#10 エゴイスト
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
――なにが起きているんだ?
餐鬼がホセを噛み殺したと思ったら途端に融合を始めた。咄嗟にわたしが攻撃したが、煙が充満して様子がわからない。が、たぶんあれじゃ効き目は無かったようだ。
「ホセ……」
煙が晴れ、餐鬼と融合したドン・ホセのなれの果ての姿が露わとなった。
全身が灰色の骨のようなものに覆われ、それは甲冑のように見える。手足は人間と変わらず二本ずつ。だが身体の各所から鋭い棘が生えており、眼が赤に怪しく発光している。それから骨の隙間から黒い霧のようなものがわずかに漏れ出ている。
「な、なんだ、コイツ……」
リコが震えた声で呟く。
異形と化したホセはわたし達と大して体格差があるわけではない。なのに、どうしてか、もの凄くプレッシャーを感じる。意識してそれをはね除けようとしないとあっという間にヘビに睨まれたカエル状態になってしまいそうだ。
「二人とも離れて!」
空から突然の聞き慣れた声。ヒカリだ。戻ってきた。彼女の声を皮切りに、わたし達は急いでそいつから距離をとる。
――あいつは、限りなく放置してはいけないものだ。私の直感がそう激しく主張している。
そいつの姿を見ただけで分かった。計り知れないプレッシャー。ただ突っ立っているだけなのに、そいつの醸し出す精神的重圧に押しつぶされそうになる。
――あの二人が離れたいま、フレンドリーファイアの心配は無い。早早に決着を付ける!
小型魔法杖を六本すべて展開。続けてアルカノキャノン:AP、発射用意。一斉射。六本のビームと一発の巨大な徹甲弾状のエネルギー砲弾が奴を襲う。着弾――のはずだが……。
突如として奴の骨の隙間から黒い霧が大量に噴出し、奴を覆った。そして私の放った魔法攻撃はみな、あの霧によって攪乱され、奴に届く前にかき消されてしまった。
――あの霧にはエネルギーの塊を散らす効果があるのか。そんなものは初めて見た。しかし、これは厄介だ。どうして最近出会う敵はみなこうも面倒くさいのが多いんだ。
ヒカリの攻撃が黒い霧によって防がれた。奴に届きすらしなかった。とすればわたし達の攻撃もそうなる可能性があるということだ。ただ、万能ではないはずだ。アルカノ系の攻撃はみなエネルギーの塊を飛ばしている。それを分解し、霧散させる効果があの霧にはあるのだろう。とすれば、エネルギーの塊でない攻撃には無力か? ――やってみるか。
矢筒から矢を一本取りだし、弦に番える。ルーナ・マルカ、発動。力のルーンを弓に、迅速のルーンを矢に付与。威力最大。準備完――なに!?
奴が黒い霧からこちら目掛けて飛び出してきた。左腕を剣のような形に変形させて。その腕でリコに斬りかかった。咄嗟に剣で受けたようだが、威力を殺しきれずに吹っ飛ばされた。
「リコ――ッ!」
吹っ飛ばされたリコに注意を向けている間に、奴の背中から生えた黒い一本の触手がわたしの足に絡まっていた。
「なっ――」
なにもできなかった。振りほどこうとアクションを起こす前にあっという間に空へと持ち上げられ、大きく振りかぶり、勢いよく森の方に向かって穂下り投げられた。家屋を何棟も突き破り、大木に激突して地面に落ちる。身体のあちこちを強打する苦痛に顔をゆがめる暇さえ無かった。全身の〈痛い〉という情報が脳に伝わり、わたしの顕在意識に〈痛い〉という思いが伝わった頃にはすでに木の下で倒れていた。
たぶん骨の何本かは持っていかれただろう。ペンダントの力で急速回復がなされているが、今まで経験したことのない、地獄で罪人になされる拷問を受けているような激痛に襲われて身動きがとれない。
眼にも止まらぬ速さだった。黒い霧で様子がよく分からなかったのもあり、まったく奴の動きが目で追えなかった。注意喚起する間もなく二人があっという間に吹き飛ばされてしまった。
「こいつ――ッ!」
フェザーブラッド――大型の猛禽類型魔物。鋭い爪に血液を凍らせる毒がある――、召喚。マジックハルバード、展開。私と魔物で挟み撃ちにする。奴はいま棒立ちのまま。チャンスだ。
力一杯ハルバードを振りかぶり、奴の脳天目掛けて振り下ろす。ガツン、という鈍い音が鳴り響いた。私のハルバードは剣状に変形した腕でいともたやすく受け止められてしまった。見ると、フェザーブラッドも肩から伸びた骨の棘で串刺しにされている。
骨の隙間から先ほどと同じように黒い霧が噴出し、私を取り囲む。
「クソ……毒ガスか――」
苦しい、息ができない。目も開けられない。この霧は単に魔法攻撃を散らすだけではなかった。毒霧だ、これは。一刻も速く離れなければ――。
「な――ッ」
突如として腹部に鈍痛。毒霧によって生まれた隙に奴の拳が腹にクリーンヒットしたようだ。そのまま為す術なく殴り飛ばされ、毒霧を脱出し、地面を幾度も転がって瓦礫にぶつかり、止まった。
手痛いダメージをもらってしまった。血反吐を吐き、雪が真っ赤に染まる。が、大丈夫だ。これくらい、治癒魔法でどうとでもなる。
こんなに重い一撃をくらってしまったのはだいぶ久し振りだ。最後にこんなダメージを負ったのはいつだったか――いやいやヒカリ、なにを考えているんだ。まだ敵は倒していないぞ。
とんでもなく重たい一振りだった。体格はほとんど同じなはずなのに、どこからあんなパワーが出ているんだ。
などと考えつつ、剣を握りなおし、俺は突っ込んだ瓦礫の山から脱出する。あいつはいま、どこだ。みんなは無事なのか?
いた。まだあそこで佇んでいる。しかもちょうど黒い霧が晴れたところだ。魔法杖を構え、アルカノバレット:ビーム射撃用意。狙いは完璧。
「よくも吹っ飛ばしてくれたな。これでもくらいやがれ!」
射撃。一本の赤いビームが奴の骨の鎧に命中する。が、
「げ、効き目無しかよ……」
ビームは骨の鎧を少し焦がしただけに終わった。あの霧の防御性能は凄まじいが、あの鎧も相当だ。鉄壁の防御じゃないか。あんなの崩せるのか? いや、待てよ。ケイ、あいつの弓だったら、もしや?
などと考えていた、そのときだった。
やっとこさ痛みも引き、身動きがとれるようになってきた。わたしは立ち上がり、落とした弓と矢筒を拾う。
――あの触手、ただ敵を掴んで投げ飛ばしたりするだけじゃない。あれに捕まったとき、幾らか魔力が吸われていくのを感じた。あのまま捕まりっぱなしだったら、あっという間に魔力が底を尽いただろう。
それにしてもだいぶ遠くに吹っ飛ばされてしまった。わたし達が来た方とは反対側に突き抜けてしまったのか。ペンダントの力があるとは言え、よく死ななかったな。奇蹟だ。それはそうと、あいつはどこだ?
見つけた。距離にしておおよそ五○○メートル。黒い霧はない。誰かが赤いビームを撃っているのが見える。が、あの様子じゃ効き目がなかったんだろう。黒い霧なしでもあの防御力か。だが、ルーナ・マルカの前ではどうだろうか。
矢を番え、ルーンを付与。威力は最大。かなりのロングショットになるが、相手は棒立ち。無風。状況は最高。わたしの狙いにも狂いはない。
そっと矢と弦を抑える右手を離す。その途端、猛烈な勢いで矢が加速し、衝撃波で周囲のものを薙ぎ払いながら突き進んでいった。
――命中だ。なにかが弾け飛んだのが見えた。
わたしは状況を確認すべく、奴との距離を詰める。だんだんと詳細が分かるようになってきた。わたしの放った矢は確かに奴の鎧を打ち砕いたようだ。だが、それも一瞬だけだった。
「なに!?」
砕けた箇所が、見る見るうちに回復されていく。どんどん新しい骨が生成され、あっという間に被弾箇所を元通りにしてしまった。
――堅い鎧と霧だけじゃ飽き足らず、瞬間回復能力まで持ち合わせているのか。このチート野郎。
奴が首をぐるんと回転させ、こちらを向いた。奴の真っ赤な目と目が合う。
――まずい。また攻撃される。
そのときだった。空から何本ものビームが奴に降り注ぎ、命中した。大したダメージにはなっていないが、奴の気がそちらに向く。
「二人とも聞いて! ケイの攻撃で鎧を割ったところに私とリコで最大火力をぶち込むよ!」
ヒカリだ。とすると、最初に見たときにビームを撃っていたのはリコか。よかった、二人とも健在のようだ。
「了解」
それからヒカリとリコによる連続攻撃が始まった。射手であるわたしに意識が向かぬよう、囮役に徹してくれている。
もう一度だ。もう一度、奴の鎧を割ることができれば、そこに二人が追撃をかける。
ルーナ・マルカ、発動。弓と矢にそれぞれルーンを付与。惜しみなく魔力を流し込む。威力最大。狙い良し。
放たれた矢は一直線に飛び、吸い込まれるように奴の身体に命中した。鎧が砕け散り、破片が宙を舞う。そこへ間髪入れずに二人が攻撃を仕掛けた。アルカノキャノン:ビーム。消費魔力が大きい代わりに絶大な破壊力を誇る極太のビームが二本、奴に降り注いだ。着弾。着弾地点で大きな爆発が起こり、爆煙が一瞬で周囲を覆う。
――やったか!?
徐々に煙が晴れ、見晴らしが良くなっていく。着弾地点は大きく抉れ、土が融け、赤黒く燃えていた。が、肝心の奴の姿が見えない。消し飛んだのか? いや、違う――。
突如として背後に強大なプレッシャー。大蛇に睨み付けられたような感覚。一瞬で体感の体温が冷えるのがわかる。
「ケイ――!」
ヒカリの叫ぶ声。それと同時に背中に鈍痛。わたしの意識は闇に落ちていった。
タイミングはバッチリだった。ヒカリと寸分違わぬタイミングでアルカノキャノン:ビームをぶっ放せた。あとはこの煙が晴れれば、奴の無惨な姿が見えるはずだ。
と思っていたのだが、どうやらそれは希望的観測だったようだ。煙が晴れたいま、そこに見えるのはただ深くまで掘られた地面のみ。奴の死体はない。
――チクショウ、避けられたか。
などと考えていたそのときだった。目の前からなにかが飛んできた。
「うわッ!」
突然の出来事に俺の反射神経が追いつかず、それに衝突して一緒に吹き飛ばされちまった。最初に突っ込んだ瓦礫の山に逆戻りだ。
「クソウ、俺がなにしたってんだよ……」
飛んできた物体はあまり固いものではなかった。それよりもいまは粉塵が顔の周りを漂い、猛烈にくしゃみが出そうになる。不快だ。
――なにが飛んできたんだ?
そう思いつつ、やっと粉塵とくしゃみが収まってきたところで目を開け、俺の上にのしかかっているものの正体を見る。それはなんと、俺がよく知るもの、いや、人だった。
「ケイ! おい、大丈夫か!?」
それがケイだと分かった瞬間、俺は声を荒げ、堰を切ったようにケイに呼びかけた。だが、応答が無い。
「おいしっかりしろ! ケイ!」
肌は温かい。指をケイの鼻の下に当ててみる。わずかだが、吐息を感じられる。良かった、死んではいない。気絶しているだけだ。
ひとまず最悪の事態は避けられた。それに、こいつの不思議なペンダントの力か、傷も目に見えて回復していっている。だが、どうにも心がおさまらない。はらわたが煮え滾るような怒りがふつふつと湧いてやまない。それはなぜか? 分かっている。俺の大事な人をこんな目に遭わせた奴が、まだノウノウと生きているからだ。
俺はケイを優しくその場に寝かせて立ち上がり、落とした剣を拾って握りしめた。
攻撃は失敗した。最初にケイの矢があいつの鎧を割った時点で、あいつの意識はケイにしかなかったんだ。私達がいくらあいつの気を引くような行動をとり、それに乗ったように見えても、ケイから注意を一度たりとも逸らしてはいなかったんだ。
これは私の責任だ。
奴がケイの背後に回ったとき、そう確信した。急いでケイに注意したが、間に合わなかった。
「ごめんなさい、ケイ。私の作戦のせいで……」
奴が、ケイ達が突っ込んだ瓦礫の方へと向かっていく。
――行かせはしない。私がそれを許可するものか。
マジックハルバード、展開。一直線に奴の背後に飛び込む。毒霧を出そうが関係ない。そんなものではもう怯まない。
私は力一杯ハルバードを奴に叩き付けた。奴も腕を剣に変形させて受け止めたが、まだだ。肉体強化術式、付与。浮遊魔法リミッタ解除。加速開始。強引に奴を弾き飛ばす。
奴は吹き飛ばされつつも触手を伸ばして私を捕らえようとした。それを炎魔法で焼き、一時的に使用不能にさせる。
奴が着地した。あれではやはり倒せはしないか。まあいい。
アイスファングハウラー、召喚。奴の足元を凍結。これで奴は身動きがとれなくなった。
「もう終わりにしましょう、ドン・ホセ」
動けなくなった奴に向かって、私はハルバードを構えて突撃した。奴も骨の棘を飛ばして迎撃してきたが問題ない。棘が掠め肉が裂け、あるいは突き刺さる痛みなどではもはや私は止まらない。いや、止まってはいけない。毒霧による苦しみもだ。そんなもので進撃する足を止める権利は私にはない。
マジックハルバードを奴の胸に突き刺した。と同時に奴も腕を槍状に変形させ、私の腹部を貫いた。
ヒカリが奴を足止めした。自分の身がボロボロに傷付き、血が流れるのも顧みず。奴の腕があいつの腹を突き破ってもなお、あいつはハルバードを突き立て続けた。
――あいつの覚悟を無駄にするな。
ルーナ・マルカ、発動。俺と剣に力のルーンを付与。威力は、最大。
地面を蹴り上げて猛ダッシュし、身動きがとれない奴の元へと駆け寄る。そして奴の直前で跳躍、奴の頭上を占位。両手で剣を握りしめ、大きく振りかぶる。
「死ね、ドン・ホセ――ッ!!」
剣が奴の頭頂部に入った。刃はそのままスッと進み、奴の身体を縦に二等分した。
半分になった奴の身体が地面に崩れる。それと同時に、ヒカリに刺さっていた奴の腕も抜け、ヒカリも地面に仰向けに倒れた。
「リコ……ごめんなさい。私のせいで、あなたの友達が――」
「バカ、喋るな。お前はよくやった。これはお前の責任じゃねえ。一人で突っ走ったこのエゴイスト野郎が全部悪いんだ。――いま治癒魔法をかける。動くなよ」
「いや、大丈夫よ。自分でできる。――心臓は外れていた。あいつに槍を突き立てたとき、あいつと目が合ったわ。一瞬だけ、元の人間の目に戻っていた、ような気がする」
「ああ、そいつはいい話だな。最後の最後にお詫びですってか」
「刺さってる棘を抜いてくれる?」
「わかった。――ケイは無事だ。眠っているが、死んだわけじゃない……と言ってるうちに起きてきたな」
良かった。もう歩けるくらいに回復したのか。
「あいつは……?」
「死んだ。俺がぶった斬ってやった」
「そう。――ヒカリ、どうしてこんなことに」
「別に気にしないで。私なりの責任の取り方をしただけ。私の作戦がまずかった」
「いや、そんなことない。わたしこと、ほとんどなにも、撃破に貢献できてない」
「おい、さっき俺言ったよな? 悪いのは全部このヘボ男だ。せっかく強敵を倒したってのに暗い雰囲気はナシだぜ」
と口では言いつつ、正直俺も自省の念をかき消し切れていない。俺もコイツを倒す作戦とかはヒカリに任せっぱなしだったし、最後の最後に美味しいところだけ持って行ったに過ぎない。もっとうまく立ち回れなかったのか、という気持ちが湧いて仕方がない。
「ま、それもそうね。今はひとまず難が去ったことにホッとしましょうか」
「ああ。それがいい」
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