#02 旅路
毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定
「さて、まずどこから手を付けていくべきか……」
ケイとリコが外側のベッドに腰を下ろし、もう片方に自らをドワーフ族と説明する男、グリムボルトが腕を胸の前で組んで座っている。当初のような、お互いが相手を非道く警戒している様子はない。彼らの間にあるのは、ただ双方に対する疑問だけである。
「まず、ここがどこなのかから明らかにしましょう。我々は先ほども話したとおり、事故で見知らぬ土地に放り出された状態ですので。グリムボルトさん、あなたはここがどこかご存じですか?」
と、リコが落ち着いた様子で話す。彼の問いに、グリムボルトは即答した。
「ああ。ここはヴァルドリア帝国とヒガンテ王国の間にある森、ラビリンティカ大森林だ。人間の手が殆ど入っておらず、人間による迫害から逃れてきた亜人種が多く棲んでいる」
ヴァルドリア帝国、ヒガンテ王国、どちらも二人にとっては聞いたことのない国だ。
「二つとも知らないな。わたしたちは太平洋上を飛んでいたはずだが、そこにそんな国は存在しないはずだ」
と、ケイ。
「とすると、俺たちとグリムボルトさんとでは知っている世界からして違うのか。じゃあなんだ、俺たちはあの事故で地球とは違う異世界に飛ばされたってのか?」
「信じられないが、その可能性が高い」
ケイとリコが顔を見合わせて言う。
ここが異世界となると、どれだけ乾いた木をSOSの字に並べ、火を焚いて目印とし、奇跡的に上空を飛行したヘリコプターに見つけてもらうよりも帰還が圧倒的に困難だ。そもそも、異世界転生とか転移という現象自体が超常的なもので、どういう原理でそれが発生したのかがわからない。そのような状況で帰還を果たすとなれば、どうにかして転生技術を確立するか、再びその現象が起こるのを毎日天に乞うかしかないのだ。どちらにしても、望みは決して高くない。
そこでふと、ケイは思った。今まで特に疑問視していなかったが、わたしたちは何故元いた世界に帰ろうとしているのだろうか。少なくともわたしは、元いた世界に未練はない、多分。強いて言うなら、孤児院の先生方に別れの挨拶を言えていないことくらいか。リコを遺し、わたしだけこの世界に来てしまったというのなら話が変わるが、現状はそうでない。帰れる希望がないのなら、いっそのこときっぱり諦め、この世界で暮らしていけばよいのではなかろうか。
いやいや矢蔓ケイ、それはさすがにリスキー過ぎやしないか。この世界の国がどんなものなのかまったく分からないのだ。もしそれが中世ヨーロッパやナチス・ドイツのような、基本的人権の「き」の字も見当たらないような蛮族国家なら、人権と文化的な最低限度の生活が国によって保障された民主主義国家の日本でずっと暮らしてきたわたしたちからしたら辛すぎる。それに、わたしたちの戸籍はどうなる。国籍は。この世界の国にそのような概念があるのかは知らないが、そこを役人とかに問われたらどうしようもない。更には、この世界の人間とわたしたちでは人種が違う。亜人種やらを平気で迫害するような連中なら、高確率で同じ人間でも、肌の色や人種の違いなどで差別するだろう。かといってこの森で亜人種と暮らすというのも、グリムボルトさん以外の亜人種が人間であるわたしたちを受け入れてくれるとは限らない。なかにはきっと、人間に対して強い憎しみを持っている者もいるだろう。そのような状況で、果たしてうまくやっていけるだろうか。それに、いつか人間たちが森の開拓に乗り出し、北アメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人が原住民のインディアンたちを殺戮したように、亜人種もろとも滅ぼされる可能性もある。
……妄想はこの辺にしておこう。まだ確定していないのに今からこうも悲観していては、これから先、何をする気力も起きなくなってしまう。それに、極論を言ってしまえば、わたしは最低限リコが一緒に居ればそれでいい。それに比べれば、他はすべて些細な問題になる、と思う。どうするかは、これからリコと話し合って決めていけばいいのだ。
「――そういうことなら、この世界のことや儂ら亜人種なんかを知らなくても不思議ではない。しかし、まさかそんなことが……」
ケイとリコが異世界に飛ばされてしまったという衝撃の結論を信じることができないでいたのは、グリムボルトも同様であった。どうやら異世界転生・転移がイレギュラーな現象であることは、この世界でも変わりないようだ。
「しかし、そうでもないと説明がつきません」
と、リコが言う。
「まあ、そうだな。一先ずは、それで話を進めるしかないか」
異世界からやって来た人間、にわかには信じがたいが、しかしそれを肯定する材料が目の前にいくつもある(と、グリムボルトは考え込んだ)。互いの常識などが綺麗な程にすれ違っていることは勿論、彼らの身なりや、飛行機という乗り物、エトセトラ……どれも儂が今までに見てきた人間とはことごとく違う。それなのに言葉が通じるのは不思議だが。しかし、それにもどこか違和感がある。なにせ、話している言葉と口の動きが合っていないのだから。まるで、第三者によって翻訳された彼らが話す言葉を、直接彼らの口から聞いているような感覚。もっとも、言葉が通じていなければこのようにコミュニケーションが取れず、誤解から殺し合いに発展していた可能性が高いので有り難いが。しかし、この違和感は、彼らも感じているのだろうか。
話が一段落したところで、グリムボルトは二人に訊いた。
「お前たちは、これからどうするつもりなんだ?」
彼のその問いに、二人は即答できなかった。昨日までは、この小屋を拠点に周囲を探索し、他のクラスメートや原住民、帰る手段などを探すつもりであったが、ここの持ち主が現われた以上、そうはいかない。それに、だからといって代替案がすぐに思いつくというわけでもない。二人の今後の予定は、一日と経たずに白紙になってしまったのだ。
そのことを、リコは苦笑してグリムボルトに伝えた。すると彼は二人に対して、ある一つの提案を提示した。
「なら、一先ず儂らの村に来てはどうかな。人間はいないが、未知の場所を訳も分からぬまま彷徨うよりはマシだろう」
彼のその申し出は、二人にとっては思いがけない助け船だった。飛行機で遭難し、偶然小屋を見つけて今後の計画が見えてもお釈迦になって不幸続きだと思っていたが、禍福は糾える縄のなんとやらだ、とケイは思う。
「い、いいんですか? それに、異世界から来たとは言え俺たちも人間です。人間を憎んでいるドワーフ族もいるのでは……」
と、リコ。
「構わんよ。それに、確かにそういう奴がいるかもしれないが、儂が説得してみせる」
目の前に突然差し伸べられた、あまりに巨大な手に戸惑っている二人とは対照的に、グリムボルトは胸を張り、自信満々にそう言い放った。
「そういうことでしたら……宜しくお願いします」
と、ケイが彼に頭を下げて言う。まともに彼に対して口を開いたのはほとんどこれが初めてか。
リコもそれに続いて感謝の言葉を述べ、双方固い握手を交わしたところで、これからのことは決定した。
「ならさっそく儂の村に……といきたいところなんだが、その前に一つ、儂の頼みも聞いてくれるかね」
「なんです?」
「お前たちが乗ってきたという、飛行機、とやらをこの目で見てみたいんだ。そこまで道案内を頼めるか?」
「ええ、構いませんよ。道は覚えていますから」
「ありがたい」
「――ところで、グリムボルトさん、幾つか訊きたいことがあるのですが」
墜ちた飛行機がある地点までの道中、リコはグリムボルトに、この世界に関する幾つかの疑問をぶつけてみることにした。この世界の住人なら、なにか知っていることがあるかもしれない。
「ああ、なんだ?」
「昨日我々を、俺たちを襲ったあの人喰い化け物について、知っていることを教えてくれませんか」
「構わんよ」
リコのその問いに、グリムボルトは快く答えた。
彼によると、昨日ケイたちを襲った食人族の正体は、人間が何らかの魔法か呪術などによって自我を失い、本能的欲求、特に食欲にのみ従って動く獣に成り果てた者だそうだ。この辺りの森に棲んでいる亜人種は、それらを餐鬼と呼称している。彼はさらっとそう説明したが、ここでもまた二人の頭を悩ませる単語が登場した。
「魔法……? なんですか、それ」
即座にリコが己の疑問を彼にぶつける。別に魔法という単語を知らない訳ではない。ファンタジー物のゲームや映画では必ずといっていいほど登場するものだから。だが、リアルの世界には存在していない。
「お前たちの世界には魔法がないのか?」
「はい。フィクション作品などにはしばしば登場しますが、現実世界にはありませんね」
「そうか。ならそこから説明しよう。まず魔法というのは、魔力というエネルギーを人々が好きな様に利用できるよう式化し、作られた術式の総称だ。術式の種類は様々で、火や水を出したり、物を宙に浮かせたりなどがある。呪術との違いだが、ここはかなり曖昧でな、正直気にしなくていいだろう。どっちも魔力が原動力だしな」
どうやらこの世界の魔法というのは、二人の元いた世界におけるファンタジー作品などに登場する魔法と大差がないらしい。そのお陰か、二人にとってそれは、初めて聞くまったく未知の現象にしては理解が容易だった。
「で、その魔術を出すための動力源が、魔力。魔力はこの世のあらゆるものに多かれ少なかれ必ず宿っていて、例外があるが、おおむね無生物より生物の方が、生物のなかではより知能の発達した種の方がより大きな魔力を宿している。そして、特に人間及び亜人種とその他では雲泥の差がある」
「なるほど……」
「で、だ。あの化け物は多分、誰かによってそういう風になってしまう魔法を掛けられたんだろう。それで、あんなのに成り果ててしまった。儂らはだいたい数ヶ月くらい前から見かけるようになったな。痴情のもつれでついやっちまったのか魔法の実験でしくじったのか知らないし、この世界の人間がどんな目に遭おうと興味はないが、しかし迷惑な話だよ」
そこでグリムボルトの説明は終わった。説明を聞き、そういう部族が棲んでいるという訳ではないと判明してホッとした反面、元はいたって善良な人間だった者を手に掛けてしまったという後味の悪い感触、それから、あれは正当防衛だったと一生懸命自己を正当化しようとする気持ちに二人は襲われた。
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