#08 故郷の朝未だき
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
行方不明となった男、ドン・ホセをダスタイズム洞窟の最深部から救出し、わたし、矢蔓ケイは、洞窟の入り口付近でリコやヒカリと共に受けた傷などの応急処置を施して街へと戻り、彼を冒険者病院へと引き渡した。彼はすぐに数名の看護婦によって担架に乗せられ、病室へと担ぎ込まれていった。その後彼がどのようになったのかは知らないが、少なくとも死んだわけではないだろうとわたしは思っている。ヒカリの治癒魔法によって一命は既に取り留めていたし、そう思った方が精神的に楽だから。
ギルド庁舎で報酬を受取り、その日はみな真っ直ぐに家へと帰った。出発したときは午前中だったのが帰った頃には既に日が落ち、夜も更け、東から日が再び昇ろうとしていた。
「はあ……まったく、人騒がせな男だったわね。報酬はうまかったけど」
と、風呂から上がってきたヒカリがソファに座ってぼやく。
確かにこちらとしては迷惑な話だ。根も葉もない噂に踊らされ、洞窟を攻略できるだけの実力も仲間もないのに突っ走って力尽き、ギルドに緊急クエストを出させる結果に終わった。本人だけが無駄骨を折ったのならまだ良かっただろうが、実際はそうでない。
「あの人のお見舞いがてら話を聞きに行ってみない?」
わたしは彼女にそう提案してみる。
迷惑な話だったが、しかし関わってしまった以上はなぜあんな愚行に走ったのか、その理由が気になる。せめて下らないアホな理由でわたし達を笑わせて欲しいものだ。
「そうね。明日にでも行ってみましょうか」
翌日、わたし達は彼が担ぎ込まれた冒険者病院を訪れて彼、ドン・ホセと面会した。病室は一人部屋で、純白のベッドの上で彼は横になっていた。見舞いの品はリンゴが数個。花束はない。
「調子はどうですか、ホセさん?」
と、ヒカリがリンゴの入った篭を窓辺に置きながら彼に話しかける。
「ああ、あなた方は……。あのときはお陰で助かりました。――ええ、もうだいぶ回復しました。普通に歩くことだってできます。お医者様は、あなた方の応急処置がなければ死んでいたと言いました。あなた方は命の恩人です。本当に、ありがとう……」
ホセはうつむき、涙を布団に落とし、か細い声を絞り出すようにそう言った。
「恩人だなんて大袈裟ね。あの程度の治癒魔法くらいどの本屋の魔導書にも書いてある。それよりも、あのデカい芋虫の魔物の方が骨が折れたわ。あんなデカブツ、どこに隠れていたのかしら」
「あの芋虫もそうだが、あそこには虫型の魔物しかいないのか? 正直わたし、虫得意じゃないんだけど」
「俺だってあの……ミルドレイザーだっけか? ムカデが団子になって来る様は無理だぜ。想像しただけで気持ち悪い」
「それはあいつを召喚しろってフリ? あいつの血飲んでるからいまここで出してあげられるわよ」
とヒカリが小型魔法杖を取り出し、不敵な笑みを浮かべて言う。
「それは割とマジで勘弁して欲しいな」
すかさずわたしはそう彼女に言い返す。というかこの女、アレの血飲んだのか。よく飲めたな。
「冗談よ。それよりも――」
と、ヒカリがホセの方に向き直って言った。
「今日はあなたに聞きたいことがあって来たの。あなた、なんであの洞窟に一人で入ったわけ? あそこがめっちゃ危険で避けられてるっての、知らなかった訳じゃないでしょう?」
「はい、知っています。でも、同時にあそこには願いを叶える秘法があると聞いて……それで入ったんです」
「ま、そんなところでしょうね。でもあれってあくまで噂でしょ。真に受けたの?」
「いえ……半信半疑でした。というか、あまり信じていませんでした。でも、それでも……」
これは一体どういうことだろう。わたしはてっきりバカな男が噂をバカ正直に信じて失敗したバカ話を聞くつもりで来たのだが。
「なあリコ、ちょっと空気重くない? マヌケな話を期待してたんだけど」
と、彼やヒカリには聞こえない位のささやき声でわたしは隣のリコに言う。
「同感だ。これからバカ話が始まるって空気じゃあねえな」
大誤算だ。大爆笑する心持ちが行き場を失ってしまった。……聞くしかないか。
それからドン・ホセの、終始どんよりとした重たい話が始まった。
「わたしは田舎の小さい村に生まれまして、ずっとそこで暮らしていました。自然が綺麗で、物はこっちに比べればずいぶん貧しいですが、みんな幸せにやってました。でも、もうどれだけ前のことになりましょう。村に一体の餐鬼が現れて、そこからすべてが変わりました。その餐鬼は騎士様の格好をしていまして、誰もそのとき餐鬼の存在を、名前さえ知りませんでしたからなにも不審に思わなかったんです。そいつは本性を現すや否や村人達を噛み殺して行きました」
「餐鬼か。最近よく耳にするようになったあいつ……ということはもしかしてあなた、ヴァールセ村の人?」
と、ヒカリ。
「はい、そうです」
ヴァールセ村……ヒカリから前に聞いたことがある。その村が人型の化物に襲われて壊滅し、そこから餐鬼の話が出てきたのだとか。ヴァールセ村はつまり、餐鬼の被害を受けた最初の村だと。
「わたしはそいつを倒そうと斧で戦いましたが、駄目でした。何度斬り付けてもすぐに回復されて……。目の前でわたしの婚約者がそいつに殺されました。さらにあろうことか、殺されたはずの婚約者まで餐鬼のようになって襲ってきたんです」
「婚約者が餐鬼に? じゃあ、あの噂は本当だったのね……」
餐鬼に殺された者も餐鬼になる。今まであまり確証がなく予想の範疇を出なかったのだが、ここに来てそれが立証されたか。
わたし達が転移したとき、襲われたクラスメートの遺体が一夜にして消えていたのもやっぱり、あの間に餐鬼化してどこかに行ったんだ。これは恐ろしいことだ。もしあのときわたしやリコもあいつに殺されていたら、わたし達も餐鬼となっていたんだ。それがどっちもだったらまだ幸せだったろう。どちらか片方だけがなってしまったら……どうしただろう。
「リコ、お前の勝ちだよ。約束だ。今夜ディナーを奢ってやる。飯が美味しく感じられるとは思えないが」
「覚えてたのか。遠慮しとくよ。そんな空気じゃあねえ」
それからわたし達はまたホセの話に集中した。
「わたしはもう、何もかもを投げ出してひたすらに逃げました。他に誰が逃げ延びて誰が死んだのかは、今でも分かりません。戻ってみようかとも思いましたが、あの光景を思い出すと怖くなって、結局行けないうちに立ち入り禁止になったと聞きました」
「そして今に至ると」
「はい。この街に行き着いて、冒険者をやって食いつないでいました。生きる意味も目標もない、ただ死んでないから生きてるだけの、そんな日々でした。そんなある日、例の秘宝の噂を聞いたんです。ただの噂でしたし、心の底から信じることはできませんでした。でも、もし万が一にでもそれが本当だったら、あの村を元に戻して、死んで化物になった婚約者も元に戻せるかもと思って、あそこに入りました。いや……本当は秘宝なんてはなからどうでも良かったんです。あそこで死にたかった。自殺は怖くて、死ねる場所を求めてあそこに入ったんです」
それから実際に洞窟に入ったものの、いざ魔物に襲われ傷を負うと途端に死ぬのが怖くなって我武者羅に逃げ、あの空間で力尽きて倒れたという話だそうだ。
「本当、迷惑なことしでかしたわね。あなたは結局死ねずに私達を危険な洞窟な洞窟に呼んで巻き込んだ。わかる? 来たのが私達で、なんとか全員生きて帰れたから良かったものの、助けに来た人たちまで犠牲になってはもう最悪の展開だったのよ? 死にたくない人たちまで死なせるところだったし、自殺志願者張本人さえいざとなったら死にたくないって……一周回って笑えるわ」
「申し訳がありまえん……」
緊急クエストが出た時点では、行方不明となった人がどういう経緯でそうなるに至ったのかまでは分からない。しかし緊急クエストが出るときは大抵何かの事故や災害時などで、救助対象がまさか自殺しに行った奴だと考えることはまずないだろう。それが蓋を開けてみればこれなのだからかなわない。
私達の世界で、SNSでこのようなストーリーを書けば、ホセのような人間を擁護して止まない人間が必ず出るだろう。そして彼の行動を非難する人間を叩くだろう。彼が悲しい過去に見舞われたのは事実だし、関わってしまった以上その点は同情する。だがそれを理由に他者に迷惑を掛けて良いとはなるまい。死にたいと思ったのなら、腹くくって一人でひっそり死ねば良い。それができないのなら自殺など諦めるが良い。そいつが死のうと生きようと、その者の知合いでもカウンセラーでもない、赤の他人でしかないわたし達には関係なかったことだ。ヒカリの言っていることは、言い方はキツいが正論だとわたしは思う。
「それで、あんたはこれからどうするつもり?」
「村に戻ってみようと思います。荒療治かもしれませんが、その光景を見て、もう今まで住んだ村はないんだって自分言い聞かせます」
「そう。まあ好きにするといいわ。ああでも立ち入り禁止なんでしょ。行って大丈夫なの?」
「入れなかったら入れないで結局もう村がないことに変わりはありませんから」
「まあ、そういう考え方もあるか」
そう言うとヒカリはおもむろにこちらを向き、わたし達を病室の外に連れ出した。
「え? あの人のふる里帰りに同行する?」
と、リコが叫ぶ。
ヒカリはわたし達を外へ連れ出したかと思いきや、唐突にそのようなことを提案してきた。
「え、なに。あの人に激しく同情しちゃった?」
「まさか。ただ興味が湧いただけ。あのバカ男がどんな結論を出すのか」
言われてみれば確かに、知りたくはある。
「まあ、わたしは別にいいけど。リコは?」
「俺も別にどっちでも」
「じゃ決まりね」
それから一週間ほどが経過し、ドン・ホセは無事に退院することができた。退院の翌日、わたし達は彼と共にヴァールセ村に向かう準備をし、出発した。彼の村へは徒歩で五日ほどかかった。さすが田舎の村というだけあって、道中は一面の大自然だった。人工物と言えば舗装された道路と、道の分岐に立つ木の看板だけだ。しかもその道もほとんど人通りがないのかあまり手入れされておらず、雪がもっさりと積もっていた。東北生まれ――実際の生まれは不詳なので物心ついた時にいた東北を生まれの地としている――東北育ちで雪に慣れているわたしと、同じく東北で長らく過ごしたリコにとってはそれでもなんとか歩ける程度の雪だった。それとホセも。しかし東京出身のヒカリには厳しかったようで、珍しく今回の旅は彼女が一番足を引っ張っていた。
「ここがヴァールセ村……」
ようやく辿り着いた彼の村の光景は、想像以上に痛ましいものだった。立ち入り禁止区域と聞いていたので衛兵などが厳重に警戒しているのかと思いきやそんなことはなく、ただ倒壊した家屋と荒れた土地だけがそこに広がっていた。その村は〈立ち入り禁止〉という手入れすらされておらず、まさに〈放棄〉されたと言うべきだった。
「お、おいみんな、あそこ、何か動いたぞ」
と、唐突にリコが村を囲む森の一点を指さして叫んだ。
「いや、あっちでもなにか動いた。あ、あっちでも。なんだ、動物か?」
なにか胸騒ぎがする。
「あ、あ、あれは……」
森の中で蠢いているものを見たホセが腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「グ、餐鬼……」
餐鬼だ。多数。取り囲まれている。
「なぜだ!? 餐鬼なら漏出魔力で探知できるはずだ!」
と、リコ。彼の言うとおりだ。今まで餐鬼の存在は探知できた。気を抜いていたとしても、あの数で気付かないわけがない。
「知るか。今はそんなこと考えている場合じゃない!」
こうなってしまった以上は仕方がない。考えるのはこいつらを片付けてからだ。
「クッソ、こんなことならもっと主体性を持つべきだった」
とリコがぼやきながら剣を抜く。
「今更もう遅い。やるぞ」
「ホセ、あんたは下がってなさい」
各自、戦闘態勢に移行。一体の餐鬼の突撃を合図に戦闘の火蓋が切られた。
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