#06 巣くうメトロ
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
ギルドに掲示されるクエストには、稀に緊急クエストというものがある。これは他のクエストとは異なり対応に緊急を要するものだ。例えばどこかで災害が起こり、そこへ早急に救助作業に駆けつける必要があったり、あるいは魔物が異常な行動を起こし、それらを速やかに討伐しないと被害が計り知れない場合などに緊急クエストが掲示される。
そんな代物が実際に張り出された光景を、わたし、矢蔓リコはいま、この目で見た。緊急クエストの内容はとある洞窟に入ったきり戻ってこない男の捜索依頼。それを見るや否や、わたし達は即座にそれを受注した。
行方不明の男が入った洞窟、ダスタイズム洞窟は、いわゆる〈曰く付き〉と呼ばれる場所だった。異次元洞窟でもないのに魔物が多数棲息しており、付近を彷徨き、あまつさえ中に入ろうものなら生きて戻れる保証がないため基本的に誰も近寄ろうとしない。その一方で、最深部には何でも一つ願い事をかなえてくれる秘宝があるという噂がある。所詮は噂でありわたしは信じていなかったが、それでも秘宝が持つ魅力に抗いきれず、入ってしまう者がたまにいると聞く。
今回行方不明となった男は、二ヶ月ほど前に餐鬼による襲撃で村を失いこの街に逃げ延びてきた者の一人だそうだ。たぶん相当なショックを受けただろうし、そんなときにその噂を聞き、思わず入ってしまったか。
「ヒカリ、緊急クエストは今までに受けたことはあるのか?」
わたしは彼女にそう尋ねる。彼女とはもうほとんど完全に打ち解け、自然に話せるようになった。
「去年に一回だけね。二つ隣の街がサイクロンの被害にあって、その救助作業に師匠と行ったわ」
「フムン」
「この洞窟、魔物の巣窟になっているんだろう。前の異次元洞窟とどっちが危険なんだ?」
と、リコが言う。
「魔物の強さは分からないけど、前の異次元洞窟よりは確実に中が狭いわ。だから、戦いにくいのはこっちの方ね」
確かに、異次元洞窟は魔物が創り出す亜空間だからその内部構造や広さも魔物の好きにできるし、実際に前入ったところは外かと思うほど広かった。それに対して普通の洞窟は初めから大きさが決まっているし、魔物が創る世界よりも狭いことがほとんどだ。とれる戦略の幅は、狭い洞窟の中でしかできないものこそあれ、狭くなる。
ダスタイズム洞窟は前の異次元洞窟よりも近いところにあり、わたし達はクエストを受注したその日のうちに出発した。
「これがダスタイズム洞窟ね……」
わたし達は洞窟に到着し、入り口の様子を観察していた。
中は暗く、よく見えない。それから血生臭い臭いが充満していて不快だ。
「さっさと行ってさっさと帰ろう」
ランタンを持ったリコが先頭に立ち、洞窟内へと侵入する。
洞窟内は狭く、わたし達三人が横一列になって歩くのは不可能だった。先頭をリコが歩き、その後ろをわたしとヒカリが横に並んで進む。
「しっかし本当に狭いな……閉所恐怖症が入ったら発狂ものだな」
そうつぶやきつつ、わたしは何気なく洞窟の壁に手を当てた。それと同時に、手の先に生暖かい感覚。咄嗟に手を離して見ると、手の平一面に血が付いていた。
「ちょっとケイ、怪我――」
と、それを横目で見ていたヒカリが首をぐいっとこちらに向け、目を見開いて言う。
「いや、わたしの血じゃない。」
お湯を出す魔法で手を洗い流しつつ即座にそう言い返す。
リコに言ってランタンの光を壁に向けてもらうと、そこにはおぞましい景色が広がっていた。
「こ、これ全部血、なのか……?」
と、リコが言葉をこぼす。
洞窟の壁には、一面に血がびっしりと付着していた。まだ新しい。きっと誰かがこの辺りで魔物に襲われて怪我したか死んだのだろう。これが捜している男のものでないといいのだが。
などと話をしていると、かすかに奥の方でカサカサと何かが動く音がした。
「なんだ!?」
再びランタンを前方に向け、奥の方を注視する。と、今度は血ではなく、多数、いや、無数のムカデの群れが地面を埋め尽くしてこちらに向かってきていた。
「うわキッショ、なんだよこいつら」
とリコが叫ぶ。
一見ただのムカデに見えるが、よく見ると違う。普通のムカデは群れをなすことはない。こいつらは恐らく、〈ミルドレイザー〉という魔物だ――魔物大百科で見た――。
ミルドレイザーはヤワな鎧は切り裂いてしまう鋭い牙と象を五分で殺す強力な毒を持ち、高速で移動して獲物を狩るという一匹でも相当強い魔物だ。が、こいつの武器はそれだけではない。いま目の前に見えているように、その圧倒的な数だ。数でもって獲物を取り囲み、飽和攻撃を仕掛けてくるのだ、こいつらは。
だが、こいつらにもしっかりと弱点がある。群れには必ず女王、〈アークミルドレイザー〉がおり、そいつが群れを指揮している。ミルドレイザー一匹一匹には知能も視力もほとんどないため、その司令塔たる女王を倒せばたちまち群れは総崩れ。狩りどころではなくなる。もっとも、無数のミルドレイザーを掻い潜り群れの最奥に鎮座する女王までたどり着ければの話だが。
ミルドレイザーのような、虫型の魔物は基本的に火に弱い。が、この狭く換気の悪い洞窟内で無闇に火を使えば煙と酸欠でわたし達までぶっ倒れるリスクがある。
「クソ、一旦退くか!?」
とリコが叫ぶ。
「いや、その必要はないわ」
ヒカリがそう答えて前に出る。と、彼女の影から銀色の毛並みが美しい一匹の狼が這い出てきた。狼は迫り来るミルドレイザーの群れを睨み、口から氷のブレスを吐き、瞬く間に氷漬けにしてしまった。
「今のうちに女王を!」
「了解」
凍ったミルドレイザーの群れの上を駆け、剣を抜き、リコが女王を一刀両断した。これによって運良く氷のブレスが当たらなかったミルドレイザーたちは大混乱に陥り、同士討ちを始め、間もなくして全滅した。たぶんあそこの壁に付着していた血の主も、このミルドレイザーにやられたのだろう。
「ヒカリ、今の狼は……?」
ミルドレイザーを倒した戦利品を回収しながら、わたしは彼女に尋ねる。
「ああ、あれは私の権能〈血命練奏〉の力よ。魔物の血を啜ることでそいつを複製したり使役したりできる能力なの」
「権能?」
「稀に特別な固有の能力が発現することがあるの。その詳細は人によって様々だけど、それらが総称して〈権能〉と呼ばれているわ。私の場合はさっき言ったようなのが発現した。さっき出したのはアイスファングハウラーっていう狼型の魔物よ。氷属性の魔物に長けているから、こいつらを纏めて凍らせるのに適任だったわ」
「なるほど。――それは、わたし達にも発現するのかな」
「もしかしたら、いつかあるかもね」
自分だけが持つ特別な力――そのようなものに憧れない理由がどこにあるだろう。
ミルドレイザーを捌いて先へ進むと、先ほどまでよりもだんだんと空間が広くなっていった。そして今度は先から、何やらレシプロ機のエンジン音と聞き間違うほど大きな羽音が聞こえてきた。スズメバチ型の魔物スティンガードの群れだ。スズメバチ型といってもその大きさは人間の上半身ほどに匹敵する。堅い甲殻とぶっ太い毒針、強靱で鋭い顎を持った、攻守ともに優れた魔物だ。
「スティンガードか……。巣はどこだ?」
と、リコ。
スティンガードという魔物は巣が本体だ。巣が魔力でこの蜂たちを生成し、飛ばすことで狩りや自身の防衛を行っている。巣自体には移動能力も攻撃能力もなにもないので、見つけられれば話がはやいのだが、まあそう簡単にはいかない。
「クソ、こっから見えるところには無いか。仕方ない、蜂共を倒しながら探すぞ」
スティンガードは空中を高速で飛び回る。となれば魔力弾ー散弾――魔力をそのまま弾丸として撃ち出す術式の散弾バージョン――が有効か。甲殻を貫通できるかはわからないが、内側にはそれがない。そこにぶち込めば一発で殺れるはずだ。それに羽に当たれば飛行能力を奪える。
わたしは散弾で、リコは剣と同じく散弾、ヒカリは複製した魔物と自分の魔法でそれぞれ蜂を凌ぎつつ巣を探した。
「墜ちろ」
さっきから順調に蜂を墜とせているはずなのだが、一向に数が減る気配がない。それどころか増えている気さえする。そのときだった。
「ケイ、後ろ!」
リコが確かにそう叫んだのを聞いた直後だった。後ろから迫っていたスティンガードに気付けなかった。首筋に噛みつかれ、六本の脚で背中に取り付かれてしまった。
「動くな!」
咄嗟にリコが接近し、腹部と胸部の境目を剣で切断した。切られたスティンガードはどんどん力を失い、仰向けになって地面に倒れた。
「悪い、助かった」
死んだスティンガードを見ると、尻から針が出ており、今にもわたしを刺そうとしていたところだった。見れば見るほど太い針だ。毒が無くても、それで刺すだけで人間くらいなら簡単に殺せるだろう。これには肝が冷えた。
「見つけた! 巣だ!」
少し離れたところでヒカリがそう叫んだ。それとほぼ同時に、先ほどまで元気よく飛んでいた蜂たちが一瞬で力を失い、その場に墜ちた。巣が破壊されたのだ。この蜂たちは生命体ではない。あくまで生きて生命活動しているのは巣であり、蜂はいわばラジコンだ。操作主が死ねばラジコンたる蜂も動かなくなる。
「これにて一件落着か……」
と、リコが言う。
「なかなか厄介な魔物が多いな、ここは」
正直ヒカリ無しではここの攻略は無理だっただろう。いくらルーナ・マルカによる大火力があるとはいえ、その消費魔力も武器への負担も大きいし、それを上回る数で攻められたらどうしようもない。特に私の場合は矢の数にも限りがある。更なる攻撃系術式の習得と熟練、それから魔力増強に精進せねば。
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