#05 安息の地
毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定
あれから少し経ち、ハルディンの爆弾発言の余波が落ち着いた。あの発言を聞いたときこそ二人は驚いたが、いまはそれよりも長時間の歩行による疲労の方が勝る。
「あぁ……疲れた」
と、そう言ってリコがバッグを床に投げ出してベッドにダイブし、疲労困憊の身体を伸ばす。昨夜の小屋にあった木製の堅いそれとは異なり、柔らかく、寝心地が良い。
「ケイ、お前も寝転んでみろよ。昨日のが嘘みたいだ」
「お前、よくそんなに遠慮無く他人の家のベッドでくつろげるな」
リコとは対称的に、ケイは呆れた視線を彼に突き刺しつつ机に荷物を置き、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。座ってみて、なるほど、これは確かに昨日のベッドとは大違いだとケイは思った。これなら今朝のように背中が痛くなることもないだろう。
それから彼女も静かに、ベッドに横になった。首を曲げて横を見ると、堂々と大の字になっているリコの姿が目に映る。
ようやく、なんら一切の心配事無く落ち着ける場所と時間の確保ができた。このことは昨日から見知らぬ土地に迷い込んでしまった二人を随分とリラックスさせた。今になって始めて、それまで自覚していなかったが、機内での化物の襲撃から今までに至るまで、一度も気を抜くことができていなかったということがわかる。ずっと緊張しっぱなしだったのだ。肉体的な疲労はもちろん、精神的にも相当な疲れが溜まっている。
ケイはこの時間に、これからどうするのかリコと話そうかと思った。思えばいままで、死なないこと、近場の脅威を凌ぐことに精一杯で、もっと先のことをリコと話せていなかった。どうやって元の世界に帰るのか、帰れそうにないならこれからどうやって暮らすのかなど、考えねばならないことは多々ある。
そう自分の中で考え、彼女はリコに口を開いた。が、
「なあリコ、私たち……寝てしまったか」
彼は大の字になったまま、いつの間にか目を閉じ、安らかな顔で眠りについていた。
それもそうじゃないか。心身共に満身創痍だといのに、そんなに先のビジョンを話し合うなどできやしない。したとしても、有意義なものではないだろう。いまは、ゆっくりと休んで疲れを取るのが最優先だ。
ケイは将来の計画を一旦忘却の彼方に追いやり、全体重をふかふかのベッドに預けて目を閉じ、眠りに落ちた。
眠った二人の目を覚ましたのは、部屋に入ってきたハルディンの呼び声だった。彼女の甲高い声はよく通り、深い夢をも貫通した。
ケイはそっと目を開ける。眩しい。窓から日光が差し込んでいる。確か私たちは、グリムボルトさんたちにこの部屋を貸してもらい、間もなくしてこのベッドで寝たんだったか。どれくらい寝ていたんだろう。そのときはまだ日が昇っていたが、日はいまも出ているようだ。
「あ……おはよう、ございます」
まだ頭が半分寝ている状態のままケイはハルディンに朝の挨拶を言う。
「相当疲れていたのね。昨日の夕ご飯の時にも起こそうとしたんだけど、二人ともまったく起きなかったのよ」
と、ハルディンが微笑んで言う。
「あと半刻ほどで朝ご飯ができるけど、食べる? 夕飯食べてないし、お腹空いているでしょう」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
ケイがそう言うと、ハルディンはそれまでにリコを起こしておくよう言い残して朝食の準備に戻っていった。
どうやら私たちは、おおよそ半日以上眠っていたらしい。そんなに長く眠るつもりはなかったのだが。まあ、それはいい。さっさとリコを叩き起こして部屋を出よう。
リコはまだ隣のベッドでぐっすりと眠っている。
「おいリコ、起きろ。朝だぞ」
ケイは彼にそう呼びかけるが、反応がない。どうやら生半可な起こし方では起きないらしい。そう悟ると、今度は無防備な彼の腹の上にのしかかり、音に加えて質量で攻めてみることにした。
「おい、起きろってば。起きないと夕飯に続いて朝飯まですっぽかすことになるぞ」
すると、今度はこたえたのか、彼が目を開けた。
「ん……もう夕飯か……?」
「いや、朝飯の時間だ。夕飯はもう過ぎたよ」
リコはどうやら、まだ日を跨いで寝ていたことに気付いていないらしい。
ケイの「いや、朝飯だ」という言葉を聞き、リコはゆっくりと首を回し、窓の外を見やる。そして太陽が昇っている様子を確認したことで、彼も察したようだ。
「マジか……ちょっとしたお昼寝のつもりだったんだが」
「疲れていたし、無理もない。――ほら、はやく起きるぞ」
それから二人は起床し、食卓に着いてグリムボルト、ハルディンと共に朝食を摂った。
食事のメニューは、二人も予想してはいたが、今まで日本で食べてきたものとは大きく異なっていた。主食はパン。現代で食べられている柔らかい食パンではなく、コッペパンのような形状で固い。その他には緑黄色野菜のスープと、乾し肉が二切れ程であった。味も現代の食べ物に比べれば薄い。が、食べられないほど不味いということはなく、二人は問題なく食べることができた(もっとも、このような状況下では好き嫌いなどしていられないが)。
朝食を食べながら、二人はグリムボルトから、今日の夕方に二人の歓迎会を開くことを聞かされた。村の中央で巨大な火を焚き、それをぐるっと囲んでパーッと盛大にやるつもりだそうだ。昨日、二人が寝ている間にグリムボルトが村人たちと話して決まったらしい。
「――そういうわけだから、二人にも今日は幾らか手伝ってもらうぞ。といっても、儂と一緒に森に狩りに行き、ハルディンの料理を手助けする程度だがね」
ということで、二人は朝食の後始末をした後、早速グリムボルトに森へと連れて行かれた。狙うは鹿。普段であれば猪や熊、狼などもターゲットになるのだが、それらは慣れていない二人を連れて狩るには危険すぎるため、今回は狙わない。
この世界の季節は秋。冬眠に向けて餌を蓄えるのに必死な動物たちが活発に活動している時期なため、狩りには最適だとグリムボルトは二人に語った。
森の中を探索して一時間ほどが経過したとき、グリムボルトの魔力探知網に獲物が引っ掛かった。獲物は風上におり、自分たちの臭いが流れて勘付かれるリスクが低い、絶好の好機である。
グリムボルトは二人と共に、物音をたてないよう慎重に獲物に近付く。藪の隙間からその姿が見えた。鹿だ。頭に立派な一対の角を生やした雄鹿。体長は、目測で二メートル程か。大物だ。
「ケイ、その弓であいつの首を狙えるか?」
グリムボルトが蚊の鳴くような小声でケイに訊いた。
ケイが静かに頷く。
「儂が弓に威力上昇の魔法をかける。いつもより矢が真っ直ぐに飛ぶから、上下の偏差を考える必要はないぞ」
「了解」
ケイが胸を鎮めて矢を番え、弓を引く。その横でグリムボルトが弓に手をかざし、小声で何かを唱えた。
「よし、放て」
グリムボルトの合図でケイが矢を放つ。彼の魔法がしっかりと効いていることは、矢の弾道を見ただけで分かった。銃弾レベルとまではいかないが、確かに矢が落ちないし、飛ぶスピードも段違いだ。これが魔法か、と、二人は身をもって実感した。
放たれた矢は真っ直ぐ吸い込まれるように鹿の急所を貫いた。鹿、絶命。初の狩りは大成功を収めた。
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