ。あなたがカインさんだね、待ってたよ」
レーロースのギルド長は、片手剣と盾を腰に帯び建物内に入ってきたカインの姿を見るなり、そう声をかけてきた。どうやらトロンの町の大衆酒場で一緒に飲んだギルドの親父が、事前にレーロースまで使いを出し、スムーズに事が進むよう話を通しておいてくれたらしい。
カインはギルド長と握手を交わすと、早速依頼の件の詳細を聞くことにした。
依頼された仕事の詳細だが、それは詳らかにするまでもなく、至ってシンプルな内容である。
(レーロース鉱山に入り、坑道壁面のところどころに掛けられている燭台の緑魔石に明かりを灯し、輝青石の採掘現場まで続く坑道内を十分な光量で満たすこと)
つまり、カインがこなさなければならない仕事は、鉱山内の明かりの確保だけなのだが、一つ大きな厄介事が発生しているのだという。
「今までも何とかしようと緑魔石の明かりを灯す依頼をギルドから出したんだが、坑道の奥まで明かりをつけていくと、突然化け物が現れるんだ。そいつのせいで仕事の請負人は皆逃げ帰り、ご覧の有り様ってわけさ」
「化け物? その化け物の特徴で、何か分かってることはあるのかい?」
少しでも情報があれば、厄介なモンスター相手でも対処のしようが見えてくる。そう考え、カインがギルド長に尋ねたところ、
「うーん、面目ないが分からないな。ただ、一つだけ確信が持てていることがある。緑魔石の明かりに反応して現れる化け物だろうってことだ」
ほんのわずかではあるが、取っ掛かりとなる手がかりを得られた。
レーロース鉱山の坑道は総じて幅が広く、高さも十分ある。これならギルド長の話にあった厄介な化け物が現れたとしても、片手剣を振るって戦うのに支障はなさそうだ。しかしながら、厄介仕事の請負人であるカインはというと、
「得体の知れねえモンスターとは戦いたくないもんだが、そうもいかねえんだろうな」
そんな独り言をブツブツ言いながら、坑道壁面のところどころにある燭台の緑魔石に、明かりを灯していっている。
緑魔石は坑道のような酸欠の危険性がある空間で、明かりとしてよく使われている。緑魔石が含有している魔力を使って発光するため、火の明かりのように酸素を消費することはない。火事を引き起こすこともなく、非常に有用な明かりなのだが、
「……!? 出てきやがったか!」
レーロース鉱山内では、その魔力が1体の化け物を発生させるきっかけとなってしまった! 緑魔石の燭台に次々と明かりをつけていったカインは、輝青石の採掘現場まであと一歩という所まで来ていたのだが、魔石の魔力の収れんにより現れた、氷のモンスターと遭遇する!
「…………」
四肢が体についており、大人の背丈ほどの大きさがある氷のモンスターは、カインを敵と認識するなり、激しい氷のブレスを吐いてきた! あらかじめ戦闘態勢に構えていたカインは、ドラゴンシールドで凍てつく氷の息を防ぎきると、
「オオオッッッ!!」
白銀の剣に魔力で炎を帯びさせた、ファイアブレイドで攻撃した! ファイアブレイドによる斬撃は効いている! 氷のモンスターは高熱で身を削られ、子供の背丈ほどの大きさまで縮んでいた!
(こいつは収れんされた魔力を放出したら消えるタイプのモンスターだ! 落ち着いて戦えば勝てる!)
カインは対峙している氷のモンスターを分析し、今までの戦闘経験と照らし合わせると、冷静にそう判断した。特徴が分かれば厄介な化け物側に勝機はない。カインは感情がないモンスターの攻撃を見切り、ファイアブレイドによるヒットアンドアウェイを数度繰り返した後、
「ウオオォォッッッ!!」
ついに氷のモンスターを消滅させた!
鉱山町レーロースでの厄介な仕事を見事に成し遂げたカインは、トロンの町に無事帰還した。カインは仕事の成功報酬として多額の金と、ある綺麗な宝石がはめ込まれた指輪を手に入れている。
「クレア、約束の指輪を持って来たよ。左手を出してごらん」
「左手?」
ギルドの親父から成功報酬の綺麗な指輪を渡されたカインは、約束を果たすため、すぐに大衆酒場バッカスに向かい、今、看板娘クレアの左手を優しく握っている。カインは怪訝な顔のクレアに微笑みかけると輝青石の指輪を取り出し、彼女の左手の薬指にエンゲージリングをゆっくりと嵌めた。
「なんていうか……いい言葉が浮かばないんだが。クレア、俺と結婚してくれないか?」
「いいのよ。あなたらしいわ。そう言ってくれるのをずっと待ってた」
クレアは涙を流しカインのプロポーズを受け入れ、2人は誓いのキスを交わす……。
クレアと結ばれたカインはトロンの町に居を構え、町を守る兵団長に就任した後、周辺地域の平和を長期間に渡って保ち続けた。子宝にも恵まれた2人は慎ましい家庭を持ち、末永く幸せに暮らしたという。