#09 補給
毎週金・日、15時~20時の間に投稿予定
ケイとリコは足早に、かつ慎重に来た道を戻っていった。あの甲冑男がもうどこかに行ってしまったことを祈りつつ。
それにしても、と、ケイは思う。他のクラスメートの姿が一切見当たらない。道は合っているはずだし、極端に遠くまで行った訳ではないと思うのだが。それとも、皆我武者羅に草むらを掻き分けて走り、この道を見つけることがなかったのだろうか。いやしかし、そんなに見つけにくい、獣道のような細く小さい道という訳ではないし、墜ちた(と思われる)飛行機のすぐ側にあったのだ。こっち方面に走ればすぐこの道に出るだろう。
「――他の人たち、全然見当たらないな」
と、ケイが歩きながらぼそっと呟く。
「どうりで。何か足りないと思っていたんだが、それか。確かにあれ以来、誰とも出くわさないな」
元から本当にそう思っていたのかは甚だ怪しいが、リコも彼女の疑問に同意する。
「いったいどこに逃げたんだ。それとも全員殺られたか?」
「わからん。……飛行機に戻れば、誰かしら戻ってきているかもな」
「だといいんだが」
それから少し歩き、だんだん木木の隙間から飛行機の白い機体が見えるようになってきた。とうとう帰っていたのだ。それと同時に、血なまぐさい臭いも強くなってくる。あのときの惨状を嫌でも鮮明に思い出させる、なんともグロテスクな臭いだ。
「……戻って来ちまったな」
そう言い、リコが剣の柄に手をかけ、いつでも鞘から抜けるよう心身共に構える。
「気色悪い臭いだ。さっさ済ませて離れよう」
ひとまず機体の周りをぐるっと回って見、例の甲冑男や他の食人族などがいないかを確認する。オール・クリア。それから機体の断面の前に立ち、凹凸に手や足を掛けて登っていく。地面から客席のあるエリアまではそれなりの高さが合った。
どうにか客室の床に手を掛けることができた。腕に力を込め、全身を持ち上げて客室に入り込む。
「よくこんな高さから飛び降りたな、俺たち。――ほら、大丈夫か?」
先に登り切ったリコが、後に続くケイに手を差し伸べる。その手を掴み、ケイも無事に登り切った。
外でも十分非道い臭いだったが、中はその何十倍も悲惨だった。食い散らかされたときに飛び散った血飛沫があちこちに付着し、その全てから血なまぐさい臭いが放出されている。死体の方もなかなかのもので、見るに堪えない。
「覚悟はしていたが……こりゃあ非道いな」
思わずリコが自分の鼻をつまんで言葉をこぼした。
ケイもリコも、クラス内でお互い以外に特別仲の良い人はいなかった。故に彼らの死に対して深い悲しみだとか、そういった立派な感情は湧かない。しかし、決して短くない期間を共に同じ空間で過ごしてきた者たちであることに変わりはない。そのような者たちが目の前で、すっかり変わり果てた姿で最期を迎えた光景を見るのは、なかなか心にくるものがあった。
「取り敢えず、集めるべき物は食糧と水だよな。速いとこ探して離れようぜ。他の連中もいないみたいだし」
と、ケイ。
「ああ、そうだな」
リコが床に散らばったクラスメートの死体を見下ろし、簡単に十字を切りつつ彼女に同意する。
まず探すべきは自分たちのリュックサックだ。あれには免税店で買ったペットボトルのドリンクが入っていたはずだ。確か頭上の収納棚に入れていたか。しかし、自分たちの席はかなり後方にある。そこに行くには、床の死体を跨いで行かなくてはならない。
ケイはなるべく上を向き、死体を直視しないように、かつ間違って踏んでしまわないように、細心の注意を払って死体を跨いだ。無事、通過完了。足早に自分の席へ向かう。
確かに、自分のリュックはそこにあった。が、ギリギリ届かない。それもそうだ。乗るときだって、自分では届かないことを理由にリコにやってもらったのだから。この短時間で背が劇的に伸びていない限り、届くはずがない。
「リコ、悪いんだがリュックを取ってくれないか」
「ああ、すまんすまん。お前じゃ届かないんだったな。待ってろ。いま取ってやる」
リコとケイには頭一つ分程の身長差があった。その差は大きく、ケイではどうしても届かなかったところも、リコにかかればなんということもない。彼はあっさりと彼女の荷物を取り、彼女に渡して見せた。
「ほらよ、これだったよな」
「ああ、ありがとう」
無事リュックを取り出すことはできたが、その様子を見ていたケイが、リュックを渡された後も少しの間リコの方を眺めていた。
「……どうかしたか?」
その様子を不思議に思ったリコが、若干引き気味でケイに訊く。
「ああ、いや。……やっぱ背が高いっていいなって」
「まあ、確かに便利なことは多いがね。こればっかりはどうしようもない」
――確か、身長は遺伝の特徴を強く継承していると聞いた。とすると、わたしを産んだ親は背が低かったのだろう。もっとも、物心が付いたときには既に孤児院におり、両親に会ったことも、さらには誰なのかも知らないので確かめようがないのだが。それに対してリコの両親はどちらも長身だった。遺伝でほとんどが決まってしまっては仕方がないが、しかし、不公平なものだ。
などといつもの些細な愚痴を心の中で吐露しつつ、ケイは取ってもらったリュックの中身を確認した。そこには自分の記憶通り、五○○ミリのペットボトル飲料が一本あった。それに加えて筆記用具と修学旅行のしおり、上着のカーディガンが入っていた。
――筆記用具としおりは、何かメモを残したいときに使えるし、カーディガンも防寒対策になる。あとは、キャリーバッグに入れた着替えを最低限詰め込めばいいか。さすがにどこまで舗装された道があるのかわからない中、キャリーバッグをガラガラ引っ張っていく訳にはいかない。
「リコ、そっちはどうだ?」
「機内食を幾つか見つけた。腐ってもいない。取り敢えず今晩と明日の朝食分くらいは大丈夫そうだ」
「そいつはいい。後は下のキャリーバッグから着替えを移し替えて終わりだな」
「だな。さっさと済ましちまおう」
これでもう客室に用はない。また死体を跨いで帰ろう。そう思い、ケイは通路の方を見た。そして、ふと違和感を抱いた。
不可抗力で死体が一瞬目に映ってしまったのだが、その死体が心なしか、先ほどより綺麗になっているような気がしたのだ。もっとも、一度たりともじっくり観察した訳ではないので確かなことは言えないのだが。しかし、どうしてか気のせいだと一蹴する気になれなかった。
「どうした、ケイ? はやく出ようぜ」
「ああ、ごめん。……この死体、さっきよりなんか綺麗になっていないか?」
どうしてもその疑問が引っかかるケイは、言いづらそうにリコに聞いてみた。
「まさか。気のせいじゃないのか?」
「まあ、そうだよな。すまん、なんでもない」
――それもそうか。死体が勝手に小綺麗になるなんて、有り得るはずがないものな。きっと疲れているんだろう。
ケイは一度抱いた違和感を心の奥底に押し込んで殺し、血に染まった客室を後にした。
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