OUVERTÜRE:餐鬼の噂
毎週金・日、15時~20時の間に一話ずつ投稿予定
今回のみ二話投稿
とある酒場で、真っ昼間から飲んだくれている二人の青年がいた。店の常連だった。店主が今日の仕事はどうしたのかと問うと、仮病を使って休んだと答える。バレたら大変だぞと呆れて言えば、なに、今どき雇ってくれる処なんて他にも山ほどあるさと開き直った。彼らが来ると、いつも決まってこのような会話がまず初めに行われた。
「――でさあ、壁に使う岩がまあ重いのなんの。あれじゃ老人になる前に腰が曲がっちまうよ」
そう仕事に対する愚痴を吐露し、青年の一人がグラスのエールを一気に飲み干した。
「お前さあ、ただ重たいだけならマシだぜ。俺の仕事は騎士たちが乗る馬の世話だ。あいつらの糞のなんとまあ臭いことか。ありゃ人間のする仕事じゃあねえ。東で捕まえた奴隷にでもやらせておけばいいんだ」
もう一人も同じように愚痴をこぼし、酒を飲む。
そのときだった。彼らとは少し離れた席で飲んでいた若者がふらっと近寄って来た。
「失礼。お隣よろしいか?」
「え? あ、ああ、いいけど。なんだお前さん、随分とやつれてるじゃねえか」
隣に座ってきた若者は、非道くゲッソリとしていた。店で酒が飲めている以上、貧乏というわけではなさそうだが、しかしその風貌のせいで十歳は老けて見える。
「なにやら、賑やかな愚痴大会が開かれていたようで。まあ、私もここ最近いろいろあったんだ」
と、その若者はジョッキ片手に細々とした声で話す。
「へえ。お前さんも仕事がキツいのか? いいぜ、お前の愚痴も聞かせてくれよ」
「私の場合は仕事では無いのだがね……あれはおおよそ二月前のことだ」
そう言って、その若者は語り出した。
ヴァルドリア帝国北西部、ギャッツベル辺境伯領、ヴァールセ村。酪農、特に牛と鶏の飼育が盛んに行われている村である。この村に住む私は、父、母を初めとする五人の家族と幸せな暮らしをしていた。牛の世話をしながら、村の子供たちに読み書きを教え、一緒に遊んでやる毎日。婚約者もいた。村長の唯一人の娘だ。これが大変な美人で、会うたびにいつも私の股ぐらをいきり立たせたものだ。
そう、全部上手くいっていたんだ。わたしは幸せだった。でも、それがいつまでもとはいかなかった。
ある日、一人の騎士が私たちの村を訪れたんだ。たった一人でだ。普通だったら、最低二人以上のグループで行動しているというのに。で、その人は首の周りに非道い傷を負っていたんだ。鎧も血まみれだった。詳しい事情はわからなかったが、運悪く狼か何かに襲われたんだろう。
村の女たちがワッと彼の元に駆け寄り、総出で手当てしていたな。なにせ、いつも異教徒共や化け物共と戦い、我々敬虔な信徒を御守りくださっている方だからな、当然だ。ある者は彼の血を拭い、ある者はせっせと水を運び、彼の為に手を尽くした。でも、駄目だった。傷が深すぎたんだ。程なくして彼は息を引き取った。
彼の遺体を所属騎士団に返還するべく、私たちは彼の身元を探った。その間、遺体は村の小さな礼拝堂に安置していた。忘れもしない、私の婚約者、彼女が彼の遺体をそこで綺麗にし、埋葬に向けて花だのなんだのを整えていた。
私はそのときちょうど仕事が一段落したので、ふと彼女と騎士の様子を見に行こうとしたんだ。あと少しで礼拝堂だというとき、突如として中から彼女の悲鳴が聞こえてきた。甲高い、バンシィの知らせのような、不吉な絶叫だった。
「なんだ、どうしたんだ!?」
私はなんだか嫌な予感がして、咄嗟に礼拝堂のドアをバーンと思い切り蹴り開けた。そこで私は、見てしまったんだ。なんと、亡くなったはずの騎士が起き上がり、牙を向いて私の婚約者の首筋に、ガブリと齧り付いているではないか。
私は戦慄した。背筋を悪寒が光の速さで走ったよ。彼は、いや、そいつは、騎士なんかじゃ断じてない。化け物だ。人を喰らう化け物だったんだ。
「や、野郎! 彼女を離せ――ッ!」
私はそいつを彼女から引き離そうと、必死にそいつにしがみついた。でも、敵わなかった。とんでもない馬鹿力だった。それに、近くにあった斧で斬り付けてもまるで効果なし。あっという間に傷を回復されてしまったよ。
そうこうしているうちにそいつは、無力な俺の目の前で彼女の首を噛み千切ぎりやがった。俺はもう、訳がわからなくなって礼拝堂を飛び出したよ。彼女のあっけない死と、目の前の到底歯が立たない化け物とで頭の中がしっちゃかめっちゃかになっていた。
それから、村は一晩のうちに壊滅した。何人かは逃げ延びたが、大半の奴はそいつに喰われちまった。しかも恐ろしいことにな、そいつに一度噛まれると、噛まれた奴もそいつと同じような化け物になっちまうみたいなんだ。どんなに滅茶苦茶食い荒らされて惨い状態になった死体も、完全に復活した。多分あの騎士も、誰かに噛まれてあんな化け物に成り果てちまったんだろうな。
あの後近くに駐在している騎士団が駆けつけたが、もう手遅れだった。俺の故郷は今、化け物の巣窟だ。もう帰れない。俺はもう、生きる気力を失くしちまったよ。
若者の話はそこで終わった。思ったよりも数十倍悲惨な話に二人の青年が絶句している。が、そんなことなど気にも留めず、若者は店主に代金を払って店を出て行ってしまった。
「な、なあ、あいつの言っていたことってよ……ひょっとして、最近噂になっている"餐鬼"のことじゃねえか?」
「ああ、きっとそうだ。可哀想に……」
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