#11 アンノウン・エネミー
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
異形と化して襲いかかってきたドン・ホセは倒れ、彼女、琴吹ヒカリが負った傷も処置が完了した。奴の腕が腹部を貫通したと本人から聞かされたし、実際にぽっかりと穴が開く大怪我だったのだが、今ではもう完璧に塞がってしまっている。これは偏に治癒術式のお陰だ。高度な治癒術式になるほど治せるキャパが大きくなるとは聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにすると、改めてその威力を実感する。
当初――ホセの異形化前、餐鬼と魔物の襲来時――から魔力をセーブしつつ戦っていた甲斐あって、みな、今でもまだ少し魔力が残っていた。せっかく強敵を倒しても、魔力切れ故に寄ってきた新手の魔物や餐鬼に為す術無く殺られてはかなわない。だが、いまのこの状況なら多少は自衛しつつ帰還することができるだろう――などと考えていた、そのときだった。
魔力探知に感あり。一時の方向。かなり遠方だ。数は四、いや五。まっすぐこちらに向かってくる。
「なんだ、敵か?」
リコが言う。
「いや、わからん。でも、少なくとも魔物ではない」
魔物は漏出魔力がないため探知ができない。となると魔物以外の生物だ。人間か。別の冒険者パーティだろうか。
「この反応はたぶん人間ね。この速度は空を飛んでるに違いないわ。綺麗に編隊を組んで。インターセプトは、一分といったところかしら」
とヒカリが状況を分析しているそのときだった。ボギーがいる方角の空が一瞬だけ、キラッと光った。と同時に魔力探知に移る機影から小さい影が分裂し、超高速でこちらに飛んでくる。
「攻撃だ! 回避!」
全員、一斉に走り出してその場から退避。その直後に赤いビームが先ほどわたし達がいたところに着弾した。
その後も立て続けに赤いビームがわたし達を狙ってきた。
「みんな、こっちだ!」
リコが一際大きい倒壊家屋の影で手招いている。
「いったいなんなんだ。わたし達を狙ってきた」
「知るか。いま分かるのは今日が厄日ということだけだ」
などと言い合っているうちにボギーはどんどん迫り、遂に村の上空に侵入。ホセの死骸がある辺りに着地した。
わたしは瓦礫の隙間から攻撃してきた敵の様子を探っていた。連中は恐らく全員人間。真っ黒い衣装に身を包み、ガスマスクのような仮面と鉄帽によって頭部は完全に覆われていた。左手には長方形のシルバーのシールドと、右手にはライフル持っている。先ほどはそのライフルで撃ってきたのだろう。
二人がホセの死骸を囲んでなにかをし、残り三人がどんどんこちらに向かってくる。
「どうする。逃げるか?」
と、リコが小声で言う。
「いや、望みは薄いわね。飛んで逃げても魔力切れで追いつかれるだろうし、走って森に入っても漏出魔力で位置がバレてるから隠れられない」
「……殺るしかない、か」
魔力補給タブレットを飲み込み、魔力を幾分か回復――安物なので大して回復はできないが、無いよりはマシだろう――し、物陰から偽魔煙幕グレネード――漏出魔力に酷似し魔力探知にも映る人工粒子を散布して攪乱する消耗品――を転がす。これで少しの間はこちらの位置をくらませられる。その間に飛行魔法で一気にその場から離脱し、目視で彼らを捉えられる位置につき、射撃。先手をとる。
「くそ、当たらなかったか」
先手をとることにこそ成功したが、しかし当たりはしなかった。向こうも離陸し、空中戦が勃発する。三対三。各個撃破。
――敵は手持ちのライフルによる射撃が攻撃のメインのようだ。恐らくアルカノバレットの術式が込められているのだろう。それに奴らが背負っているバックパックにもなにか仕掛けがありそうだ。いまのところそれを攻撃には使っていないが、そうなると移動用かなにかか?
などと私は敵と対峙しながら敵の素性を分析していた。立ち入り禁止の村に入ったために騎士団に攻撃されたかと一瞬思ったが、あの装備は騎士団ではない。しかし野盗にしては装備が良すぎる。もしかしたらこいつらが前にケイたちが言っていた〈黒嵐の狼〉という連中だろうか。
敵、シールドを構え、前方からアルカノバレット:ガトリングを撃ちつつ突っ込んでくる。それを左下方にロールしつつダイブして回避。それから敵のいる上方を向き、アルカノバレット・スラグで応射。敵はシールドで防ぎつつ上昇していく。
――あのシールド、妙に魔法の攻撃を防ぐな。あれにもなにか仕掛けがあるのか、対魔フィールドを発生させているとか?
だが、シールドで防げるのは一面だけだ。同時に多方面からの攻撃は防げまい。
「行け、小型魔法杖たち」
小型魔法杖、展開。二本出せば事足りるだろう。杖を飛ばしつつ、私自身も奴と正面から撃ち合う。敵のシールドはいまこちらに向いている。今だ。魔法杖の攻撃開始。私と二本の杖の三方向から同時に射撃。敵は慌てて杖の方にシールドを向けようとしたが、無駄だ。杖から放たれたビームは腕を撃ち抜き、足を焼き切り、最後に鉄帽もろとも頭を融解させた。敵、絶命。ふらふらと墜ちていく。
――ホセの死体を漁っていた奴らはもう撤退したようだな。ケイとリコがまだ戦っている。あちらの援護に向かうか。
そう思い、向こうに行こうとしたそのときだった。魔力感知に感。数は一。速い。先ほどの三倍の速度は出ている。反応からして人間であることは間違いないだろうが、しかし、なんだこれは。
ボギーが来る方角を見つめる。と、黒い点が一つ、確認できた。
――だが待て。距離はまだかなりあるぞ。なのになぜ、目視で視認できる。それほどまでに大きい奴が来るというのか。
などと思考を巡らせていると、例の黒い点がピカッと一瞬だけ輝いた。
――来る!
咄嗟にブレイク。その場から離脱する。その直後に極太の赤いビームが先ほどまで私がいた場所を貫いた。ビームはそのまま直進し、森に着弾。木を数本なぎ倒した。
――なんて威力だ。さっきまでの奴らのライフルとは比べものにならないぞ。
術式・シャープビジョン発動。視力を一時的に向上させ、敵の正体を観察する。
それは巨大な、真っ黒い機械仕掛けの兵器、まさに戦闘メカと言うべき代物だった。ずんぐりむっくりとした図体に太く短めの手足。右手には巨大なライフルを携え、両肩部、両腕部、サイドスカート、両脚の外側にミサイルポッドのようなものが付いている。全長は、おおよそ五メートルはあろうか。人間の魔力の反応があるから中に操縦者がいるのだろう。
そのメカは私を狙い撃ちつつ、急速に距離を詰めてきた。いざ目の前まで迫られるとその大きさに圧倒される。飲み込まれてしまいそうな全身黒の塗装も相まって、それの放つ異質なオーラだけでこちらの戦意を揺さぶられる。
メカが左手首から短い筒状の物体を取り出した。その先端から黄色い魔力の刃が生成される。
――アルカノサーベル! デカい。こいつは近接戦闘もできるのか!
メカはそれを振り上げ、私目掛けて振り下ろしてきた。私は後進してそれを躱し、上昇しつつ、そいつから距離をとる。が、そいつはその巨体に似つかわしくない高速性と俊敏性を発揮し、あっという間に私に追いついてきた。
――速い! さっきの奴とは機動性が段違いだ。振り切れない……。
もう一度メカがアルカノサーベルで斬りかかってくる。が逃げてもすぐに追いつかれる以上、受けて立つしかない。それで、魔力もあまり余裕がないなかこいつを押し返せるのかわからないが、やるしかない。
マジックハルバードを展開、逃げの姿勢から反転、向かってくるメカの方を向く。
――恐らく普通に受けたのではそのパワーに押し負けるだろう。だから、横に流し至近距離でコクピットを撃ち抜く。
来た。メカの斬撃に合わせて私もハルバードを振り、刃と刃がぶつかると同時に左に振ってパワーをいなす。成功。あとはアルカノキャノンをゼロ距離で――。
「――ッ!」
突如、腹部に激痛が走った。メカの左右に分かれたフロントスカートの間から細いアームのようなものが伸び、それに対応できずに腹部を殴打されたのだ。
――まずい、墜ちる!
不意打ちに姿勢を崩してしまった。それに突然腹部を殴られたことで意識が曖昧になる。などと考えているうちに今度は背中に痛みが走った。墜落したらしい。積もった雪が背部を容赦なく冷却していく。
更にそこへメカの追撃。例の極太ビームを墜ちた私に向けて撃ってきた。私はどうにか気合いで身体を起こし、その場から離脱すべく雪を蹴って跳んだが、着弾時の爆風に吹き飛ばされて瓦礫の山に激突してしまった。
――駄目だ、身体に力が入らない……。あの人を……せめてあの二人だけでも……。
――こいつらは、SSの兵士だ。間違いない。
わたしは突如として襲ってきた連中と対峙しながらそう考えていた。こいつらの持っているライフル、その形状はナチスが第二次大戦中に開発したアサルトライフル、StG44に酷似している。それにこいつらの左腕に付いている赤い腕章、その模様が彼らの正体をはっきりと語っていた。黒字で描かれた、雷模様にも見えるSの字が二つ並んでいるそれは、まさにナチス親衛隊のシンボルだ。
SS兵士は縦横無尽に空を飛び、ライフルで攻撃しつつこちらの攻撃はシールドで防ぐという戦法をとってきた。ライフルの銃身下部に小さい魔法杖のようなものが付いているが、あれは恐らく銃剣代わりだろう。接近戦になったらあそこからアルカノサーベルを展開するのだろう。
敵の攻撃は容易に回避できる。が、こちらの攻撃もなかなか決まらないのが問題だ。こちらはあまり魔力に余裕がないし、長引けば長引くだけ不利になる。できるだけ手短に済ませたいのだが――と思っていたそのときだった。
魔力探知に反応。速い。超高速でこちらに向かってくる。援軍か。
だんだんと迫り、その姿がはっきりと視認できるようになった。巨大なメカ、のように見える。全身真っ黒に塗装され、大型のライフルを構えている。いまはヒカリと戦っているようだが、あまりよくない雰囲気だ。こいつを速く墜として援護に回った方がいいだろう。
遠距離からの射撃による撃墜は諦め、アルカノサーベルでの接近戦を仕掛ける。敵の射撃を躱しつつどんどん距離を詰めていく。敵もそれに応じるようにこちらとの距離を詰めてきた。
――やはりあれは銃剣だったか。
ライフル銃身下部の魔法杖から魔力の刃が出現し、シールドを構えつつ射撃しながら刺突してくる。ヘッドオン。
わたしは身をシールド側に捻って刺突を回避。それからシールドが生む刺客を利用して背後に回り、後ろから心臓を狙ってアルカノサーベルを突き立てた。サーベルを引き抜くと兵士は力尽き、墜落していった。
――リコも墜としたか。あとはあのメカだが……。
ヒカリに加勢しようと彼らのいる方を見ると、状況はさらに悪化していた。ヒカリが瓦礫の近くに墜ちて動かない。そこへメカがライフルでトドメを刺そうとしている。
目でリコに奴の背後に回るよう合図しつつ、わたしはヒカリから奴のロックオンを外そうと射撃。アルカノバレット:バックショット。その直後にアルカノバレット:ビーム(サンダー)を撃ち込む。初撃は命中こそしたが、機体に傷を付けることはかなわなかった。が、それで結構。本命は二撃目だ。奴がメカならきっと電気系の攻撃が有効なはずだ。それで回路などをショートさせることができれば一気に奴の機能を低下させられる。
しかし、それはかなわなかった。命中直前で奴は胴体を捻って胴体を射線上から脱しつつ上昇して回避した。メカの反撃。胴体上部辺りにまずるフラッシュが見えると同時に電ノコのような銃声。
咄嗟にわたしも身体の軸をずらしつつ上昇して回避機動をとったが、一発だけ太ももに掠ってしまった。
――今の音、MG42か? だとしたら生身の人間には危険すぎる。
掠った箇所は即座にペンダントの効果が発動して治癒されたが、あれをもろにくらったら回復する暇もなくミンチになってしまうだろう。用心せねば。
奴は完全にわたしに注意を向けている。ライフルをわたしに向け、何発も撃ち込んでくる。わたしはそれを上下左右に回避しつつ撃ち返す。と、ライフルのエネルギーが切れたのか奴はマガジンらしきものを取り外し、背後から新たなマガジンをとろうとした。いまがチャンスだ。
「リコ!」
リコもその機を見逃さなかったようで、咄嗟に背部スカート目掛けて射撃。新規マガジンの破壊に成功したようだ。立て続けにわたしもライフルを狙い撃つ。命中。ライフルは爆発四散した。
――戦闘の流れはいまので確実にこちらが掴んだ。このままいけば、墜とせる!
敵はライフルの残骸を投げ捨て、アルカノサーベルに持ち替えてわたし目掛けて突っ込んできた。わたしもそれに応える。ヘッドオン。敵は機銃を撃ってきたが、どうやら左右の射角は無いに等しいようで、少し軸を左にずらしただけで射線から脱することができた。
メカがアルカノサーベルをわたしに振り下ろす。わたしはそれを右に受け流しつつ上昇し、頭部を破壊しようとする。が、上昇しようとしたところで何かに足を捕まれた。
「なに!」
見ると股間の辺りから細いアームが伸びており、それがわたしの左足をがっしりと掴んでいた。そのままアームが動き、機関銃の射線に入れられる。
――まずい!
咄嗟にアルカノサーベルを格納し、敵が撃つよりも速くアルカノバレット:スラグを射撃。機銃を破壊する。その直後に追いついたリコももう一基の機銃を破壊した。それからサーベルでサブアームを切断し、脱出。一度距離をとる。
そのときだった。メカが急加速してわたし達から離脱した。だが正面はわたし達を向いており、逃走する雰囲気ではない。
「なんだ、なにをする気だ?」
突然、メカの全身からマズルフラッシュ。
「ロケットだ!」
どうやら全身にロケットを仕込んでいたようだ。それをいま一斉発射してきた。わたし達は咄嗟に回避機動をとるが、追尾機能があるのか追いかけてくる。
アルカノバレット:ガトリング、射撃。追ってくるロケットを迎撃しつつ逃げる。と、動けないヒカリに向かう三発のロケットが目に入った。
――まずい、直撃する!
咄嗟にアルカノバレット:バックショットを乱射してヒカリに向かうロケットを迎撃。が、これによって魔力が尽きてしまった。
――墜ちる!
勢いよく雪の大地に突っ込み、白い雪の粉が舞う。そして視界に入るのは、しっかりとわたしを追尾してきたロケット。
そのときだった。わたしの前にリコが立ち塞がった。
「おい、なにを――」
「いいから黙ってろ!」
リコはわたしを抱きかかえると、ルーナ・マルカの詠唱を始めた。
――まさか、着弾の瞬間に迅速のルーンで一気に離脱する気か。
確かにそれならロケットは機動が間に合わずに地面に激突するだろう。だがそれでは、リコの身体への負荷が……。それに魔力も。
迫るロケットがみるみる大きくなっていく。ロケットが目と鼻の先になった瞬間に、リコはわたしを落とさぬようしっかりと抱きかかえ、地を蹴った。急加速。雪の粉を巻き上げ、ロケットの爆発範囲外に瞬時に出る。回避成功。もはや追ってくるロケットはない。
「ああキッツ……もう動けねえ」
着地と同時に魔力も体力も切れたらしい。リコは大の字になって地面に寝転がった。
ひとまずの危機は去った。だが、あのメカは兵装の大部分が潰されたとはいえ本体は健在だ。いまのわたし達にとっては奴のサーベルどころか、その巨体にタックルされただけでもひとたまりがない。
「リコ、あいつが来る!」
奴が撤退してくれれば助かったのだが、しかしそうは問屋が卸さなかった。サーベルを構え、一直線に突っ込んでくる。
もう駄目か。そう覚悟を決めたそのときだった。何者かがわたし達との間に割って入り、奴のサーベルを受け止めた。
「だ、誰だ……?」
銀色の甲冑に身を包み、馬のような乗り物にまたがったその姿はまさしく、騎士であった。
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