明日会おうね
20◯◯年6月3日。深夜1時半頃、人気のない静寂の交差点で、鈍い音が響いた。
バイクの事故で、バイクを走らせていたのは、18歳の男子高校生だった。
居眠り運転で、信号無視したバイクが歩道を歩いていた17歳の女子高生をはねた。
衝撃でバイクから投げ飛ばされた男子高校生は、全身を強く道路に打ちつけて、意識を失う。
意識失う寸前、道路に横たわる女子高生の背中を、男子高校生は見ていた。
マジかよ、、、。心で呟いた所で、男子高校の意識は途切れる。
20◯◯年6月2日。朝6時半、高原圭佑は目覚めると、安堵したように胸を撫で下ろした。
なんだ、夢か。圭佑はホッとして、上体を起こして、枕もとにあるスマホを手にとる。
待受画面を見て、すぐに違和感に気付いた。6月2日?
圭佑は頭に手をやって、考え込む。勘違い?気のせい、、、か?
圭佑はベッドから起き上がると、自分の部屋から出て階段を降り、リビングに入った。
「あら?早いのね」
母の藍子がキッチンで朝食を作りながら、言った。
圭佑は、違和感を藍子に尋ねてみる。
「母さん、今日って何日?」
「何?2日よ。6月2日」
「だよな」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
圭佑は答えて、右手で頭を掻く。
「顔洗って、先に着替えてくる」
「はーい」
藍子の返事を背に、圭佑はリビングを出た。
顔を洗い、制服に着替えて、リビングで朝食を食べる。食べている途中で、バタバタと妹の萌乃がリビングに入ってきて、圭佑の横に座る。
今日早く出たいから起こしてって言ったよね。圭佑は頭に浮かんだ萌乃の言葉を、先にボソリと呟いた。
「今日早く出たいから起こしてって言ったよねー」
あら、そうだったー?でももう高校生なんだから、予定があるなら自分で起きなさい。
これもまた圭佑は、先にぼそりと呟く。
「あら、そうだったー?でも高校生なんだから、予定があるなら自分で起きなさい」
ボソボソ呟く圭佑を萌乃が訝しげに見つめる。
「なに?ひとりごと?」
萌乃に聞かれて、圭佑は狼狽える。
「え?いや、別に」
「なんかキモいよ」
「う、うるせーな。早く食べて、サッサっと行けよ」
「ああーそうだー」
萌乃が急いで朝食を食べる様子を、圭佑はじっと見つめる。
今の、なんかキモいよ、は、なかった。
圭佑も朝食を食べ終えると、スマホを取り出す。
今日の夜、みんなで岳の家に集まらね?
圭佑が呟いた数秒後、友人の江藤正樹からLINEがくる。
「今日の夜、みんなで岳の家に集まらね?」
圭佑は眉間に手を当てた。やっぱり。
圭佑は確信する。俺は、今日を知っている。
学校での友人達との何気ない会話。授業内容、突然の小テスト、すべて圭佑は知っていた。いや、覚えていた。
そして、下校時間、いつも一緒の仲間たちと夜に田所岳の家に集まる約束をして、別れた。
珍しいことではない。夜に友人宅に集まって、少し遅くまで、遊んで過ごす。
問題は、その後だ。
圭佑は帰宅の電車の中で、考え込んだ。
もし、あれが。
また起こるのなら、俺は今日行かなければいい。岳の家に。
単純なことだった。
圭佑はスマホを取り出して、LINEを江藤正樹に送る。
「悪い。急に気分悪くなった。今日はやめとくわ」
LINEを打ち終わって、ホッと胸を撫で下ろした。
これであの事故は避けられる。
そうして、そのまま圭佑は帰宅して、夜を迎えた。
深夜1時。圭佑は寝付けずにいた。
あの女子高生。彼女は、どうしてこんな時間に1人であの交差点にいたのだろう。
自分があの場所に行かないとして、それで無事に助かるのだろうか。
考えてるうちに、胸騒ぎがした。
確認するだけ。安全運転でいけば、大丈夫。
圭佑はベッドから起きあがると、すぐさま着替えて、バイクのキーを持って、静かに家を出た。
夜風を切り、バイクを走らせる。
例の交差点付近に近づくにつれて、スピードを落とした。
そして交差点。赤信号で停まっていると、例の女子高生が歩道を渡ろうとしていた。
圭佑は安堵して、女子高生を見つめる。
が、すぐに圭佑の顔は青ざめた。
トラックが猛スピードで、対向車線を走ってくる。
女子高生は気づいていない。
「危ない!!」
大声で圭佑が叫んだ。が、それが逆に女子高生の歩を止める形になってしまった。
女子高生は圭佑の方に顔を向け、そのせいでトラックを避けられなかった。
トラックにはねられた女子高生の体が、無惨に地面に打ちつけられる。
そして、女子高生をはねたトラックはあろうことか、ハンドル操作を誤って、圭佑の下へと突っ込んできた。
「おいおい、マジかよ」
次の瞬間、圭佑はトラックにはねられて、全身を強く道路に打ちつけて、そのまま意識を失った。
20◯◯年6月3日。深夜1時半頃のことだった。
20◯年6月2日。朝6時半。圭佑は目覚めると、すぐにスマホを手に取った。
6月2日。また2日だ。
圭佑は、何も考えられず、よろよろとベッドから起き上がって、リビングには向かわず、洗面所で顔を洗い、そしてそのまま部屋に戻って着替えて、青ざめた顔のまま、リビングに降りた。
「今日早く出たいから起こしてって言ったよねー」
妹の萌乃が、母の藍子に文句を言っている。
圭佑は吐き気を覚えながら、萌乃の隣に座った。
「なに?お兄ちゃん、顔色悪いよ」
萌乃が心配気に、圭佑に言う。
「あ、ああ平気。寝不足なだけ」
適当に、圭佑は答えた。
「そう。ああ、早くいかなきゃー」
急いで朝食を食べる萌乃の横で、圭佑は途方に暮れていた。
友人の江藤正樹から、LINEが来る。
圭佑は、すぐに今日はやめとくと返信した。
「母さん、ごめん、気分悪いから今日学校休む」
圭佑はそう言って、母の返事も待たず、朝食も取らずに、自分の部屋に戻った。
ベッドに横になって、圭佑は考えていた。
今日1日、何もしなければ、自分は事故に遭うことはない。何処にもいかず、家にいる。
2回とも事故は深夜1時半頃だが、それを避けて行動しても、どこかで事故に遭いそうな気がして、圭佑はならなかった。
ずっと家にいる。そうすれば、自分は安全だ。だが、、、。
圭佑の頭によぎったのは、あの女子高生のことだった。
もしかしたら、あの女子高生も自分と同じように、事故を繰り返しているんじゃないか、、、?
だとしたら、、、。
圭佑は悶々と考えた後、溜息を吐いて、ベッドから起き上がった。
あの制服、あれは確か、、、南高校。
とにかく考えても無駄だと思い、圭佑は南高校へと向かうことにした。
南高校の前。登校してくる生徒達に混ざり、圭佑はあの女子高生を探していた。
だが、名前も何もわからない相手を簡単に見つけられるわけはなかった。
顔は朧気ながらに覚えていた。深夜の暗闇の中で、女子高生の顔は、幸いにも見えていた。
正門の前まで来ると、教師が1人立っているのが見えたので、圭佑は仕方なく、そのまま正門の前を通り過ぎた。
パーカーを着た自分が正門前にいても、すぐさま怪しまれるだけだ。
が、丁度正門の前を通り過ぎた時、目の前でバスが停まった。
南高校の前にはバス停があり、そのバスからぞろぞろと、南高校の生徒が降りてくる。
圭佑は一縷の望みをかけて、バスから降りてくる生徒の顔を1人1人確認した。
そして十数人降りてきた生徒の中にーー。
いた。
圭佑は高なる鼓動を抑えるように胸に手をあてて、呼吸を整えた。
声を掛けるか?でも、なんて声を掛ける?
あの、すいません。今日深夜に出掛ける用事はありますか?
いやいや。もしも彼女が同じように2日の日を繰り返してなかったら、怪しすぎる。
それでなくても、もう十分怪しい。
考えてるうちに、彼女が目の前まで近づいてきた。
圭佑は、もうどうにでもなれ、と、彼女の前に立ち塞がった。
急に圭佑に前を遮られて、彼女は顔を驚かせた。
圭佑は、大声で言った。
「危ないですから!夜中の1人歩きは!特に交差点、気をつけてください!」
圭佑は言うだけ言って、立ち去ろうとした。彼女の顔も見ずに、走って逃げようとした時、不意に腕を掴まれた。
肩越しに振り返ると、彼女が圭佑の腕を掴んでいた。
「待って」
冷静な口調で彼女は言った。
「はい?」
間の抜けた声を圭佑は出した。
「君だよね?」
「何が?」
「その声、あの時の」
「え?」
あの時?まさか、やっぱり、この子も?
そう思って圭佑が口を開きかけた瞬間、正門前に居た教師が、声をあげた。
「そこのパーカー、誰だ君は!!」
ビクリと肩を揺らした圭佑とは対照的に、彼女は堂々と教師に言い返した。
「私の知り合いです!大丈夫ですから!!」
彼女の言葉に、教師は何も言い返せず、黙り込んだ。
「スマホ持ってる?」
彼女に聞かれて、圭佑はすぐにスマホを取り出した。
「LINE交換しよ。放課後会える?」
「ああ、うん。大丈夫」
2人はLINEを交換すると、教師に絡まれないようにすぐに別れた。
別れ際、彼女は一言言った。
「これで明日が迎えられるね」
放課後。南高校近くのカフェで、2人は再び会った。
窓際のテーブルで向き合い、2人はまず、自己紹介をした。
「私は南高校2年の黒木亜美です。君とは、昨日って言っていいのかな?が、初対面だよね?」
亜美の問いに、圭佑は言葉に詰まった。正確には2度目。でも1度目に亜美をバイクでひいたことを亜美は知らないらしい。
圭佑は何だか気が引けて、頷いてしまった。
「ああ、そうだね。俺は高原圭佑。西海高校の3年です」
圭佑は自己紹介して、改めて亜美の顔を見た。クリっとした大きな瞳の可愛い顔立ち。髪はボブ。
「それで、聞きたいんだけど、どうして昨日、つまり今日の夜に私を助けようとしたあなたまで、1日を繰り返してるの?」
「実はあのあと、黒木さんをひいたトラックに俺もひかれて」
「ああ、そうなんだ。で、君は何度目なの?今日を繰り返すのは」
「あっえっと、、、」
2度目と言うと、1度目のことがバレそうな気がしたが、目の前の亜美を見て、圭佑は嘘がつけなかった。
「2度目です、、、」
「2度目、、、」
亜美はポツリと繰り返すと、眉を寄せた。
「あの、じゃあ1度目の私をひいたバイクの、、、」
「ごめんなさい!!」
圭佑は頭を下げて、強く謝った。
「なんで、信号無視を、、、」
「居眠り運転でした!」
「居眠りか、、、」
「はい」
「なんだ。そっか。私、バイクの次はトラックだったから、もう何かに呪われてるか、誰かに恨まれてるのか、そんなこと考えてた」
「ただの居眠りです。多分、2度目のトラックもそうだと思います」
「そうだよね。まぁそれはいいとして、どうして2日の日を繰り返すのか、心当たりはある?」
「いや、何となくですけど、俺が黒木さんを助ける為に、かなと」
「君が、私を?うーん」
亜美は唸って、腕を組んだ。
「それはちょっとムシが良すぎない?」
「え?」
「居眠り運転をチャラってことでしょ?」
「まぁ、確かに、そうですね」
「なんでだろうな、、、」
亜美は呟いて、宙を見つめた。
「あの、俺からも聞いていいですか?なんで2回とも同じ時間に同じ場所に?」
「え?ああ、確認するため。本当に同じ1日を過ごしているのか」
「勇気ありますね。また事故に遭うかもしれないのに」
「ああ、そしたらまたやり直しだろうって、軽く考えてた」
「へー大胆というか」
「一度死んだ身だからね。そしたら、2度目は違った。君が、助けようとしてくれた」
「まぁ、本当は家にずっといるつもりだったけど、何か気になって。黒木さんのことが」
「ふーん。罪悪感?」
「まぁ、そうかもしれないです」
「で、私も君も見事に2度死んだわけか」
「そうですね」
「じゃあさ、2人が明日を迎えるには、どうすればいいと思う?」
「それはあの時間にあの場所に行かなければ」
「だよね」
「ですよね」
「それだけでいいと思う?」
「多分、、、」
「まぁそうだよねー」
「他に何かあります?」
「うーん、こんな奇跡みたいなことが起きてるんだから、もっと大きな意味があっていいんじゃないかなぁ、って思って」
「十分大きいじゃないですか。2人の命が助かるんだから」
「まぁそうだけどね」
それから束の間、2人は沈黙した。これ以上話すこともないように、2人共思えた。
「じゃあ今日は、2人共家でじっとしとく。それでいい?」
亜美が口を開き言うと、圭佑も頷いた。
「それが1番でしょ」
「ねぇ、敢えてもう一度2人であの場所に行ってみない?同じ時間に」
突拍子もなく、亜美が言うと、圭佑はブンブン頭を振った。
「なんで?どうして?」
「事故に遭う前にこうして2人が出会ったんだからー、運命だって変わってると思わない?」
「いや、どうでもいいです。俺は何事もなく明日を迎えたい」
「いいじゃない。また事故に遭ってもやり直すだけでしょ?その時は、次は何もしなければいい。ね?試しに今日は行ってみようよ」
「マジで言ってんの?」
「超本気」
そう言って、亜美はジッと圭佑の眼を見つめた。
圭佑はその真剣な眼差しに、根負けしてしまった。
「じゃあ、今日だけ、、、」
渋々、圭佑が承諾すると、亜美はやったぁ、と喜んだ。
そうして、6月3日の1時半。2人はあの場所で会う約束をした。
20◯◯年6月3日の深夜1時半頃。
2人はあの交差点にいた。
2人は歩道に立っている。
信号が、赤から青に変わろうとしていた。
「歩道でじっとしてちゃ駄目かな?」
圭佑が言うと、亜美がバシッと圭佑の背中を叩いた。
「大丈夫大丈夫。死んでもともとだよ」
「まぁそうだけど」
信号が青に変わった。
「じゃあ行こっか」
そう言うと、亜美は圭佑と手を繋いだ。
「え?」
繋がれた手を圭佑が見下ろす。
「向こうにつく間だけ」
「まぁいいけど」
やっぱり怖いのか、と圭佑は思った。
2人は左右を確認しながら、横断歩道を歩いていく。バイクもトラックも、来る気配はない。
夜の冷気を孕んだ風が、2人の頬を撫でた。
一歩一歩歩いていく。2人。
無事、横断歩道を渡り終えると、2人は安堵の溜息を漏らした。
「何もなかったね」
亜美が笑みを浮かべて、言う。
「まだ、明日をちゃんと迎えるまではわかんないけど」
「じゃあさ、朝が来るまで、一緒にいる?」
「え?」
「変な意味じゃないよ。ただコンビニかどこかで時間潰そうよ」
「ああ、うん。そうしようか」
圭佑は何故だか亜美と離れがたくて、頷いた。
そうして2人はダラダラと朝まで時間を潰した。
意外とあっけなかったね、と今回の出来事を笑い合ったりしながら。
そして夜も明けて朝の6時半。圭佑がスマホを見ると、日付は6月3日に変わっていた。
「やった。解放された」
安堵で脱力しながら、圭佑は言った。
2人はコンビニを離れて、歩道を歩いている。
「本当に何の為に起きたんだろうね、今回のこと」
「え?うーん、、、運命の相手的なやつ?」
「は?」
「いや、冗談です」
「私と君が?運命の?」
亜美は言って、ニヤニヤと笑った。
「いや本当に冗談だから」
「なってもいいかもね。こんな体験したんだから」
「え?」
「それならさ、神様も粋なことするなって思えるから」
「いや本当に冗談です」
「嘘つけ。本気ですって顔に出てるよ」
「いやいや、、、」
圭佑がはぐらかした時、2人はまた交差点に着いた。信号は赤。
「はっきりしてよー」
亜美が急かすように言う。信号が青に変わり、2人は歩き出す。
「いや、本当に冗談、、、」
圭佑が言いかけた時、トラックのクラクションが鳴り響いた。
気づいた時にはもう、2人はトラックにはねられて、地面に叩きつけられていた。
20◯◯年6月2日。朝6時半。
圭佑は目覚めると、すぐさまスマホを確認して、ベッドから起きあがり、着替えるとリビングには向かわず、そのまま南高校へ向かった。
南高校に着くと、同じ考えだったのか、亜美も既に正門前にいた。
「もういかないから、あそこには」
開口一番、亜美は言った。
「そうだね、やめよう」
「それと、やっぱりあのタイミングはさ、、、」
「うん」
「運命を認めろってことだよね?」
亜美に言われて、圭佑は少し赤面しながら、頷いた。
「そういうことなのかな」
「じゃあ、はっきりさせて」
「はっきりって、、、?」
「もう、今度はバスが突っ込んでくるよ、早くしないと」
「ああ、そうか。えーと、じゃあ、、、」
「なに?」
「あなたは、僕の運命の人です。つ、付き合ってください」
圭佑の言葉に、ニヤニヤと亜美は笑って、ゆっくり、頷いた。
正門の前を、バスが横切って、バス停に停まる。
「じゃあね。今日は学校に行きなよ。また明日会おうね」
亜美はそう言うと、手を振って、学校の中へ入っていった。
20◯◯年6月3日。16時半。
夕風が頬を撫でる中、圭佑と亜美は、手を繋いで肩を並べて、歩いている。
「明日で会えたね」
亜美に言われて、圭佑は頷く。
「でもさ、これって終わったの?いつか別れる時が来たらまた戻るんじゃないの?6月2日に」
「付き合いはじめから、夢のないこと言わないでよ。ずっと一緒にいればいいじゃない」
「重みが凄い、、、」
「そんなこと言ってると、またトラックが来るよ?」
「はい、僕は幸せ者です」
これは居眠り運転した、俺への亜美の呪縛なのか?
そんなことを思いながら、圭佑は亜美と並んで歩いた。
全部、亜美が仕組んでること?
まさかね、、、。じゃあ亜美は一体何者なんだ。
そんなことあるわけない。
圭佑は疑念を振り払うように、体を亜美に寄せて歩いた。
2人は傍から見ると、普通の幸せそうな恋人同士に見えた。