#02 Antiゴブリン
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
ヴァルドリア帝国に着き、冒険者業を始めてから早くも一週間が経過した。新天地での生活はもうそれなりに慣れ、クエスト遂行も順調だ。冒険者ランクはⅡに昇格したし、収入も、決して多いとは言えないが、ある。
わたし、矢蔓ケイは今日もいつもと同じ時間に起き、着替えて顔を洗い、相変わらず寝坊しているリコを起こして食堂へと降りた。もはやこの一連の流れがルーチンと化している。
ギルド庁舎に行き、その日もわたし達はめぼしいクエストがないか掲示板を見漁っていた。地球で読んでいたファンタジー系のライトノベルでは魔物退治だとかダンジョン探索だとかのクエストがゴロゴロ登場していたのだが、現実はそうでもないらしい。魔物襲撃事件なんてのは、そう呼称すれば大事件のように聞こえるが、実際には東北の住宅街に熊が出没するのと同じような認識だ――危険なことには変わりないが――。現れるのが熊から魔物に変わっただけ。相手が魔力を持っており、それを駆使してくるという点は熊と異なるが、それはこちらも同様なのでやはり認識は大して変わりない。
などと考えながら掲示板を眺めていると、ふと、一つのクエストが目に入った。わたしはそれを手に取り、詳しく見てみる。
ほう、これは珍しい。わたしはそれを読み、第一にそう思った。それは初めて見たランク制限付クエストで、内容は以下の通り。
私の持っている森でゴブリンが多数目撃されているので、それらを殲滅してほしい。帝国騎士団には既に通報したのだが、ご存じの通りいま騎士団は東方での贖罪的再征服運動で多くの部隊が出払っており、残っているのも餐鬼の対処であまり余裕がないのだろう、動きが鈍い。そのため冒険者ギルドにもこの件を依頼した、云云。
受注時ランク下限はⅡ。報酬は制限無しのよりもずっといい。これは受けるしかないだろう。
そう思ってわたしはそれを、向こうの掲示板でクエストを見ているリコに持って行って見せてみた。
「このクエストどうだ? かなりの優良クエストだと思うが」
「どれどれ。――ほう、確かに、これはいい案件だな。何より報酬がいい」
駆除してほしいと言われているゴブリンについては、アパートの本棚にある図鑑で既に調べてある。それを見た限りではいまのわたし達の実力と装備でも十分に対応できるはずだ。
「決まりだ。早速受けて行ってこよう」
受付に持って行き、クエスト受注。
ゴブリンが多数目撃されたという森は、ギルド庁舎のある町を出、歩いて一時間ほどのところにあった。アパートから歩けばおおよそ一時間半といったところか。地球にいた頃であればこれだけ歩くともう足がパンパンになり疲れ果てていただろうが、こちらに来てから移動はどんな距離だろうと徒歩が基本であり、そのお陰で体力がかなりついている。一時間や二時間程度の歩行では微塵も疲れがない。
「ここか……」
森の中は鬱蒼としており、今日の天気が曇りということもあってか夜のように暗かった。夏の夜に肝を冷やすには絶好のスポットだとわたしは思う。
「こんなんでも、道は一応整備されているんだな」
と、リコが言う。
「さっさとゴブリンを狩って帰ろう」
道が整備されていると言ったが、それは石畳などで綺麗に舗装されているという訳ではなく、草を刈り木を退けてできた砂利道だ。決して歩きやすい訳ではない。無いよりはマシだが。
「ゴブリンって、魔物じゃないんだよな。意外なことに」
と、歩きながらリコが話す。
「わたしも最初はびっくりしたよ。ずっとゴブリン=魔物や魔族のイメージだったから」
そう。ゴブリンは魔物ではなく、普通の狼とか熊とか、自然の動物の系統にある生物なのだ。図鑑を見ていてこの点が一番の衝撃だった。見た目は背丈が小さく緑の肌で基本的に二足歩行という点はイメージ通りだったのだが。
「だけど、魔物じゃないなら漏出魔力で位置を探れる」
森に入ってから一時間ほど経過したそのときだった。遠方に魔力の感があることをわたしは察知した。リコも同様。
「ゴブリンか……?」
ゴブリンは数匹から十数匹の群れを形成し、原始的な家を作ることができるほか簡単な道具も作ったり使ったりできる。すなわち他の野生動物よりも知能が高いのだ。そして平均保有魔力は原則、知能が高ければ高いほど多くなる。
「かなり遠いな。もう少し近付かないと、詳細まではわからない」
漏出魔力を使った探知は、対象との距離が遠ければ遠いほど、漏出魔力が散漫になるために精度が下がる。この距離では目標の種類などは判別できない。
「行ってみよう」
わたし達はなるべく足音を立てないよう、抜き足差し足で魔力の感がある方へと向かった。距離が縮まるほどに感じる魔力が鮮明になり、数などが判明する。
「これは……四、いや、六匹か?」
リコが呟く。
「鹿や狼なんかじゃないね、この大きさは。多分、ゴブリンだ。――固まって動かない。ゴブリンの巣があるのかも」
わたしのその予測は、その少し後に正解と判明した。
わたし達は茂みに身を隠し、偵察している。
ゴブリンの巣だ。いや、集落と呼称した方が正確だろう。木や枯れ葉で構成された竪穴式住居のような外見の構造物が、ぱっと見渡しただけでも五棟ある。木の陰などに隠れてここからは見えないのもあるかもしれないことを考慮すると、その数はもっと多いだろう。かなり大きな集落だ。ゴブリンの数も十を優に超えている。
「どうする、リコ? あの数を一気に相手はさすがにできないぞ。あの場に飛び出した日にゃ瞬く間に集団リンチに遭ってお終いだ」
茂みの外に声が漏れないよう、極限まで声量を絞ってリコに言う。
「そうだなあ。この辺一体をナパーム弾で爆撃できればいいんだが。朝のナパームは格別だってよく言われてるし」
「それ言ってるのあの中佐だけだろ。それにここは北ベトナムじゃない。他人の森を勝手に焼き払ったら絶対に怒られる」
「いや、待て。クエスト内容を見返そう。確か、少し位なら焼いたり破壊したりしても構わないって書いていたような気がする」
そう言ってリコは懐から依頼書を取り出し、急いで見返し始めた。わたしも横からそれを覗く。と、確かに書いてあった。
「多少ならコラテラルダメージとして容認する、か。なら話は早い。早速準備するぞ」
「準備って、何する気だ?」
「そりゃあ勿論、焦土作戦に決まってる。辺り一帯に勝利の香りを漂わせるんだ」
作戦は至って単純なものだった。今の時期、森には枯れ葉や枯れ枝が大量に落ちている。それらを拾い集めてゴブリンの集落を囲うように配置し、迅速に着火、ゴブリンの退路を断つ。その後は炎の輪の中にひたすら魔法で生成した火球を投げ込むだけだ。
「だけど、そんな大胆に動いたら見つからないか?」
「何言ってるんだ。俺たちにはギービッヒさんから教わったものがあるだろう」
「ああ、あれか」
リコが言っているのは、ルーナ・マルカの一つ、影のルーンのことだろう。自身や他者に付与し、対象の気配を一定時間完全に消すことができる。それを使えば絶対に見つからないという算段だ。
「それに炎のルーンを使えば一瞬で全部に火を付けられる。作戦は完璧だ」
それからはただひたすらに場を整える作業だった。影のルーンを自身に付与してゴブリン集落の全体像を偵察し、着火剤を置く場所に目印を付けていく。それからありったけの枯れ葉・枯れ枝をかき集め、目印の場所に設置していった。
正直なところ、ただ焼き払うだけなら最初から炎のルーンを発動してやればいい。あれの火力だったら、一匹にも逃げられる前に集落を焼き尽くせるはずだ。だが、それでは面白くない、リコはきっとそう思っているのだろう。やるなら多少回りくどくても徹底的に、相手のチャンスを潰して叩く。
「よしっと、こんなもんだな」
額にかいた汗を腕で拭って呟く。
影のルーンの効果は絶大で、未だにゴブリンはなにも知らずにノホホンとしている。
「じゃ、火を付けるぞ」
わたしたちは正反対のところに立ち、炎のルーンを発動した。設置した枯れ葉・枯れ枝が勢いよく燃えだし、あっという間にゴブリンの集落を取り囲む。
これにはさすがにゴブリンたちもまずいと思い騒ぎ始めたが、時既に遅し。もう逃げ道はない。あとは炎がそれ以上外側に燃え広がらないように調整しつつ、火球を集落に投げ込んでいくだけだ。
十分もしないうちにゴブリンの阿鼻叫喚の悲鳴が弱くなり、ほとんど聞こえなくなった。ほとんど死に絶えたか。
「リコ、もうそろそろいいんじゃないか?」
「そうだな。切り上げるか」
炎のルーンを解除し、消火しようとしたそのときだった。わたし達が、付けた炎が瞬きする間にかき消された。わたしが消した訳ではない。リコでもない。それと同時に、突然、巨大な漏出魔力の感。集落中央。
集落の中央にあった木の根元で、何かが動いている。何かが地中から出てこようとしているのだ。その正体はすぐにわかった。
巨大なゴブリンだ。通常のゴブリンの三倍はある。それが手を突き伸ばし、地面に手をついて這い上がってきたのだ。
「こ、こいつ、ケーニクスゴブリンだ!」
ケーニクスゴブリン。ゴブリンが突然変異により膨大な魔力を持って生まれた個体。普通のゴブリンと違って多彩な独自の魔法を操ることができ、漏出魔力の隠蔽能力も非常に高いため探知は困難を極める。突然変異個体ということで遭遇することはまずない、はずなのだが。
まさかこんなところで遭遇するなんて――
「リコ!」
「弓矢だ。迅速のルーンで脳天をぶち抜くんだ! それで倒せなければ逃げる」
「了解」
そうだ。強化個体だからといって怖じ気づくことはない。迅速のルーンを付与した弓矢の性能は格別だ。最大威力なら掠めただけで餐鬼の内臓をスムージーにできるのだ。
「くたばれ、デカブツ――」
ケーニクスゴブリンの脳天に照準を合わせ、弓矢にルーンを付与する。あとは弦と矢を掴んだこの右手を離すだけ――だったのだが、事態はそこからさらに急転した。
突如として黄色い光線が熱波と共にわたしの横を飛翔し、ケーニクスゴブリンの胸を貫いたのだ。
被弾した箇所はドロドロに溶けて光線は反対側へと突き抜け、ゴブリンはその場に倒れて動かなくなった。
「だ、誰だ!?」
わたしは弓矢を構えたまま光線が飛んできた方向に振り向く。と、そこには長い杖を右手に持った一人の少女が立って、いや、浮遊していた。
その者はわたし達を見、話しかけてきた。
「危ないところだったわね」
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