#06 宴
毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定
仕留めた鹿を抱えて村に戻った二人の次の仕事は、ハルディンの料理の手伝いだった。作るのは、全長がドワーフの身長ほどある、ナマズに似た巨大な白身の川魚を使った魚料理。昨日村の男たちが釣ってきたばかりの新鮮な魚だそうだ。
「ずいぶん大きな魚ですね。川魚でこのサイズは見たことがない」
と、リコがその魚を見、感心して言う。
「ヤイマークフィッシュよ。この辺りで獲れるやつの中では一番大きいわ。こいつは特にデカい個体ね」
「なるほど。――これを、どう調理するんです?」
「柑橘と一緒に丸焼きよ。リコ君はこいつの鱗を剥いで、等間隔に切れ目を入れてくれるかしら。その間にケイちゃんは私と一緒にレモンとオレンジを切ってちょうだい」
二人とも料理の経験はそれなりにあった(ケイは孤児院のイベントでよく料理を任され、リコは両親の勧めで一時期イタリア料理教室に通っていた)ため、作業はスムーズに進んだ。
どうやらハルディンの予定では、柑橘を輪切りにして魚の切れ目に挟み、そのまま巨大なタンドールで焼くらしい。魚のサイズがサイズなだけに、使う柑橘の量も多く、直径三十センチほどの木の浅ボウルに山積みになっている。また、魚の方は見たことのないものだったが、一方でこちらは馴染みのあるものだった、少なくとも見た目は。
リコが頑張っている間に、女性陣は手際よく柑橘類を捌いていった。それからリコの作業が終わると、塩を満遍なくふり、切れ目に輪切りにした柑橘類を両面にはさみ、余ったのを絞って全体に果汁を染み込ませた。これにて下準備は完了。その後は三人がかりで巨大魚を金網でくるみ、オリーブオイルをかけてタンドールのある家の裏に運び出した。
裏ではグリムボルトが火を起こして待機していた。彼に魚を預け、これにて料理は終了。後は魚がこんがり焼けるのを待つだけだ。
「やあ、久し振りに料理したな。もう腰が痛いよ」
と、リコが腰に手を当て、思い切り後ろに反らしながら言う。
「魚料理にオレンジとかを使ったのは初めてだ。どんな味になるかな」
「結構苦労したんだ。美味いに決まってる」
気付くともうだいぶ日が傾いていた。腰にダメージを負った者が約一名いるが、しかし誰かと料理するのはいいものだとケイは思う。
「二人とも、今日はご苦労様。お陰で助かったよ。――今日の主役は君たちだからね、皆が揃ったところに堂々と入場してもらうぞ」
村の中央では巨大なキャンプファイアが焚かれ、それを囲むようにずらっと木の椅子やテーブルが様々な料理と共に並べられているのが見える。あとはいま焼いている魚を運んで完了だ。
「よし、そろそろいいだろう」
グリムボルトが魚の焼け具合を確認し、魚を火から下ろす。
「さ、行こうか。村の一同がお待ちかねだ」
いよいよ開宴の時だ。村人たちとの初対面に二人は緊張していた。グリムボルトたちは快く受け入れてくれたが、他の者たちはどうなのかがわからない。グリムボルトからは、皆楽しみにしているということを伝えられていたが、百分は一見にしかず、自分で確かめるまでは心が落ち着かなかった。
だが、そんな心配も、二人が一同の前に姿を現すと同時に消え去った。皆が珍しい来訪者に沸き立っており、少なくとも二人を拒む者は見受けられなかった。
「紹介しよう。異世界からはるばるいらっしゃった二人の友人だ」
それからグリムボルトに促され、二人は順番に自己紹介をしていった。そのたびに一同から歓声の声が上がり、特にケイはその勢いに圧倒されそうになる。
二人の自己紹介が終わり、グリムボルトが乾杯のかけ声をしようとしたときだった。一人の男が手を上げ、それを遮って叫んだ。
「おい村長、こんな日にいつも通りの乾杯はないだろう。俺は異世界とやらの乾杯が聞きてぇぞ!」
見るとその男は他の違って顔が赤く、恐らくだがフライングして既に出来上がっているらしかった。
急なそのオファーに二人は困惑し、グリムボルトが彼を窘めようとしたが、すぐにリコが待ったをかけた。
「いや、大丈夫です、俺がやります。ちょうど良いのがあるんでね」
そう言ってリコは一歩前に出ると、葡萄酒の入ったホーンカップを片手に持ち、皆が静まりかえったところでとある曲を歌い出した。ジュゼッペ・ヴェルディ作オペラ「椿姫」より、「乾杯の歌」。なるほど確かにこの場で歌うには最も相応しい曲だ、と、ケイは思う。それにしてもよくそんな大胆にやれるものだ。この盛り上がった空気に当てられて調子に乗っているのもあるだろうが。偏に感心する。
などと考えているうちにもリコの歌が終わり、場の盛り上がりが最高潮に達したと同時に宴がスタートした。食事はビュッフェ形式。各自自分の皿に食べたい料理をよそっていく。
「ケイ、俺たちも行こうぜ」
用意されていた料理は非常に多種多様であった。ケイたちが手伝ったものの他に、チキンとホロホロ鳥のオーブン焼きや、鹿と芋のシチュー、猪の丸焼きなどなど。どれからも美味しそうな匂いが立ち上っており、その匂いを嗅ぐだけでも脳が空腹を張り切って訴えた。
「おお、こりゃ美味いな。このままグルメ系小説にシフトチェンジしたいくらいだ」
などと言いながらリコが頬張っているのは、鹿と芋のシチューだった。牛や豚などは、少なくとも日本では食べる機会などいくらでもあったが、鹿肉というのは滅多にない。野生動物の肉というと、クセや臭いが強いイメージがあるが、これに関してはまったくそのようなことはなかった。
「リコ、これも食べてみろよ。マジで美味いぞ」
そう言ってケイが彼に見せたのは、熊肉、乾燥果物と一緒に炊き込んだピラフだった。米を使った料理だが、日本でよく見る単粒米ではなく長粒米が使われており、なかなかに新しい口触りを堪能できる。
「それも美味しそうだな。――よし、ケイ、全種類制覇するぞ」
この世界に迷い込んでから早三日が過ぎようとしている。当初は自分たちがこれからどうなってしまうのか皆目見当も付かず、不安で胸が押しつぶされそうであった。が、いまは違う。神の加護か普段の行いか、グリムボルトと出会い、彼の村に招かれ、こうして暖かく迎え入れられている。当然、元の日本での暮らしに比べればこれでも不便なことが多々ある。しかし、いまは明確に希望を持つことができている。これは二人にとって、大きな前進と言えよう。
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