#12 苦難の友よ私を呼びたまえ
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
魔力が底を尽き、万策尽きたわたし達に容赦なくメカのサーベルが迫る。絶体絶命――死を覚悟したその時だった。妖艶に陽光を反射して輝く銀色の鎧に身を纏い、馬を模した乗り物にまたがった大男が大剣を振るってメカのサーベルを受け止めた。
――誰だ?
男は大出力のメカのサーベルをジワジワと押し返し、遂に押し勝ってしまった。いくら彼が大男とてあのメカとは体格差がありすぎる。それの発揮するパワーも、どんな機関を積んでいるのかは知らんがあの巨体をヒカリ以上に機敏に動かすことができる以上、並並ならぬ性能を持っているのだろう。そんな化物相手に、己の腕っぷし一つで押し返した――魔法で肉体強化などを施しているかも知れんが、それでも――。
サーベルをはね返されたメカは一旦後退し、男から距離をとった。まだサーベルは展開したままで、あくまでやり合う気でいるようだ。男も下がったメカを追い、激しいドッグファイトが勃発した。
「何者なんだ、あいつ……あのメカ相手に押してるぞ」
男の戦い振りは実に鮮やかだった。スピードと機動性はメカが上回っているようだったが、男は炸裂系の魔法を多用してメカの進路を一方向に固定し、慣れた手つきで自分に都合の良い機動を相手に強いていた。そして接近戦に持ち込み、大剣を軽々と振り回してメカを攻め立てた。
とうとうメカは左腕を破壊されたことでダミーのバルーンを複数展開し、背を見せて逃走してしまった。
「退いた……?」
あのメカも何気にヒカリ、わたし達、そしてあの男を相手にして連戦状態だったし、エネルギー切れが見えてきていたのかもしれない。なんにせよ、助かった。
男が地上に降り、馬型の乗り物から降りてわたし達の前に来た。
「君たち、怪我はないか?」
「え、ええ……まあ。――あなたは?」
と、リコが尋ねる。
「私はジュナイド・エゼキエル。バラガンダ教騎士団の神聖十字騎士を務めている。琴吹ヒカリの要請を受けて救援に来た」
「ヒカリの要請?」
「そうだ。彼女はどこに?」
動けないリコに代わってわたしが起き上がり、ヒカリが倒れている方を指さして教える。
ヒカリは倒れたまま、気絶しているようだった。息はあったが、こちらの呼びかけに応答はないし自分に治癒魔法をかけた様子もない。ホセとの戦闘で受けた傷はほとんど治ったが、しかし完全ではなかった。そんな状態でさらに攻撃を受けてダウンしてしまったのか。
エゼキエルがヒカリの肩に手を置き、治癒魔法を発動する。すると、見る見るうちにヒカリが負った傷が治っていき、そして目を覚ました。
「良かった。目を覚ましたな」
「ジュナイド……さん? ああ、間に合ったのね。あいつは……?」
「あいつは逃走した。君の仲間は彼女とあっちで寝そべっている男の子の二人だけかい?」
「そうよ。――良かった、みんな無事で」
彼女が目を覚ますや否や、ジュナイド・エゼキエルと親しげに話し出した。
「ヒカリ、どういうことだ。知り合いだったのか?」
彼女に尋ねる。
「そういえば言ってなかったわね。ジュナイドさんとは――」
「ああ待ってくれ。リコがあっちで置き去りだから連れて来る」
そう言ってわたしは一旦その場を離れ、まだ向こうで寝そべっているリコの元に駆け寄った。
「リコ、大丈夫か。動けそうか?」
「いや、悪いが当分は動かせそうにない。――あっちで何があったんだ?」
「あの男の人……ジュナイド・エゼキエルって言うんだが、その人とヒカリが知り合いだったって話」
「マジかよ」
その後はエゼキエルの回復魔法でリコも動けるようになり、それからヒカリとエゼキエルの関係がヒカリの口から語られた。
ジュナイド・エゼキエルは元々、ヒカリの師匠の友人だったそうだ。師匠がヒカリを拾う前からエゼキエルと交流があり、それでヒカリも彼と知り合うことになった。師匠が死ぬ間際、エゼキエルにヒカリのことを宜しく頼んでいたそうで、今は師匠に代わってエゼキエルが彼女のことを色色と気にかけているそうだ。
もっともエゼキエルには騎士という仕事があるので、宮廷魔術師を引退してフリーだった師匠ほど深くは関わることができていない。が、その代わりに緊急通報ボタンという魔導具をヒカリに託しており、ヒカリの身に何かがあった場合にそれを押せばエゼキエルに通報が行き、彼が駆けつけるそうだ。今回彼がここに駆けつけたのも、彼女がそれを押したからだそうだ。
エゼキエルも彼女の師匠も、ヒカリが異世界からやってきた転移者であることを知っていた。過去の歴史を語る文献には稀にそういった者の存在が記されているそうで、それを読んでいた師匠とエゼキエルは彼女がそのことを打ち明けたとき、即座に理解してくれたそうだ。もっとも、二人ともそれまでは転移者を本でしか見たことがなかったので実際にヒカリから告白されたときは目玉が飛び出るほど驚いたそうだが。
ただ、エゼキエル曰く無闇矢鱈に自身が転移者であることを打ち明けるのはよろしくないそうだ。というのも、ここヴァルドリア帝国を初めとした諸国はみなバラガンダ教という宗教を国教としており、バラガンダ教徒以外は異端として扱われるのだ。亜人種――ドワーフ族やエルフ族など――が迫害されているのもそのためで、打ち明けた相手がそのやり方に疑問を抱いていた師匠とエゼキエルだから良かったものの、これが他の人たちであれば即座に通報され、逮捕なり拷問なりをされていただろうとのこと。転移者は当然ながらバラガンダ教徒ではないし、実際に文献に出てくる転移者も、バラガンダ教に改宗するか反乱軍を組織して反乱を起こし、捕まって処刑されたという話が大半だった。
「ああ、ちょっと待ってくれ。その、バラガンダ教ってのはどういうものなんだ? 名前はちょくちょく聞いたが、詳細はさっぱり分かってないんだが」
と、リコが尋ねる。
「ああ、そうか知らなかったか。バラガンダ教というのは――」
そう言ってエゼキエルがバラガンダ教について説明を始めた。
バラガンダ教はここ、エウローパ大陸にあるすべての帝国及び王国の国教になっている巨大な宗教である。エゼキエルら騎士はバラガンダ教聖騎士団という、バラガンダ教の武力を担い組織に所属し、各地での異端審問や非バラガンダ教国家への侵攻及び防衛などを担っている。各国にも国軍はあるが、聖騎士団はそのどの国軍よりも立場が上にあるそうだ。地球の組織で例えるなら、聖騎士団が米国軍で、各国軍は州兵のような存在だとヒカリは語った。
バラガンダ教にもキリスト教の新約聖書やイスラム教のコーランのような聖典があり、アル=バディアと呼ばれる。これには神による大地創世からドラゴンによる侵略戦争までの歴史が記されている。人間は唯一絶対の神によって神の姿を模して創造され、繁栄した。しかしあるとき魔界からドラゴンの軍勢が攻め寄せ、神と人間は敗北し領土の大半を喪失してしまった。
人々はその時点からドラゴンに敗北したという原罪を背負っている、と考えられている。バラガンダ教徒にはドラゴンに奪われた土地を取り返す、贖罪的再征服とドラゴン絶滅の義務が課せられており、それに従って騎士団はしばしば各地に遠征しているのである。また魔物の発生もドラゴンによる仕業と考えられている。
「バラガンダ教では、バラガンダ教徒以外はすべて敵だと考えられているんだ。それから人間は神によって創られたが、亜人種はドラゴンによって創られたとされている。だから亜人種は生まれからして異教徒で、異端なんだ」
「フムン」
「正直な話、私は聖騎士団に所属していながらこの宗教に疑問を抱いている。バラガンダ教は長く人々の心の支えになっているし、その点は認める。しかしそれを理由に諸外国に侵攻したり、信じる宗教が違うという理由だけで処刑したりするのは、同意しかねる」
「だったらなぜ、騎士なんてやっているんです?」
「それしか食っていく方法を知らなかったからさ。私の家は代々騎士を務めている家系でね。昔から騎士になるための教育をずっとやらされてきた」
信仰の自由は少なくとも日本に住んでいれば当たり前に保証されるものだし、そもそも本気で宗教を信じているような人が圧倒的に少数派だったから、わたしはその辺りの価値観には疎い。彼の話を聞いて、理解こそできれど納得はできなていないし、今後もできることはないだろう、その価値観には。
「――ま、バラガンダ教についてはこんなところだ。君たちも今後は気を付けるといい。どこで誰が聞いているか分からないからね」
これにてエゼキエルの話は終了。その後は墜としたSS兵士から装備などを鹵獲して帰還した。
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