#10 赤い騎士
毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定
その者は、月明かりをはね返して真紅に輝く甲冑に身を包んでいた。背中から生えた一対の翼を目一杯広げ、その騎士は月の下に佇んでいた。
彼がゆっくりと降下し、呆然としている二人の前に降り立った。右手には一挺の小銃を、左手には彼の全身を覆えるだけの巨大な盾をそれぞれ携えている。
「ご無事でしたか?」
彼が二人の方を向き、落ち着いた口調でそう尋ねた。顔面を覆っていた兜が完全自動で開き、小さくなって後頭部の方に収納され――あれも魔導具なのかとケイは思った――、彼の顔面が露わになる。整った顔立ちだ。風にたなびく黄金色の長髪が美しい。仮面によって目の周りは分からないが。
「ええ……おかげさまで。――あなたは?」
リコが慎重に答える。
「私はウルリッヒ・フォン・ギュンター。偶然この辺りを通りかかったので援護した」
「はぁ……それはどうも、ありがとうございます」
「まだ脅威が残っている。それらも撃退してこよう」
彼、ギュンターはそう言うや否や、翼を広げ、早早に飛び立って行ってしまった。後にはまだいまいち状況が掴み切れていない二人だけが取り残された。
「なんだったんだ、あの人。翼が生えてた……人間なのか、それともあれも装備の一つか?」
リコが脳内に溢れる疑問を無造作に羅列するように呟く。
「わからん。今のところは敵ではなさそうだが」
いまいちギュンターに対して信用を起ききれないのは初対面だからか、それとも仮面で顔面が完璧には確認できなかったためか。恐らくどちらもだろうということを、二人は無意識のうちに認めていた。
一方でギュンターは、グリムボルトらが戦っている戦場の上空に到着し、戦況を確認していた。
――集落を襲撃しているのは餐鬼だけか。いや、奥の方に狼型の魔物が数匹いる。さすがはドワーフ族というべきか、よくできた柵と堀だ。が、それでもこの数では突破されても無理はないな。
ギュンターの背中の翼を支える剥き出しの骨格にマウントされた六基の球状魔導具が、赤に怪しく発光して起動した。使用者の思考を読み取り、自律機動する術式と攻撃用術式が組み込まれたそれは翼から離陸すると、六基それぞれがランダムに餐鬼の群れへと飛んでいった。そしてそれぞれがポジションに着き、一斉射撃。黄色いビームが確実に餐鬼の弱点を捉え、次次と撃ち抜いていく。
「フム、羽持ちか。この短期間で進化したのか。それに群れを成して何かを襲うという行動も。やはりあれの威力は本物だったということか――」
餐鬼の何体かが翼からコウモリ状の羽を生やし、離陸してギュンターの方へと向かってきた。一体が真正面から、少し遅れて別の一体が左翼側から、剣を携えて回り込んでくる。
「墜ちろ」
ギュンター、正面の一体に対して射撃。一発で頭部を撃ち抜いて撃墜した。続けて左翼側から来た餐鬼の剣を咄嗟に生成した魔力サーベルで受け止める。そのまま餐鬼を押し返し、サーベルを頭部に突き刺して撃破した。その片手間で他の餐鬼も小銃と飛ばしていた魔導具で撃ち落とす。戦闘終了。餐鬼の軍勢は殲滅された。
「あ、あの人、戻ってきたぞ」
あれからずっと夜空を捜索していたリコが、戦闘を終えて戻ってくるギュンターを見つけた。
「この集落を襲っていた餐鬼は全滅した。戦闘は終わった。安心するといい」
ギュンターが二人にそう告げる。
「感謝するよ。俺たちだけでは危なかったかもしれん」
いつの間にか瓦礫から脱出し、二人の後ろに立っていたギービッヒが彼に答えた。
「それで――あんたは何者なんだ? 亜人種……ドワーフやエルフには見えんが、しかし人間という感じもしない」
「私は人間ですよ。大丈夫、私はバラガンダ教徒ではありませんから、彼らのような差別思想は持ち合わせていない。――君たち二人についても、私は興味がある。君たちも人間だろうが、なぜドワーフの集落におり、ドワーフと共に戦っていたのかね?」
ギュンターにそう問われたため、二人は今までのいきさつを彼に説明した。彼の素性がつかめない以上はどんな発言が今のポジションを危うくするのか分からない。そのため異世界から来たという事情だけは打ち明けず、単に道に迷っていたところを助けられた、とだけ話した。が、そういった考えはすぐに杞憂ということが判明した。
「――なるほど、事情はよく解った。それと、違っていたら申し訳ないのだが、元々は別の世界に住んでいたのではないか?」
「……そうだとしたら?」
「私の所属する組織の頭領、長官代行閣下もそういった事情を抱えた方でね――」
ギュンターのその言葉を聞き、リコは思わず彼の話を遮って反応した。
「なんだって!?」
「ということは、やはり君たちもなんだな」
「ええ、そうです。すみません、話している途中に……」
「構わんよ。――改めて自己紹介しよう。私は『黒嵐の狼』上級大佐、ウルリッヒ・フォン・ギュンター。第三師団指令長官を務めている」
彼の全身を覆っていた甲冑が剥がれて縮小し、一カ所にまとまって見えなくなった。甲冑の中から露わになったのは、一目見ただけで高貴な印象を与える真っ黒い軍服と、裏地が赤いマント。左胸のあたりには様々な勲章と思しきものがジャラジャラと付けられており、左腕には赤地に白の一本のストライプが入った腕章がある。
「君たちは今後どうするつもりかな。このままずっとこの集落でドワーフと共に過ごすつもりかい?」
「それは……まだあまり考えていません。元の世界に帰りたいとは思っていますが、如何せんわからないことだらけでして」
「フムン。まあ世界ごと変わってしまったのだ。その対応は妥当だろう。なに、進展が遅いことを気に病むことはない。そこでなんだが、君たちに私から一つ、提案がある」
「提案?」
「君たちも我々の組織に来ないか? 閣下は君たちよりもずっと昔からこの世界に迷い込み、黒嵐の狼を組織し、この世界の理法や魔法、世界間移動などについて日々研究されており、幾つもの成果を挙げられている。君たちにとって有益な事も様々提供できるだろう」
ギュンターがそう二人に告げる。が、二人はすぐにその返答を出せないでいた。
「それは……魅力的な条件ですね」
そうだ。既に先人がいま知りたいことを研究しており、且つそこへ招待しようと言っている、こんなチャンスを逃す手はないだろう、それだけならば。しかし、それ以上に引っ掛かる点が多すぎるのだ。彼の組織での階級の名前、それから頭領の呼び方……偶然かもしれないが、どれもかつて七○年以上前、ナチス・ドイツ政権下にて様々な非人道的行為をはたらいた最低最悪の組織、ナチス親衛隊を連想させるのである。
「ということは、黒嵐の狼という組織の目的は、その長官代行殿の元いた世界への帰還、という認識でよろしいですか? それと、あなたも代行殿やわたしたちと同じ転移者なのですか?」
それまで喋っていたリコに代わり、今度はケイが口を開いた。
「目的に関してはそうだ。が、閣下はそれだけにとどまらず、この世界での研究成果を発揮し、この世界と閣下の世界を結んだ一つの楽園、”千年王国”を創造することを考えておられる。そこには一切の憎しみも、苦しみも、恐怖も死もない。文字通りの楽園だ。――私は転移者ではない。ここより遙か東方の王国に住んでいたが、バラガンダ教との戦争に敗れて捕虜となったところを閣下に助けられ、以来閣下に中世を誓っている」
「その閣下という方のお名前を伺っても?」
「ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリッヒ長官代行閣下」
彼のその答えに、二人が抱いていた疑惑は一瞬にして確信に変わった。ゲシュタポ長官、親衛隊諜報部長官、金髪の野獣、絞首人――ラインハルト・ハイドリッヒ。七○年前に死亡したはずの冷徹な男がこの世界に転移し、一つの組織を束ね、何かを画策している。なんということだ……。
「ギュンター上級大佐殿、あなた方のことはよくわかりました。我々への提案も感謝します。しかし、すぐに答えを出すことはできません。一度よく考える時間をいただいてもよろしいでしょうか」
黒嵐の狼に対して明確な忌避感を抱いていることを悟られぬよう、リコは慎重にギュンターの提案に返答した。その場しのぎの回答だが、受け入れてもらえれば時間稼ぎにはなる。
「構わんさ。いくら同郷の者の組織とはいえ、すぐに決断することは難しいだろう。納得のいくまでじっくり考えるといい。――私はこの辺りで失礼しよう。後悔のない選択を期待しているよ」
ギュンターは二人の想像よりもあっさりと了承した。そしてそう言い残し、早早と村を飛び去っていってしまった。
その後はわらわらと村人たちが寄って二人を取り囲み、あいつは何者なんだ、知り合いか、畜生助けてくれた感謝を言いそびれた、などなどを口々に言い放った。中でもとりわけ二人への、ギュンターのことに関する質問が多かった。
二人が村人たちからの質問攻めに困惑していたところをグリムボルトが収めたことで、その場は解散となった。今、村にとってするべきことはギュンターについて知ることではなく、戦闘の後始末だということをグリムボルトは理解していた。
最終的な被害は建物四棟と柵の一部の損壊、それから数名の傷者に留まった。あの規模の侵攻を受けたにしては軽すぎる被害だった。
翌朝、ケイとリコは朝食を摂りながらグリムボルトに昨日のことを洗いざらい打ち明けた。彼はそれを聞き、しばしうつむいて考え込んだ後にこう問うた。
「二人は、これからどうしたい。元の世界に帰りたいか? それとも、この世界で一生過ごすか?」
グリムボルトから投げられたその問いに、二人は顔を見合わせ、声を揃えて答えた。
「元の世界に帰りたいです」
「そうか。それならばあのギュンターとやらの提案に乗るのが最善策に思えるが、君たちの話を聞く限り、そうはいかないのだろう」
「ええ。ナチスと組むのは御免です。何を企んでいるかわかったものじゃない」
それからグリムボルトはもう一度うつむき、考え込んだ後に一つの提案を二人にした。
「ならば、人間の国に行って冒険者になるのはどうだ」
「冒険者?」
冒険者というのは、様々な仕事を引き受けてはそれをこなし、報酬を受取って生活している人たちのことだ。引き受ける仕事は様々で、失せ物探しや人捜し、害獣や魔物の討伐、更には未開拓地の調査などがある。冒険者は基本的に人間の国の各地にある冒険者ギルドに所属し、そこでギルドの斡旋によって依頼を引き受け、成果によって報酬を得ている。更に、冒険者ギルドは他の職業ギルドと異なり、バラガンダ教徒でさえあれば誰でも入ることができる。バラガンダ教徒であることを示すには信者であれば誰もが持っている簡易経典を見せればよく、それを数冊村で保有しているため――入手経路についてははぐらかした――、二人はそれを持って行くだけでよい。どこにも戸籍がない二人にとってはまたとないチャンスだ。
「そこで冒険者をやりつつ、色色情報を集めていくのがいいだろう。冒険者ギルドには日々多種多様な人が出入りし、多くの情報が飛び交っていると聞く。君たちにとっては絶好の場所だろう。どうだ?」
グリムボルトのその提案に、二人は断る理由を持ち合わせていなかった。
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