#02 開かれた扉
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
ケイは、自分が飛行機の座席に乗っていることを自覚した。辺りには誰もいない。自分ひとりだけがこの機に乗っていることがわかった。夢のような気がするが、しかし、妙にリアリティがある。夢か現かわからない。身体はシートベルトにしっかりと固定されており、思うように動かせなかった。
ケイはほとんど唯一動かせる首を回し、窓の外を見やる。飛行機の小さな窓からは主翼が見えた。翼下にはジェットエンジンがぶら下がっている。それが突如として火を吹き、爆発。大きな爆発音と衝撃に襲われる。
エンジンから出た火は瞬く間に広がり、主翼の大部分を覆ってしまった。また飛行機がどんどん高度を下げているのがわかる。急激に落下していくため、エレベーターで下降するときのように、身体が若干上方に浮きそうになる。いや、そのようなレベルの力じゃない。きっとシートベルトをしていなければ、完全に宙に浮いてしまいそうだ。
だんだん地面が大きくなってくるのが窓の外に見える。ああ、この飛行機はもう駄目だ。地面と熱烈なキスをするまで秒読みだ。
墜ちる――!
ケイはハッと目を見開いた。そして、首をぐるぐる回して自分や辺りの状況を確認する。
「夢、か。よかった……」
自分の乗る飛行機が墜落していくのが夢だとわかり、ケイはホッと一息ついた。しかし、どうしてこんなときに縁起でもない夢を、と、ケイは思う。お陰で嫌な汗をかいてしまった。きっとリコが「墜ちる」とかほざいたせいだな。夢があいつのその言葉につられてしまったのだ。
そういえば、と、ケイは隣の席に首を向けて見る。大丈夫だ。リコはちゃんと隣にいる。
「不吉なことを言うだけ言ってまたぐっすり眠りやがって……」
リコはまたぐっすりと眠っていた。憎たらしいほど美しい寝顔だ。きっとわたしとは違い、楽しそうな、幸せそうな夢を見ているのだろう。
いっそはたき起こしてやろうかと思ったそのときだった。ケイは機内の雰囲気に異常性を認めた。機内があまりにも、静かすぎるのだ。エンジン音や、機体の空を切る音に電子機器の音、また乗客や他クラスメートの話し声などがまったく聞こえない。それに、機内の物理的な空気も違うように感じる。よく空調の効いた人工的な空気感でない、なんとうか、大自然のなかにいるような感覚。
ケイはがばっとなぎ倒すようにカーテンを開け、窓の外に噛みついて見た。そして彼女は、唖然とした。
「なんだよ、これ……」
そこに広がっていたのは、青い空ではなかった。空と同じ色をした海でもない。彼女の目は、一面の緑色を映していた。彼女らが乗った飛行機は、森の中に墜ちて止まっていた。
――さっきの夢は現実だったのか? いや、あれは鼻先を真下に向け、敵戦艦に狙いを定めた急降下爆撃機のようにダイブしていた。あの墜ち方ではこうはなるまい。機体のダメージが少なすぎるし、わたしも他の乗客も、無傷では済むまい。
ケイはリコを起こしながら、ここはどこだろうと考えた。太平洋上のどこかの島か。きっとそうだろう。
「――おい、さっさと起きろ!」
ケイは次第に苛つき、なかなか目を覚まさないリコの肩を掴み、強く揺さぶった。不安だった。しかし、自分がなぜ苛ついているのか、なぜこうも必死にリコを起こそうとしているのか、彼女ははっきりとは自覚していなかった。
十回ほど揺さぶり、ようやくリコが目を覚ました。必死のケイとは対照的に、リコは大きなあくびをし、「なんだ、もうロスか?」と呑気なことを言う。
「馬鹿を言え。こんなアマゾンみたいなところがロスなものか」
「はあ? アマゾン?」
リコはまだいまの状況を理解していないようだ。そんな彼に、ケイは窓の外を見るように言う。
まだ眠気が抜けきらないリコは、眠い目を擦りつつ、もっさりとした動作で窓の外を見やる。そして窓の外を見るやいなや、彼にのしかかっていた眠気は完全に吹き飛んでしまった。
「お、おいおいおい、おいおいおいおいおい……どういうことだよ、これ。いつの間にロスはこんな一面のクソ緑になっちまったんだ?」
「だから、ここはロスじゃないんだよ。墜ちたんだ。どこかに。ここは多分、太平洋上のどこかの島だろう」
「マジかよ、それ」
「ああ、大マジだよ」
「泣けるぜ」
ようやく状況を理解したリコは大きくため息をつき、両手の平で顔を覆い、シートにもたれかかって天を仰いだ。まさか、よりにもよって修学旅行の最中に乗った飛行機が墜落するとは思ってもいなかったのだ。彼の受けるショックは言うまでもない。
「……他の奴らは、寝てるのか。起きてるのは俺たちだけのようだな」
リコが再び大きなため息をつき、落ち着きを取り戻して辺りを見渡す。そしてふと機体前方を見、途端に彼は開いた口が塞がらなくなってしまった。口をパクパクさせ、震える手で前方を指さし、音にならない言葉でケイに前を見るように言う。
リコのただならぬ様子を見、ケイは最初こそなににそんなに驚いているのかわからなかった。が、彼の指さす方向を見、彼女は彼の様子の所以を理解すると同時に卒倒した。
普通なら、前方を見ればコクピットがあるはずだ。客席から機外前方の様子など見えるはずがない。しかし、いまは違った。
窓際の席だったために気が付かなかった。リコを乗り越え、通路に首を伸ばして見て初めてわかった。機体前部が消え失せ、外が丸見えになっているではないか。前方にあるはずのコクピットはそこになく、代わりに窓から見える景色と同じ光景が広がっていた。
――どうりで、どうりで機内の空気がさっきまでと微妙に違ったわけだ。クーラーなどの効いた人工的な空気でないわけだ。機体が真っ二つになり、断面から外の空気がもろに入ってきているではないか。
まさに青天の霹靂。この墜落事故は、当初の想像以上に甚大なものだった。しかし、それと同時に、ますますある一つの疑問がケイのなかで大きく膨らんでいた。なぜ、こんなにも自分たちが無傷なのか。それに、機体が真っ二つになるほどの派手な事故なのに、機内も綺麗すぎる。というより、事故前のままだ。墜落事故なんて起きていないと、機内の状況が強く主張している。
ケイは自分が抱いたその疑問をリコに打ち明けてみた。彼も薄々違和感を感じていたようだ。しかし、いまは事故を受け入れることと、自分たちが無傷だったことを喜ぶのに精一杯だった。
やがて他のクラスメートたちも目を覚ました。そしていまの状況を理解したものから順番に騒ぎ始め、機内はパニック状態に陥った。パイロットもスチュワーデスもこちらにはいない。乗客だけがいま、ここに置き去りにされている。
口々に己の不安や混乱をぶちまけるクラスメートたちに、状況を理解した担任が一括し、落ち着かせた。普段は優しいが、怒らせると鬼のように恐ろしいことで有名な先生だ。瞬く間に皆は口を閉ざし、ヘビに睨まれたカエルのように大人しくなった。
「わたしは少し外の様子を見てきます。皆さんはここで待機し、決して自分勝手な行動をしないように」
担任の先生は低い声で淡々とそう言い、飛行機の断面から出、外の様子を見に出て行った。
することがないケイとリコは、取り敢えずスマホを取り出し、電源を付けた。電波が届けば、きっとGPSなどで現在位置がわかるだろう。しかし――。
「……駄目か。圏外だ」
ケイはため息をつき、スマホをしまった。予想はしていたが、しかし現実として目の前に突きつけられると、こうも落ち込むのかとケイは思う。
「仕方ない。電波が届くような景色じゃあないからな。大人しく先生が戻るのを待とう」
と、リコが落胆するケイを簡単に慰める。
先生が出て行ってから十分、二十分が過ぎ、間もなく三十分が経とうとしているが、まだ彼は戻ってこなかった。だんだんと先生の安否を心配する気持ちが大きくなってくる。一面の大自然に見合わない、真っ白い鉄の鳥だ。ここを見失うことはまずないだろうとケイは思う。
一時間が経過し、とうとう副担任の先生が、担任の戻りが遅いことに疑問を抱き、外の様子を見てくると言い出した。ホームルーム委員長にクラスのみんなを託し、円形の断面から出て土の大地を踏む。そして機体側面の方に回ったとき、突如として彼の断末魔が辺り一帯に轟いた。
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