#12 不可説的ペンダント
毎週木・日、15時~20時の間に投稿予定
夕食を食べ終え、空になった容器を一つにまとめた後、二人はもうすることがなかった。風呂やシャワーがなければ、インターネットが繋がらないのでスマホでツイッターやユーチューブを見ることも、サブスクで音楽を聴くこともできない。
昼よりも気温が下がっているが、故郷、東北の冬よりは断然暖かい。雨漏りもなく、小屋の中はそれなりに快適な空間だった。ケイはリュックを枕にし、堅い木製のベッドに寝転がってボーッと暗い天井を眺めていた。
わたしは、物心ついた時には既に両親がいなく、キリスト教、カトリック系の孤児院にいた。当時は周囲の同年代の子たちもみなわたしと同じような境遇だったし、自分が孤児であることに対して、特別なにも思わなかった。しかし、小学校に行くようになると、状況が変わった。わたしの周りにいる人たちはみな少なくとも一人は親がおり、それぞれに家族が待つ、帰るべき家があった。そこで初めて、自分は他の人たちとは違うということを自覚した。
もっとも、小学校低学年辺りの頃こそ、わたしの境遇を揶揄してくる糞餓鬼が少なからずいたのだが、時が進み、大人に近付いていくにつれてそのような輩は出てこなくなった。逆に、そのことについて変に気を遣われるようになって気まずいことは増えたが。
しかし、気の置けない友人というものだけはなかなかできなかった。確かにわたしは、どちらかといえば内向的な性格だったし、自分から積極的に話しかけにいけるような質ではなかった。だが、余りにも極端に人と話せないということはない。実際に現在、リコとは普通に話せているし、他の人とも、最初こそ人見知りを発症することはあるが、ある程度言葉を交わしていけば大丈夫になった。クラス替えや進学などがあった際にはまず先に自己紹介の時間があり、そこでわたしに興味を持った人たちが話しかけにくることもあった。
けれども、そこからよく話すような仲になれたのは、リコだけだった。その原因には心当たりがある。それは――。
などとケイが今までの回想にふけっていると、ふと、隣で同じく寝転がっていたリコが話しかけてきた。一つの光源もなく真っ暗な空間だが、目が暗闇に慣れてきたお陰でかろうじてリコが頭だけをケイの方に向けているのがわかる。
「そういえばさ、お前、今もあのペンダント付けているのか?」
リコの言うペンダントとは、ケイが小さいときからずっと首にかけていたという、謎の御守り(と思われるもの)のことだ。ケイはそれをほとんどいつも身につけていた。孤児院の先生曰く、彼女が孤児院に来たときには既に付けていたそうだ。もっとも、孤児院の先生が誰も、彼女が院に来た当時のことを詳しく思い出せないので、信憑性はあまり高くないが。
「ああ。付けてるが」
そう言ってケイは、服の中で見えないようにしていた例のペンダントを取り出し、手の平に置いた。
ケイがいつも身につけているというそのペンダントは、チェーンの部分はくすんだ金色で、エンドパーツは所々に光沢がある、何か鉱物の原石のような、無骨な石だった。形状は、特別ハート型だとか星形だとかではなく、道ばたに落ちている石のように不規則。
このペンダントにはなかなか不思議な思い出が詰まっているな、と、ケイは過去を思い返す。彼女は今まで何度か命を落としかねない危険な事故――交差点での交通事故など――に巻き込まれたことがあったが、そのたびに無傷で済んでいたのだ。例えば小学五年生の時の夏休み、孤児院の先生とアイスを買いに自転車でコンビニに行ったときは、横断歩道を横断中に信号無視のトラックが突っ込んできた時があった。が、間一髪のところでトラックが急ハンドルを切ったかして横転、衝突は免れた。状況は毎度異なるがそのような経験が彼女は何回かあった。最初はただ運が良かったのだと思っていたが、回を重ねるごとに、きっとこのペンダントが護ってくれたのだろうと思うようになった。
それだけであればただの幸運のペンダントで済んだのだが、そうは問屋が卸さなかった。あれは彼女が小学三年生のときだった。彼女のペンダントを珍しがったやんちゃな男子が彼女からペンダントを取り上げ、どこかへ持っていってしまったことがあったのだが、ペンダントを手にしたその男子は程なくして原因不明の呼吸困難に襲われ、救急搬送された。幸い男子に命に別状は無く、ペンダントも無事に返ってきたが、以降、彼は彼女のペンダントに対して強いトラウマを持つようになってしまった。そこからはもう非道いものだった。その事件を知ったクラスメートらは口々に「呪いのペンダントだ」などと騒ぎ、その噂は瞬く間に全校に知れ渡った。それ以来、ケイは周囲から恐れられ、近寄りがたい存在として扱われるようになってしまった。
それ以降、ケイは何度もそのペンダントを捨てようと試みた。ゴミ集積所に放り投げたり、川に投げ捨てたり、様々な手法を試した。しかし、そのたびにどういう訳か、ペンダントは翌日には何事もなかったかのように彼女の手元にあったのだ。ケイはもう恐ろしくてたまらなくなり、孤児院の先生に泣きついていた。さすがに先生もその超常的な事件を目の当たりにし、気のせいでは済ませられなくなって何度もお祓いなどを試みた。が、そのたびに霊媒師や神父などが体調を崩してしまってまったく上手くいかなかった。
今ではもう、ケイは諦めて身につけていることにしていた。そのペンダントが今のところ彼女に害を成したことはないし、これからもないだろうという希望的観測のもとで。
「もしかしたら、こうも運良くこの小屋が見つかったのも、食人族と遭遇しても生き残れたのも、そのペンダントのお陰かもしれんな」
と、リコが言った。彼女のペンダントを怖がらずに受け入れてくれたのは、孤児院の先生の他には彼が初めてだった。
「わたしのペンダントがこの異常事態を引き起こした、とは考えないんだな」
「そいつがそんなヤバい奴だったら、もっと昔から大事件を引き起こしてただろ」
不安そうに喋るケイとは対照的に、リコは笑ってそう言った。
小学校で友達ができなかったのは、このペンダントの事件が大きい。中学校でも、あの事件を知っている人が何人かわたしと同じ学校に進んだことで、小学校の時より多少は薄まったが、その者たちから例の噂が広まり、なかなか他人と距離を縮めることができなかった。そして高校に進む頃には、もう諦めていた。きっと高校でもうまく友達は作れないだろう。そう思っていた矢先に近付いてきたのが、彼、唐澤リコだった。
彼もまた、わたしのペンダントに興味を持って話しかけてきたのだった。わたしはそんな彼に、今までの、ペンダントにまつわる曰く付きの話をしてやった。どうせ信じないだろうと、そう思っていたし、実際に彼はにわかには信じがたい様子だった。彼は次に、そのペンダントを触ってみてもいいかと言ってきた。自分は少し霊感があるから、触ってみたらなにかわかるかも知れない、彼はそう言った。あの事件以降、ペンダントを他者に触らせることはほとんどなかった(今度こそ触った人が死んでしまうかもしれないと思っていたため)のだが、当時、完全に開き直っていたわたしは、なんの躊躇もなく首からペンダントを外し、何が起こっても自己責任だぞ、と念を押してから彼に手渡した。そのペンダントが何を引き起こすのか、自分の身を以て知ればいいと、そう思っていた。
結果的に、彼の身にはなにも起きなかった。だが、彼はペンダントから何かを感じ取ったらしい。うまく言語化はできないが、なにか特別な力を感じると、彼はそのとき、そう言った。それから彼は、わたしの過去を全面的に信用し、その上で、受け入れてくれた。その瞬間、わたしは先ほどまでの自分の考えを恥じた。自分はなんて非道い野郎だと、心の中で一瞬前の自分を罵った。
それ以降、わたしは順調にリコと仲良くなっていった。学校生活の中でできた、ほとんど初めての友人だった。
「やっぱりお前……変な奴だよ」
ケイは彼から顔を背け、赤面してそう呟いた。そこにはもう、先ほどまでの暗い雰囲気は跡形もなく消えていた。
「ハハハ、そうかもな」
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