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ロータス旅行団~出生不詳JKの異世界冒険譚~  作者: 景少佐
 DRITTER AUFZUG:冒険者業
36/42

#09 黄泉平坂の前で

毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定

 ドン・ホセはあまり戦闘に慣れていないそうで、装備も充実していない。そんな彼がこの餐鬼(グール)の群れと戦って勝てる、いや、勝てなくても生き残ることができる見込みはお世辞にもあるとは言えない。つまりは、わたし達三人でホセを守りつつ餐鬼を捌かねばならないのだ。

 

 実に厄介な話だとわたしは思う。わたしとリコとてまだ戦闘経験が多い訳ではないというのに。しかも誰かを守りながら戦うというのは初だ。彼も恋人を餐鬼に殺されたのなら、その怒りを糧に特訓して餐鬼絶対殺すマンにでもなってくれればありがたかったのに。

 

「お、おい! 空飛んでる奴もいるぞ!」

 

 と、リコが上空を指さして叫ぶ。

 

 そう言われて見上げると、そこには確かに背中からコウモリ状の一対の翼が生えた餐鬼――なのかは確証が無いが――が飛び回っていた。

 

「来るぞ!」

 

 上空を旋回飛行していた餐鬼が一斉に急降下し、わたし達目掛けて突っ込んでくる。

 

「空のは私が殺る。地上はあんた達がやって!」

 

 そう言うや否やヒカリは飛び立ち、すれ違いざまに餐鬼をすべて斬り伏せてまだ上空を飛んでいる餐鬼を倒しに行ってしまった。

 

「俺たちもやるぞ、ケイ」

 

「ああ」

 

 まずは正面から三体が猛ダッシュで向かってくる。これに対し魔法杖を構え、よく引きつけてから攻撃術式・アルカノバレット:バックショットを放つ。魔力を炎や水、氷などに変質させずそのまま無属性のエネルギー弾として撃ち出す攻撃用術式、アルカノバレット。その散弾タイプ、バックショットは密集した餐鬼には有効だった。散らばって飛んだ小さいエネルギー弾が三体の餐鬼の上半身に満遍なく着弾し、吹き飛ばす。

 

 そして次は――横か。左。数は一。近い。これならば撃つよりも斬った方が速い。魔法杖の先端にアルカノサーベルを展開、振り向きざまに横から迫る餐鬼を斬り伏せる。

 

 それにしても数が多い。順調に数は減らしているはずだが、見渡せばどこを向いても必ず一体は餐鬼が目に入る。バックショットで複数体を一気に吹き飛ばしたり、アルカノバレット:スラグ――散弾ではなく一発の大きいエネルギー弾として撃ち出すタイプ――で並んだ奴を撃ち抜いたりして魔力をセーブしつつ戦ってきたお陰で魔力にはまだ余裕がある。これが焦ってルーナ・マルカを初っぱなからかましていたら、今頃は心許ない残魔力量に肝を冷やしていただろう。

 

 それに数が多いとはいえ、最初よりは明らかに餐鬼の群れの密度が小さくなっている。順調に数は減らせているのだ。そう思った、そのときだった。

 

「ケイ、左だ!」

 

 リコの叫ぶ声が聞こえた。

 

 その声に左を向くと、目の前には鋭い槍のようなものが三本、迫っていた。わたしは咄嗟に身を捻ってそれを躱した。そのお陰で頬を掠めるだけで済んだが、あと一瞬回避が遅れいていたら串刺しになっていたかもしれないとわたしは思う。が、これで安心してはいられなかった。

 

 槍状の物体が飛んできた方向から、今度は茶色い(つる)のようなものが多数迫ってくる。

 ――なんだ、これも餐鬼の攻撃か!?

 

 わたしはそれらをアルカノサーベルで凌ぎつつ、攻撃してきた正体を探る。と、いた。森の中。雪や氷が付着した木の幹に手と足を生やし、歪な顔を持つそいつは餐鬼ではない。魔物だ。恐らくスプリガンの氷タイプ、アイススプリガンだろう。

 

「リコ、魔物だ――」

 

 魔物の増援を彼に伝えようと振り向くと、そちらにもまた別の魔物がいた。フロストメイデンだ。全身が氷でできた人型の魔物。そいつがいま、リコと対峙している。

 

 となると、わたし一人でこいつを抑えねばならないか。魔物を自分だけで倒した経験はないのだが。まだ餐鬼も残っているのに。しかし、こうなってしまった以上やるしかないか。

 

 

 ケイの方に魔物が現れたのとほぼ同時に、俺、唐澤リコの前にも別の魔物が現れた。フロストメイデン。氷の人型魔物。マハースーン村のときも餐鬼と魔物がタッグを組んで襲撃してきたが、今回もそれと同じ現象か。

 

 フロストメイデンが氷でできた得物、通称フロストナギナタを右手に、氷のシールドを左腕に出現させ、突進してきた。

 

「接近戦をやろうってのか。いいぜ、相手してやる」

 

 奴の突進に合わせて俺も魔法杖を左手に持ち替え、利き手の右手に剣を握って立ち向かう。

 俺の剣と奴のナギナタが火花を散らしてぶつかる。こいつの一撃は俺にとってはそこまで重いものではなかった。が――。

 

「なに――ッ!」

 

 突如、フロストメイデンが至近距離の俺に向けて氷のブレスを吐いてきやがった。咄嗟にバックステップで回避したが、先ほどまで俺のいた場所に鋭い氷の柱が何本も出来上がっている。

 

「野郎、卑怯な!」

 

 射撃。アルカノショット:バックショット。が、これは氷のシールドで防がれた。だがその巨大なシールドで全身を庇った今、俺のいる方向は見えるまい。絶好のチャンスだ。付与術式・フレイムを発動。剣に炎を宿して突撃。灼熱の炎を纏った剣を氷のシールドに叩き付ける。

 

 いくらシールドといっても所詮は氷製、熱には弱いようだ。剣を叩き付けた部分がどんどん融け、最終的にシールドごとフロストメイデンは真っ二つになった。

 

 

 スプリガンは蔓や木の枝など、植物状のものを駆使して得物を狩る魔物だ。それはアイススプリガンも変わらない。ただ、攻撃に氷属性が付与されている分通常のよりも厄介だ。

 

 アイススプリガンが再び鋭い槍状の物体――ニードルブランチと呼ばれる――を飛ばしてきた。二本。だが、もう先ほどとは違い攻撃の一部始終が見えている。回避には余裕があった。

 

 わたしはそれをサイドに避けつつ、アルカノバレット:スラグで応射する。が、それはことごとく分厚い木の壁に阻まれてしまった。

 

 ――近付いてアルカノサーベルでぶった斬るか? いや、近付けば無数の蔓で四方八方から攻撃してくるだろう。なら距離を取ってあの壁をぶち抜くのが安パイか。

 

 魔法杖を構え、アルカノバレット:ビーム(フレイム)を撃つ用意。ビームは三種類あるアルカノバレットの弾種の中でもっとも貫通力が高い。そこに炎属性を付与すれば、火に弱い木と氷の魔物である奴にはたまらないだろう。ビームは三種類の中でもっとも消費魔力が大きいが、しかしルーナ・マルカよりは断然安く済む。

 

 ――これで終わりだ。

 

 魔法杖に魔力を流し、射撃しようとしたそのときだった。突如として地面の雪が裂かれ、そこから茶色い蔓がにゅるっと生えてきた。

 

「なに!?」

 

 突然の出来事にわたしの身体が動くよりも蔓の方が速かった。蔓はどんどん伸びてわたしの脚に絡みつき、視界が反転。あっという間に宙吊りにされてしまった。

 

 更に身動きがとれなくなったわたしに向け、アイススプリガンは容赦なくニードルブランチを発射してきた。

 

 わたしは咄嗟に術式・ストーンウォールを目の前に展開して防御――急な攻撃でも魔法杖を落とさなかったのは偉い――。その直後にニードルブランチが着弾。

 

 ――ニードルブランチの威力を見誤っていた。まさか、これを貫通するなんて。

 

 ニードルブランチはストーンウォールに命中し、容赦なくそれを貫いた。幸いそれはわたしの目と鼻の先で止まり、事なきを得た――一本だけ先端が少し右の太ももに刺さったが――。だが、一歩間違えれば命が危なかった。

 

 ――次の攻撃が来る前に脱出せねば。

 

 アルカノサーベルを展開し、蔓を切断する。自由落下。落ちる直前で浮遊魔法をかけて着地。だが、すぐに蔓の追撃が飛んできた。前に転がって回避。今度は前からニードルブランチ。ストーンウォールでガードしつつ、後方へ退避。

 

 ――さっきから攻撃のペースが上がっている。これでは回避で精一杯だ……。

 

 いや、落ち着いて観察するんだ、ケイ。奴のニードルブランチは体内から射出されている。そして、射出には少しタイムラグがあるではないか。奴の体表が少し盛り上がってからニードルブランチが撃ち出されるのだが、その間に一秒ほどのラグがある。そこを狙い撃つことができれば、いける。

 

 前方からニードルブランチ、左右から蔓が迫る。が、蔓には構うな。第一段のニードルブランチはわたしの進路を固定するためのブラフ。本命は蔓だ。それで吊し上げ、第二弾のニードルブランチで仕留める作戦だろう、奴は。

 

 ニードルブランチを回避した直後、左右から迫っていた蔓が待っていましたとばかりにわたしの胴体に絡みつき、宙に持ち上げる。だがアイススプリガンから目は離さない。必ずニードルブランチを撃ってくるはずだ。その前に奴を撃ち抜く。

 

 そう思って右腕を伸ばし、魔法杖を構えて奴に狙いをつけた、そのときだった。蔓から突然針が生え、わたしの身体を突き刺した。蔓が絡まる部位のすべてに激痛が走る。だが、それよりも奴を撃たねば。傷はどうせペンダントの力で即座に回復するのだから。

 

 ――これでチェックメイトだ。

 

 アルカノバレット:ビーム(フレイム)発射。炎を纏った魔力のビームは奴の胴体を貫き、奴は炎上して倒れた。それと同時にわたしを掴んでいた蔓も力を失い、自らわたしを解放した。

 

 これで魔物はどうにかなったか。餐鬼はまだ残っているが、奴に比べたらどうということはない。リコの方も片付いたようだし。そう思って再度餐鬼に集中しようとしたそのときだった。

 

「ケイ、危ない!」

 

 またリコがわたしに叫んだ。その直後、背中に鈍い痛みが走った。わたしは耐えきれず前方に飛ばされ、雪の上に倒れ込む。

 

 ――な、なにが起きた……?

 

 雪の上で寝返りをうち状況を確認しようとする。そして、豹のような顔面と目が合った。と同時に腹の辺りに熱い感覚。

 

 あいつは、スノウストーカーだ。豹型の魔物で、全身の真っ白い毛で雪原に擬態する。しかも特殊な足で足跡も遺さないため、非常に隠蔽性能が高い奴だ。背中から氷片を生やし、それを飛ばして攻撃してくるほか、鋭い爪での接近戦も得意とする。先ほどの攻撃は恐らく氷片による攻撃だったのだろう。そしてたったいま、その鋭い爪で腹をやられた。

 

 スノウストーカーはヒットアンドアウェイ先方を好んでとる習性がある。わたしに一撃を入れたあいつは一旦離脱し、またどこかから攻撃を仕掛けてくるはずだ。わたしは腹部の痛みを堪えながら状態を起こし、その方向を念入りに探る。と、見えた。前方。

 

 今度はアルカノサーベルでスノウストーカーの爪を受ける。そしてストーカー、離脱――じゃない。わたしの上を飛び越えて背後に回った。

 

 ――ええい、間に合え!

 

 背後にストーンウォールを展開。ぎりぎり間に合ったようで、スノウストーカーの爪が石の壁にぶつかり不快な音が鳴る。

 

 その直後、向こうにいたリコが到着し、魔法杖をスノウサーベルに突き立て、雷属性の術式を発動した。スノウサーベルの動きが止まる。ボルトジャミングか――対象に電気を流して身体の動きを一時的に制御不能にする術式――。ナイスだ、リコ。

 

 ストーンウォールを解除し、わたしはアルカノサーベルをスノウストーカーの胸元に突き刺した。スノウストーカー、沈黙。どうにか危機は去った。

 

「ケイ、大丈夫か?」

 

「ああ、なんとか。ペンダントの力があるからな。これくらいすぐ治る――と言っているうちに治ったな」

 

「……痛くはないのか?」

 

「いや? 痛いもんは痛い」

 

 それからは残存する餐鬼を順番に処理していくだけの消化試合だった。事が一段落し、わたし達はホセを探す。と、いた。村の中央。どこかに走っていている……走ってる? どこへ?

 

「おいホセ、どこに行く!?」

 

 咄嗟にリコが叫んで彼に呼びかける。

 

「ヴィヴィアンが、婚約者があっちにいたんだ!」

 

 一瞬だけホセは振り向き、そう叫んで言った。

 

 いやいや待て、婚約者は餐鬼になったんだろう。とすればあいつは幻覚でも見てるのか? いや、ラリっている様子はなかった。ならば――。

 

 考えるよりも速く、身体が動いていた。あのままあいつに行かせてはまずい。

 

 ――そういえばヒカリはどこだ? まだ空を飛んでいるならあいつを追いかけてくれ。

 

 などと考えているうちに、ホセの目の前に人影が見えた。ヒカリか? いや、違う。あれは、餐鬼だ!


「ホセ、離れろ――!」

 

 とリコが叫んだが、あと一歩遅かった。餐鬼がホセの首筋に噛みつき、噛み千切った。ホセの首が血飛沫を上げて宙を舞う。そして次の瞬間、目を疑う事件が起こった。

 

「お、おい、ありゃどうなってるんだ……」

 

 なんと、餐鬼とホセの死体が徐々に溶け合い、一つになっていくではないか。

 

 ――これはきっと、まずいことが起こる!

 

 そう思い、わたしは咄嗟に魔法杖を構え、アルカノバレット:スラグを撃ち込んだ。が、弾は着弾の直前に何かによって煙と化してしまった。

 

 煙が晴れると、そこにいたのはもうホセと一体の餐鬼ではなかった。

 

「ドン・ホセ――!」

 

 そこにいたのは、一体の異形の怪物だった。

お読みいただきありがとうございます。


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