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ロータス旅行団~出生不詳JKの異世界冒険譚~  作者: 景少佐
 ZWEITER AUFZUG:異界へようこそ
22/42

#09 緊急事態

毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定

 村までの道のりで、新たに餐鬼(グール)と出くわすことはなかった。出くわしてしまったら、二人には武器が無く危うかったのでその点は幸いだった。

 

 家に帰り、グリムボルトらと今日の魔法訓練の成果などなど、他愛のない話を交わしながら夕食を食べ、部屋にも戻って寝る準備をする。この生活を始めてからもうおおよそ二週間ほどが過ぎた。当初こそ、今までとかけ離れた生活スタイルが精神的ストレスとなって普段の調子が出ないことがあったが、今となってはもうそんなことはない。電子機器に一切触れなくても違和感がなくなっていた。

 

 今日も昨日や一昨日となにも変わらない、目の前に用意されたベッドで寝、目を覚ませば明日になっている――はずだった。

 

 二人が寝巻に着替え、照明のランプを消して「おやすみ」と言うのを遮って、甲高い鐘の音がやかましく鳴り響いた。


 「なんだ? 鐘の音だと?」

 

 ベッドに大の字に寝転がりかけたリコがガバッと起き上がって呟く。

 

「これ、あの櫓の上にあるやつじゃないか?」

 

「だとしたらマズいぞ」

 

 マハースーン村には村の外周沿いに計三カ所偵察用櫓があり、それぞれに村の危機を知らせる鐘が置かれている――歓迎会の準備中に教えられた――。その他には時報の役割を持った鐘が一つあるが、それはもっと低く、重たい音なのでそれが鳴った訳ではない。そも時報は正午にしか鳴らない。

 

 二人は急いで、消したランプに再度魔法で火を灯し、部屋を出、グリムボルトらのいるであろうリビングに出た。

 

 リビングにはグリムボルトとハルディンの他に数名、村人のドワーフがいた。見ると、グリムボルトと数名の村人が切迫した険しい表情で話している。

 

「二人とも、出てきたのね。私たちはこっちにいましょう」

 

 二人に気付いたハルディンがそう言い、三人はリビングの隅に移動した。

 

「一体なにがあったんです?」

 

 と、リコがグリムボルトらの会話を妨げないよう、小声でハルディンに聞く。

 

「あの鐘は、なにかマズいことがあったときに鳴らされるやつでしょう?」

 

「まだ分からないわ。今あの人たちが父さんに何があったのか報告しに来たの」

 

 グリムボルトと話している人たちは皆剣や弓で武装している。常に異常が無いか村の外を見張っている防人(さきもり)という役目の人たちだ。

 

 少ししてグリムボルトたちの話が終わり、防人たちは足早に家を出て行った。それからハルディンが彼の元に駆け寄り、何が起きているのかを尋ねた。

 

「餐鬼が大勢この村に押し寄せている。なぜこんなことになっているのかは分からんが、今はとにかく撃退しないと村が危うい」

 

 グリムボルトが深刻な表情で答えて言う。

 

「儂はこれから外で戦闘の指揮を執る。お前たちは家の中に隠れているんだ」

 

「隠れているだなんて。俺も戦えますよ。戦力になれる」

 

「わたしも。仲間の危機に隠れているのは性に合いませんね」

 

「だが、前たちを危険にさらすわけには……」

 

「俺たちはもう何週間もここでみんなと暮らしている。俺たちにとってこの村はもう、単なる宿の一つではないんですよ」

 

 二人にそう言われては、グリムボルトは反論するための言葉をもう持ち合わせていなかった。

 

「……すまないな。――今すぐ支度して出る。相手は数体じゃない、数十体だ。これまで経験したこともないような、大規模な戦闘だ。二人とも、死ぬなよ」

 

「了解」

 

 それからの動きは速かった。二人は部屋に戻って寝巻から着替え、グリムボルトから武器を受取る。それから三人は覚悟を決めて外に出、前線へと走った。

 

「さっきの防人の報告では、数は四十体ほど。だが実際にはそれ以上いると考えるべきだろう。少なければ儲けものだ」

 

 走りながら、グリムボルトが今の状況を二人に説明する。

 

 間もなくして三人が現着。防人の報告通り、見渡す限り餐鬼の群れが柵の向こうには広がっていた。ざっと見ただけでも二桁は確実だ。

 

 今は柵と堀がうまく機能しており、こちらが一方的に攻撃を仕掛けられている状況であった。だがゆっくりと、しかし確実に餐鬼の群れが近付いてきている。餐鬼の進撃速度が殲滅速度をわずかだが上回っているのだ。この防衛網が突破されるのは時間の問題だ。

 

「来るぞ……。二人とも、覚悟はいいな――」

 

 いよいよ餐鬼の軍勢の先頭が柵に手を掛けようとしたそのときだった。こことは別方向を監視していた防人の一人が血相を変えてグリムボルトの元に駆け寄ってきた。

 

「村長、大変です。西の方角が突破されました! 餐鬼の数は少ないのですが、一体、別の魔物がいて、そいつがあっという間に……」

 

「別の魔物だと? それは既知の奴か、それとも新種か!?」

 

「ふ、腐食の巨人です……」

 

「なんだと!? なぜ奴が……」

 

 腐食の巨人……戦闘力こそ高いが、この辺りに棲息する種族の中では最も臆病な種類で、こちらから刺激しない限り攻撃されることはない、ほぼ確実に。少なくとも餐鬼と共に自ら進んで他所のテリトリーに攻撃を仕掛ける魔物ではないはずだ。それがなぜ……? 餐鬼に刺激されて興奮状態になっているのか、それとも突然変異種か? いや、今はそんなことはどうでもいい。攻撃を受けている以上、今考えるべきは撃退だけだ。

 

「ギービッヒ! ギービッヒはどこだ!?」

 

「父上、ここに」

 

「ギービッヒ、それからケイとリコも聞け。お前たちに西を突破した軍勢の対処を頼んでもいいか。数はここより遙かに少ないが、手強い奴が一体いる」

 

「了解」

 

 グリムボルトの指示で、二人はギービッヒと共に、報告に来た防人の後ろを走って現場に向かった。現着して見ると、確かに柵が滅茶苦茶に破壊されており、建物も何軒か被害を被っている。そして餐鬼の数が少ない。報告通りの状況だ。

 

「あれか? その手強い奴ってぇのは」

 

 餐鬼に混じって、一際背の高い奴がいるのを三人は認めた。

 

「はい、あれがそうです。我々では手に負えず、突破を許してしまいました……」

 

 防人がそう答えて言う。

 

「取り巻きの雑魚が邪魔だな。ケイ、リコ、俺はあのノッポの気を引く。その間にお前らは周りの餐鬼を殺ってくれ」

 

「わかった」

 

 そう言うや否やギービッヒは駆け出し、遠慮無く魔法攻撃を暴言と共に腐食の巨人という奴に当てていった。それに気が付いた巨人はすぐさまギービッヒをロックオンし、彼を追いかけていった。

 

 腐食の巨人が餐鬼の群れから引き剥がされた。今が餐鬼を殲滅するチャンスだ。

 

「やるぞ、ケイ」

 

「ああ」

 

 この世界に初めて来た日、白銀色の鎧を身に纏った餐鬼の恐ろしさといったら、なかなか形容しがたいものであった。初めて見る理解の及ばぬ化物、初めて見る凄惨な人の死に様……全てが畏怖の対象で、死神に魂を鷲掴みにされたような気分だった。だが、今は違う。餐鬼を打ち倒すのに十分な武器があり、魔法があり、そしてなにより場数を踏んできた。ルーナ・マルカという虎の子も修得している。人喰いの化物相手に怖じ気づく理由はもうない。

 

「これで……最後!」

 

 視野に収まる範囲に見える中の最後の一体の首をリコが勢いよく刎ねた。餐鬼が首の断面から血の噴水を打ち上げて地に伏す。それから地面に転がった首級の脳天にリコが剣を突き立て、トドメを刺した。弱点を破壊された餐鬼の身体が灰と化して消える。

 

「後はあのデカブツだけだ。行こう、リコ」

 

「ああ。……アイツはどこだ?」

 

 腐食の巨人の背丈は村の建物よりも大きい。辺りを見回せばすぐに見つけられるはずだ。そしてその想定通り、巨人はすぐに見つかった。

 

「あそこだ。行こう」

 

 二人が巨人のいる方へ走り出そうとしたそのときだった。二人の間を割って何かが吹っ飛んで来、後方の民家に突っ込んだ。巨人の攻撃か。あの距離からこちらを補足し、狙撃してきたというのか? そういった思考が二人の脳裏によぎる。が、その説はすぐに否定された。

 

「ギービッヒさん!」

 

 後ろを見やると、そこには瓦礫に紛れて倒れているギービッヒの姿があった。いま飛ばされてきたのは、巨人の気を引いていたはずのギービッヒだった。二人が彼の元に駆け寄る。

 

「いやぁ、まずったな。魔力切れだ。調子に乗って使いすぎた。餐鬼は……殲滅したようだな。悪いが俺は動けん。あのデブヤロウを頼む」

 

「わ、分かりました。あなたもお気を付けて」

 

「それと、アイツは全身が強力な酸で覆われていて接近は危険だ。遠距離攻撃で倒せ」

 

 ギービッヒを吹っ飛ばした腐食の巨人がずんずんとこちらに近付いてくる。二人であの怪物を倒さねば、この村が危うい。

 

「今度は俺たちが相手だ、バカノッポ!」

 

 ケイが弓矢で、リコが魔法でそれぞれ腐食の巨人に攻撃を仕掛ける。が、大して効いている様子がない。見ると、矢は命中直前に表面の酸で溶かされていた。魔法攻撃も、出力が足りないのか耐えられている。

 

「クソ、表面の酸が煩わしい」

 

「ケイ、来るぞ。避けろ」

 

 腐食の巨人が膝を曲げて前傾姿勢になり、じっとケイの方を睨む。それから地面を思い切り蹴り飛ばし、猛ダッシュ。途中で宙を舞い、ケイ目掛けて酸を纏った巨大な拳を勢いよく叩き付ける。

 

 ケイはその動きを見切り、回避行動をとっていたために直撃は免れた。が、拳が地面に叩き付けられた際の衝撃波までは躱しきれず、体勢を崩して地面を二、三回転がる。しかもそれと同時に酸も周囲にまき散らしてくるのが危険極まりない――その酸が当たらなかったのは運が良かったとケイは思う――。

 

「なんとかアイツの酸を剥がせないものか……」

 

 あれの表面のが地球の酸と同じ性質なら、強塩基性の液体をぶっかければ中和できるだろう。強塩基と言われてパッと思い浮かぶのは水酸化ナトリウムや水酸化バリウムなどだ。それらを魔法で生成し、ぶつけられればきっとイケる。だが、あいにく強塩基を作る魔法を二人は知らない。ならば即興で強塩基を作る過程をイメージしてやろうにも、どうイメージすればナトリウムやバリウムとジハイドロゲンモノオキサイドが反応するのか皆目見当も付かない。


 もしくはルーナ・マルカで矢の威力を底上げし、溶かされるより先に、強引にぶち抜くという手もある。だがもしそれが失敗し、且つ過負荷で弓が破損するというリスクがある。

 

 どうしたものかと考えていたそのときだった。何かが空を横切ったのを二人は認めた。何かが一瞬だけ、月の光を遮って地面に影を作った。

 

「なんだ?」

 

 そう思った次の瞬間、一本の光線が空から降り注いだ。それは二人が手を焼いていた腐食の巨人の脳天をいとも容易く貫いて見せた。腐食の巨人、絶命。全身から湯気のような白い霧を立ち上らせながらその場に倒れる。

 

 何者だ。

 

 二人が空を見上げると、そこには月明かりに照らされて輝く赤い甲冑に身を纏った、一人の騎士が佇んでいた。

お読みいただきありがとうございます。


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