#03 琴吹ヒカリ
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
まったく気が付かなかった。いや目の前のケーニクスゴブリンに集中しており、周辺の漏出魔力に気を使っていなかったせいでもあるのだが。いくらレーダーがあったとしてもそれに目を向けなければ目標の位置は探れないように、漏出魔力による探知もそれに気を使っていないときはレーダーを見ていないのと変わりない。
そう思っていたのだが、どうやらわたし達が彼女の存在に気付けなかったのはそれだけが原因ではないということが、すぐに判明した。この少女、漏出魔力が限りなく小さい。これだと魔力探知だけでは、至近距離でも発見は至難の業だ。
その他にもこの少女の異常な点がもう一つ、ある。それは、地に足がついてないことだ。足があるのでしかし幽霊という訳ではない。宙に浮いているのだ、この少女は。
「危ないところだったわね」
その少女はふわっと着地し、ゆっくりとわたし達の方へと歩み寄りながらそう言った。敵ではないらしいのは救いだった。
この辺りでは見ない顔つきだ。この辺りの人間の顔はみな、個人差こそあれ地球の欧米人のような顔のホリが深く、鼻が高い。しかしながらこの少女の顔にそのような特徴はなく、逆にわたし達地球のアジア人のような顔つきをしている。ちなみに背丈はわたしと同じくらいか少し小さい程度、歳は、外見だけではわたし達とさほど離れていないように見える。
「君は……?」
彼女の異常性はリコも認めているようで、彼は静かにそう彼女に問い掛けた(わたしはいつもの人見知りを発症して彼女に話しかけられなかった)。
「琴吹ヒカリ。――この辺りでは見ない顔つきね、あなた達」
「君も……この世界の人間の顔ではないな。まさか、君も――」
「……とんでもない奇蹟もあったものね」
なんということだろう。まさかこんなところでわたし達と同じ境遇の人間と出会うとは。はぐれたクラスメイト達とはちっとも会えていないというのに。
「俺は唐澤リコ。十七歳。日本とイタリアのハーフだが、大半は日本に住んでた。で、こっちが――」
「矢蔓ケイです。歳はリコと同じで、日本人」
「私も日本人よ。歳は私の方が一つ上ね」
同じ異世界転移者だとしても出身の世界が同じとは限らないため、その後も様々確認した。その結果、彼女、琴吹ヒカリはわたし達と同じ世界の出身である可能性が高い、という結論に至った。
その後わたし達はゴブリン討伐の後片付けをし、ゴブリンの鼻を回収――死骸の損傷が酷く、まともに回収できたのは全体の一割に留まった――してギルド庁舎へと帰路についた。琴吹ヒカリはまだ目当ての薬草が揃っていないらしく、一旦別れた。彼女も冒険者をやっており、薬草採取という別のクエストでこの森を歩いていたところ、偶然強大な魔力の気配と煙を認めたので寄ってみた結果、わたし達と出会うに至ったそうだ(ゴブリン討伐の手口を説明してドン引かれたのはまた別の話)。
庁舎に着き、受付にゴブリンとケーニクスゴブリンの鼻を提出したことでクエストは達成された。ランク制限付クエストという点と、ケーニクスゴブリン討伐ボーナスで報酬はかなりおいしかった。またランク制限付クエスト達成という実績が認められ、冒険者ランクがⅡからⅢに昇格もした。
「こりゃああの人にもお礼しなきゃな」
報酬を手にアパートへと戻りながら、わたしはリコにそう言った。
「そうだな。ケー……なんとかゴブリンを倒したのは彼女だし。.あの人がクエストから戻ってきたらディナーにでも誘うか、俺らの奢りで?」
「それがいい」
翌日わたし達がギルド庁舎に行くと、そこにはちょうどヒカリがいた。受付の男と話しており、恐らく薬草採取が終わって提出しているのだろうとわたしは思う。
「やあ琴吹さん。昨日は助かったよ」
手続きが終わったらしく、受付からこちらに向かってくる彼女にリコが話しかける。
「ヒカリでいいわ。別にどうってことはないわよ。――今日はクエストを探しに?」
「いや、改めて昨日のお礼をしたくてね。ケーニクスゴブリン討伐ボーナスを貰ったんだが、直接倒した訳じゃない俺たちがそのまま受取るのは気が引ける。だから、今夜ディナーでもどうかな、俺たちの奢りで。それにまだ色色と話したいこともあるし」
そう持ちかける彼の隣でわたしも相づちを打つ。
携帯電話が使えればあの場でアドレスなり電話番号なりを交換して連絡が取れたのだが、この世界では如何せん圏外で使い物にならないのでかなわない。
「そういうこと。それならありがたくご馳走になろうかしら」
こうして今夜は三人で外の飲食店に行くこととなった。
「――へえ、もうこっちに来て三年も。それは災難だな」
夜、外のレストランでいつもよりちょっとだけ豪華な夕食をとりながら、わたし達は互いの身の上話などに花を咲かせていた。
「正直、別にもういいって思ってるわ。あのクソ親父から離れられただけ儲けものよ。最初こそは不安で、どうにか帰れないのかと思ってたけどね」
「……詳しく聞いても?」
勇気を振り絞ってわたしも口を開く。
「あの男は本当に最低な奴だったわ。仕事と車とパチンコしか興味なくて家庭なんてちっとも顧みない。パチンコで大負けした日はもう最悪で、私や母さんに当たり散らかしたわ」
「それは、非道い親だね」
典型的な毒親ではないか。確かにそんな奴から離れられたとなれば、転移はある意味ラッキーだったのかもしれない。
「それに母さんも母さんで、親父の機嫌が悪いのを私のせいにして怒鳴るのよ。本当に最低最悪の両親だわ。まあただ、クズという点ではお揃い夫婦ね」
彼女は葡萄酒を呷りながら、そう早口でダムが決壊したように話した。それだけ家族、親に対して鬱憤が溜まっていたのだろう。こっちに来てから三年が経った今でも消えることなく。
「あなた達はどうなの、その辺? まあ言いたくなきゃ無理強いはしないけど」
「俺は多分、普通の家庭だったと思うぞ。特別なにか言うなら、親父の仕事の関係で小学生まではイタリアに住んでいて、中学生の頃から日本に移住したくらいかな」
「それはなにより。――ケイ、だっけ。あなたは?」
「わたしに両親はいない。というか、その辺よく判ってない」
「判ってない?」
「まあ斯く斯く然然でね。それでずっと孤児院に住んでいた。そこの暮らしは、悪くはなかったと思う」
「へえ――なかなか不思議な話もあったものね。……その謎、解明されたら嬉しい?」
「いろいろすっきりはするだろうね」
「そう。……きっと解明されるわ。あなたの謎」
「ほう?」
「いや、ただなんとなく、そんな感じがするだけ。気にしないで」
いわゆる女の勘というやつだろうか。
「あなた達は、元の世界には帰りたい?」
「ああ、俺は、できることなら。両親が心配しているだろうし」
「わたしも、どちらかといえば」
「そう。……今のところ、何か進展は?」
「まるで無し」
そうリコがお手上げのジェスチャーをして答える。
「そういう魔法がないかとアパートの魔導書を漁ってみたんだが、何を言っているのかまるで分からなくて。ヒカリ……さんの方では、なにか手掛りになりそうなの、知らないか?」
「あいにく私もあんまり。――魔導書が、いまなんて言った?」
思わぬところでヒカリが喰い気味に聞き返してきた。それに少々驚きつつも、わたしはその問いに答える。
「え、いや、魔導書が読んでもさっぱり分らないって……」
わたしのその問いに彼女はますます困惑してしまった。わたし、何か変なことでも言ったか?
「そもそも魔導書は読んで理解するものじゃないわよ、研究者や魔法系の技術者でも無い限り」
「ん、どういうことだ?」
と、リコ。
「あれはいろんな術式が書かれていて、それに自分の魔力を少量流すことで術式を覚えるものよ」
「は? 待て、言っている意味がまるで分からんぞ」
「昨日普通に魔法を使っているし魔力もそこそこあるようだから気にしなかったけど……魔法って、どういうものだか分かる?」
「え、まあ、一応。こっちに来る前、ドワーフの知り合いに教えて貰ったから……」
そう言ってわたし達は二人してギービッヒさんから教わった知識を代わる代わる困惑している彼女に説明した。
「はあ……マジか。迂闊だった。まさかそれしか知らなかったなんて……」
わたし達の説明を聞くなり彼女はそう呟いて落胆した。
「なあ、さっきからまるで話が見えてこないんだが。どういうことなんだ?」
リコのその問いを皮切りに、琴吹ヒカリによる魔法のレクチャーが突如として始まった。
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