#07 生存闘争
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
地面に血の池を作り、臓物を無造作に引き摺り出され、行ったきり戻ってこなかった担任の姿は見るも無惨なものに変わり果てていた。特に首回りを執拗に喰われたようで、今にも頭部が胴体から離れてしまいそうだ。まさに文字通り、首の皮一枚で繋がっているような状態だ。
だが、こちらは先ほどのように騎士のような甲冑は着ていなかった。担任を喰らっている男は、土色の、布きれと間違えてしまいそうなみすぼらしい服を着ていた。実に汚らしい男だった。もっとも、その半分以上は返り血によって土色から紅に染まっているのだが。
「リコ、どうする。あいつを倒さなきゃ道は通れないぞ」
奴を避けて草むらに入り、迂回して通るか? しかし、そこに何が潜んでいるかわからない。もしこの食人族どもが潜伏している可能性だってある。もしそうだった場合、見通しが利かない分大変危険だ。今は、一振りだけだが拾った短剣がある。見たところ極端な刃こぼれなどはしていなさそうだったし、十分武器になり得るだろう。
それに、と、リコは思う。さっきの奴は、死んだかはわからないが、少なくとも頭を堅い物で十回ほど殴りつけたら動かなくなった。今目の前で獰猛にランチタイムと洒落込んでいる奴も、きっと同じくらいでダウンするだろう。ならば、この剣で頭を二突きもすれば、イケるのではなかろうか。
「今俺たちには、コイツがある。……俺がやるよ。多分さっきの感じから、頭をやれば倒せると思う。ケイは他に食人族がいないか索敵していてくれ」
と、リコが鞘から剣を抜き、横目でケイを見てそう言う。
「ああ、わかった。気を付けろよ」
リコはこっそりと、忍び足で目の前の人肉に夢中な食人族の背後に迫った。先ほどはギリギリまで近づかないと気付かれなかったが、今度はどうだろうか。三メートル、二メートルと距離が縮まる。それに比例して緊張が強くなり、心臓の鼓動がやかましくなっていった。
あと一メートル程度まで近付いたときだった。突如として食人族がフクロウのように、頭をグリンと真後ろに曲げたのだ。完全にリコと食人族の目が合う。
気付かれた。食人族が両腕を大きく開き、獣のような咆哮を上げてリコを威嚇した。
「クソッタレ――ッ!」
気付かれてしまったものは仕方がない。そう開き直り、彼は思いきり男の脳天に剣を突き刺そうと、剣を構えて刺突する。が、あと少しのところで躱されてしまった。外したことを理解したリコは咄嗟にバックステップで後ろに下がり、距離を取る。
「リコ――ッ!」
「心配すんな……これでも現役の剣道部レギュラーだ」
竹刀と本物の短剣ではまるで扱い方が違うように思えるが、しかし彼の、相手の動きを見極める力は本物だった。相手から目を離さず、じっくりと次の一手を探る。剣道では一本取られたとしても死にはしない。が、いまの状況は少しのミスが文字通り命取りになる。今までのどんな試合よりも緊張した時間が流れていた。
数秒の睨み合いの後に、場が動いた。先に打って出たのは食人族。戦術を考える頭が無いのか、両手を突き出し、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んできた。リコはその動きを見切り、余裕の回避。瞬時に相手の背後に回り込み、首筋に剣を叩き込む。
入った――ッ!
刃が食人族のうなじを斬った。が、途中で堅い骨にぶつかり、止まってしまう。さすがに素人にとって、しかも短剣で、一撃で人型の首を斬り落とすことは至難の業であるようだ。
リコは首を斬り落せないとわかるや否や、すぐに剣を引き抜いた。それから剣を持ち直し、間髪入れずにいまだノロノロしている食人族の後頭部に刃を突き立てた。クリティカル・ヒット。食人族はガッと短い絶叫を挙げてその場に倒れ、動かなくなった。
頭から剣を抜き、血を振り払って鞘におさめる。
「死んだ、のか? これは……」
見ると、倒れた食人族の身体が徐々に崩れていっているのがわかった。先ほどの、甲冑男のときには見られなかった現象だ。まるで脆い岩がボロボロと崩壊していくかのように、食人族の体組織が崩れ、みるみるうちに人型をとどめなくなっていった。血も凝固してしまっているのか、流れてこない。中から出てくるドス黒い塊がそれなのだろうか。
目の前の不可思議な現象に、リコはしばしの間目を奪われていた、そのときだった。
「危ない――ッ!」
ケイの叫び声だ。何事だと思って咄嗟に振り返ると、そこには食人族の顔をした別固体が立っており、いまにもこちらに掴みかかろうとしていた。が、実際に捕まれることはなく、彼にあと一インチ届かないところでうつ伏せに倒れた。そして、その後ろには両手に血の付いた岩を持ったケイが息を切らして立っている。
どうやらリコの背後に新手の食人族が迫っていたらしい。それに気付いたケイが咄嗟に近くに墜ちていた岩を広い、食人族の頭部を殴打して倒したようだ。
「あ、ありがとう…… 助かった」
「礼を言うのはまだ早いぞ」
「なに……? ――クソッ、マジかよ……」
辺りを見渡すと、食人族が一、二、三……四体。完全に囲まれていた。しかもそのうち一体は火縄銃のようなものを抱えている。絶体絶命だ。
「どうするよ、リコ」
ケイが、リコの背後をカバーするように立ち回りながら聞く。
「どうするもなにも、倒すしかないだろう。さすがにこの数をすり抜けて逃げるのはキツい。……剣を持つ俺がなるべく惹きつけるから、お前はその岩で頭をぶっ叩いてくれ」
「了解」
こうなってしまった以上は、覚悟を決めて殺りきるしかない。リコは剣を持つ手に改めて力を入れ、相手の出方を伺った。ケイの方も、リコから離れすぎないように立ち回る。
「こっちだ、クソッタレ!」
まずは二体がリコに食いついた。彼は二体の攻撃を左右に躱しつつ、残り二体のヘイトも自分に向かせられるように試みる。
一体が突出して襲いかかってきた。相も変わらず単調な突撃。自分を捕らえようと伸びてくる腕をヒラリと躱し、脳天に一撃。即座に引き抜き、次の相手に備える。
一方で、ケイの方に明確に注意を向けていたのは一体のみであった。相手の腕を岩でガードしつつ、臑を蹴り飛ばして転ばせ、倒れて無防備になった頭に岩を思い切り叩き付ける。グチャッという嫌な音がしたと同時に、一体がダウンした。
リコの方も片が付いたようだ。頭に刺さった剣を抜き、その腕で額にかいた汗を拭う。ケイが一体を仕留めたのは横目で確認していた。あとは、鉄砲を持った奴だけか。
ラスト一体だ。最後の仕上げと意気込んでリコはその相手の方を向いた。と、同時に、彼は絶句した。
自分の胸から腹の間に鉄砲を突きつけられている。あとは食人族が引き金を引くと同時に、ジ・エンドだ。
「しまった――」
ドン、という雷鳴のような音が、火薬の匂いと共に辺りに轟いた。それと同時に、リコの身体が近くの草むらに吹っ飛ばされて倒れる。
「リコ――ッ!」
その様子を見たケイが、咄嗟に撃った男の頭を岩で殴りつけて倒し、倒れた彼の元へと駆けつけた。
「おい、リコ、大丈夫か!?」
リコの安否を心配するケイに、彼は非道く弱った声で答えた。
「ああ、ケイか……。すまん、しくった。俺はもう駄目だ……」
「は? 何を言っているんだ、お前……」
「土手っ腹に……グフッ……風穴、開けられちまった。俺はもう死ぬ……」
今にも閉じてしまいそうな目で、これで見納めになるかもしれない彼女の姿を見、悲壮感漂う顔で彼は親友に最期の言葉を遺そうとしていた。が、あまりに突然の出来事に、ケイは理解が追いついていない。
「お前と、会えて……良かったよ。お前だけは、生きて、祖国に帰るんだ……」
そう言う彼に、ケイはため息をつき、非道く呆れた顔をしてムーディーな科白を連ねる彼に言い放った。
「さっきから何をやっているんだ、お前は。土手っ腹に穴なんか開いてねえよ」
「え……? 本当に……?」
ケイにそう言われ、リコは自分の腹の辺りを手でさすってみる。と、なるほど、確かに穴などどこにもなかった。それどころか傷一つ付いていない。
「空砲だったんだ。――ほら、下らん寸劇をやっていられる元気があるならさっさと立て」
「……どこか適当に穴を掘ってくれ。しばらく引きこもる……」
リコは自分の身の安全を知らされて胸をなで下ろし、先ほどの恥ずかしい科白の数数に顔を赤らめ、ケイと目線を合わせないように立ち上がった。
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